その少女は邂逅する
織口梨花はカモフラージュ用の本を手元に、じっとカウンターでレジ対応をしている青年を見つめていた。
自宅から自転車で15分ばかりの距離にある行きつけの書店。先日、ちょいちょい見かけるバイトの彼に声を掛けられたことがきっかけだ。
(やっぱり似てる……顔もレイスにそっくり)
前回はほんの二言、三言だけだったので判断がつかなかったか、こうして連日通い詰めて彼の「ありがとうございましたー」の声を注意して聞いてみると、これもやっぱりレイスにかなり近い。
もしかしたら、もしかするかもしれないという淡い期待が梨花の中でむくむくと大きくなっていた。
(……って、私これ完全にストーカーじゃ―――んっ!!!)
今更ながら、犯罪行為に片足を突っ込んでいた事に気がついた梨花は声にならない叫びをあげた。
現に今の格好は顔がバレないためのマスクといつもの眼鏡、そしてキャスケットを装備した芸能人の変装スタイルである。傍から見たらドチャクソに怪しい。
おまけに洗うのにも苦労する長い黒髪も相まって、通常の三倍くらいストーカーっぽかった。
(だ、駄目だ、これ完全に駄目なやつだ……。 ひっ、お客さんがチラチラこっち見てる! つ、通報される!)
実際は梨花の手に持っている雑誌が気になっているだけなのだが、今の彼女にはそれを察する余裕も機転も皆無だった。
慌てて店を出ようとしつつも雑誌を元の位置にちゃんと戻し、指さし確認の後に駆け出しだ梨花は―――盛大にすっ転んだ。
「ヌワ―――っ!!」
「うわぁああっ!?」
視界の端でいきなり顔面からべしゃあ!と床に落ちて滑走した女の子を目撃した光太郎は、思わず叫び声を上げた。
「だ、大丈夫ですか!?」
「い、いひゃい……うー」
かけていたであろう眼鏡や帽子が見事に吹っ飛んでいる。
レジから急いで出てきた光太郎はそれらを拾いつつ、半泣きの様子の女の子に駆け寄った。
「よく見せてください、血が出てるかもしれません」
「あう……あう……」
衝撃でばっさりと長い髪が眼前に流れているせいで、そういう類の幽霊と言われたら信じてしまいそうな様相だ。軽く怖い。
失礼とはわかっているものの、そっと手で髪を軽く上げて顔を覗く。
目を潤ませて痛そうにしている表情以外は、おでこや鼻先がちょっと赤くなっているだけだった。
幸いにして出血までには至っていないようで、光太郎はほっとした。
「……あれ?」
ふと、マスクもずれて口元まで見えた女の子の顔に、光太郎は既視感を覚えた。
こんな感じの顔をどこかで見たような……。
「―――っ!!!!!」
その一言で、梨花はブワッと総毛立った。
光太郎からひったくるように眼鏡と帽子を回収すると、マスクも直して急いで身に着ける。
「あ、あの! だ、だだだ大丈夫です!! 大丈夫でしたから!!」
「え、あ、でもいちおう病院に……」
「けっこうですぅうううう――――っ!!!」
「ぐほぁっ!?」
痛みと恥ずかしさ、そして心の準備すらままならない中、息がかかりそうな距離で目が合ってしまった光太郎の姿に梨花は限界を迎えた。
立ち上がりながらスタートを切る陸上のクラチングスタートの如く、初手から全速力で足を踏み切った梨花の突進をモロにわき腹にくらい、光太郎はきりもみ回転でふっとばされた。
「お、お客様―――っ!?」
救急箱をもって走って来た京極雄二の驚愕の声を背に、梨花はあっという間に見えなくなってしまった。
書店内がそんなカオスな状況になっているとは露とも知らない梨花は、必死で自転車のペダルをこいでいた。とにかく一刻も早くあの場を離れたかったのだ。
(バレた!? バレた!? さっきの「あれ?」はそういう意味だったの!? どっちなんだよ~~~っ!!)
とうとう本格的に泣きが入った。
もしも自分がリザ・パラベラムだとバレたなら最悪の出会い方と言ってもいい。
転んで顔面をぶつけた最高にかっこ悪い場面をよりにもよって見られてしまったのだ。
そんなのリザじゃない。きっと幻滅される。
しかもストーカーみたいな格好だし、実際ストーカーだったし、ストーカーしてたって絶対に疑われるし。そうなれば―――。
「……嫌われちゃう」
言葉にして出してしまった結果、余計にその事実が嫌な重さで背中にのしかかってきた。
まだ彼がレイスと決まったわけではないが、それでも梨花は悪い方、悪い方へと想像を膨らませ、鬱々とした表情を浮かべていた。
脳内の自分反省会を何度も何度も繰り返しながら、梨花は家路を急いだのだった。




