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“ダークアーツ”

「……けっこうスイーパーランクも上がったよなぁ」


 このゲームを始めて以来、何度もお世話になっている拠点の事務所でレイスはぼやく。

 たまった貯金を叩きつけながら改装したマイルームは、今では立派な佇まいだ。


 ゆるゆると天井を回るシーリングファンから始まり、むき出しの配管やレトロなキッチン。木製の棚には本が雑多に押し込まれ、観葉植物がいくつかフローリングの上に鎮座していた。

 その部屋の中央、ベッド機能を有したこだわりの寝れるソファに身体を投げ出しながらレイスは自分の会員カードで戦績を確認していた。


 現在、レイスのスイーパーランクは22を数えるまで上がっていた。

 先んじてダークスイーパーをプレイしていたリザはランク27と5点差。

 だいたい同じくらいに始めていたキョウカもランク25とほどほどに上だ。

 スタートして間もないユージーンはやっと20に到達といった具合である。


 ちなみにアルミアは現在スイーパーランク43。

 ソロでミッションに潜っている様子もあったので納得の数値ではあるが、やりすぎである。

 一体、いつ寝てるんだこの人はというのがレイスの正直な感想だった。


 さて、掃除人(スイーパー)はランク20を越えると晴れて一人前となり、新たな能力が解放される。

 


 ―――その名も〝ダークアーツ"。



 他のゲームで言うスキルやアビリティに相当する代物だ。

 深淵に浸り過ぎたがため、向こう側の力の一部を望まずとも手に入れてしまった、という設定になっている。

 掃除人(スイーパー)、相変わらず十字架しか背負わない。


 そして便利な能力がいくつも使えるのかと言われればそうでもない。

 ダークアーツがセットできる枠は僅かに3つしかないのだ。しかも、カテゴリー分けまでされていて、そう簡単にシナジーが組めないように設計されている。

 例を出せば、攻撃力アップのダークアーツと爆発物の威力アップのダークアーツが同時にセットできないなどだ。


 しかも、常時発動(パッシブ)型や任意発動(アクティブ)型から始まり、枠を二つ三つ潰す代わりに絶大な効果を持つダークアーツやミッション中1回しか使えないが戦況をひっくり返す切り札的ダークアーツまで様々な種類がある。


 もちろん、これらは働いた金(ドルセント)で購入して手に入れる他ない。

 いやらしい事に、同時に解放されたショップには『買うよりは安い価格のガチャ』まで配置してあり、掃除人(スイーパー)の財布を根絶やしにする気マンマンの構えを見せていた。

 強くなるには金が掛かる、しかし高額報酬はえげつない難易度であり、そこを突破するためには強い武器装備やダークアーツが必要で……というジレンマのサイクルが見事に完成されている。

 ある意味、馬車馬の如く働いてるアルミアが一番プレイヤーとして正しい姿なのかもしれない。


 そんなこんなで、ランク20を越えて資金も調達できたレイス。

 彼は今、どのダークアーツをセットすべきか―――死ぬほど悩んでいた。


「ぐーぬぬぬぬぬ……」


 会員カードを置き、その横のカタログを手に取る。

 ずらりと並んだダークアーツのとその価格群にレイスはかれこれ三日は頭を悩ませていた。


「ミッション次第で変えていけばいいという話で終わるが……それが出揃うまではなるべく汎用的なので……いやしかし一点突破の能力があれば不測の事態には十分対応可能だし……かといって枠を全部潰すのも」


 堂々巡りが回りに回る。

 今一つ、踏み切った判断が出来ない。


 そのタイミングでピコンとフレンドのログイン通知が入った。

 どうやらリザのようだ。


「そうだ、リザに相談しよう。 ゲームに関してはめちゃめちゃ詳しいし」


 一度、格闘ゲームが話題に上がった時、リザはキャラの行動をフレーム単位で覚えていたり、強み弱みを完全に理解しているような解説をしてくれた。大雑把そうな性格に見えて、わりと勝負に勝つための知識はキッチリ調べ上げるタイプの彼女だ、ダークアーツについても自分より把握しているだろうとレイスは考えた。


 さっそくとばかりにサイシーバーで連絡を入れる。


『おう、どうしたレイス?』


「ああ、リザ。 ちょっと俺の部屋に来てほしいんだけど」


『へっ? レ、レイスの部屋って……!?』


「いや、(自分にとって)大事な話があってな。 リザじゃないとダメなんだ。 時間はあるか?」


『ふぁ!? あ、う、も、もももちろん!……だぜ! す、すぐ行く』


「わかった、待ってるよ」


 なんだか随分と慌てていたな、自宅にピザでも届いたんだろうかとレイスは首をかしげた。

 

 程なくして来訪を知らせるチャイムが鳴ったので、入室の許可を出して迎え入れる。


「いらっしゃい、リ……なんで完全武装?」


「いや、なんとなく……」


 黒シャツとミリタリーズボンという拠点用のタフな姿のレイスとは打って変わって、ガチガチに出撃前の格好&背中にライフルを二丁とバズーカを背負ってリザは現れた。

 自分の部屋は傘の製薬会社の研究所か何かかと思われたらしい。ひとまず中へ通しながら、レイスはキッチンで飲み物を淹れにかかった。


「とりあえずバズーカはそこに置いておいて」


「おう、わかった」


 バズーカ置いておいてなんてこの先、二度と使うことはないセリフだなと思いつつ、暖かい紅茶をお盆に乗せて戻って来る。

 リザはベッドソファに腰かけながら、所在なさげにキョロキョロしていた。まるで家の中に初めて入れてもらった猫のようだ。


「い、いい部屋だな……! なんかすごいレイスらしいっていうか、センスがいい!」


「どうも、そう言ってもらえるとお金を掛けた甲斐があるよ。 はい、紅茶どうぞ。 チェシャさんほど美味しくはないだろうけど」


「サンキュ」


 レイスもリザの横に座り、紅茶に舌鼓を打つ。

 うむ、普通オブ普通。可もなく不可もない。


 リザも紅茶を一口飲んでほっ、としたように肩の力が抜けた。

 何をそんな緊張することがあったのだろうか?


「家には身長5メートルのハゲた生物兵器はいないぞ?」


「何の話だよ」


 違ったらしい。


「そ、それで? あたしじゃなきゃダメな……大事な話って、なんだよ?」


「ああ、実はダークアーツの事で悩んでて……。 リザなら相談に乗ってくれると思ったんだ」


「はい! そんなこったろうと思いましたよちくしょう! あたしのウカレポンチ馬鹿っ!!」


 紅茶を机の上に置いて、拗ねたようにうつ伏せに寝転がり出すリザ。

 リザの低身長なら、レイスが隣で座っていてもすっぽり収まる広さがあるソファである。


「……何か気に障ったか?」


「うるせぇ、なんでもねぇよ」


 そのままゴロンと仰向けに戻り、ぶすっとした表情のまま見下ろすレイスにじと目を向ける。


「―――あたしのダークアーツは【ソニックムーバー】だ。 15秒間、正面から弾丸を避けられるくらい周りがスローモーションになる。 実際はあたしがめちゃめちゃ速くなってるんだけどな。 けっこう身体に負荷がかかるから一晩で使えるのは3回が限度だ」


 装備枠を全て使うダークアーツのはずだ。

 この潔さは本当にリザらしい。


「もしかしてずっと前から【ソニックムーバー】は使ってたのか?」


「いや、使えるようになったのはつい最近だ。 身に着けるまでけっこう苦労したからな」


 効果相応に値段が張るダークアーツだったようだ。

 ……だったらそれ以前で普通に弾を走って避けていたのは全て自力という話になるんだが。


 ぶっちゃけ必要ないんじゃなかろうかそのダークアーツはと、レイスはちょっと思った。


「キョウカは遠隔攻撃を手持ちで近接武器で叩き落せるようになる【リフレクセンス】だ。 上手くやれば相手に攻撃を跳ね返せるとも言ってたな」


 怪異や幽霊が放つ遠隔技を近接武器で対処できるようになるダークアーツだ。

 それなりの速度で飛ばしてくる火球や光線、トゲや岩などに使うものだろう。

 タイミングを合わせる見切りが必要という点と、近接武器を手に持っていなければいけない点を除けば優秀な防御技と言える。


「キョウカのやつ、あたしの撃った弾丸を刀で防ぎやがった……」


「……嘘でしょ」


「あたしもそう思いたかったぜ」


 当たり前だが【ソニックムーバー】が存在する程度には、このゲームの弾の速度は目視でギリギリ反応できるかどうかくらい速い。【リフレクセンス】で理論上はそれを弾けるようになったといっても、実際に活用出来るかと言われればまず無理というのが通常だ。


 でも出来るんだなこれが。キョウカさんならね。


「今後、銃を持った人間が出てくる事態があったらキョウカに任せよう」


「あいつどんどん人外じみていくな」


「言うな、あれで未来ある中学生なんだから」


 確か【リフレクセンス】は2枠を使用するはずだ。だいたいの遠隔技には対応可能という点からの評価なのだろう。あと1枠に何をセットしているかは今度会った時に聞こうとレイスは考えた。


「アルミアさんは?」


「わりと普通だったぞ。 でかい銃でも二丁持ちできるようになる【ヘヴィトゥーハンド】とか、スピードと跳躍力が上がる【ライトボディ】とか。 武器の重量が少し気にならなくなる【フェザーウェイト】もあるって聞いた」


「おお、なんかまともだ」


 いずれも常時発動(パッシブ)型のダークアーツだ。

 あれだけ暴れまわっているアルミアさんの強さの秘訣がこんなところにあったとは、とレイスは感心していた。

 恐らくプロジェクトアーカムのイベントの時点で既に活用していたように思える。


「みんな自分の長所を伸ばしたり、弱点をカバーしたり上手くやってるなぁ……」


「ああ、だから別にレイスがどんなダークアーツに目覚めようが、あんまり関係ないって事だ」


 リザから遠回しに好きに選んでいいよというお墨付きを貰った。

 ふーむ、と顎に手を当てながらレイスはまた考え込む。


「例えばリザはどんな風な能力に目覚めてほしい?」


「え? あー、そうだなぁ……」


 傍らにあったナイトアーモリーの武器カタログを手に取りながらリザもまた宙を見つめて考える。


「―――レイスはやっぱ、謎解きとか作戦立ててる時が一番かっこいいからな。 そういう活躍がもっと見たいとはあたしは思うぜ」


「え? ……お、おう。 あ、ありがとう」


 思いのほかドストレートな褒め言葉にレイスは照れたように頬をかいた。

 リザはまるでお返しだと言わんばかりに、愉快そうな笑みを浮かべていた。


 だが、おかげでレイスは指針を得られた。

 リザの期待する活躍のためのダークアーツと見れば、範囲はかなり絞り込める。


「うん、助かった。 かなり参考になったよ」


「そりゃどうも。 相棒のためになったなら幸いだ」


「お礼のお菓子を進呈しよう、紅茶のおかわりは?」


「いる」


「りょーかい」


 用件が終わればあとはまったり雑談だ。

 すっかりレイスの部屋に馴染んだリザはソファがかなり気に入ったのか、だらしなく足を組んで寝転がっている。


「………」


 今更ながら、スパッツを履いているとはいえスカートから覗く太ももやら尻のラインやらはバッチリ近い距離で見えてしまうわけで。

 〝相棒のリザ"から〝女の子のリザ"へとうっかり意識が変わってしまったレイスは、ドギマギした様子でとにかく視線を上へ向けて見てないフリをした。フリなのでちょいちょいは見る。


「? なんだよレイス、急にもじもじして」


 秒でバレた。


「い、いやぁ!? なんでもありませんですけどぉ↑」


「うわずりすぎだろ、裏声出てんじゃねえか。 おい、なんかやましいことでもあんのか? ん?」


 ズイッと身を乗り出してきたリザにザッとレイスは身体を引く。

 思えば、VRの中とはいえ女の子を自室にあげているも同じだ。しかもベッド代わりのソファに並んで二人きり。しかも彼女に迫られて、二人の距離はとても近くて……。


 ―――これはヤバイわよ、とレイスは思った。

 そう思ってしまったらもう駄目だった。


「……、お、お部屋デートみたいでございますねとちょっと気持ち悪い意識しちゃっただけですのではい。 お気になさらず……」


 語彙が明後日の方向に向いたまま、正直にへたれた。


「………デッ!?」


 しかしレイスのカウンターは見事にクリーンヒットした。

 カッと頬が朱に染まったリザがハッ!と自分の状況に気づき、慌ててレイスから離れた。

 ソファの左右の端、レイスとリザの間に何とも言えない沈黙が流れた。


「………」


「………」


 もとはと言えば、彼女作りがレイスの主目的である。

 しかもなんだ、デートというワードをぶつけたリザの反応はけして悪い物ではない。

 ど、どうすればいい!?ここは押すべきか!?それともツッパリで押すべきか!?と意味不明な思考がぐるぐると彼の頭を回っていた。

 仲良くなったのは間違いない、しかしてその一線を越えるだけの相撲が自分に取れるのだろうかと、混乱する思考の中で力士に問いかけていた。

 恋の力士はごっつぁんですとほほ笑むばかりだ。


 ―――ピコンと、突然ログイン通知が入った。

 アルミアとキョウカが同じタイミングで入ってきたようだ。


「あ、【ARTEMIS(アルテミス)】に行こうか! みんな来たみたいだし!」


「そ、そうだな! 早く行こうぜ! 待たせると悪い!」


 助かったぁあああ!

 それがレイスとリザの共通認識だった。どっちもどっちである。

 はははとお互いに嘘っぽい笑みを交わしながら、二人は慌てて部屋を出たのだった。


レビュー頂きました!本当にありがとうございます!

たくさんの応援とお言葉を頂き、感謝しかありません。

これからも、ぜひぜひよろしくお願いいたします。

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