『プロジェクトアーカム・14』
コンッといつの間にかリザの足元に手榴弾が転がり込んでくる。
ムーちゃんは相変わらずこちらの攻撃を見て避ける程度で、彼女自身は手の中の銃を向けもしない。
それにも関わらず、こうして見えない銃撃の合間を縫って爆弾を投げつけてくるような曲芸まで披露し始めた。
忘れもしない、初見で海に叩き落されたあのピン抜きマジックだ。
リザは脚をバネのように蹴りだし、大きく宙返りしながら爆発を回避して着地する。
厄介な相手なのは間違いないが、ようやく手の内のネタもわかってきた。
「……お前の足は何本だ?」
「は?」
その隙間に隠れたものを、目端に捉える。
リザは今度こそ狙いを付けてブレイクエッジをぶっ放した。
ムーちゃんの周囲に広がるように飛来した弾丸は、金属音を立ててそれらを弾き飛ばす。
「むっ!」
横っ面を張り飛ばされたような衝撃を受け、ムーちゃんの影に隠れていたものが姿を現した。
一言でその外観を表現するならば、“機械仕掛けの触手”だろうか。
スカートの下から二本、背中から二本、合わせて四本の近未来的なアームがムーちゃんの身体から生えていた。
いずれも先端には細身の三本爪が付いており、器用に隠密性の高い小さな銃や手榴弾を握っている。
ムーちゃんは巧みにこのアームを操って、身体や衣服に隠れる位置から不意打ちを仕掛けていたのだろう。
「脳波で動かす機甲義肢ってか? しかも支給品じゃねーみてぇだし、どっから見つけて来たんだそんなもん」
呆れるしかなかった。
ダークスイーパー・オンラインに実装されている武器や装備はどれもこれも変態的だと常々思っていたが、ここまで化物じみたアイテムまで放り込まれているとはリザも予測の外だった。
いや、むしろ予想する方が無理だ。幽霊や怪物と戦うゲームになんでアメコミの悪役が使うようなサイボーグ武装を用意しているのかまるでわからない。
プログラマーは馬鹿なのか?
「あちゃー、案外あっさりバレちゃいましたねー。 いやそれ以前に人間ですか貴女。 あれだけ撃った弾を全部避けるとか意味不明ですよー?」
「お前には言われたくねーよ」
ガシャン、ガシャンとスカートから伸びる二本のアームを足代わりに、ムーちゃんは自分の身体を天高く持ち上げる。他のゲームでもよく見る本体が高い位置にある敵キャラのアレだ。
あのアーム、中々の長さまで伸びるんだな。
「まぁ、バレちゃったらバレちゃったでいいんですけどねー。 コレ隠さず戦えるんでー」
「おい大丈夫か? そこだとパンツも隠さず戦う事になんぞ?」
「あはっ、顔真っ赤にして驚いた方が良かったですか? でもざーんねーん、短パン履いてるので大丈夫でーす」
「スパッツですらねーのかよ。 需要がわかってねーな」
軽口を叩きながらもリザは冷静に観察する。
アームのリーチはおおよそ1m強。ムーちゃんの身体を支えられるほどのパワーを持ち、銃器を扱えるほどに繊細な操作が可能だ。
それが上下四本……。
彼女の集中力がどれほど影響するかは未知数だが、相当な練度である事は窺える。
まったく、まるでボスの第二形態だなとリザは苦い笑みを心の内で浮かべた。
「ま、でもルルイエには相応しい格好か……」
「はい?」
「手足とアームを数えて合計八本。 ほれ、立派な“タコさん”の出来上がりだぜ」
遠目からでも大きく見えるクトゥルフを一瞥して、リザは犬歯を剥いて笑う。
ムーちゃんは不愉快そうに顔を歪め、ようやく手にぶら下げているだけだったモーゼル拳銃をリザへと向ける。
「どうでもいいんでー……、とりあえずもう死んでください」
「おまえがな!!」
銃撃の交叉――――。
三点バーストのブレイクエッジとフルオートのモーゼル。
放たれた弾丸の嵐が、互いのHPを喰い破らんと暴れ舞う。
くるくると風に乗る木の葉のように回転しながら、リザは攻撃と回避を同時に一手で放っていく。
対するムーちゃんはアームを盾にしながら、その長い足を駆使して大きくフィールドを移動しつつ、高所から弾をばら撒いていた。
遮蔽物がまったくない屋上にも関わらず、リザとムーちゃんの銃撃音は絶え間なく続いていく。
「てーい!」
不意に振り下ろされるアームの叩き付けを、リザはスライディングで通り抜ける。
次はこちらの番だと、ピンを抜いた手榴弾をフワリと空に投げ上げ……。
「おおらぁッ!!」
立ち上がった勢いのままにボレーシュートで蹴り飛ばす。
ムーちゃんは眼前まで差し迫った爆弾をアームで叩き落すが、爆発の火炎までは防ぎきれずに後退しながら呻いた。
「本当、こういう真っ向から面倒な相手はこれだから……」
「お姫様こそけっこうやるじゃねえか。 ただのお飾りだと思ってたんだけどなッ!!」
瞬発的なリロード。
ブレイクエッジの弾倉を手首のスナップだけで振り捨て、腰裏の新しい弾倉へと切り替える。
リザは左手で乱射をかけながら視界を塞ぎ、右手はキッチリと狙いすました位置へと攻撃を重ねていくものの、やはり敵の防御は硬い。
(つーか、長いアームでめちゃくちゃに移動するから狙いが絞れねぇ……!!)
ムーちゃん自身が小柄なせいで、いいように躱されたり防がれたり―――致命打に繋がる一撃をどうして入れられない。
撃って撃たれて、目まぐるしく攻守が入れ替わりながら二人は立ち回る。
「それでー? そちらの残弾はあといくつですかー?」
「ッ……」
その指摘は正しい。
階下での戦闘からリザは一度も補給が出来ていない。今、この場で支給品として要請してもいいが、その弾薬ボックスから弾倉を取り出す時間をムーちゃんが許してくれるとは思えない。
残弾は残り、弾倉帯の左右二つ。あと二回のリロードで弾が尽きる。
もしかしたらムーちゃんはこれを狙っていたのかもしれないと、今更ながらリザは思い至った。
やってくれる。
「フフッ、ちょっと余裕がなさそうですねー」
「うるせぇ!!」
脳天狙いの一発を放つ。
しかしムーちゃんはアームを使って大きく跳躍しながら、屋上から落ちた。
「なに!?」
思わず駆け寄ろうと一歩踏み出し、慌てて考え直す。
自殺はあり得ない。彼女は何かをやるつもりだとリザは判断した。
「………落ち着け、あたし」
銃を左右に向けて視界を巡らせながら、ゆっくりと屋上の中央まで戻って来る。
ここならばどこからでも不意打ちに対応できるはずだ。
リザは目を閉じて集中力を高めた。
音に耳を澄ませ、じっと周囲の気配を読む。
―――ガシャン、ガシャンとアームが動く音が確かに鼓膜を叩いた。
まだいる……。しかしどこにいる?と、リザは感覚を研ぐ。
「っ……はぁッ!!」
空気の流れが変わったのを敏感に感じ取り、リザは地面を蹴った。
完全な死角、背面から横薙ぎに振るわれたアームの一撃を宙返りで回避した。
「な、嘘でしょ!?」
今度はムーちゃんが驚愕の声を上げた。
屋上から離れ、塔の外壁にアームの爪を突き刺して移動―――リザの背面までぐるりと壁を伝って移動してからの必中の奇襲。
それをまるで背中に目が付いていたかのように、完璧なタイミングで避けられたのだ。
人間業ではない。
「うぉおおお!!」
空中で身体を捻ったリザは、差し向けたブレイクエッジで己の出来得る最速の連続掃射を叩き込む。
採算度外視の弾幕を浴びせかけられたムーちゃんに数発の弾丸が命中する。
惜しくも致命傷には至らない手足や横腹だが、確かにダメージは通った。
「が、ッあ、ぁああああああッ!!!」
だとして、この拳銃弾ではあまりにも衝撃力に乏しかった。
ブレイクエッジのスライドが下がり切り、弾切れとなった瞬間にムーちゃんは怯むことなく一転攻勢を仕掛けた。
怒りのままに逆のアームを槍のように一閃させ、空中で体勢の整わないリザを殴り飛ばす。
「きゃあッ!!」
勢いよく地面に転がると同時に、リザの手からブレイクエッジが離れて石畳を滑走していった。
間近でパイルバンカーを喰らった様な衝撃に息が止まりそうになりながら、リザは険しい表情で立ち上がる。
それは向こうも同じだったらしく、ムーちゃんは額に嫌な汗を浮かべてリザを睨みつけていた。
だが、その口角がやがて勝ち誇ったように吊り上る。
「お互いに瀕死ってところですかねー? リザ・パラベラムさんー? それでどうしますかー? 私はこの通り、いつでも貴女を殺せますけどー?」
ゆらゆらと両手のモーゼルを見せびらかしながらムーちゃんは笑った。
リザの両手にブレイクエッジは無く、転がった先はまだ距離がある。急いで拾いに行った所で撃たれるか、あるいはまたアームにぶん殴られるかだろう。
「あー、ちくしょう……。 こんなのありかよ……」
リザが力なく肩を落とし、だらりと両腕を下げた。
「フフッ、運が悪かったんですよー単純に。 安心してください、後から来る人たちもちゃーんと基地まで送り返してあげますからねー。 ま、今回は私の勝ちってことでー」
「……ああ」
ムーちゃんが銃口をリザに向けようとした瞬間―――雷鳴が鳴り響いた。
「へ……?」
一拍遅れて、それが銃声だとムーちゃんは気が付いた。
見れば、自分の両手のモーゼルと保険に構えていたアームの銃が、もろとも宙を舞っている。
視線を戻せば、硝煙を上げる拳銃をいつの間にかリザが腰だめに構えていた。
「だがそれは、あたしらの勝ちの間違いだぜ?」
時間にしてゼロコンマ秒の早撃ち。
それを実現させたのは、彼女の握る西部開拓時代の旧式リボルバー【SAA】またの名を“ピースメーカー”だ。
出発前にレイスに話していた今回の隠し玉……それが満を持して咆哮を上げたのだ。
撃鉄を手動で下さなければならない手間を逆転させ、自動機構をも越える最速の指操作で放たれる高速連続射撃。
ダブルアクション機構が存在しない時代に編み出された、人間技術の極みだ。
故にその銃撃は稲妻の如く―――。
リザはこの銀色のピースメーカーを“ソードサンダラー”と名付けた。
ブレイクエッジに続く、リザの第二の武器だ。
「今の一瞬で、……」
「しめて六発、全弾発射だ。 流石に何発かは外しちまったけどな、腰だめのエイムってのはやっぱ慣れねえぜ」
それでもムーちゃんの武装を完全解除までキッチリ追い込んでいる。
「そ、それでどうしたというんですかー! ホント、ただ銃を弾き落とす前に私を撃てばよかったのに。 私にはまだコレがあるんですよ!」
ムーちゃんの有利は揺るがない、そのはずなのにリザはもう全てが終わったかのようにソードサンダラーを腰裏の隠しホルスターに戻していた。
「なんのつもりですか……」
「ん? おまえの言う単純な話って奴だ」
イラつく様に歯を食いしばるムーちゃんに、リザはもう興味を失ったような表情で目を向ける。
「―――今回の主役はあたしじゃねぇ」
―――バシュンッ!!と胸の真ん中に強い衝撃をムーちゃんは受けた。
声を出す間もなくダウンし、混乱したように眼差しを四方に向ける。
リザが撃ったのではない。一体誰が、どこから……?
ふと、ムーちゃんの網膜にキラリと光ったモノが映った。
あれは、スコープの反射?と思った次の瞬間には、脳天に7.62mmの弾丸が突き刺さり―――彼女を粒子へと還していた。
「ふぅ、」
「お見事~。 ヘッドショット、ヒットです~」
屋上がギリギリ見える別の尖塔の窓。
そこにスコープ越しにMR762を構えるユージーンと双眼鏡を構えるアルミアがいた。
リザの立つ屋上との相対距離は約800m。十分に狙撃の射程内とはいえ、胸と頭に一発づつ命中させる技量はかなりのものだ。
それを感じさせない、渚のような涼やかな表情をユージーンは浮かべる。
「おじさん、射的は得意な方だからさ」
ここに彼の復讐は成し遂げられた。




