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『禁后‐パンドラ‐・3』

 ―――好奇心は、用心深い猫すら殺す。

 その言葉の通りになったと安藤は呻いた。


 友人四人と安藤を含むメンバーで深夜に〝パンドラ"を訪れた。

 夜闇に浮かび上がる玄関の無い空き家は、それだけで不気味だった。


 そしてビビったことを悟られまいとする男メンツのカラ元気な言葉に誘われるまま、窓を割って鍵を開け、家の中へと侵入したのだという。


「家の中は酷くこざっぱりとしていて、家具の類はぜんぜんありませんでした」


 人が暮らしていたかどうかすら怪しい情景に、五人は拍子抜けしてしまった。

 調べる物も何もなく、本当にただ家の形だけ取り繕っただけの様子に緊張の糸も緩んだ。もしや、建築会社の何かしら数合わせで造られただけかもしれないと、もっともらしい考察を友人と交わしながら安藤は居間を集中的に見て回ったそうだ。


 その内に「二階を見てくる」と恋仲の友人二人が廊下に出ていった。

 一階に残った三人で風呂場やトイレも調べてみたが、使われた痕跡もまったくなかった。安藤は逆にそれが不自然でどうにも嫌な感じがしていた。


「次の部屋を調べようと、友人の一人が襖を開けた先に()()があったんです」


 ボロボロの畳が敷かれた和室。

 その中央に、一台の鏡台と地面に垂直に立つよう板と合わさった突っ張り棒が置かれていた。

 異様だったのは、その棒の上に長い黒髪が被せられていたことだった。

 まるで、後ろ髪が長い女の人が鏡台の前に座っている様子を再現しているようだったと、安藤は震える声で言った。


 友人二人も時間が止まったように硬直していた。

 どうする、なんだこれは、逃げた方がいいのかとパニックになる頭を抱えながらも一歩だって動けない。

 刹那、二階から「おい!何してるんだ!」という友人の叫び声と共に、ドスン!バタン!と何か暴れるような音が聞こえた。

 ハッとしたように安藤たちは顔を見合わせ、和室から逃げるように廊下へ向かった。


「廊下から階段へ向かうと、二階へ行っていた男の友人が恋人を必死に押さえつけながらこちらへ引きずって来ていました。 その時の彼女はもう……」


 ―――自分の髪をただ一心不乱にムシャぶり続けるだけになっていた。

 

 大慌てで彼女をパンドラから連れ出し、病院に連れて行ったというのが事の顛末らしい。

 無論、資料にも載っていた通り、発狂した女性の回復の見込みはない。


「友人の話では、彼女は一階で見た物と同じような鏡台と髪を二階で発見して……その鏡台の引き出しを調べていたそうです。 彼女が発狂する前、こんなものを見つけたと言っていました」


 そうして安藤がポケットから取り出したのは【禁后】と墨で書かれた和紙だった。


「……鏡台の中にこれが?」


 バンドウが和紙を受け取りながら聞くと、安藤は頷いた。


「指から剥ぎ取られたような血の付いた爪と一緒に、入れられていたそうです……」


 ブワッと鳥肌が泡立つ感じがした。

 これは邪教、あるいは呪術の類のろくでもない儀式の残り香に違いない。


「……町の人にこの事を聞いても、自業自得だというような感じで取り合ってもくれなくて。 中には泣き叫びながら物まで投げられたり」


「そうですか……」


「だから、私は真実が知りたい……。 アレはいったい何だったのか……。 パンドラは何故作られたのか……。 どうして、彼女が……あんなことに」


 やるせない表情で安藤はぐしゃぐしゃと頭をかきむしる。

 もう全て終わってしまった事で、今更取り返しもつかないともわかっている。それでも、納得がしたいと。真実を知り、心の清算を果たしたいと彼は願っているのだ。


「……どう思います? アルミアさん」


 レイスは少し歩調を落として、後ろを歩いていたアルミアに並んだ。


「そうですねぇ。 ……鏡台の引き出しはむやみに触らない方がいいというくらいでしょうか……。 それに敵らしい敵もいなさそうですねぇ~」


「はい、だからこそ慎重に動かないと……。 何がきっかけでどんな奴が襲い掛かって来るかまったく予想が付きませんし……」


「こちらの弾数も乏しいですからね~。 いつもみたいに暴力に暴力を重ねて解決するのは難しそうです~」


「……いちおう暴力のゴリ押しやってる自覚はあったんですね?」


「その方が手っ取り早いですし、私なら問題なく出来ますから~」


 凄まじい自信の裏打ちである。

 それで実際にやってのけてしまうのがアルミアというプレイヤーでもある。


 やがて長い田んぼ道を進んでいくと、雑木林が現れた。

 安藤は頷くと、草むらをかき分けてその中へと進んでいく。


「おっほー、雰囲気出てるー!」


「シーシャ、静かに……。 気を引き締めていかないと」


「はいはーい、わかってるよバンちゃん」


 最初に会った時からなんとなくわかっていたが、やはりシーシャとバンドウは知り合いらしい。

 ノリのいいシーシャとストッパー係のバンドウといった感じでいいコンビのように思える。


「あ、ま、待ってください!」


 後から周りを警戒するように付いていくディナ。

 こちらは中々に緊張している様子だった。


 日も落ちてきて周りも暗くなってきている。

 雰囲気は確かに、嫌な感じになってきた。


「行きましょう、アルミアさん」


「ええ、面白くなってきました~」


 ホントこの人はブレないな。




※※※




 そこに着くころには日は完全に落ち、レイス達はハンドライトを灯して先に進んでいた。

 雑草が多く生えた道は、誰も踏み入っていない事の何よりの証明だった。


「ここです……この家が」


「……〝パンドラ"」


 安藤の呟きを継いでレイスが答える。

 話に聞いていた通り玄関らしいものはなく、全面が壁に覆われ窓が点々とするだけの異様な姿だった。


「……私はここで、皆さんが戻ってくるまで待っています。 どうかご無事で」


 NPCの役目はここまでということか。

 どうやら家に入ってからが本番らしい。


「……流石にちょっと怖くなってきたな」


「だ、大丈夫だってバンちゃん! こっちには頼りになる人らがいるんだし! ね! レイちゃんにアルちゃん!」


「もちろん、出来る限りは頑張りますよ」


「自分の身は自分で守ってくださいね~」


「……いや、アルミアさん言い方」


 若干、腰が引けてる仲良し二人をしり目に、ディナはまじまじと家を眺め「あっ」と声を漏らした。


「あそこ、窓が割れてます。 あそこから安藤さん達は入ったんじゃないですか?」


「ん、ホントですね……。 他は開いてる感じしませんし、あそこから行きましょうか」


 レイスは先陣を切って家に近づく。

 ライトに浮かび上がる〝パンドラ"はどこかドス黒い影を感じた。待っていたぞと言わんばかりの雰囲気だ。


 レイスは窓を横にスライドさせ、先に背負っていたリュックを中に放り込んだ。

 そのまま縁を掴んで身体を引っ張り上げ、中へと身体を滑り込ませる。


「よっと」


 スタンっ、と着地したと同時に―――リュックにぶら下げていた霊障ラジオがノイズを発しだした。

 怪物系ではなく、呪詛系のミッションだからと持って来たが……さっそくかとレイスは引きつった笑みを浮かべた。


「レイス君、失礼しますよ~」


「ええ、どうぞアルミアさん」


 リュックを背負い直して横にずれると、軽やかにアルミアが着地しホルスターからジェリコを抜いた。

 アタッチメントのライトを点灯させ、戦闘態勢は万全である。


「……ラジオ、ノイズ出てますね」


「まだ音は小さいので今すぐ何かあるわけでは無さそうですが……。 何かはいますね」


 ざっと周囲を見渡したが、やはり家具はまったくない。

 広さから見てどうやら居間のようだった。


「おっじゃまー」


 シーシャに続いてバンドウも入って来る。最後にディナの順番だ。

 流石に五人が揃うと居間であっても若干の圧迫感がある。


 アルミアの様子を見て、三人もそれぞれ銃を抜いた。

 シーシャとバンドウはどちらも同じ【M92F】と呼ばれる、ハンドガンの代名詞と言ってもいい自動拳銃を握っていた。多くの映画の主人公に愛され、今なお軍事、警察機構において活躍する傑作である。

 ディナの方は全長をコンパクトにまとめた【ワルサーP99】という銃だ。

 露出した撃鉄を持たないポリマーフレーム製の構築で、ドイツの州警察に正式採用されている優秀な性能を持っている。


「どこから手を付ける?」


 バンドウの言葉にしばしレイスは考える。


「まず安藤さんの話が本当か確かめていきましょう。 一階をくまなく捜索して、何か手掛かりを探します」


「わかった。 手分けするか?」


「少し危ない気もしますが、そう離れるわけでもありませんからね……。 二チームに分かれましょう」


「じゃあ、僕とシーシャでいくよ」


「ではディナさんはこちらで。 いいですか、ディナさん?」


 急に話を振られて驚いた様子だったが、ディナはすぐにブンブンと首を縦に振って頷いた。


「よし、始めよう……」


 バンドウの開始の合図を皮切りに、レイス達は散開した。


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