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『禁后‐パンドラ‐・2』

「よし、到着っと」


 バンのスライドドアを押し開けたレイスは、アルミアと一緒にアスファルトの地面に降り立つ。

 ステージの時刻は日も少し傾いた夕暮れ前。淡くぼやけたエフェクトが空間にかかっているせいで明るいのにどこかうら寂しく、消える直前の灯火のような仄かな暖かさが感じられた。


 この場所は平屋が建ち並び、田んぼや畑が点々とする田舎町だ。

 人影は見えず、等間隔に続く電柱が長い影を引くばかりだ。


「へー、格好まで指定になるんですね~」


「え? あ、ホントですね」


 レイスはフード付きジャケットとジーパン、アルミアは黒のスラックスにトレンチコートの装いに変わっていた。戦闘色のない一般人の変装といった感じである。

 拳銃はどちらも脇下のショルダーホルスターに収まり、外から隠せるようになっていた。


「……弾倉ヨシ、装填ヨシ、安全装置ヨシっと~」


「その言い方、逆に不安になるのでやめて下さい」


 アルミアは自前の拳銃―――【ジェリコ941】をホルスターから抜いて動作を確認していた。

 この自動拳銃はイスラエルで開発されたもので、デザートイーグルのような斜めにカットされたフレームが特徴的だ。その外観からベビーイーグルと呼ばれたこともある。

 有名なライトノベルに登場したことによってオタク界隈でその知名度を一気に上げ、名前だけは聞いたことがあると言わしめるくらいにはメジャーな存在となった。


 言わずもがな、アルミアの物はシルバーステンレスで加工されたエクソシスト仕様である。

 この人、持ち込んでくる銃がミッション毎にコロコロ変わるにも関わらず、デザインはだいたい全てカスタマイズされている。レイスは一体どれだけ(ドルセント)をつぎ込んでいるのかと軽く恐ろしくなった。


 かく言うレイスはいつものHK45である。

 ロングマガジンへの変更とグリップをカスタマイズをした以外は至って普通の状態だ。


「では合流地点に行きましょうか」


「はいは~い」


 レイスはツールアイテムを満載したリュックを背負い直し、目標の案内に従って道路を進んだ。

 どちらかと言えば、レイスがお金をかけているのはもっぱらこっちのアイテム群だった。


 ―――しばらく進むと、似たような普段着に身を包んだ掃除人(スイーパー)達が寂れたバス停の前で集まっているのが見えた。


「お、来たみたいだぞ」


「おーい、こっちだよー!」


 合わせて男女三人。

 向こうもレイス達の姿を確認すると手振って呼びかけてくれた。


「すみません、待たせましたか?」


 レイスがアルミアを連れて急いで駆け寄る。

 出迎えてくれた三人の内の眼鏡をかけた背の高い男性がいやいやと朗らかに首を振る。


「いや、こっちも今来たところだから大丈夫だよ。 僕はバンドウ、よろしくね」


 優しそうな表情を浮かべた大学生くらいの若い男だ。

 レイスは差し出された手に応じ、バンドウと握手を交わす。


「へー、かわいい顔してるねー、少年! あ、わたしはシーシャだよ! よろよろー」


 バンドウと同じく年上と思われる若いお姉さんがピシッ!とウィンクと一緒に敬礼してくれる。

 まつ毛バシバシで化粧もバッチリ決まった金髪のギャルだ。レイスはそういう化粧を含んだアバター設定って可能なのかと少し驚いた。


「ディナです。 野良のぼっち参加ですけど、足引っ張らないように頑張りますね」


 最後の一人は長い黒髪で前髪がパッツンの、シーシャとは対照的な透き通る感じの表情をした大人しそうな女の子だった。

 雰囲気からだいたいレイスと歳は近そうに思える。


「レイスです。 本日はよろしくお願いします」


「アルミアです~。 よしなに~」


 二人が名乗るとシーシャが「あっ」と気が付いたように口を開けた。


「うっそ、マジマジ!? そちらさん『パラベラム・バレット』のレイス君とアルミアちゃんだったり!?」


「あ、はい。 そのレイスとアルミアで間違いないです」


「ですよ~」


「すっげー! わたし有名人って初めて会ったかもー! 激レアじゃん! あ、スクショ撮っていい!?」


 興奮気味に空間にメニューを開いて操作を始めるシーシャを、バンドウとディナはポカンとした様子で見つめていた。

 よかった、こちらはあまり配信とか動画とか興味ないタイプらしい。


「悪用しないのであれば構いませんけど、代わりに一つお願いが」


「お、なんでも言っちゃてー! お姉さんに出来る事ならなんでもやったげちゃうよ! エッチぃのは無しだけどね! なははは」


 ははは、言われんでもやりませんよとレイスは心底思った。

 いつものぽやっとした表情を浮かべながら、冷徹な殺気を背後から向けてくるアルミアがいる限り絶対にない。

 命は誰だって惜しいのだ。


「……とりあえず、俺もアルミアさんもアバターのキャラに成り切って会話をするので、それに合わせてくれるとありがたいなというだけの話です。 と言っても、ホントゲーム用語とかを出さないでもらえればってくらいなので、そう身構えなくても大丈夫ですよ」


 最近はむしろロールプレイをしていないと落ち着かなくなってきたくらいだ。

 リザの影響で〝レイス"の立ち回りがより自然なものになってきた気がする。

 喜んでいいのか、染まって来たというべきなのか……。


「うん、僕は問題ないよ。 なんだかおもしろそうだし」


「私もぜんぜん。 うまくできるよう気を付けますね」


 バンドウとディナの了解を得られ、ようやくゲームを始められそうだと思った矢先―――。


「……あの、もしかして掃除人(スイーパー)の方々ですか? プロの、ゴーストハンターの」


 全員がそちらを見ると、不安げな表情を浮かべた成人男性が立っていた。

 プレイヤーは5人募集のはずなので6人目という事はあり得ない。つまり、彼はこのセッションステージのNPCだろう。

 どうやらこちらが動く前に、黒幕(マインドマスター)がスタートさせてくれたようだ。


「はい、僕らがそうです。 もしや、あなたは依頼人の?」


 バンドウが率先して切り出すと、男性は深く頷いた。


「安藤といいます。 ―――お願いします、あの〝パンドラ"で何があったか……どうして彼女が狂ってしまったのか……。 その真相を調べて頂きたいんです!」


 切羽詰まった様子で安藤は頭を下げた。

 レイス達は顔を見合わせると、安藤に質問を投げかけた。


「もちろん仕事は果たします。 その前に詳しく事情を話して頂けませんか? パンドラとはいったい……?」


「わかりました、歩きながらお話いたします」




※※※




 ―――それは町の外れ、田んぼ道を延々と行った先にぽつんとある一軒の空き家なのだという。

 

 長らく誰も住んでおらず、町の古い家に比べてもさらに古臭さを感じさせる様相だ。

 それだけならば、朽ちるに任せた田舎の空き家で話は済むのだが……町の人々はその家を酷く恐れていた。

 話題に出そうものなら厳しい目で怒られ、子どもであってもビンタすら飛びかねないほどだったそうだ。

 この田舎町に赴任して来たばかりの頃にその話を聞いた安藤は、とても興味を惹かれたのだという。

 今では、くだらない怪談話と一蹴しておけばよかったと彼は語った。


 その空き家には玄関といった出入り口が無く、窓だけが存在する二階建ての家屋らしかった。

 どんな欠陥住宅だと思うだろうが、本当に全面が壁と窓で覆われているのだ。仮に前に住人が居たとして、どうやって暮らしたいたのかも定かではない。

 

 いわば、何かを閉じ込めるような〝箱"にその空き家を見立てて、子どもたちの間では『パンドラ』の通称で囁かれていた。


 中に何があるのかは誰も知らないし、語らない。

 まるで濃い霧の向こうに奥深く秘されているが如しだった。


 安藤はふとした拍子に『パンドラ』の話を遠方の友人に語って聞かせた。


「そしたらあいつら、そっちに遊びに行った時に肝試ししようぜって、言い出したんです……」


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