『オブジェクトナンバー“0021”・15』
もしもこの場にレイスが居れば、頭を抱えて「バカヤロウ!」と叫んだだろう。
このゲームには一部、“ホラーのお約束”がシステムとして実装されている。
部屋に籠って動かなかったり、様子を見てくると単独行動したり、物音の正体がネズミとわかって安堵したりなどなど……。そういったトリガーを引くと、無条件で怪物が出現したり、即死や大ダメージを負ったりする特殊なイベントが発生するのだ。
プレイヤーの間では俗に『死亡フラグギミック』とも呼ばれている。
今しがたジェイスがうっかりやってしまったのは……倒した敵に対して「やったか?」と呟いてしまうと発動するギミックだった。誰が引っ掛かるんだそんな罠と思うかもしれないが、案外そのセリフを言うプレイヤーは多かったりする。
『ギイイイイイイイイエアアアアアアッ!!』
そして今回、黒幕が仕掛けていた「やったか?」ギミックの効果は見ての通り。
ボスエネミーの完全復活及び大幅強化という、VRメットを投げ捨てたくなるようなクソ仕様だった。
「危ねっすっ!!」
直後に、ジェイスめがけて飛んできた長い腕の一閃をキョウカが刀を交差させて受け止める。
しかし、先ほどの比ではない威力に加えて受け流す暇も無かったキョウカは、踏ん張りも虚しくそのまま壁に叩きつけられた。
「―――かっは!」
息が抜ける声を吐きながら、キョウカがダウンする。
まさか防御した上で一撃だと!?とパラベラムバレットの面々は戦慄した。
「マジかよ! 全員離れろ!! 緊急スプレー持ちはキョウカのとこまで行け!! 援護する!!」
リザがいち早く持ち直し、リロードを終えたMGL‐140を撃ち放った。
グレネード弾の爆炎にたたらを踏むスマイルフェイスを見て、まだ倒し切れない相手ではないと考察する。
だとして、あの攻撃力とスピードは本当にシャレになっていない。キョウカの反応速度でやっとこさ正面から対処可能かどうかくらいだ。
『ぎ、いいいいいいっ!! やったか! やったか! やったか!』
ジェイスの声真似をしながらスマイルフェイスが不気味に蠢く。
しなる鞭のような腕の叩きつけで、まず銃座として据え置かれていたM2重機関銃を破壊した。
射手として付いていたジェイスは飛び込みジャンプでなんとか余波を回避し、背中からガンブレードBARを抜いた。
「うるせえ! 舐めやがって! くそくそくそ……! どうなってやがる……! さっき死んだはずだろ!?」
「知るか! 見ての通りピンピンしてやがるのが現実だ!! もうこうなったら、手持ちの武器でゴリ押すしかねぇ!!」
早々にグレネード弾を撃ち切ったリザはMGL‐140を投げ捨て、ブレイクエッジを腿のホルスターから抜いた。
「……【徹甲弾】装填ッ!!」
収集品倉庫から拝借した特殊弾頭が入った弾倉へと瞬時に入れ替え、狙いも曖昧なままぶっ放す。
細身だが全長は大きいスマイルフェイスならこのくらいでも当たりはするという判断だ。
リザが撃ちまくる【徹甲弾】はその名の通り、弾の硬度と質量を高めて貫通力を上げた弾丸だ。
主に重装甲の相手に対して効果的で、対象の防御力を一部無視してダメージを与えることが出来る。ただし、若干威力が低いため手数や命中率が総ダメージに直結するクセのあるタイプだ。
ストッピングパワーでも劣るため、スピードに乗せて突っ込んでくる敵にも相性が悪いという特徴もある。
もっとも、スマイルフェイスにはこの辺りの条件は問題にならない。遠慮なくリザは撃ちまくる。
「……キョウカちゃん! 大丈夫かい!?」
C-4の起爆役を終えたユージーンが、ダウンしたキョウカの元に走り込む。
急いで救急スプレーを装備から出して蘇生を開始した。
「ぐぐぐ、不覚っす……。 ユーおじさん、いざとなったらウチは置いて生存を優先させるっすよ……。 これ、頭数が減るほど不利になっていく奴っすきっと」
「だったらキョウカちゃんをしっかり起こして、みんなでやっつけようね」
「……うー」
傍らの蘇生ゲージはゆっくりと伸びていくが、相も変わらず時間が掛かる。
焦りが募るも、ユージーンは深く息を吐いて仲間を信じる。
「アルミアちゃん! そっちは頼んだからね!」
「言われるまでもありません~!」
大振りの薙ぎ払いを宙返りで避けたアルミアは、返す刃で聖なるグレネードランチャーをお見舞いする。スマイルフェイスの顔面に命中した焼夷グレネードは、眩い炎を散らせながら確実に燃焼ダメージを与えていた。
アルミアはカポンと銃身に入っていた薬莢を排出し、空いた左手で腰の焼夷グレネード弾を空中に投げた。 くるりと一回転した次の弾をそのまま綺麗に聖なるグレネードランチャーでキャッチして、リロードを完了させる。
「はぁっ!!」
振り下ろし攻撃に合わせてグレネードを発射し、着弾の衝撃で腕を跳ね上げた。
ゲームによっては、相手に隙を大きく作る“パリィ”という技術だ。アルミアはそれを銃弾で再現してみせた。
追撃とばかりに聖なるショットガンへ持ち替え、セミオートの弾幕をこれでもかと腹部に浴びせかける。
「止めろって言われて止まるもんじゃないわよ、これ!!」
シェルはコンパウンドボウから弓を次々に発射するも、根本的に火力不足が否めなかった。
爆裂矢は最初の攻勢で全て使ってしまい、あとは電撃矢が数本くらい。こちらは本当にどうしようもない攻撃が来た時の妨害用に確保しておく。
「くっそォオオオオオ!!」
ジェイスも威力の高いBARで弾幕を張っているものの、やはり爆発物でもないとダメージの通りは悪いように見えた。気合でリスクの高い足元に飛び込み、ブレード部分で斬撃を繰り出して肉を削るが、これもそう何度も成功できるものではない。蹴りの一発すら当たれば即死は免れないはずだからだ。
―――膠着。
スピードの乗ったリーチのある物理攻撃を前になかなか攻めきれないのもそうだが、何より怯みこそすれダメージが蓄積している感じがまったく無いのが問題だった。
「タフすぎんだろコイツ!!」
「明らかにさっきより強くなってますね~!」
すんでの所で爪のブン回しをのけぞる様に避け、リザとアルミアが隣り合う。
リロードの隙をカバーし合いながら、次の攻勢に頭を悩ませた。
「……よし、キョウカちゃん復帰だよ!」
「待たせたっすね!!」
飛び跳ねるように起き上がったキョウカが再び二刀を構え、ジェイスと同じく足元へと走り込む。
「はぁあっ!!」
身体をコマのように高速回転させ、踵の肉を削り取りながら中央を突っ切った。
これで転倒するかと思ったが、謎の体幹でスマイルフェイスはまったく崩れない。それを察知するとキョウカは地面を蹴って反転し、カウンターの爪を回避しながら再び攻勢に掛かる。
ジェイスとキョウカという近接役が二人に増えたことで、外周へのヘイトを少し軽減することが出来た。その間に、ユージーンはリザの所まで急いでやって来る。
「リザちゃん! これ、残ってるC-4! これをあいつの身体に張り付けて爆破できないかな!?」
ユージーンが提案と共に取り出したのは三つのC-4爆薬だった。
「おお、これは僥倖です~。 危険は大きいですが他に手はないですね~」
「なんとかやるしかねぇか。 オッサン、それをロープで縛ってひとまとめにしてくれ」
「わ、わかったよ」
ユージーンが手早く作業をこなす中、リザとアルミアはスマイルフェイスを見据える。
今は三人が代わる代わるヘイトを取りながら、ギリギリのラインで抑え込んでいてくれている。この渦中に飛び込んで、誰が爆弾を仕掛けるかという話だが……。
「あたしが……」
「いいえ、私がいきます~」
アルミアがニッコリ笑って、ユージーンが結び終えたC-4の束をさっさと拾い上げてしまった。
「え、おい! アルミア!」
「リザちゃんはリーダーさんなんですから。 指揮官がやられるわけにはいかないでしょう~?」
「あ、あたしがアレにやられるわけねーだろ!?」
「それは私も同じなので~。 問題ないですよね~」
堂々と自分がやられるわけがないと豪語するアルミア。
多少の虚勢は見えるとはいえ、今までの実績が大きくその言葉を裏付けもしている。
悩んだリザだったが、しぶしぶ自分は援護に回ると道を譲った。
「では、参ります~! 皆さん、どうにかアレの動きを一瞬でもいいから止めるなり怯ませるなりお願いします~!」
「注文たまわったぞチクショウっ! シェル! もう出し惜しむな! 矢を全部使え!!」
「了解! お兄ちゃん!」
ジェイスのBARの射撃から始まり、地面に触れんばかりに斜め走りをするキョウカが関節めがけナイフを突き刺して通り過ぎていく。
その隙にすかさずシェルが素早く四発、肩と胴と両足に残った電撃矢を射った。
「これで痺れろぉ!!」
バチイッ!!と青い電流がスマイルフェイスの全身に光り、痙攣するようにガクガクと震えながら動きが止まる。
「―――シッ!!」
タイミングを計っていたアルミアが、地面を蹴って一直線に走り込む。
目指すは膝をついて狙いやすくなったその胴体。C-4爆薬はゲーム的な特性上、接触した位置にガッチリと付着するので、確実にダメージが与えられる部位に付けるのが望ましいからだ。
片手で持ったその爆薬の束をダンクシュートを決めるように振り上げ、アルミアは跳躍する。
『キイイイアアアアアアッ!!!』
―――だが、次の瞬間には突き出されたスマイルフェイスの手が、空中にいたアルミアをガッチリと掴まえた。
「がッ!? くっ、あ……!!」
急激に殺された慣性が、そのままダメージとなってアルミアのボディに入り苦悶の声を上げる。
「―――な、解けるのが早いぞ!? なんでだ!?」
「ヤバイ、お兄ちゃん! こいつ、耐性まで強化されてるんだ!」
スタンの効果時間を見誤り、一転してまたピンチへと追い込まれた。
誰もがまずい!と焦りの表情を浮かべた中……、アルミアが持っていたC-4をダウンと共に取り落とした。
「うおぉおおおおおおっ!!!」
すぐさま動いたのはユージーンだった。
宙に浮いたC-4爆薬をダイビングキャッチし、それを抱えたままアルミアと同じように跳ぶ。
しかし、それは設置するためではない。もう立ち上がりかけていたスマイルフェイスの首元にしがみつくためだ。
「ユーおじさんっ!?」
「オッサンっ!!」
立ち上がったスマイルフェイスは鬱陶しそうに、アルミアを掴んでいる手と逆側の爪で、首にまとわりついた邪魔な異物を仕留めようと振りかぶる。
「うわああぁぁ! アルミアちゃん!! やってくれぇええええ!! 早く―――っ!!」
なるほど、とアルミアは赤い視界の中で納得した。
あのユージーンの位置ならば、頭も爆発範囲に巻き込めてより高いダメージが与えられる。加えてあの爆薬の量ならばそのまま仕留めきれる可能性だって十分にあり得る。
自分が捕まった混乱の中で、素晴らしい状況判断だと手放しで褒め称えたかった。
その過程で、二名の犠牲が出ようとも些細なことだ。
「―――リザちゃん、あとは頼みましたよ!」
ギラッと目を見開いたアルミアが、腰元から取り出した起爆装置のスイッチを躊躇うことなく入れた。




