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『禁后‐パンドラ‐・7』

「バンちゃーん……、みんなー! どこぉー! ……、一人にしないでよぉ」


 シーシャは一人、屋敷の廊下をおよび腰で進んでいた。

 レイスを追って全員で鏡に触れたはいいが、バラバラに転移させられるとは思っていなかった。

 ただでさえバンドウがいなくなって心細い中で、真っ暗で不気味な屋敷の中を歩かされる状況に、シーシャのメンタルはかなり軋みをあげていた。若干、すでに泣きが入っている。


「ん、……あれ?」


 ふと、遠目の先に見える廊下の突き当りを人影が通った。

 その背格好から、シーシャはすぐにそれがバンドウだとわかった。


「あっ! バンちゃんっ! バンちゃーん! 見つけた―!」


 シーシャはパッ!と顔を輝かせて走り出した。

 必死に声を張りながら人影を追いかけ、突き当りから歩いて行った右の方を見る。


「あれ、いない? バンちゃんー?」


 キョロキョロと見回していると、今度は窓から見える渡り廊下を男の背丈をした誰かがゆっくりとした足取りで進んでいるのが見えた。

 今度こそバンちゃんだと、シーシャは渡り廊下の位置にあたりをつけ、ぐるりと廊下を走って迂回した。

 

 渡り廊下を駆けていくシーシャ。

 しかし、一向にバンドウには辿り着かない。次も、その次も、視界の端をフッと横切るばかりだ。

 それでも彼女は追い続ける。何かがおかしいとも思わない。愛しい彼をようやく見つけたのだから。

 そのまま屋敷の奥へと誘い込まれている事にすら……シーシャは気づかない。


「はぁ、はぁ、やっと追い付いたー! もう、足早いよバンちゃん!」


 やがてシーシャは奥行きの広い和室に到着した。

 どこもかしこも薄汚れ、朽ちた雰囲気の一室だったが彼女は気にしない。

 背を向けたバンドウがその部屋の中心に一人ポツンと立っている異様な光景すら、意識の外だった。


「ねぇ、返事してよ。 バンちゃんって……」


『か、ぁみ』


「え?」


 ―――パァンッ!!と音を立ててシーシャの後ろの襖が閉じられた。


「え、え? なに、なに!? あ、開かない!? どうし―――ヒッ!?」


 狼狽える彼女にじりっとバンドウが迫った。

 その顔は苦悶を浮かべた表情に歪み、ゴキゴキと関節をおかしな方向に曲げながら一歩一歩にじり寄る。

 もはや正気とは思えないその様相にシーシャは震えあがった。


『ミ、ミ……カミカミカミカミカミカミ髪髪髪髪髪髪髪髪、ミミミミミミミミミミっ』


「いやぁっ! バンちゃん!?」


 もはや戦意すら失ったシーシャはその場にへたり込んだ。

 なぜ、どうして。もっと前の時までは二人で楽しく遊べてたのに……今はどうしてこんな事にと、まとまらぬ頭を抱えながらただ近づいてくる狂気に身を固めるばかりだ。


『カミィっ、よこせよこせよこせ、よこせェ!!!』


「いやぁ―――ッ!!!」


 刹那、パキイン!!と何かが砕ける音がした。

 同時に、襖の向こうから「【マスターキー】通りました! 開けられますよ!!」という女の子の声。

 すぐさま勢いよく襖が開け放たれ、シーシャをかばうように人影が飛び出した。


「そこまでですッ!! 破ぁ―――――――ッ!!!」


 突き出した右手から、気勢と共に放たれた青白い衝撃波がバンドウを反対の壁までぶっ飛ばした。

 正しく爆風と表現していいほどの凄まじい威力だった。


「ふむ、これが【寺生まれの波動】ですか~。 リキャストタイムは少々気になりますが、確定ノックバックはいい効果ですね~。 使えるダークアーツです。 ……あ、シーシャさん? 大丈夫ですか~?」


「え、あ、アルミア……さん?」


 銀髪を華麗になびかせながら現れたのは、ヴァチカン所属の祓魔士(エクソシスト)(設定)のアルミアさんだった。

 彼女に続いてディナも銃を構えて突入して来る。


「え、あれは……バンドウさん!?」


『イイイイィィィッ!!』


 咆哮を上げながら起き上がってくるクリーチャーと化したかつての仲間に、ディナは驚愕の表情を浮かべた。


「そ、そうなの!! お願い助けて! バンちゃんを助けて!!」


「とはいったものの、どうしましょうか~。 とりあえず撃っていいですかね~?」


「い、いやそれはどうかと思いますよ!?」


 銃口を向けつつも手を出しあぐねるアルミアとディナ。

 シーシャが必死に止めに掛かって来るのも相まって、場は膠着状態に入った。


『イイ、イイイイ、ぐが、ぁぁああああ、おおおおお!!』


 ガクガクと震えていたバンドウが急に声を上げ、おもむろに畳を何度も拳で殴りつけた。

 化物同然だった顔が、脂汗を流しながらも理性ある表情に戻り口をパクパクとさせている。


「グッ―――、じゅ、呪物を探して……くれ!! 手首だっ! 左右それぞれ、合わせて四つ!!」


 吐き出すように訴えるバンドウの声はまともだった。

 少なくとも先ほどのようなくぐもった声ではない。彼もまた、身体を操られる中で戦っていたのだ。


「八千代と……た、貴子の……て、ててて手首!! や、屋敷のどこか、うぐぁああああ!!」


「バンちゃんッ!?」


「バンドウさん!!」


 ディナとシーシャの悲鳴のような呼び掛けをものともせず、再び怪物のような顔になったバンドウは四つん這いの姿勢になり、天井へ飛び上がって蜘蛛のように張り付いた。

 ドウッ!ドウドウッ!!とアルミアの放つジェリコの射撃を掻い潜り、ダカダカと足を動かしてあっという間に闇の中へと消えていった。


「……逃げられましたか」


「そんな、バンちゃん……」


「しっかりしてくださいシーシャさん。 バンドウさんも戦っていました。 早く彼の言っていた呪物を探しましょう! きっと解決の糸口になるはずです」


「うん……うん!」


 ディナの言葉にこくこくと首を縦に振るシーシャは奥歯を噛み締めて、奮起するように立ち上がった。

 まだ泣きそうな顔をしているが、先ほどよりは幾分かマシな気合が見えるとアルミアは思った。


「こうなるとやはり、ブレインの存在が不可欠ですね~」


 彼の言っていた手首が何を意味するのかは、アルミア達にはさっぱりわからない。

 いまだ姿を見せない彼ならば、あるいは……。


「とりあえず手首とやらを探しつつ、レイス君をついでに探しましょう~」


「……レイスさんはついでなんですか」


「あれはあれで案外しぶとい子ですから~。 一人で走り回ってても問題ないでしょう~」


「か、かわいそう……」


 和室を出て廊下をクリアリングするアルミアは、粛々と歩みを進めた。


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