『プロジェクトアーカム・13』
「おぉおおおおッ!!」
「はぁああああッ!!」
レイスはソボロの打突を肘で受け流し、カウンターの掌底で顎を狙う。
しかし、スルリと身を引いたソボロの前にその一撃は空を切り、逆にがら空きになったレイスの腹めがけて膝蹴りが飛んできた。
「ッ―――!」
身体を捻って回転させ、距離を離すと共に蹴りを回避する。
再びお互いに構えを取ってじりっと間合いを仕切り直した。
今の一瞬の攻防でレイスは悟る。―――このソボロという少年、普通に強い。
空手二段という言葉もブラフではないだろう。
「どうしました? 怖気づきましたか?」
「いいや、健全な精神は健全な肉体に宿るってのは嘘だったんだなと、ちょっとショックだっただけだ」
「抜かしますね……」
レイスの言葉を不快に思ったのか、ソボロが短くステップするように踏み込んでくる。
迎撃に放ったレイスの拳打を顔をそむけてかわし、首を狙った抜き手で鋭く突く。しかし、攻撃を読んでいたレイスはこれを左手の手首で逸らし、返し技の打撃でソボロの胸を狙った。
いなし、かわし、逸らし、打ち合う。
数合に渡って拳を交え、ついにレイスの一撃がソボロの顔面を捉えた。同時に、ソボロのミドルキックがレイスの脇腹に突き刺さり、互いに呻き声を上げる。
「がッ!!」
「ぐ、うッ!!」
ギラリと二人の目に闘志が燃える。
小手調べは終わりだ……とでも言うように、二人は同時に地面を蹴った。
「おらぁあああああッ!!」
「だぁああああああッ!!」
ガッ!!ゴシャアッ!!と鈍い音が響く。
レイスの肘鉄がソボロのボディを叩くと同時に、飛び込んだ勢いのままに繰り出された彼の拳がレイスの頬をブチ抜いたのだ。
痛みは無い、しかしフッカフカのスポンジグローブをはめたプロボクサーから、ストレートパンチを喰らった様な衝撃に怯む。
「ッ……あぁッ!! この野郎ぉッ!!」
「―――、くそッ! 素人の分際で!!」
そこからは火が点いたように苛烈な攻防が展開された。
腕を取れば受け身無視で投げ飛ばし、関節を決めれば頭突きを叩き込むような殴り合い。
鋭い剣と堅い盾を思わせるソボロの実直な空手スタイルに対し、変幻自在に柔と剛を織り交ぜるカンフースタイルのレイス―――。
水と油のような異種格闘が火花を散らし、拳と蹴りが炸裂する。
「ハァッ!!」
瞬撃一閃。
ソボロのハイキックを読み切ったレイスは身を伏せて避けると同時に、その軸足を足払いで刈り取った。
「ぐッ!!」
背中から地面に落ちたソボロは瞬間、傍らに捨てた自分のグリースガンを見やった。
真剣な勝負などどうでもいい、ムーちゃんの勝利こそ全てである彼にとってその選択は当然の帰結と言えた。
身体を勢いよく転がしてレイスの踵落としをかわしたソボロは、グリースガンを手に取った。
「死ねぇッ!!」
跳ね起きるように立ち上がったソボロは腰だめに片手のグリースガンを構えてトリガーを引く。
外す距離ではない。サブマシンガンの弾幕なら確殺の間合い。
しかし、この状況こそ―――レイスがもっとも有利になる構図だった。
「ジョン先生より遅いッ!!」
恐れる事無くさらに至近距離まで踏み込んだレイスは、右手の掌底でグリースガンの銃口を逸らした。
閃くマズルフラッシュと共に放たれた弾丸は明後日の方向まで飛んで行き、レイスにはカスリ傷一つ付けられない。
慌てて軌道を修正しようにも、懐深く入り込んだレイスにサブマシンガンを向けるようなスペースはない。
「こ、の!!」
ソボロは無理やり体勢を下げながら再度サブマシンガンを撃ち込もうとするも、押し込むように間合いを詰めてくるレイスにことごとく銃口を弾かれ、壁や天井に弾丸を見舞うに終わった。
ただの格闘戦であればソボロが一歩先を行っていたかもしれない。ただし、銃を用いた白兵戦なら話は別だ。
空手に銃を持って戦う型など存在しないだろうが、レイスのガン=ドゥは違う。
むしろ銃を片手に仕掛ける接近戦こそがこのマーシャルアーツの真骨頂だ。
「セイ、ハァッ!!」
レイスは身を翻すと同時にホルスターから抜いたHK45の底でグリースガンを叩き落とした。
そのまま素早く顔のすぐ近くに拳銃を寄せ、両手で斜めに構える独特の射撃スタイルで狙いを付ける。
ほぼゼロ距離。向こうがそうであるように、こちらも外す道理はない。
射撃―――胸のど真ん中、心臓に命中。
射撃―――眉間、脳天に一発目。
射撃―――同箇所、脳天に二発目。
キッチリ三発を急所に叩き込まれたソボロはHPを削り切られ、地を舐めるようにダウンした。
「が、あァアッ!!! ど、どうして! この僕が……!?」
レイスは構えを解いて片手の銃を向けたまま、油断なく静かに眼鏡の少年を見下ろした。
「……簡単なことだ」
トリガーに掛けた指にゆっくりと力を込める。
「お前が格闘戦で銃を拾うという負けフラグを踏んだからだ……!」
「いや、それ関係な」
バンッ!バンッ!バンッ!と重ねて数発、ソボロの身体にトドメの弾丸を撃ち込んで死に戻りの粒子に変えた。
一騎討ちの激闘を征したレイスは大きく息を吐く。
「まったく……、映画を見ろ映画を。 完全にやっちゃダメなムーブだっただろ」
流石に空手オンリーで来られていたらかなり危なかったが、そういう意味ではレイスは運が良かった。
HK45をホルスターに戻し、接近戦を仕掛ける時にその辺に置いたAK-12も回収する。
バリスティックシールドもまだ使えそうだったので小脇に抱えた。
「さて、あとはリザか」
長い階段を見上げながら、レイスは早足で先を急いだ。
※※※
「お? 屋上か!」
バイクで駆けあがってきたリザは、階段の終わりに空が口を開けている事に気が付いた。
罠など一切、気にせずアクセルを全開まで上げたリザは勢いよく階段を上り切り、石畳の上にバイクのサスペンションを効かせながらドスンッと着地した。
ぐるりと見回せば、自分がかなり高い場所まで登ってきたのがわかった。
サンゴの森や岩場などより遥か上、ルルイエの遺跡の中でも恐らく一番の高さを誇る建物だろう。
バイクのスタンドを立てて座席から降りると、リザは真っ直ぐに歩き出す。
手すりもない広い円形の屋上はさながら剣闘士がぶつかり合うコロッセオ、あるいは決闘場といったところか。
そして挑戦者であるリザを迎えるように、軍用ワンピースが麗しい少女がくるりと振り返った。
「ふぅん、貴女が来たんだー?」
「おう、残念だったな? おまえ好みの男じゃなくて」
「フフッ、顔だけで言えばけっこうイイ線ですよー? その闘争心丸見えの表情、嫌いじゃないですー」
「ほお? じゃあこの顔に免じて、その魔導書を渡してくれねぇか?」
「それはイヤでーす」
クスクスと笑うムーちゃんを見ながら、リザは両腿のホルスターからブレイクエッジを右手と左手に抜いた。
「おまえ、なんでこんな事しやがる?」
純粋に疑問をムーちゃんにぶつけながらリザはじっと眉間にシワを寄せながら睨みつけた。
隠しもしないリザの怒気にも彼女は怯む様子を見せない。
ただ少し不快そうに笑う。
「ストレス解消ですよー? 単純に。 皆でがんばりましょー!なんてシナリオ、ぶっ壊した方が絶対に楽しいじゃないですかー」
リザに倣うように、ムーちゃんは肩から掛けたショルダーホルスターからようやく拳銃を抜いた。
そのスタイルは―――彼女と同じ二丁拳銃。
握られているのは、箱型のフレームに伸びた銃身が特徴的な【モーゼルM712】と呼ばれる古いタイプの大型自動拳銃だ。
グリップではなくトリガーガード前に20発装填の弾倉が刺さっている見た目の通り、拳銃でありながらフルオートでの射撃を可能としている。
「ユージーンのオッサンの事も同じか!? その単純なストレス解消ってやつに、あの人は巻き込まれたのか!?」
「そうですよー。 だからそんな怒らないで下さいよー。 事故みたいなもんじゃないですかー? たまたまそこにいたオッサンで、皆でちょっと遊んだだけですよー」
よくある話ですよーとムーちゃんはせせら笑う。
リザはぎゅっと唇を引き結びながら、ブレイクエッジを正面に構えた。
「そこまで悪党を気取りたいならそうさせてやる! 悪党らしく、派手な死に様で散らせてやるから覚悟しろ!!」
「そういう貴女は正義の味方気取りですかー? ハッ、負けた時に余計に恥ずかしくなるからやめた方がいいですよそういうロールプレイー。 ま、今さらですかー」
モーゼルを握ったまま、ムーちゃんは大仰に肩をすくめてみせた。
リザはもはや待たなかった。地面に擦るギリギリの前傾姿勢で横っとびに素早く駆け出し、銃口をムーちゃんに向ける。
あちらは対応する素振りも見せない。まさしく隙だらけだ。
「―――、死にやがれ!!」
リザが引き金に掛けた指を引き絞る。
「貴女がね、―――」
そうムーちゃんが呟くと―――リザが撃つよりも速く、何もないはずのムーちゃんの肩口の空間から、マズルフラッシュが炸裂した。
「ッ!?」
咄嗟に身を伏せたリザの頬を弾丸がかすめる。
「あ、避けた? なら……」
バババババッ!!!と足元や脇の辺り、そしてまたも肩口近くの空間から銃を撃った時のような火炎が連続して瞬く。
もちろん、モーゼルは手に持っていてもこちらに向けてすらいない。
決死の思いで火線を掻い潜りながら、リザはひたすらに足を動かした。
わからない……。
いったい、何から銃撃を受けているのかとリザは大いに戸惑った。
しかして混乱した思考に反して身体は動く。サイドステップ、バックステップ、急加速からの方向転換。
相手に狙いを付けさせない最大のスピードで円形の屋上を駆けまわり、回避行動に徹する。
「何なんだよ今のはぁッ!!」
ブレイクエッジの牽制で最低限の防御を張りながら、リザは手品師のようにあざ笑う少女との戦闘に雪崩れ込んだ。
遅くなりまして申し訳ございません。
引き続きよろしくお願い致します。




