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『禁后‐パンドラ‐・4』

 ディナを連れ立って、レイス達は廊下を右に進んだ。

 しかし、ここは洋館やマンションでもない一般的な家屋。数メートルも歩かない内にたどり着いてしまう。

 心の準備もままならないと言うべきか、すぐに場所を確認出来て楽と言うべきか……レイスは眉間にシワを寄せながら慎重に移動した。


 まずはトイレ、風呂場といった水周り。

 話に聞いた通り、水道は引かれておらずダイヤルを引いても蛇口を回しても反応はない。そもそもに使った様子すら無く、埃が分厚く積もっていた。

 レイスは念のため、電磁波測定器を向けてみたものの大きい反応は無かった。


「ここは何もなし……。 次行きましょう」


 レイスの言葉にディナとアルミアは首肯する。

 ギシッ……ギシッ……と軋む、板張りの廊下をまた進み、突き当りへとやって来た。

 普通の間取りであれば玄関に差し当りそうな場所だが、見ての通り壁で覆われている。


「玄関っぽいですが、見事に壁ですね~」


「はい……。 でも、埋めたって言うよりは……最初から壁として作った感じ、ですかね?」


 ディナもライトを向けながら注意深く観察している。

 レイスは軽く壁を叩きながら、音の反響を確認した。中が空洞という感じの音はしなかったので、ディナの言う通り扉を埋め立てたわけではなさそうだ。

 壁紙や四隅を確認しても、それらしい隙間や工事の跡も見受けられなかった。


 だとすれば……。


「玄関がない事は承知の上で建てられた……? つまり、人が住む目的では造られていなかったのか……。 だが、なぜ?」


「やっぱり、中にいるものを封じるためでしょうか……?」


「あるいは、誰も中に入れないためかもしれませんね~」


 ディナとアルミアの推理を頭に入れつつ、レイスは自身のこめかみを指で軽く叩いた。


「どういう過程を踏んでるかはまだわかりませんけど……たぶん、時系列で言えばこの〝パンドラ"の形に落ち着くのが最後だと思うんですよ。 お二人の言う通り、中の物を封じて、以後誰も入れないようにする処置としてこの家が建てられたとすれば、異様な構造にも納得がいきます」

 

 文字通り安藤たちは開かずの箱をあけ放ち、中の触れてはいけない何かに触れてしまったわけだ。


「……鏡台と髪でしたっけ?」


「封じるとしたらまずそれですよね……」


 三人はほとんど同時に後ろを振り返った。

 伽藍とした廊下に三つの光の円が浮かぶばかりで静かなものだ。


「なんだか、……静かすぎませんか?」


「俺もそう思います」


 あと二人、シーシャとバンドウが反対側の和室を調べているはずだ。

 件の鏡台と髪が置かれている和室……。顔を見合わせたレイス達は急いで廊下を戻り始めた。


「バンドウさん!? シーシャさん!?」


 呼びかけても返事がない。

 レイスは警戒度を上げながら、銃を構えて和室の前に躍り出た。


「うおっ!? い、いきなりなんだい!! び、びっくりしたぁ」


「……バンドウさん。 よかった」


 ちょうど廊下に出ようとしていたバンドウと鉢合わせし、レイスも慌てて足を止めて銃口を下げた。

 彼の後ろにキョトンとした顔のシーシャも一緒にいた。


「大丈夫ですか?」


「え? ああ、この通りだよ。 レイス君の声が聞こえたから、そっちに行こうとしてたところだ」


「逆にそっちは何かヤババだった感じ? すごい慌ててたけど」


「いえいえ~問題なく~。 ただ、そちらも一番危なそうな鏡台があるところですから、どうなったかな~と」


 ああ、そのことかとバンドウは思い至った様子で道を開けた。

 和室の中央には確かに安藤が言った通り、古びた鏡台が置かれ、その前に棒にかけられた長い髪が鎮座していた。

 暗い場所で見るとかなり背筋に来るな。


「……髪は間違いなく人毛だ。 カツラじゃない。剥ぎ取ったとかではなく、束ねて作られた物っぽいけどね」


「鏡台の引き出しは調べましたか?」


「流石にそこを触る勇気は無かったよ。 見えてる地雷には踏み込まないさ」


 素晴らしい危機管理能力だ。リザなら警戒しつつも開けに掛かっていたことだろう。

 レイスは鏡台に一歩近づいた。すると霊障ラジオのノイズが大きく激しく鳴りだした。


 この鏡台に反応している事は明白だ。

 軽く電磁波測定器を向けてみても、メーターが大きく振れる反応を見せる。


 チーム五人に緊張が走った。


「もう少し、反応を確認します」


 レイスは測定器を差し向けながら、反時計回りにゆっくりと鏡台の周りを歩く。

 全体的に高い反応を見せるが、引き出しの部分が特に強い数値を示していた。


 引き出しは全部で三段。

 安藤が持ち出した『禁后』は二階の鏡台だったそうだが、こちらにも同じものが入っているのだろうか?


「……三段目が一番ヤバイですね」


 そこに測定器の棒を差し向けると、メーターが振り切ったまま戻ってこない。


「レイス君、霊撮アプリを使ってみよう。 何か映るかも」


 バンドウがサイシーバーを取り出した。

 了解したレイスは一歩引いて、バンドウに譲った。バンドウは画面をタップしてカメラ機能を起動させると、サイシーバーを横に構えて鏡台と髪を画角に入れる。


 ―――カシャン


 電子的なシャッター音と共に、サイシーバーのフラッシュが瞬いた。

 その刹那の間に―――レイスは確かに、鏡台の前で髪の長い女が俯いて座っている様を目撃した。


「……ッ!」


 目をしばたかせてもう一度確認したが、棒に髪が掛かっているだけ。何も先ほどとは変わらない。


「今、何か……」


「……はい」


 シーシャとディナも同じものを見ていたようだ。


「も、もう一度!」


 ―――カシャン


 ああ……いる。

 一瞬だけだが、今度は見間違えなどではないとわかった。

 鏡台の前で、女……いや、少女が確かに。


「これ、映ってるのって……。 ッ、うわああぁぁっ!?」


 サイシーバーを降ろして、撮った写真を確認していたバンドウが何かを言いかけた瞬間、彼が凄まじい勢いで廊下まで跳ね飛ばされた。


「バンちゃんっ!?」


「何だ!?」


 廊下に投げ出されたバンドウが身体を起こそうとしたが、その顔がみるみる恐怖に染まる。


「あ、あああぁぁぁあぁあっ!!!」


 彼も必死に戸を掴もうとしたがもう遅い。

 バンドウは悲痛な叫び声を上げながら、四人の視界から何かに引きずられるように姿を消した。


「バンドウさんッ!!」


「まずいですね~!」


 レイスとアルミア、そしてシーシャが廊下に飛び出したが、もうバンドウはどこにもなかった。

 彼を飲み込んだ闇が深く続くばかりで、痕跡すら見当たらない。


「バンちゃーん!! バンちゃんどこぉー!! バンちゃん……」


 シーシャが泣きそうな声で呼びかける。

 もう最初に会った時のような快活さは微塵もない。


「ど、どうしましょう……これ」


 ディナも震える声であっちこっちを見回している。

 どこから何が来るかわかったものではないと、バンドウが身をもって証明してしまったからだ。


「……バンドウさんを探しましょう。 とりあえず一階をすぐ確認して―――それから二階です」


 レイスは下唇を軽く噛みながら、なんとか気を落ち着ける。

 見えない敵の見えない攻撃……。予想以上に、この家に潜む呪詛は深いようだとレイスは早鐘を打つ心臓を抱えながら、捜索を開始した。


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