『プロジェクトアーカム・15』
「ははっ、ナイスショットだぜ! オッサン!」
『……いやはや、急にトドメは任せたなんて言われてビックリしたよ』
耳に隠すように付けられた小型通信機に手を当てながら、リザはユージーンにテンション高く話しかけた。
これもレイスが見つけて来たツールアイテムの一つだ。通常はサイシーバーを手に持って通信しなければならないところを、このワイヤレスイヤホンを繋げばフリーハンドで通話が可能になる。
ムーちゃんとの戦闘中もリザは逐一、仲間とバレないように会話を重ねていたわけだ。
彼女の外壁を使った奇襲攻撃を避けられたのも、実はこっそり狙撃位置から見ていたユージーンとアルミアのおかげでもある。
ズルとは言うまい。あちらも隠した手札を持っていたのだからお互い様だ。
「ぜー、はー、……ッ。 リザ! 待たせた!」
タイミングよく、疲れ果てた様子のレイスが階段を駆け上がってきた。
バイクでそれなりに時間の掛かった登り階段を、ダッシュで行けば無理もないだろう。
「おう、遅かったなレイス。 キョウカはどうした?」
「下で深き者どもの群れを足止めしてもらってる。 やはり彼女は閉所だと無敵だな」
「あー、だいたい想像できたぜ」
放って置いても問題は無いだろうとリザは思った。
今頃は嬉々として刀とかで無双ゲーをしているはずだ。
「ほら、仕上げは頼んだ」
リザは地面から拾い上げた古い洋書をレイスへと投げ渡す。
慌ててキャッチしたレイスは抗議の小言を呟きながら、ページをめくっていく。
欲しい単語だけを目端で拾い上げながら、レイスはルルイエ異本を速読した。
「よし、呪文はわかった。 儀式も都合がいい事にこの場所で出来る」
「お、そりゃいい! さっそくやってくれ」
「だが、魔力が俺一人で賄えるか怪しいんだ。 リザ、手伝ってくれ」
「おう? お、おう」
レイスに手招きされたリザが、彼のいる屋上の中央までやって来る。
そこで一つのページを開きながら、レイスは膝立ちの姿勢を取った。
「そっちで片側を持ってくれ、文章はこの節を読むだけだ」
二人は肩を寄せ合って本の両側をそれぞれ持つ。
意識し始めると途端にダメになるリザは、レイスの顔が近いこの状況をなんとか必死に思考の片隅へと追いやる。
「今はマジメ、今はマジメ、今はマジメ………」
「リザ?」
「な、なんでもねぇ! いいぞ、ここを読むんだな!?」
「ああ。タイミングを合わせるぞ」
相変わらずクトゥルフ関連の呪文は舌を噛むどころか発音すら怪しい字の並びでリザは頭が痛い思いだった。
一文字づつ目で追って、読み並びの形とリズムを把握する。
頷き合ったリザとレイスは同時に口を開いた。
「「“ふんぐるい むぐるうな くとぅるう るるいえ うがふなぐる ふたぐん!”」」
これを二度繰り返し、最後の言葉を解き放つ。
「「“死せるクトゥルフ! ルルイエの館にて! 夢見るままに待ちいたり!!”」」
ドォオオオオン!と地震のような揺れが襲い掛かった。
「うお!」
「きゃあ!?」
遠くでクトゥルフが力の抜けるような長い長い叫び声を上げながら、その歩みが明らかに遅くなった。
四肢に至るまで活発だった動きも鈍り、まるで眠気に襲われたかのようにフラフラしている。
同時に、誰が撃ったかもわからない破れかぶれのロケットランチャーを身体に受け―――クトゥルフは怯んだ。
※※※
「うおぉおお!?」
『テケリ・リ――!!』
急な揺れに翻弄されながらも、イーサンは確かにクトゥルフの動きが遅くなったのがわかった。
隣で流していたレイス達の生配信でも儀式が成された事もわかっている。
「よし、よし!! 弱体化が入った!! おぉおおおおおッ!!!」
傍らに召喚した支給品の四連装ロケットランチャーこと【M202】を肩に乗せ、一挙に装填されていたミサイルを発射した。
白い帯を引く弾頭はクトゥルフと対比すれば拳銃弾程度の大きさだ。しかし顔面に命中し、火炎を巻き散らす爆発を受けた瞬間、あの巨体は怯む姿を見せたのだ。
―――効いている。いや、目に見えて攻撃が効くようになったとイーサンは確信した。
「全掃除人に通達!! 総攻撃開始! 繰り返す、総攻撃開始!! イベント終了まで残り25分だッ!! 『パラベラム・バレット』の頑張りを無駄にするな!! 私たちもやるぞ!!」
オープン回線で叫び声をかますと、サイシーバーの向こうから湧き立つ闘志の歓声がいくつも上がった。
『っしゃあ!! このためにとっておいたポイントがあるんだよ!! いくぞ!! AC-130召喚!! ちょっと空爆いってくるぜ!』
『うお見ろこれ、荷電粒子砲があるぞ!! おい、お前ら! この充電装置を支給品から呼び出せ! デカイのかましてやるぞ!』
『こちらM1エイブラムス戦車大隊、戦列に並びたい奴は付いてこい! 火砲の雨をお見舞いしてやるぞ!!』
『パラベラム・バレットはホントいい戦いしてくれたからな! ポイント全ツッパしてでもクリアしてやる!!』
上空には戦闘機や爆撃機が突如として出現し、編隊を組みながらクトゥルフへと向かっていく。
地上では戦車が森を切り開き、まだ邪魔に入って来る深き者どもを蹴散らしながら歩兵と共に目標へと勇ましく進んでいった。
イーサンも武器を選び出しながら突撃の準備を整えていた。
そこに不定形の相棒がスルスルと進み出る。
『イーサン、行クンダナ?』
「ああ、出来ることは全てやらなくては彼らに申し訳がたたない。 ……君の同胞達の仇でもあるしな、流石にもう止めても私は行くぞ?」
救出されたショゴス・ロードは彼女だけだったが、かつて他にも仲間がいたことは会話の中からイーサンは察していた。
フルフルとショゴス・ロードは肯定的な震えを見せ、イーサンを見つめた。
『イーサンハ、スゴイナ。 我、怖カッタ。 クトゥルフト、眷属達ガ怖カッタ……、ダガイーサン達ハ勇気ヲ持ッテ戦ッタ。 我、自分ガ恥ズカシイ……』
消沈したようにうつむく。
今までのわがままは、自分の身を守るためにイーサンを傍から離したくない。そういう意味での行動だったのだろう。
賢いがゆえに、利己的な自己保身に走ってしまった事をショゴス・ロードは理解し、後悔していた。
かといって散っていった同胞に報いる資格など無いとも、彼女は思っていた。
「まだ遅くはないさ」
だからこそ、イーサンは告げる。
「一緒に戦おう。 今度は私が付いている」
『ア……』
不定形の触手が恥ずかしそうにうねり、やがてそっと差し出されたイーサンの手を取った。
そのままイーサンの身体を覆うように薄く張り付き、さながら身体のラインが出るアーマースーツのような形態になった。
「……こういうの先に言ってくれないかな、けっこうビックリする」
『ム、スマナイ。 デモコレデ一緒ニ戦エル。 我、頑張ル』
「わかったわかった、じゃあいくぞ!」
『ウム!』
支給品で呼び出したバイクに跨り、イーサンは戦火の中へと飛び込んでいった。
森の中でオフロードバイクを駆りながら、イーサンは拳銃で進路上にいる深き者どもを仕留めていく。
そして彼の死角から飛び掛かって来た敵には―――。
『シャッ!!!』
薄く刃のようになった触手がイーサンの背中から伸びて一閃。
一撃で深き者どもを両断した。
「おお、すごいじゃないか!」
『フフン、我、強カロウ!』
「ああ、着心地も最高だ」
アクセルを一気に回し、イーサンはクトゥルフへ接近していく。
周囲からは花火のスターマインのように戦車砲やミサイル攻撃がひっきりなしにクトゥルフへと着弾している。
もっともそれだけやってもまだ、ゆっくりながら歩みは止めない。とんでもない化け物だ。
「まずいな、もう拠点まで距離がない」
バイクで走れば一瞬の距離までクトゥルフは差し迫っている。
攻撃は分厚いが、倒し切る前に到達される可能性が出てきた。
『ドウスル、イーサン?』
「相棒、少し耳を貸せ」
イーサンは何事かをショゴススーツに話しかける。
するとショゴスは震えながらも、イーサンの提案に“可能ダ”と返した。
「よし、二人でヒーローになるぞ……!」
『ワカッタ!』
バイクをその場で急回転させたイーサンは都合のいい岩場を探して再びバイクをスタートさせた。
程なくしてちょうどいい坂になった岩場を発見する。ギアを変え、最高速度まで急加速させながら、そのめがけてイーサンは突っ込んでいく。
「うおおおおぉおおおッ!!!」
ヴォオオンッ!!と勢いのままに空中に身を躍らせるバイクとイーサン。彼は座席に両足を乗せ、そこからさらに跳躍した。
パチンコの玉のように打ち出された彼は風に煽られながらも、クトゥルフの右足……その膝の辺りに向かって山なりに落ちていく。
「加速!!」
『了解!!』
ショゴスの触手がイーサンの両腕から放たれ、クトゥルフの足にアンカーのように突き刺さる。
神話生物の膂力を侮るなかれ、最高速度が出ていたはずの落下スピードを上回る勢いで、ショゴスは触手を巻き上げてイーサンの身体をかっ飛ばした。
イーサンは構える。
その手にはクトゥルフの足の直径まで届く巨大な薄刃の特大剣。あえて名付けるなら【ショゴス・ブレード】か。
形態変化させたショゴスを武器にして、イーサンはクトゥルフの足止めのために―――片足そのものを両断する選択肢を取ったのだ。
同時にこれはショゴス・ロードへの手向けでもある。
彼女が彼女の力をもってして、己を苛む悪夢を切り裂くのだ。
「いっけぇえええええええええええッ!!!」
『テケリ・リィイイイイイイイイ―――ッ!!』
大胆不敵な物理攻撃。重力とスピードの全てを乗せた回転切りがクトゥルフの肉を喰い破る。
原子の結合すら切断する域まで形態が研ぎ澄まされたショゴス・ブレードの前では、魔法防御を持たない質量物などバターも同然だ。
―――ズバンッ!!!と勢いよく通り抜けた刃は、怪獣の片足を綺麗にぶった切った。
オオオオオオオオオオオオン!!!!と何が起こったかわからないまま、クトゥルフはバランスを崩して仰向けに倒れ伏した。
背後から攻撃していた掃除人の集団はこれで全滅したがコラテラルダメージというやつだ。
着地もショゴススーツがクッションに変化してくれたおかげで事なきを得たイーサンは、這う這うの体でその場から離れながら再びサイシーバーに叫んだ。
「今だぁ!! なんでもいいからやれぇッ!!」
サイシーバーから『了解!!』の返事がいくつも重なり、もはやただの的と化したクトゥルフめがけ最後の一斉射撃が放たれた。
AC-130の120mm迫撃砲が爆炎を上げ、M1エイブラムスは44口径滑空砲をこれでもかと叩き込む。
荷電粒子砲やレールキャノンの雷が空間を舞い、C4爆薬を満載したトラックが何台も自爆を特攻を仕掛けていく。
まさに祭りだ。
クトゥルフという大きな薪を燃やす、炎のカーニバルだ。
そして、掃除人達の捨て身の総攻撃を受け、イベント終了1分前ギリギリにしてようやく―――クトゥルフは活動を停止させたのだった。




