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『オブジェクトナンバー“0021”・4』

 悲鳴がした方へ駆けつけ、先頭を行くリザが入口の鉄扉をさらに蹴り開けた。

 すぐさま突入した面々が部屋に散開していく。

 ここはどうやらまた別のオフィスのようだと、書類が荒れた部屋をレイスは見回した。


「リザっち! あそこ!」


 キョウカが指さした方には、野暮ったい眼鏡をかけた白衣の女性のNPCが腰を抜かして震えていた。

 眼差しは真っ直ぐ正面に向けられ、迫り来る何かを凝視している。


 その“何か”はなんというか、一言で表現すれば赤い毛糸がぐちゃぐちゃに結びついて出来た人間―――のような異形だ。

 全長は高身長の成人男性サイズ。体表からちぢれたいくつもの赤い糸が、うねうねと細かく蠢いている。

 ずりっと脚を地面に擦りつけながらゆっくりと白衣の女性に近づいていく様には、明らかな捕食か殺戮の衝動が見て取れた。


「野郎ッ!!」


「リザちゃん、任せて!」


 チャッと左腕を支えに右腕をクロスさせて、精密射撃の構えを取ったユージーンがコルトパイソンの銃口をピッタリと毛糸の異形に合わせる。


 ―――ドォンッ!!


 迷いなく放たれた一射は異形の脳天を捉え、マグナム弾の威力そのまま横っ飛びに異形を吹っ飛ばした。どうやらかなり体重が軽いみたいだなとレイスは考察する。


「な、あ……え?」


 目を白黒させる白衣の女性の元にキョウカとレイスが駆けこむ。

 ざっと全身をチェックして怪我はない事を確認した。


「キュウカ! 近づいてきたら容赦なくぶん殴れ! ……立てますか? ここから逃げますよ」


「あ、ああああIRクラス!? どうしてここに!?」


「いいから話は後です! あれはそう簡単に倒せる相手じゃないんでしょう!?」


 さらに混乱する彼女はハッと起き上がり始めている毛糸の異形に目を向け、青ざめながら何度も頷いた。

 そして差し出されたレイスの手を取ってなんとか立ち上がる。


「お、おおお、オブジェクトナンバー0096≪ウールガイ≫です! 触手に捕えられれば全身の血を抜かれます! 絶対に近づかないで!」


「……うへぇ、能力までキモい相手っすね」


 白衣の女性を連れながらレイスは距離を取り、殿(しんがり)のキョウカも油断なくモップの先を向けながら後退した。

 起き上がりにリザとアルミアが数発ほど弾丸を叩き込んだが、効果は芳しくは無い。


「おい、こいつ銃は効かねえのか!?」


「ぶ、物理攻撃には高い耐性をもっていますぅぅぅ」


 リザのシャウトに白衣の女性は怯えたように答えた。

 まったくもって厄介な……、最近はこんな敵ばっかり相手にしている気がする。


「撤退だ!!」


 悲鳴の主の救出は成功したし、もうこの部屋に用は無い。

 レイスの判断に全員が頷き、身を翻す。


「あ、こ、こっち! こっちがいいです!!」


 傍らの白衣の女性はレイスの腕を引っ張ってロック表示がされている扉へと駆け寄った。

 首から掛けたキーカードのようなものをパネルに当てると、ガシャンという音と共にランプが赤から緑へと変わる。

 なるほど、職員用の扉か。これなら追跡もかわせる。


「みんな、この扉だ! 早く!!」


 二本の足で再び立ち上がった≪ウールガイ≫を尻目に、五人は急いで扉の中へと駆け込んだ。

 最後尾のリザが飛び込むと、白衣の女性はパネルを操作してロックを掛けた。

 それでも安心する様子は無く、踵を返してバタバタと廊下を走っていく。


「お、おい待てよ!」


「まだダメ! もっと、もっと遠くに逃げないと!!」


 怪訝な表情で一同は顔を見合わせたが、状況を理解しているのは間違いなくあの白衣の女性の方だろう。レイス達は彼女の背を追って廊下を駆け抜けた。


 それから二つほど扉を越えて、また広い一室に到達した所でようやく白衣の女性は床にへたりこんだ。

 もちろん、キーカードでロックをかけるのも忘れない。


「はぁ……はぁ……、こ、ここ、ここまでくれば……」


「そのセリフはフラグですからやめたほうがいいですよ」


 空気が緩んだ事もあり、リザ達も息を吐いて気を静めている。

 部屋はガラスが散乱したり、机がひっくり返されていたり、血痕が飛び散ったりしてはいるがどこも似たようなものなので今さら気にしない。

 キョウカとアルミアは、またせっせと引き出しを開けたりと探索を開始している。

 じゃあ自分はこっちの担当だなと、レイスは一息ついて白衣の女性に向き直った。


「少し、お話を聞かせてもらってもよろしいですか?」


「ハッ!! そ、そうでした、あ、あなた方はIRクラスで、あばばばばば!」


「……落ち着いてください、何もしませんから。 まず順を追って説明しますね」


 そもそもIRクラスというのを理解していない所から始まり、自分たちは報酬と引き換えに怪異と戦う掃除人(スイーパー)であることと騙されて拉致されてきたこと、そしてこの事態を引き起こしたのは恐らくオブジェクトナンバー0021だと思われることを包み隠さず話した。


 目を白黒させていた白衣の女性はやがて真剣な表情になり、最後には悲痛な面持ちへと変わった。


「まさか……囚人じゃない人がIRクラスにされてたなんて……」


「屋敷を破壊したり、歴史的遺跡で爆弾ブン投げたりしていたので広義の意味では犯罪者ですけどね」


 加えて銃刀法違反にもバリバリに引っ掛かっている。

 

「と、とりあえず心根は善良な方たちというのは理解致しました……。 申し訳ございません我々の組織が……」


「いえいえ、それでIRクラスというのは?」


「はい、人体実験用に送られてくる凶悪な犯罪者や死刑囚に割り振られるクリアランスレベルでして……便宜上は組織の職員という扱いなのですが、まぁ結果は推して測っていただければ……」


 この“アルファ”では職員の階級を光のスペクトルに従った名称で区分けされているらしい。

 最底辺がこの使い捨てのIRクラス。そこから通常の手順で雇用された(レッド)クラス、(オレンジ)クラス、(イエロー)クラスという風に上がっていき最上位をUV(ユーブイ)クラスとしている。


「あ、申し遅れました……私は研究員のキャロラインです。 クリアランスはOクラスです」


「俺は掃除人(スイーパー)チーム『パラベラム・バレット』のレイスです。 どうぞよろしく」


 リザ達の名前も紹介しつつ、レイスはキャロラインを観察した。

 白衣の下は少しカジュアルなスーツにタイトスカートという女性職員のテンプレートのような装い。分厚い丸眼鏡の向こうは不安を湛えたグリーンの瞳で、黒に近いダークブルーの髪を肩口までストレートに伸ばしている。

 良くも悪くもスタンダートな見た目の人だ。


「我々は【レベル.5】の一階層から地上に出るつもりですが、キャロラインさんはどうしますか?」


「……もちろん同行させて頂きたいですけど、まっすぐ【レベル.5】には向かえませんよ? 今は緊急封鎖プロトコルが起動していますから」


「緊急封鎖プロトコル?」


 もう嫌な感じしかしない字面ここに極まれりだろう。

 レイスの露骨な嫌な顔にキャロラインも溜め息をつく。


「階層間のエレベーターや扉を全て封鎖する措置です。“アルファ”に収容されたオブジェクトを外に逃がさないための……」


「職員ごとですか?」


「職員ごとです……。 世界人口と比べたら僅かな犠牲ですから……」


 ただ、キャロラインは真っ直ぐには向かえないと言った。

 ここから出られないとは言ってない。それはつまり……。


「……でも脱出する方法はあるんですね?」


「はい、(ブルー)クラス以上の上級クリアランスの職員のカードキーならエレベーターを一時的に動かしたり、封鎖された扉を開ける事が可能なんです」


「人類皆平等とは謳わないんですね」


「そうする権利があるほど、卓越した知識や経験を持っている方だからという話ですけど……はい、おっしゃりたいことはよくわかります。 私もそう思いますから……」


 さてそうなれば、生死を問わず(ブルー)クラス以上の職員をどこかから探し出さなければならない。しかし平然とさっきの≪ウールガイ≫みたいなのが闊歩している以上、現状の武装では不安が大きい。

 指針は決まったが、次いでより強力な武器も手に入れなくてはならなくなったな。


「わかりましたキャロラインさん。 上級クリアランスのカードキーを探しましょう。 そのためにはやはり脱走したオブジェクトと戦うための武器が必要です、どこか思い当たる部屋はありませんか?」


「一つ上の一階層にセキュリティルームがあります。 そこならばたぶん……」


 よし、完璧だ。


「全員傾聴! これから階段を探して一つ上の階層に向かう。 そこのセキュリティルームで武器を確保した後、レベル間の移動のためのセキュリティカードを探し出す。 施設内はオブジェクトが多数徘徊していると予想されるため、必ずこちらのキャロライン女史に確認を取ってから行動すること!」


 そ、そんな女史だなんて大層な者じゃないです!と視線を一身に浴びたキャロラインは恥ずかしそうに顔を伏せている。


「彼女を最優先護衛対象とする。 さぁ、仕事を始めるぞ!」


 レイスの呼び掛けに元気のいい返事が来ると同時に―――バアアンッ!!!と扉に何かが衝突した。


「なんだ!?」


「ヒッ! もう来た!!?」


 見れば扉のガラスの向こうにはシュシュシュと空気を掠るような鳴き声をあげてうねる≪ウールガイ≫の姿があった。彼は自分の身体をバラバラに解きほぐすと、じわじわと染み出るように扉の隙間から糸を侵入させはじめた。


「うっそだろッ!? こんな能力まで持ってやがんのか!!」


「扉の封鎖も意味ないじゃないですかこれ~」


 レイスが怯えるキャロラインを一瞥すると、彼女はガタガタと震えながら言葉を絞り出した。


「う、≪ウールガイ≫は獲物と定めた人間を執拗に追いかけ回す特性があるんです……!! えと、つまり私を狙ってます……」


 追跡者つきとは恐れ入った……。

 まぁこれだけの情報源をそう簡単に渡しはしないよな、確かに。


「先輩! 逃げるっすよ!」


「あ、ああ!」


 銃が効かない相手には付き合うだけ馬鹿らしい。

 来た時とまったく同じようにレイス達は急いでオフィスルームを飛び出した。

 

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