『禁后‐パンドラ‐・8』
バキィッ!!と天井の一部が崩落し、瓦礫と一緒にレイスが降って来た。
しかし、もう何度も経験したこの落とし穴の不意打ち何するものぞ。
「フンッ!!」
レイスは空中で素早く身体を捻り、綺麗に膝をついて着地した。
ダメージはゼロ。百点満点のスーパーヒーロー着地だ。
ふと、人の気配がして顔を上げた。自分の派手な登場に呆気に取られているディナとシーシャは正しい反応として……、額に銃口を突き付けてきてるウチの祓魔士はホントに殺意が高いなとレイスは思った。
「お待たせしました、アルミアさん」
ホールドアップ。落ち着け、味方だと全身でアピールする。
「はい、お疲れ様です~、レイスくん」
アルミアはにこやかに笑って銃口を下げ、殺気を霧散させてくれた。
割りとマジで死ぬかと思った。
「すごい……。 ホントに一人で大丈夫だった」
無傷でピンピンしているレイスを見て、ディナが少し驚いた顔をする。
先ほどの激しい銃声を聞きつけ、そちらに向かって移動して来たレイスは、トラブルに見舞われたもののこうしてアルミア一行と上手く合流を果たすことが出来た。
「それで、首尾はどうですか~? 何かわかりました~?」
「ええ、それについてはかなり。 逃げ込んだ先が古い書庫になっていまして、いくつか記録を見つけることが出来ました」
「ホ、ホントに情報も調べて来てる!!」
レイスは何をそんなにディナさんはさっきから驚いてるんだろうと思いつつも、背中のリュックから古びた書物を何冊か取り出した。
「それはなんですか~?」
「禁后の儀式について詳しく書かれた書物です。 それと、事の顛末が細かく書かれた日記ですよ」
レイスは本を広げながら三人に説明を始めた。
「例の儀式はやはり穴抜けだったようです。 本来であればキーポイントとして十歳、十三歳、十六歳のタイミングで鏡台を『見せる』という工程が必要だったみたいですね」
さらに言えば、鏡台をそれまで材料の娘には絶対に見せていけないという決まりや、男はこの儀式には関われない点などが判明した。
蟲や犬猫を殺害させる〝教育"は、それでも儀式を探ろうとする男に対する呪いとして機能するようになっていたようだ。
「男は完全に子どもを宿すためだけに使われて、あとはポイッてことですね」
「なんとまぁ、業が深い邪教ですねホント~」
あの箇条書きでは詳しくはわからなかったが実際の書物によると、材料の娘の十歳の誕生日の折には母親は娘を鏡台の前に連れていき、爪を提供するように言うそうだ。
―――もちろん、生爪を剥がすという意味で。
母親はその爪を隠し名が書かれた紙と一緒に鏡台の一番上の引き出しに入れる。
そして一日中、鏡台の前で過ごすことが儀式の第一段階となっていた。
「十三歳の時には引き抜いた歯を鏡台に納め。 そして最後の十六歳の時には―――娘の髪の毛を母親が喰います」
それこそ丸坊主になるまで切った髪を無我夢中で口の中に入れて飲み込むのだそうだ。鏡台を見ながらむせかえるまで必死に……。
考えるだけでおぞましい光景だ。
やがて髪の毛を食べ終えると、母親は娘を隠し名で呼ぶ。
これで儀式は完遂されて、母親の魂は神格を得て天上へ登るのだという。後には髪をむしゃぶり続けるだけの廃人となった肉体が残るのみ。
それが禁后の儀式の全てだった。
「この禁后ってじゃあ、〝きんごう"とは読まないってことですか?」
「そうですディナさん。 文字と読み方はまったくのあべこべになっていて、母親本人しか知り得ないようになっているそうです。それが鏡台の三段目に関わって来るんですけど、これを見てください。 この日記……」
レイスが広げたのは、転移して来る時に見たあの映像に出てきた、老人と老婆の夫婦がしたためたであろう記録だった。
残虐な鏡台の儀式は既に廃れ、その後に生まれた八千代という女性はごく普通に育てられてきた。しかし自分の家系がどういうもので、過去に何があったかの伝承はある程度伝え聞いていた。彼女自身はまるで関心は持たなかったそうだが、そういうものかと受け入れはしたという。
やがて彼女も結婚して、娘の貴子も生まれた。
母親から形だけでもとすすめられ、八千代は貴子に隠し名をつけ、鏡台も用意した。ちょっとした願掛けのつもりだったのかもしれないが、それがよくなかった。
―――八千代の夫は、鏡台の儀式の事を知って八千代と結婚したのだ。
十歳の誕生日に夫は貴子を襲い、爪と歯を引き抜いて殺した。
恐らくは痛みによるショック死だったのだろうと、老夫婦の字は綴っている。
夫自身が調べた内容だけでは、正しい儀式など出来るはずがなかった。
後に残ったのは子供の死体が一つと、姿をくらました夫が一人という事実だけ。
八千代はそんな現実に耐え切れず、ちょっと住人が目を離した隙に娘のすぐ近くで自殺してしまったそうだ。
老夫婦は夫を許さなかった。
呪いをかけると共に、誰もこの家に近づけないようにした。無念に死んだ母娘を静かに眠らせるという意味もあった。
老夫婦がどのような呪詛を込めたかはわからないが、鏡台の三段目の引き出しに指を絡めさせた八千代と貴子の手首を入れた。同時に読み方も一緒に書かれた隠し名も入れた……。
言わばこれを呪物として、人間を憑り殺せるだけの術を施したのだろう。
安藤の友人は、なんの防御も無くこれに触れてしまった。
狂乱するのも無理からぬ話だ。
「それで結論は~?」
アルミアを横目にレイスはちょっと考えてまとめる。
「バンドウさんの言う手首は二つの鏡台のそれぞれに入っていると思われます。 なので、それを見つけ出して破壊します」
「え、えええ!? 最終的に力技ですか!?」
驚くディナにレイスは肩をすくめた。
「だって、解呪方法とかは載ってないですし……。 ダメだったらその時は、その時です」
「ええぇ……」
これが完全武装状態ならまだもう少し考えていたが、今は残弾も乏しい危機的状況だ。
何より憑りつかれたバンドウをどうにかするヒントがどこにも見当たらなかった点を考えれば、さっさと件の呪いの元凶をぶち壊すのもそう悪い手ではないとレイスは思っていた。
「それで、バンちゃんは助かるの……?」
「確証はありませんが恐らくは」
レイスは正直に答える。
シーシャは少し納得しがたい表情を浮かべたが、やがてコクリと頷いた。
「わかった、鏡台探すよ」
「そうですね~、探しつつ情報がまた出て来たら高度な柔軟性をもって……」
「行き当たりばったりでいく感じですね、了解です」
方針は定まった。あとは行動するのみだ。
「とはいえ……、この迷宮みたいな屋敷でどうやって探すんですか?」
「………ちょっと考えてなかったですね」
レイスは、また正直に答えたのだった。




