『悪霊の家・2』
「ここがあの悪霊のハウスね」
「そうだけど、なんだよ唐突に」
「いや、一言やっておかないといけない気がして」
ホテルを出たレイスとリザはライトバンに乗り込むと、そこからはオートモーションで霧の掛かった夜道を走り、気が付けば明かり一つない山奥の屋敷にたどり着いていた。
体感時間は5分もなかったが、ゲームのロード時間の演出なのだろう。実際、ライトバンで走ってる最中は霧以外、何も見えなかった。
二人は後ろの荷台を開けて銃や装備を取り出した。
「リザは拳銃だけなのか?」
「こっちの方が速いし使いやすいからな」
両足の太もものホルスターから二丁の拳銃を抜いて見せるリザ。
見た目は米軍の正式採用銃【ベレッタ M92F】だが、銃口が反動抑制機に変わっているし、弾倉も通常のモデルより延長されている。
何より銃身下の部分には少し鋭角にデザインされた持ち手が取り付けられているのが特徴的だ。
「それは【ベレッタ M93R】か?」
「おう、よく知ってるな。三点バーストでバッチリ弾幕張れるぜ?」
ベレッタM92のバリエーションモデルの一つだ。
対テロ用のマシンピストルとして開発された拳銃で、リザの言う三発の弾丸を瞬時に連射するバースト射撃の強力な火力と制御性に優れている。
大型の銃を忌避する要人警護に向いた、高い制圧力と携行性を合わせ持った傑作品だ。
レイスの持つ銃のようにライトは取り付けられていないが、リザは背負った肩掛けカバンにマグライトを乗せて代用していた。
「しかもトゥーハンド―――最高じゃないか」
「……るっせぇ。とっとと行くぞ」
レイスの率直な感想に、リザは照れたように目をそらした。
二人は装備していたライトをつけると、いつでも撃てるよう銃を軽く構えながら屋敷へ近づく。
随分と荒れている、というのがレイスの所見だった。
円形に広がる光源に浮かび上がった屋敷は、造りこそはしっかりしていたが壁や柱に大きな傷がついていたり、窓が割れている個所も随所に見られた。
特に二階の1部屋は窓枠ごと粉砕されていて、中が少し見えるほどだ。一体、どんな力で、何が起きたらあんな風に内側から外側に向かって壊れるのかわからない。
「リザ、いちおう確認なんだが……これは前の失敗の続きって事でいいんだよな?」
最初からやり直しではなく、リザが攻略を進めた所からの続きかどうかを、暗にレイスは聞いた。
リザは少し考えて首を横に振る。
「時間は空いちまったから、奴には態勢を整えられた可能性が高いな。一から進む気持ちでいくぞ。心配しなくても、手順はわかってるよ」
「オッケー……、そういう話なら先導よろしく」
扉を抜けると、長い廊下が出迎えた。左右にいくつか扉があり、突き当りには二階に上るための階段が見えている。家具や内装はそのまま、暗闇にぼんやりと浮かんでいる。
不気味なほど静かだ。自分自身の呼吸の音すら耳によく通るとレイスは思った。
緊張で銃を握る手に力が籠る。ゆっくりと注意深く前を進むリザがいなければ、早々に雰囲気に呑まれ切って一歩も動けなくなっていたかもしれない。
「こっちだ、来い」
リザは右側の扉は全て無視して、まっすぐ階段手前の扉に向かった。
そのままドアノブを回すことなく、ドガァンッ!!と勢いよく扉を蹴り開けた。
「ちょっ、リザ……!?」
せめて心の準備をさせてくれ!とレイスは呻きながら、飛び込んでいったリザの後を慌てて追いかける。
扉の向こうは人が二人立てるかどうかくらいの狭い土間だった。コートや帽子がフックに掛ったまま並んでいる。
「―――クリア」
「廊下の他の部屋、ほとんどすっ飛ばしたけど?」
順番に安全を確保していくのが本来のクリアリングだ。
レイスのぼやきも無視して、リザはこっちに来るよう促す。
「見ろ、そこの扉だ」
外に出る扉の横側、壁色とよく似た半扉がそこにあった。成人男性がしゃがんで通れるくらいのサイズだ。
掛け金の部分には肉厚の南京錠がぶら下がっていて、ローマ字が並んだ5つのダイヤルでロックされている。1つにつき、ぐるりと5文字が刻まれていて並びに法則性はなかった。
「えーと、5文字×5か所で25個だから……総当たりでやると、パターンは5万3100ちょっとくらいか」
サイシーバーの電卓アプリを叩きながらレイスは呟く。
「まず総当たりから考えるのかよ」
「出来そうだったらそれが一番だしな、今回は無理そうだけど」
ただ答えがローマ字とわかったのはありがたい。これは大きなヒントになる。
「だいたいわかったよ、次に行こうリザ」
「ん。次は二階だ、気を付けていくぜ」
目的地を確認したレイスとリザが廊下に戻ると、キイインッ―――と耳鳴りがした。
「……なんだ?」
「静かにしろ……」
リザが銃を構えながら周囲を見回す。レイスもそれに倣って辺りを観察すると……廊下の先、玄関側の方に誰か立っている事に気が付いた。
ライトを差し向けても、ソレはぼんやりと人間の輪郭をしているとしかわからない。まるで黒いモヤがそういう形をしているような感じだ。
「……リザ、誰かいる」
「―――っ!」
バッ!とリザもこちらに振り向き、黒い人間に身構えた。
どうやら自分だけに見えてるわけじゃないようだとレイスは少し安心した。
「……この屋敷にはあたし達以外、誰もいないし誰も来ないぜ」
「……じゃあ、あれは?」
「ただの敵だ」
リザがそう言った瞬間、黒い物体は「あ゛ぁ゛~~~ッ!」と猛り狂ったように叫びながら走り出した。
両手足をめっちゃくっちゃに振り回し、クネクネと暴れるような不気味な動きだ。とても人間がしていい走り方じゃない。
「ひっ!」
思わず引き下がったレイスとは逆に、リザが一歩前に出る。
まっすぐ向けられた両手の銃口から、瞬くような閃光が炸裂した。
ババババババッ!!と二丁の三点バーストが重なり、まるでマシンガンのような絶え間ない銃声が放たれる。
廊下の壁や調度品が弾丸を浴びて火花を散らしながら吹き飛び、攻撃が集中した黒い人間も雄叫びを上げてあっという間に消えてなくなった。
「……チッ、単なる脅かしかよ」
金属音を立てて転がった薬莢と、硝煙の中で凛として立つリザ―――。
恐れることも、怯んだ様子もない彼女の姿は、まるで活劇映画のヒーローのようだった。
リザはM93Rの弾倉を地面に落とし、腰から脇腹くらいにまである短いレールにホールドされていた予備弾倉を、左右それぞれに差し込んでリロードを終える。
片手で素早く交換可能な二丁拳銃用の弾倉帯だ。コートが翻った時にはお尻の辺りにも同様の弾倉が見えたので、腰の左右4個と合わせてあと10個の弾倉を装備していると思われる。
射撃からリロードまで一切の淀みのない、流れるような美しい所作だった。
「かっけぇ……」
「……おい、またふざけてんのか?」
ジト目で睨んできたリザに慌ててレイスは弁解する。
「あ……す、すまん、そんなつもりはなくて。いやでも本当にかっこよかったんだぞ!?実際、俺は咄嗟に動けなかったし!?すごい助かったし!うん!」
「む、う……。そ、そうかよ」
思わずロールプレイも忘れたレイスの言葉に、リザは口を尖らせたがそれ以上は何も言わなかった。
頭をかいて気を取り直すように、リザは先ほどの黒い人影について説明する。
「さっきのは攻撃でもなんでもない、よくある警告を込めた驚かしってやつだ。まぁ、恐怖心を煽って正常な判断を鈍らせるって意味じゃ攻撃なんだろうけどな。この手の“現象”は山ほど経験する事になるから、しっかり慣れとけよ」
「……敵の攻撃と“現象”の判断はどうすれば?」
「まずぶっ放して、それから考えろ」
「映画だったら真っ先に死にそうなムーブだな」
無駄弾を吐き出した後、背後からサクッとやられるのはホラー描写の鉄板だ。
自分がそうならないよう気を付けようとレイスは肝に銘じた。
特に追撃が来る様子もなかったので、リザの先導でそのまま二階へと向かう。
ギシギシと軋む音と、階段という狭いスペースが嫌に緊張感を高める。幸い、これといった攻撃も“現象”もなく二階の廊下へと上がることが出来た。
「ついて来い」
了解と頷いて、リザの後に続いた。
廊下の奥側の部屋の前まで来ると、1階の時と同じくリザは足を膝から振り上げ、槍のように突き出して扉を蹴破る。
中に突入すると、そこは広めの寝室だった。
生活に必要なクローゼットやタンス類、書棚や簡単な机が並んでいる。素早く二人で部屋を見て回り、安全を確保する。
「暗い部屋をライトで照らすと余計に怖くなるのは何なんだろうな?」
「1メートル先も見えない真っ暗闇の方がよっぽど怖いぞ?ま、ライトの話をするなら、見える範囲が限られるからじゃないか?どうした幽霊野郎?ビビったか?」
「ああ、どうやらそうらしい。手とか繋いでいいか?」
「生憎、あたしの両手は終生の相棒で塞がってて無理だぜ。他を当たりな」
だんだんと軽口のやり取りも堂に入ってきた気がした。
ロールプレイというはやればやるほど、リズムがわかってくる物なんだなとレイスは実感した。
「それで、例の暗号がここに?」
「ああ、そこの机の引き出しだ」
リザに促され、レイスはM4A1を肩に回し、空いた手で机を調べてみる。
引き出しをの中からは一枚のメモ書きが出てきた。
【黒騎士 白僧 白塔 黒王 白騎士】
ただそれだけ書かれている。
意味はまったくの不明だ。
「どうだ?大口叩いたんだから、ちゃっちゃと解けるだろ?」
「少し待ってくれ、今考えてる」
紙のキーワードは5つ、ダイヤルの数は5文字。
リザの見立てが間違っていなければ、確かにこれはあのダイヤル錠の答えに対応しているだろう。では次はどうやってこれを変換するかの話だ。
レイスはメモを持ったまま、部屋を改めて見回す。捻くれた黒幕でなければ、このメモに書いてある目当ても物もこの部屋に置いてあるはずだ。程なくして、ベッド横のキャビネットの上に乗っている盤と駒を見つけた。
「あった、チェス盤」
黒と白のマスが交互に並び、それぞれにポーンやクイーンに交じって“騎士” “僧侶” “塔” “王”が配置されている。
そこでレイスは次の違和感に気が付いた。
(これ、それっぽく並んでるけどまったく勝負になってないな)
駒の置いてある位置がめちゃくちゃだ。素人同士の勝負でももう少しマシな置き方になるだろう。そもそもキングがこんな前に出てる事自体がありえない。
よくよく観察しながら、駒の並びとレイスが思う“解き方”と照らし合わせる。
「……そういえば、サイシーバーはネットにも繋げたんだったな」
ポケットから取り出した端末で検索をかける。
謎解きゲームでは代表的な『ポリュビオスの暗号表』のページを呼び出した。縦横5×5の表に横並びでアルファベットがズラリと並んでいる代物だ。縦軸と横軸の数字を見て、対応するアルファベットを選び出す仕組みになっている。
使用する数字を増やせば日本の「いろは歌」にもコンバートが可能だ。
チェス盤は8×8の64マスなので、これに対応するかはわからなかったが、メモのキーワードで示された駒は全て5×5の範囲の中に納まっているので問題はない。
そうして暗号表とメモ、チェス盤を交互に見て書き出すと……。
黒のナイトは縦1の横4で『D』。
白のビショップは縦1の横5で『E』。
白のルークは縦1の横1で『A』
黒のキングは縦4の横4で『T』
最後の白のナイトは縦2の横3で『H』
「―――DEATH」
ピッタリ意味のある単語になり、レイスは笑みを浮かべた。
「……デス?ん、おいマジでもう解けたのか!?」
「よほど性格の悪い相手でなければ、恐らく正解だと思う。戻って試してみよう」
「マジかよ……ど、どうやって解いたんだ!?教えろ!!」
「えーと、まずこのメモの意味だが……」
そう言いながら詰め寄るリザにレイスが顔を向けるのと、二人をまとめてひき潰さんと大質量のクローゼットがいきなり襲いかかって来たのはほぼ同時だった。