『オブジェクトナンバー“0021”・6』
「「「………」」」
全員が机の上の動体探知機を見た。
依然として『ピピッ、ピピッ』と無機質な電子音を立てながら反応を示している。
「すぐここを出る準備をしてくれ!」
レイスは動体探知機をひっつかむと壁に差し向けながら位置を探った。
すぐにディスプレイの半円の中に、赤い光点を一つ確認する。
「……北東100メートルの位置。 けっこう近いぞ」
しかも徐々にこっちに向かって距離を縮めている。自分たちの居場所は完全に感知されているなとレイスは苦虫を噛み潰したような顔になった。
リザ達は慌ただしく武器と荷物を背負っていく。俄かに緊張感が増した空気の中、キャロラインはオロオロと見回すばかりだ。
「キャロライン!!」
「は、はい!! え? きゃ!?」
突然リザから投げ渡された拳銃を、キャロラインは取り落としそうになりながらキャッチする。
自分の手の中でズッシリとくるVP70を見て、怯えたように表情がこわばった。
「こ、ここここれ!! でもだって私、銃なんて撃ったこと……」
「親指が掛かるとこの安全装置を外して引き金を引くだけだ。 簡単だぜ? それに何も戦えっていってるわけじゃねえよ。 もしもの時のためのお守り代わりってだけだ。 キャロラインの事は、ちゃんとあたしらが守ってやるからよ!」
白い歯を覗かせて頼もしい笑みを浮かべるリザに肩を叩かれ、キャロラインは「はわっ!」とよくわからない声を上げながら頬を赤くした。キャロラインは手元の銃とリザの背を交互に見比べ、やがて銃のグリップをしっかりと握ってうなずいた。
「距離50メートル! くそ、もう廊下には出られないな。 ここで迎え撃つぞ!」
レイスは倉庫の一つしかない出入り口から下がるよう全員に指示した。
追ってきているのは間違いなく≪ウールガイ≫だろう。物理耐性は高いようだが、マグナム弾を撃ち込めば吹っ飛ばせるくらいには体幹は弱い。総合的に火力が上がった今なら、怯ませて逃げ出すくらいは容易なはずだ。
膝立ちでKSGを構えるアルミアを先頭に、キャロラインを囲むようにメンバーが展開する。
一様に扉に銃口を向けながら、その時を待つ。
「30メートル……、20メートル……。 もう扉の近くだ、来るぞ!!」
誰もが無言の中、鳴り続ける動体探知機の音色が耳に痛い。
じわじわと寄ってくる赤点にレイスは集中する。
「15メートル……。 ッ!? 10メートル!?」
「そ、それってもう部屋の中じゃ……」
ユージーンが不安げに見回す。
その通りだ。この倉庫は縦に長く、10メートルの距離は既に室内のはずである。
だが見えない、どこにもいないし物音すらしない。
「機械の故障っすか……?」
「いや、ありえない。 8メートル……、まだ近づいてきてる!!」
もしや別種のオブジェクトだったかとレイスは焦る。
光学迷彩かあるいは霧状に変化する物体か何かかと次々を予想を立てるも、明確な対応策が浮かばない。
頼みの綱のキャロラインすら、現状には困惑している様子だった。
これは、どうすればいい……?
「うふふ。 ベタな展開は大好きですよ~、っと!!」
ズドォンッ!!!とひときわ大きな銃声が響いた。
アルミアは冷静な眼差しを天井に向けながらグリップを引いて排莢し、すぐさま次弾を発砲した。
―――ズドォンッ!! ジャカッ! ズドォンッ!! ジャカッ!
コッキングと同時に次々と発射された散弾は天井の板を食い破り、その向こうに蠢く≪ウールガイ≫の姿を暴き出した。
「やっぱり天井に潜んでましたね~。 さぁ、今のうち脱出GOGO~!」
板の隙間から触手の毛糸を伸ばそうとする≪ウールガイ≫めがけ、さらに12ゲージ弾をお見舞いして動きを牽制する。
「部屋を出ろ! 行け行け行けッ!!」
敵の奇襲を失敗させたと理解したレイスは弾かれるように叫んだ。
まだ降りて来られない内に出来るだけ距離を離すんだと走り出す。
「こっちだキャロライン! 姿勢を低くしろ!!」
「は、はい!」
天井から伸ばしてくる毛糸に触れないよう、しゃがませながらリザはアルミアの横を通ってキャロラインを連れ出す。
「キョウカちゃん! 先に行って!」
「うっす!」
アルミアの攻撃をカバーするようにG11の射撃を繰り出すユージーン。
かけ声に従って走り抜けたキョウカの後ろに続き、彼自身は出入り口のそばで止まってアルミアの離脱を援護する。
「アルミアちゃん!!」
「はいは~い。 ふふふ、おじさまもホントに頼もしくなりましたね~、素敵ですよ?」
「あ、ありがとう。 でも今はちょっと急いでくれた方が嬉しいなぁ!?」
「わかってま~す」
アルミアは最後に倉庫の外に出ると、扉を閉めて握りの部分に例のモップを差し込んで開かないように細工した。わずかでもこれで時間が稼げるだろうという判断だ。
待機していた先行組と合流し、チーム一同はセキュリティルームを出た。
このまま二階層に降りるか、一階層の奥まで逃げるか……。
いずれにしても、カードキーを見つけないことには先に進めないし、どうしたものかとレイスは頭を悩ませていた。
―――不意に彼の視界に赤いものが横切った。
「え?」
刹那、ものすごい力で服を引っ張られ地面に引き倒される。
視界に映った赤いものは、髪をかすめながら頭上ギリギリを通り過ぎていった。
「先輩ッ!! 無事っすか!!?」
キョウカの言葉で、自分が今まさに攻撃されたことをレイスは自覚した。
顔面を真っ二つにする勢いで放たれた怪物の一閃は、寸での所で空を切ったようだ。
「くそッ!! こいつどっからッ!? 離れやがれッ!!」
バババババッ!!と真横でリザのMP5クルツが瞬き、すぐ近くに現れた赤い人型実体を弾丸で押し返した。
その姿を見間違うはずもない。アルミアが足止めしたはずの≪ウールガイ≫だ。
奴が先回りして目の前に立っている。
否、先回りでも瞬間移動などでもない。これはもっと最悪のパターンだ。
……こいつ、二体目の≪ウールガイ≫だ!!
「マジかよ……ッ!!」
レイスもすぐさま身体を起こし、リザに並んで釘打ち機を発射する。
だがやはり怯みはするが、明確にダメージが入っている様子がない。
ん?なんだこの≪ウールガイ≫。
さっきより毛糸の身体が薄いような……。
「ぶ、分裂個体です!! ≪ウールガイ≫は自身の質量を分けて同種の別個体を生成する能力を持っています! まさかこんな使い方をするなんて!?」
「そういうのは先に言ってくださいキャロラインさんッ!!!」
くっそ!映画でありがちな危機的事態に直面してから新能力の解説が出てくるアレじゃないか!
たぶんそういう風にするよう黒幕が設定しているんだろうけど!!
「ま、まずいよレイス君! セキュリティルームの奴も出てきちゃったよ!?」
「挟みうちですね~。 どうします~?」
……まさかコイツ、倉庫に動体探知機があるのを知っててこんな罠を張ったのか?
完全に動きを止めた一匹をここに待ち伏せて探知を掻い潜らせ、もう一匹で天井から追い込みを掛けて双方から一網打尽にする二重の奇襲作戦を?
いやいや、どんな頭の良さしてるんだよ。怖すぎるだろ……。
「………」
万事休すとはこのことかとレイスは呻いた。
ひとまず火線を集中させて、狭い廊下に立つ方の≪ウールガイ≫を突破するかとレイスは考えた。
しかし、全員が走り抜ける前に誰かが反撃を受ける可能性がどうしても高かった。
それだけ、先ほどレイスに飛んできた毛糸の一閃は速かったのだ。
威力が折り紙付きなのも間違いない。
「……強行突撃しかない。 誰がやられても足を止めるなよ」
腹を括ったレイスが賭けに出ると宣言した。
もちろん最後尾は自分が担当すると言うようにメンバーを前に押しやっていく。
「おいレイス!! 待てよ!!」
「大丈夫だ!! 運が良ければ無傷で通れるし、たぶんなんとかなる!! リザはキャロラインさんを守ってくれ!!」
嘘だ。
恐らく運が良くてギリギリ死なないかくらいだろう。
ならば、一番この状況下で離脱しても問題ない人物がそのポジションを買って出るべきだ。
レイスは強引に隊列を整えさせ、突撃の姿勢を構えた。
なおもリザは抗議の声を上げるが、無視する。
「だめだレイス!! あたしが殿をやる!! あたしならあれくらい避けられるって!!」
「リスクが高すぎる! いいからやるぞリザ!! 向こうはもう待ってくれない!」
脚を擦りつけながら前後から迫る≪ウールガイ≫。
追跡は素早いくせに、こうして獲物を目の前にした時はじわじわと追い詰めるように迫ってくる。
恐怖を煽る悪意じみた行動だ。まったくもって嫌らしい。
事実、自分が冷静な判断が出来ているのかレイスには自信がなかった。
この化物にいいように踊らされているような気がして仕方ない。
だとして他に方法が無いのもそうだ。やらなければ全滅するだけ……。
レイスが号令をかけようとしたその時―――バシュウッ!と薄暗い廊下の向こうで赤い花火が灯った。
シュウウウッと眩く燃え続ける花火の棒……。いわゆる緊急時の目印に焚く“フレア”を、その人物はレイス達の方へ投げ込んだ。
「それを拾ってッ!!」
少女の声で暗がりの人物は叫んだ。
「……ッ!! よっしゃあッ!!」
考えるよりも先に身体が動くキョウカが素早く床に転がったフレアを拾い上げ、直感的に≪ウールガイ≫へと差し向ける。
―――シュシュシュシュシュッ!!
フレアを突き出された≪ウールガイ≫は毛糸の触手を激しく暴れさせながら、逃れるように下がった。
「そいつは火が嫌いなんだ!! 今の内に早く来い! 馬鹿どもが!!」
暗がりの少女の横には、もう一人のシルエットが立っていた。
しかも、今の罵声にレイスは聞き覚えがあった。
確かそう、最初にオブジェクトナンバー0021の実験室で出会った……。
「……ジェイスと、シェル?」
降って湧いたチャンスに便乗してレイス達は、二人の元へ駆け寄った。
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