『禁后‐パンドラ‐・5』
一階の捜索は空振りに終わり、レイス達は二階へと足を運んでいた。
木造の古びた急こう配の階段を、アルミアを先頭にして進む。
「クリアです~」
ライトの光が左右に流れ、暗闇を切り裂きながら室内を照らし出す。
二階の廊下には扉が三つあり、動いた形跡もなくピッタリと閉じている。
「バンちゃん……」
「大丈夫ですよ、バンドウさんならきっと無事です。 慎重な方ですから」
シーシャの不安げな呟きに励ますように言葉を投げかけながら、レイスは後に続く。
最後尾のディナは背後を警戒しつつ、拳銃を構えている。
「どこから潰しますか~?」
「……奥から行きましょう。 突き当りの扉へ」
「了解です~」
二階に上がってから霊障ラジオのノイズがまた強まった。
ザザー、キュイーと鳴り続ける音は耳障りではあるが、これが無ければ警戒しどころもわからない。いまだどこかに潜む〝なにか"へ最大限の注意を払いつつ、レイス達は奥の扉を開けた。
先行して飛び込んだアルミアが素早くクリアリングを行う。
中身が無い本棚が壁に一つ、あとは引き出しの付いた机があるくらいだ。
やはりここも物がない部屋だ。
アルミアのハンドサインを確認した三人も部屋に入り、最後にディナが扉を閉めた。
「ここは……どういう部屋なんでしょう?」
「たぶん書斎を想定しているんでしょうかね……。 本棚とかありますし」
しかし肝心の本は一冊も入っていない。
レイスはまたも空振りかと思ったが、ポツンと残された机を調べてみると、引き出しに鍵が掛かっている事がわかった。
「開かない……。 鍵がかかってます」
霊障ラジオはこれといった極端に強い反応は示さないし、電磁波測定器も一階の鏡台ほど振り切ったりはしなかった。レイスはひとまずは安全だと判断する。
「鍵ですか……。 ちょっと見てもいいですか?」
「ディナさん、何か秘策が?」
レイスの隣に並んだディナが鍵穴に手をかざし、そのまま集中するように目を閉じた。
「ダークアーツ……、【マスターキー】!」
―――カチャンと鍵穴が独りでに回り、ロックが解除された。
「ふぅ、なんとか成功です。 そう難しくない鍵でよかったです……」
ゲームとわかっていてもレイスは驚いた。
まさにサイキッカーの念動力のように、勝手に鍵穴が回ったのだ。間近で初めてダークアーツらしいダークアーツを目撃し、レイスは目を輝かせた。
「すごいですよディナさん! 今の、どういうダークアーツなんですか!?」
「え? いえ、普通に鍵を開けるやつで……構造の難しさでこう、頭の中に浮かぶミニゲームの難易度が変わるっていうか……そんな感じです」
「なるほど、失敗する可能性もあると」
「あはは、名前こそ万能鍵なんですけどね。 あと、電子ロックとかは流石に開けられないです。 アナログな鍵限定ですね」
それでもこうして探索に大いに役立っている。欲しいダークアーツだなとレイスは深く考えながら引き出しをゆっくりと開けた。
中には一冊の古いノートが残されていた。この家に入って初めての情報アイテムだ。
ただ、そのノートは……人に読ませまいとしているのか、絡まる黒く長い髪がぐるぐるに巻き付けられていた。
「うわ……」
「うわぁ……」
ディナとレイスはまったく同じ声を漏らした。
「ん? 何かありましたか~二人とも?」
「手掛かり見つかった!?」
他に怪しい仕掛けはないか見て回っていたアルミアとシーシャが戻って来る。
そして髪でガチガチに拘束されたノートを見て、レイス達と似たような感じでドン引きしていた。
「……どうしましょう」
「どうするって……」
不安げな表情で顔を見合わせしばし固まる。
やがて意を決したレイスがゆっくりと手を伸ばした。
手にヒタリと張り付くような感触が髪から伝わって来た。
まだ乾いていない。質感に若干の湿り気がある。まるでたった今、毟り取った人毛をこうして巻いたような感じだ。
「………っ」
極力全部に触れないよう端をつまんだまま、レイスはノートを引きずり出した。
そのまま机の上に置くと、次は腰からナイフを抜く。
からまった髪の毛に刃を当て、拘束を切るために上へと引っ張った。
ブチ―――ブチ、ブチと刃こそ進んだが、千切れる感覚がずっと手について来る。言っておくが、このナイフは鈍らではない。本来なら綺麗に切断できるはずなのに、古びて固まったロープを切るが如くいやに苦戦する。
少し時間をかけてようやく押し切り、ノートを髪の毛から解放した。
「ふぅ……。 読みますよ……、気を付けて」
慎重に開いたページには、汚く乱れた日本語が書き連ねてあった。
―――まもなく娘は十歳になる。
儀式の歳だ。家内の先祖が行ったという神域へと至る儀式の。
多くの教育が必要だったかもしれないが俺なら大丈夫だ。
爪を剥ぎ、歯を抜いて、髪を食べる。
俺なら大丈夫だ。俺は至る、きっと至る。
極楽へ行くんだ。誰にも渡さない。
そこからは覚え書きとおぼしき内容が箇条書きで並んでいた。
この〝儀式"というのは親と子を使った生贄の邪法だ。
まず母親は必ず二人以上の女の子を産み、その内の片方を儀式の材料として選ぶ。普通に呼ぶための名前と母親だけが知る『隠し名』をつけ、特別な〝教育"を行っていくそうだ。
隠し名は母親が材料である娘を所有物として縛り付ける意味合いがあるらしく、二人きりの時であってもけして呼ばれることはないとか。
教育―――の内容はすさまじいものだった。
犬猫をバラバラ切り刻む。猫の耳と髭を使った呪いで鼠を殺す。解体した蜘蛛を元の形にくっつけ直す。糞尿を喰わせる、などなどだ。
おおよそ人の倫理観とは逸脱したおぞましい内容だった。
そうして歪んだ思考、歪んだ価値観、歪んだ常識を教え込み、贄としての力を高めていくそうだ。
十年に渡る〝教育"の末、娘は贄として大成し、いよいよ儀式に入る。
まず、爪と歯を全て引き剥がし、さらに娘の髪も全て引き抜いて術者が飲み込む。
そしてここでようやく『忌み名』を娘に告げることで儀式は完了し、これを行った術者は極楽にいくという形で終わっていた。
「―――気持ち悪い」
シーシャは口元を押さえながら吐き捨てるように言った。
まったくもって同感だとレイスは思った。
「邪教の儀式によって生まれた悪霊ですか~……厄介な相手ですねぇ」
「いや、それだけじゃないかもしれませんよ」
レイスは何度かノートを読み返しながら違和感を確かめる。
「……というと?」
「これ、鏡台の話が一切出てきてないんですよ。 他にも儀式を行う術者も、本来なら娘の所有者である母親である必要があると思うんですが、このノートを書いた人物は明らかに父親ですし……。 どう見ても儀式の工程が不完全としか考えられないんですよね」
とにかく不自然で、穴抜けのようにレイスは感じた。これで儀式が成功することはまずないだろう。
こんな邪法が失敗したらどうなるか……。少なくともいい結果には絶対ならない。
「たぶん、まだ話の段階が別れてるんだと思います。 このノートの父親が行ったことと、本来あった正しい邪法の〝儀式"とで」
それを紐解けば、全容が見えてくるかもしれない。
レイスは少ない手持ちの情報からそう推理した。
「……次は鏡台の部屋で」
レイスがノートから顔を上げると、ふと気配を感じた。
すぐ真横―――肌も触れそうなほどの距離で、生暖かい吐息を感じる。
ハッ!と視線を向けると、そこには口いっぱいに髪の毛が詰め込まれた醜い男がいて―――。
『 お れ の も の だ ! ! 』
「うわぁぁああああッ!?」
つんざくような怒声を浴びたレイスは飛びずさるように転がり、慌てて銃を抜いた。
だが、ほんの一瞬で男は姿を消していた。早鐘を打つ心臓と、驚いて毛の先まで逆立った感覚が残るばかりだ。
「レイスくん!?」
「レイスさん!? どうしました!?」
近くにいたアルミアとディナが、急に叫び声を上げたレイスに振り返った。
「い、今……、そこに! 男が……。 口いっぱいに髪の毛が詰まってて、ごぼごぼした感じのくぐもった声で『俺のものだ』って……。 き、聞こえたでしょう!?」
困惑した様子の二人は首を横に振った。
少し離れた所にいたシーシャも同じだ。
「……ちくしょう、ビックリポイントかよ」
真っ白になっていた頭にようやく色が戻り、レイスは深くため息をついた。
「大丈夫ですか~、レイスくん?」
「はいなんとか……、次行きましょう」
他にこの部屋には何もないだろう。
レイスはHK45をホルスターに戻して立ち上がった。




