『オブジェクトナンバー“0021”・16』
近い距離で浴びたC-4の爆風に吹き飛ばされ、床に投げ出されたキョウカとリザ。
ジェイスとシェルもまた同時に勢いよく転がっていた。
「くっそ……、アルミア!! オッサン!!」
衝撃に怯む身体をなんとか引き起こしながら目を開けると、どういうわけか鉄錆びていた廃墟が元の白壁の研究施設へと戻っていた。
「こいつは……」
「倒しはしたって感じっすかね……」
緊急スプレーをポーチから取り出し、リザに投げ渡すキョウカ。片手でキャッチしたリザは赤く染まったダウン手前の体力を全快まで回復させた。
ウィンドウを開いてアイコンをチェックすると、見たくはなかった『DEAD』の文字がユージーンとアルミアの場所に浮かんでいた。
「あ゛ぁ゛ー!ちくしょうッ!!」
不甲斐ない!とリザは壁を殴りつける。
ジンとくる衝撃を拳に感じながら、奥歯を強く噛み締めた。
リーダーとしてもっと上手い作戦も、もっと上手い対応もあったかもしれないのに……結果は惨憺たる有様だ。
「大丈夫か、リザ……」
「キョウカちゃんも無事?」
こちらも治療を終えたジェイスとシェルがやって来る。
度重なるピンチを招いてしまった自覚があるのか、どちらもしょぼくれた様子だ。
「……すまない、たぶん俺が」
「言うなジェイス。 そのまま勢いで当たり散らしちまいそうだ……」
何をしても起きた事は覆らない。
今はそれより、脱出の目途がようやく立った事を優先すべきだとリザは荒れた気持ちを押さえつけた。
改めて周囲を観察すると、ここは【レベル.3】のどこかの階層であるとわかった。
中央のエレベーターまで戻れればそのまま【レベル.5】まで上がって脱出できるだろう。
「リザっち、キャロラインさんいたっすよ」
「皆さん、ご無事で……!」
「おう、そっちもな。 爆発は大丈夫だったか?」
「はい、隠れたロッカーが上手く盾になってくれまして。 ただ、衝撃で歪んでしまって……。 出られなくなって困っていたところをキョウカさんにまた助けて頂きました」
「へへん、一刀両断っすよ」
よく中まで叩き斬らなかったおい、とリザは思った。
しかし肝心かなめのキャロラインがこうして五体満足で怪我もしていない事実が何よりだった。
「キャロラインさん、これであの0021は倒せたってことでいいんだよね?」
シェルの問いかけにキャロラインは嬉しそうに頷く。
「はい!奴の領域もこの通り元に戻りましたし、停止状態に入ったと見て間違いありません!」
張り詰めていた緊張感と悲壮感がわずかに和らぐ。
各々は安堵の息を吐きながら、頭を次へと切り替えていった。
「じゃあ後は脱出するだけだな……残弾は?」
「BARの弾倉があと二つってとこだな」
「矢が十五本だよ。特殊効果があるやつは全部使っちゃった」
「意気軒昂っす!!!!!!」
よし、なんとかなりそうだ。
特に一番攻撃力が高いツインテールバーサーカーが元気いっぱいなのが心強い。
「キャロライン、ここがどこだかわかるか?」
「はい、【レベル.3】の第二階層です。 ちゃんと道はわかりますから、中央のエレベーターまで案内出来ますよ」
「そいつは嬉しい話だぜ。 さっそく頼むぞ!」
「はい! 今まで戦えなかった分、お役に立ちます!」
キャロラインの予想では、ウールガイのような他のオブジェクトが徘徊している可能性がまだあるそうだ。ただ、この階層の扉ならカードキーでだいたい開けられるので、迂回ルートには困らないだろうとも言ってくれた。
弾数が乏しい現状、なるべく正面切っての戦闘は避けたい。ここからはステルス行動だ。
「静かに行くぞ、先頭はあたしだ」
―――了解、と声が続き、リザ達は素早く行動を開始した。
複雑に交差する廊下を右に左に折れながら、キャロラインの指示に従って早足で突き進む。
途中で何度かオブジェクトに遭遇したが、ここでもキャロラインの知識が輝いた。
「……正面に、ありゃでかいトカゲか? キャロライン、わかるか?」
「ヒッ、あ、あれはダメです! 戦ったら殺されます! う、迂回しましょう!」
「そんなにか……、わ、わかった」
―――さらに数ブロック先にて。
「複数の人型のオブジェクトだ……。 これはどうするリザ?」
「そうだな、ここも迂回を……」
「いえ、あれは人間を媒体に生み出された尖兵みたいなものです。 本体は近くにいないようですから、キョウカさんの剣でなら容易い相手だと思います……。 あ、でも絶対に噛まれないでくださいね?」
「お、マジっすか? やっちゃっていいっすか?」
「ああ、ジェイスも後に続いてくれ」
「わかった、まかせろ!」
―――キョウカとジェイスによる速やかな暗殺を経て先へ。
「なんだ? 絵が部屋のど真ん中に……」
「あっ! う、撃ってください! 早く!!」
「シェル!」
「了解、リザ!」
ブレイクエッジの銃声と同時に矢が数本飛翔し、絵画を貫く。
そのまま女のような悲鳴が部屋にこだますると、絵画は炎に包まれて跡形もなく燃え尽きた。
「……なんだったんだ今のは」
「えっと【見初める裸婦】というオブジェクトで、絵の中の女と目が合うと中に引き込まれるという特異性を持っています……」
「うへぇ、とんだ地雷じゃないっすか」
「気になって調べに行ってたらアウトだったな」
―――そうして複雑なルートを経由しながら、エレベーターまであと少しと迫った。
ようやくだと誰もが希望を抱いたその瞬間に、けたたましい警報が全員の鼓膜を叩いた。
【―――まもなく施設の終了処理が実行されます。 終了まで残り5分。 繰り返します、まもなく施設の―――】
「なっ!? もしかしなくとも自爆予告っすか!?」
「くっ!」
慌ててジェイスが腰から自分のサイシーバーを取り出した。
ステージの経過時間を確認し、呻くように叫ぶ。
「ちくしょう、突破まで時間を掛け過ぎた! ミッションタイムが残り5分だ!!」
「こ、ここまで来て時間切れでゲームオーバーなんて絶対やだよ!?」
にわかに焦り出すシェルにリザも頷いた。
「……強行突破だ! みんな! 全速力で走れ!! 絶対に止まるなよッ!!」
最後の弾倉をブレイクエッジに差し込んだリザがスライドを引く。
この先に何が出て来てもこの銃弾だけで対処するしかない。
ひぃひぃ言いながら必死に走るキャロラインを中央に、リザ達は一塊になって駆け抜けた。
最短ルートを突き進み、障害物はなけなしの銃撃でなんとか切り開く。
扉を蹴り開け、机をひっくり返し、マズルフラッシュと刃の閃きが空を裂きながら、全員が決死の表情でとにかく先を急いだ。
「あ、ここだ! 皆さん! ここが最後です!」
カードキーを端末に差し込み、キャロラインがロックを解除する。
扉の向こうに転がり込んだ面々の視線の先には、例の大きなエレベーターが口を開けて待っていた。
少し長い程度の廊下が間を挟んでいるが、このまま走れば十分に間に合う。
「ひー、よ、ようやくっすね」
「……ああ、行くぞ」
リザはキャロラインに進むよう促し、周囲に目を配りながら廊下を進む。
「……ねぇ、リザっち。 これさぁ」
「言うな。 あたしもたぶん同じことを考えてる」
廊下にしてはやけに天井が高い上に横幅が広い。
業務用通路と言われればそうかもしれないが、それにしたって大きすぎるのだ。
それなりにゲームの場数を踏んで来たリザは嫌でもその雰囲気で察してしまう。
まるで、ボス戦用にあつらえたかのような構成をしたこの廊下で、何も起きないわけがないと……。
「ッ! 上っす!!」
「避けろみんな!!」
キョウカの声に反応し、すぐさまリザも叫ぶ。
シェルは身体を前に投げ出すようにダイブし、ジェイスはキャロラインを庇うように抱き寄せて同じく飛んだ。
直後、真上から瓦礫を粉砕しながら現れた人型実体が廊下に轟音と共に着地した。
『イイイ、、、、、ギ、、、イイイイ!!』
―――オブジェクトナンバー0021、スマイルフェイス。
しかし全身がいまだ焼け焦げ、一部の箇所は溶けた蝋細工のように歪んでいる。活動停止から回復しきらない内に、無理やり再起動してきたかのような感じだ。
いずれにしても、最後の最後で出てくるのがまたコイツかとリザは背に冷や汗を感じた。
サイジーバーでチラリと残り時間を確認する。
残りは一分と少しだ。
「―――聞け、ここは」
「ウチとリザっちで食い止めるっすから、ジェイニキとシェルちゃんはキャロリンを連れて逃げるっすよ」
ザッとリザの横にキョウカが並び立った。
驚いた表情のリザが「何をバカなことを!」と言おうとしたが、ニッコリと変わらない笑顔を向けてくる彼女に言葉を詰まらせた。
明るい笑みを浮かべながらも、彼女の瞳には「覚悟の上だ」という決意と闘争心が宿っていた。
残り一分と少しの間にスマイルフェイスを倒すなど不可能。かといってエレベーターに飛び込んだ所でスマイルフェイスの襲撃からは逃れられない。
であれば、誰かが残って運命を共にしなければならないのは自明の理。
「リザっちとウチで三十秒ちょいづつ、ピッタリ時間は稼げる計算っす。 間違ってるっすか?」
「……、この物好きめ」
「んっふっふっふ、今更でしょ」
ギンッ!と強い眼差しをスマイルフェイスに向けるリザとキョウカ。
その背の向こうでは、助けに入ろうともがくジェイスをシェルとキャロラインが押しとどめ、エレベーターの中へと引っ張っていっていた。
キャロラインが中の操作盤にカードキーを差し込むと、扉が閉まり始める。
『ギィ、キキキキキキキ!!!! にざがない! 逃がさない! 逃げ逃げ逃げ逃げェエエエエ!!!』
発狂したように腕を振り回し、スマイルフェイスは猛然と突進を開始した。
「リザっち!」
「おう!!」
弾切れ寸前のブレイクエッジをホルスターに仕舞い、リザはキョウカに投げてもらった片方の日本刀をキャッチする。
ヒュンヒュンと剣先を回して具合を確かめ、ピッタリと顔の横に刀を持ってくる霞の構えを取った。
「行くぞキョウカ!!」
「うおっしゃあぁぁああああッ!!!」
ドンッ!!と二人の少女が地を蹴った。
突っ走って来る化物めがけ、一切怯むことなく猛進する。
見る間に距離は縮まり続けたが、それでも二人はスピードを落とすことなく、スマイルフェイスの射程内へ真正面から飛び込んだ。
咆哮と共に跳躍、閃撃―――。
鈍色の鉄剣が最後の舞台で舞い踊った。




