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『禁后‐パンドラ‐・9』

 結論としてはローラー作戦ということになった。

 幸いにして、屋敷は複雑な構造こそしていたものの、以前の研究施設のようにあっちこっち地形が入れ替わっていくわけでもないし、屋敷という規模から大きく逸脱するサイズでもない。

 少人数での探索は十分に可能な範囲だった。

 サイシーバーのマッピング機能で未探索の部屋を絞り、とにかく目当ての手首を探していく。

 

「ダークアーツ―――【アイ・オブ・スター】」


 レイスの目が暗闇で淡い青色に光った。

 そのまま部屋の中にくまなく視線を巡らせる。


「反応なし。 ここはクリアです」


「はーい、了解です~」


 レイスが選び出したダークアーツの【アイ・オブ・スター】は非常にシンプルだ。

 黒幕(マインドマスター)が設置したヒントやアイテムを一定範囲の視界内でハイライト表示するというただそれだけの能力。これがあれば、テキストの見逃しや重要な攻略アイテムの拾い忘れを防ぐことが出来る優れものである。ただし、罠の類は感知できないため、ハイライト表示された場所に近づいたせいで酷い目にあったり、見つけ出したアイテムそのものが呪いをかけてくる地雷だったりするリスクも伴っている。


 他のダークアーツや装備と組み合わせて初めて真価を発揮するタイプと言えるだろう。

 とはいえ、シンプル故に使いどころを選ばず、何度でも発動可能という利点は大きかった。レイスはそこに着目してこのダークアーツを設定していた。


「ストレートに目星って言った方が早いと思うんですけどね~、そのダークアーツ」


「それを言っちゃおしまいですよアルミアさん」


 五つ目の部屋を確認し終え、この近くでは最後の部屋になる和室の襖をレイスは開けた。

 ざわり、と空気が重くなるのを肌で感じた。

 

「若干、冷えますね……」


 ディナの不安げな声を聞きながら、レイスはスッと前方を指さした。

 そこには畳の中央にポツンと一台の鏡台が鎮座していた。


 ようやくの、一つ目だ。


「警戒を密に。罠に注意ですよ」


 レイスは銃を構えながら慎重に進んでいく。四人でそれぞれの死角を補いつつ、何が来てもいいように備えだけは怠らない。

 ザリ、ザリ……とレイスの腰元に揺れるラジオもノイズを強く発している。霊的な何かが近い証拠だ。


「………」


 誰もが息を止め、じりじりと間合いを詰める最中―――




 や め て え ぇ ぇ !! お 父 さ ん っ !!




 耳をつんざくような少女の悲鳴が耳を貫いた。

 何かを引き倒す音、重い足音が畳を叩く音、そしてまた悲鳴―――悲鳴―――絶叫。


 バンッ!!と突然に空気が弾けた次の瞬間には、いつの間にか部屋中が真っ赤に染まっていた。

 鏡台には返り血が飛び散り、その下の畳は血だまりができている。壁のあちこちにも飛散した赤色が点々と付いており、事の凄惨さを物語っていた。


 ここで、恐らく娘が殺されたのだろう。

 早鐘を打つ鼓動を鎮めながら、レイスは長い息を吐いた。


「……勘弁してよもぉ」


 シーシャの呟きには全面的に同意だった。

 しかしそれ以上の動きはない。敵らしい姿も見えないと判断し、レイスはまた歩みを再開した。


 ザザザザッ、ジ―――っとラジオのノイズが高まる。

 鏡台に触れられる距離まで近づくと、そのノイズはけたたましいまでになっていた。


「俺が中を見ます。皆さんは下がって」


「だ、大丈夫ですか……? レイスさん」


 ディナの不安げな口調に、レイスは笑みを浮かべる。


「フフッ、ぜんぜん大丈夫じゃないです。ラジオがヤバイ音出してますもん」


「……ええ」


 だが開けないわけにはいかない。

 レイスは意を決して鏡台の引き出しに手を掛けた。


 一段目―――まるで剥がしたばかりの様な血のこびりついた爪と【禁后】と書かれた紙が一枚。


 二段目―――同じく今、引っこ抜いた様な血のこびりついた歯と【禁后】と書かれた紙が一枚。


「……三段目、いきます」


 取っ手に手を添えたレイスは、一呼吸付くと一気に引き開けた。




「……ああ。あったぞ」




 大人の左手と子供の右手が指を互い違いに絡ませるようにして一つになっていた。

 恐らく指の細さから見て、母親の八千代の手首と娘の貴子の手首だ。

 

 レイスは慎重にそれを引き出しから取り出した。

 皮膚の感覚がリアルに指に伝わる。冷たくも無く、しかし暖かくもない。

 腐った匂いも無ければ、血の匂いもしない綺麗なものだ。

 だが、そこから放たれる禍々しさに、背筋が凍りそうになる。


「どうやって破壊します~?」


「撃ってもいいですが弾がもったいないですし……。そうだ、聖水を試してみましょう」


 レイスは腰から小さな金属の水筒を取り出した。

 これは自前で持って来たいつもの便利ツールの一つだ。効果は読んで字のごとく、呪いや不浄な存在などを祓い清める効果を持っている。これで開かない扉を開けられるようになったり、怪異から受けたバッドステータスを解除したりできるらしい。

 また通用する相手には武器としても利用でき、吸血鬼や悪魔といった連中には重度の火傷ダメージを負わせる事ができるそうだ。


 使うのは今回が初めてだけど、物は試しという奴だ。

 レイスは水筒のキャップを開け、地面に置いた手首に向かって中身をバッ!と振りまいた。


 直後、ブシュウウウウッ!!と焼けた鉄板に水をかけたような水蒸気が上がり、みるみる内に手首を溶かし始めた。まるで早回しの動画を見ているように、手首はあっという間にグズグズに形が崩れて塵へと還っていった。

 後にはわずかに揺れる白煙が舞うのみ。まさに一瞬の出来事だった。


「………」


「………え、つよ」


「聖水すげぇ……」


 予想以上の効果を見せつけた聖水の水筒と、いまだ煙がくすぶる床を交互に見るレイス。

 今後は主力アイテムにしようと心に決めた。


「まぁ、まずはこれで一つですね~」


「ええ、この調子で次に……」


 ……ギシッと床が鳴った。


 ディナとシーシャが振り返り、レイス達もそちらを向いた。

 廊下の方―――障子戸の向こう側に人影が立っていた。


 うつむくような姿勢でゆらゆらと上体をわずかに揺らし、まるで夢遊病患者のようだ。

 そして障子に浮かぶシルエットから見ても―――その手に握られた手斧の存在が、その人物の危険性をありありと物語っていた。


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[一言] 面白い。我、続き待つ。
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