『禁后‐パンドラ‐・6』
一行がたどり着いた部屋には一階で見たものと同じ光景が広がっていた。
畳の部屋にポツンと置かれた古びた鏡台と棒立てにかけられた長い人毛。変わり映えこそしないものの、この鏡台が被害者を発狂させた元凶だ。
「………ラジオの反応が強い」
レイスはHK45を構えつつ、鏡台の外周を歩きながら慎重に観察した。
「―――ッ!?」
それに気づいた瞬間にレイスは足を止めた。
しばらくじっと正面を見据える彼に、アルミアやディナたちが心配そうに声をかける。
「レイスさん? どうしました?」
「何かありましたか~?」
はっと二人の声で我に返ったレイスは、彼女たちの方を向いて青い顔でコクコクと頷いた。
「確認してください。 俺だけ見えてるものかもしれないので……」
「見えてるもの?」
周りを調べていたシーシャも呼び寄せ、三人はレイスに並んだ。
鏡台の正面。人毛と部屋の一部が映っているはずの鏡には―――地面につきかねないほどに前髪をズルリと垂らした女が、厳かに正座している姿があった。
ちょうど人毛がかけてある辺りだ。いや、人毛の代わりにこの髪の長い女が同じ場所で座っている。
その真後ろで、四人の掃除人が口を半開きにして固まっているという光景が鏡の中にあった。
女は微動だにせず、まるで時間が止まっているように静かだった。
「……見えてます?」
「み、見えてる」
「見えてますね~」
「私も、見えてます……」
よし、確認OKだとレイスはフウと息を吐いた。
注意深く見てみれば、映っている部屋の内装も少しおかしかった。こちらよりも生活感があり、ちょっとした季節の絵なんかが壁にかかっている。
いや、そもそもこの簡素な家とは少し異なる壁紙のような………。
―――唐突に、鏡の中の女がスッと腕を上げて人差し指をまっすぐ向けた。
「わっ!?」
「ひえっ!?」
ディナとシーシャが身じろぎする。
アルミアは銃口を向けて臨戦態勢を取り、レイスもそれに倣った。しかし、それ以上の動きはない。
女は人差し指を正面に差し向けたまま、またピタリと止まった。
「………な、なんなんですかもぉ!」
ディナが半泣きで抗議の声をあげる。
レイスも全力でホントマジでそうだなと思った。
「どうします? 撃っちゃっていいですか~?」
「いや、絶対いい結果にはならないと思うのでそれはやめて下さい」
彼女は何を指している?自分?それとも俺たち?
……いや、この向きなら。
「……鏡を、指してるのか?」
レイスは導かれるようにそっと鏡に近づき、その鏡面にゆっくりと指先を差し出して―――。
ガッ!!と鏡の中から飛び出した青白い手がレイスの腕を掴んだ。
「―――ッッッ!?」
抵抗しようとした時にはもう遅かった。
レイスは凄まじい力で腕をひっぱられ、鏡の中へと引きずり込まれた。
※※※
セピア色の風景の中、今より少し古い時代の衣服に身を包んだ人たちが木造の屋敷の前で不安そうに言葉を交わしていた。
―――貴子ちゃんが殺された!?まだ十歳だろ!?
―――父親が、きっと
―――八千代さんもかわいそうに、断片的な事しか知らなかったのでしょう?
―――あのまま自殺するなんて
―――どうするんだ、この家は
やがて家の中から着物を着た老人と老婆が出てきた。
群衆はシン……と静まり返り、二人を見る。
「……貴子と八千代はわしらで供養する。夫は探さなくていい。理由は今に分かる。」
画面にノイズが走り、次の場面へと移った。
屋敷の玄関前で、口に大量に髪の毛を含んだ中年の男が死んでいた。
慄く町の住人達に老人と老婆は説明する。
「今後、八千代の家に入ったものはああなる。そういう呪いをかけたからな……。あの子らは悪習からやっと解き放たれた新しい時代の子達だったのに。こうなってしまったのは残念だが、せめて静かに眠らせてやってくれ」
そうして屋敷には誰も立ち入らなくなった。
しかし―――呪いはまだ。
※※※
「はっ!?」
ガバッとレイスが身体を起こした。急いで銃を抜いて周囲を確認する。
ライトに浮かび上がったのは和室の風景。桐箪笥やテーブルなど家具がいくつかあり、床の間には盆栽が飾ってあったりもした。
夜闇の中であることは変わりないが、あの封鎖された家からは完全に転移してしまったらしい。
原因は言わずもがな、あの鏡に引き込まれたせいだ。
「アルミアさん達もいない……か」
レイスはポケットからサイシーバーを取り出してコールをかけた。
幸い、三コール目で『アルミアです~』と聞きなれた声が電話口に出てくれた。
「ああ……よかった。 俺です、アルミアさん。 そっちの状況は?」
『レイス君を追って鏡に触ったら、見慣れない部屋に飛ばされた感じですね~。 ディナちゃんやシーシャちゃんの行方もわかりません~』
「わかりました……。 玄関で合流しましょう。 俺も探して向かいます」
『はいは~い。 ……レイス君、たぶんここはあんな風に建て替えられる前の禁后の家なのだと思いますよ~。 ムービーは見ましたか~?』
「はい、バッチリ。 じゃあ、父親に殺された貴子ちゃんやその母親の八千代さんが呪いの根底にあるということですか?」
『そこから具体的にどうするかはさっぱりですがね~。 何を探せばいいやら~。 ともかく、玄関を探しますね~』
「ええ、そちらも気を付けて」
サイシーバーを切るとレイスは長く息を吐いた。
そしてぐっと気合を入れると勇ましく立ち上がる。まずは探索前に合流を急ごう。
ここが普通の屋敷であるなら数分の内に済むはずだ。
レイスはライトを構えながら襖を開けた。
庭に面した長い廊下が姿を現す。左右を確認して異常がないことを確かめると、レイスはゆっくりと歩みを進めた。ギシギシと軋む床板は古びてはいるが廃墟というほどではない。
長らく人の出入りが無かったせいか、僅かに埃や汚れが染みついているように思える。
ひとまずはカンを頼りに玄関を目指す。
たぶん、庭がこういう形なら恐らくはこっちが離れで……。
―――ズズズズ
長く束ねた何かを床に引きずるような音が鼓膜を叩いた。
よりにもよって背後から……。距離はまだありそうだが、それは喜べる情報じゃない。
「なんでいつも俺ばっかりなんだ………」
悪態をつきながらレイスはバッ!と振り返った。
ああ、見たくもなかったソレがそこにいた。黒髪を床に散らせながら、ゴキゴキと歪に関節を曲げながら四つん這いで迫ってくる女だ。
逡巡した瞬間は僅かに三秒。レイスは脳内で発砲の許可を発令し、HK45の引き金を引いた。
パンッ!パンッ!パンッ!と銃口から蒼炎が瞬き、対怨霊用の除霊弾が発射される。
『イッギイイイイイイッ!!!!』
命中弾を受けた四つん這いの女は激痛に喘ぐ悲鳴を上げると、先ほどとは比べ物にならないほどの高速移動で後ろに下がり、闇の中に見えなくなった。
「………げ、撃退成功か?」
レイスがじりっと右足を前に出す。
するとまた、ズズズズズズ!!と今度は大量の何かが壁や床を擦る音が聞こえた。
闇の中から現れたのは、レイスを飲み込まんと触手のように伸びてきた長い黒髪の群れだった。
「わーお……」
今度は一秒もかけず逃走を選択した。
「くっそぉおおお!!」
全速力で走りながら後ろ手に数発叩き込んだがまったく効果はなかった。
弾丸は髪に飲み込まれ、勢いは毛ほども衰えない。上手いこと言ったなと混乱した思考が拍手喝采を上げ、言ってる場合か!と冷静な理性が蹴りを入れた。
廊下の突き当りを曲がり、さらに曲がる。
思った以上に屋敷は広く大きかった。なるほど、こちらのステージからが本番かとレイスは黒幕へ悪態をつく。
「うおぉぉおっ!!」
廊下の終わりには扉があった。
レイスは急いでドアを押し開け、すぐさま踵返して閉じるとドアノブの鍵を回した。
ドオオンッ!!と一度、扉に大きな物がぶつかる音がして―――そのまま静かになった。
なんとか……、逃げ切ったらしい。
「はぁ、はぁ……。 ここどこだ?」
息を整えたレイスが行き着いた先は、古びた蔵書が並ぶ狭い倉庫だった。




