『プロジェクトアーカム・12』
一方で海岸の拠点を防衛する掃除人達は相変わらず大わらわだった。
断続的に攻勢を仕掛けてくる深き者どもとの交戦もさる事ながら、いよいよ進行ルートの半分は越えてきたクトゥルフへの迎撃だ。
『第二陣! 空爆要請! 今だ!!』
イーサンが通信機へ叫ぶと、赤い煙が焚かれるスモークグレネードを掃除人達が一斉に投げ放った。クトゥルフの近くに転がったその目印めがけ、すぐさま上空から駆け付けた爆撃機が対地爆弾を投下する。
今までの比ではない爆炎と炎がクトゥルフの足元から舞い上がり、遠くから双眼鏡で眺めるイーサン達も熱風を感じた。
『弾着確認! 状況を報告しろ! どうなった!?』
『こちらレッドリーダー! 爆撃、効果認められず! 繰り返す! 効果認められず! あいつバリアでも張ってんのか!? ちくしょう!!』
オオオオオォォォォンと髭のような触手を蠢かせてクトゥルフが咆哮する。
巨体のあちこちに他の掃除人チームによるロケットランチャー攻撃や、銃撃と思われる火花や爆発が散っているが、クトゥルフは我関せずに歩みを進めている。
その一歩で数名の掃除人が死に戻りするような、地獄の戦いを彼らは繰り広げていた。
『ここはもう駄目だ!! 撤退するぞイーサン!!』
第二陣の内の一チームを率いるレッドリーダーは、指揮を執るイーサンにそう叫んだ。
イーサンも難しい表情を浮かべながらサイシーバーを手に取る。
『わかった……。 ブルーリーダー、イエローリーダーにも通達! レッドリーダーのチームと合流して転進! 再度、防衛線を張り直せ!』
『こちらブルーリーダー! いや、流石に厳しいぜイーサンさんよォ! ダメージどころか足を一秒止めさせるのも至難の技なんだぜ!?』
『それでもやらねばならん。 放送は見ているだろう? ルルイエ異本は彼らが必ず回収する。 それまでにこちらの拠点が潰されて、ゲームオーバーになるわけにはいかないんだ』
『ちっくしょお! 貧乏くじだぜ! おい! 対戦車地雷を支給品から出せ! もうポイントがどうとか言ってる場合じゃねぇぞ!!』
ブルーリーダーの声に交じって、他の通信からも次々に強力な支給品を使用する指示が飛んでいる。
ようやく、ここまで来てプレイヤー達もポイントで要請する武装やアイテムは、戦況を大きく左右する代物だと理解したらしい。
それもこれも、生放送でありったけの支給品をバカスカ使っている『パラベラム・バレット』のおかげだろう。レイスが言っていた“攻略法”を示すとはこういう意味だったのかとイーサンは感心していた。
「テケリ・リ イーサン アソコハ危ナイゾ」
「む!」
隣のショゴス・ロードが触手で指し示した方向をイーサンは慌てて双眼鏡で確認する。
そこにはクトゥルフがゆっくりと拳を握りしめる姿が映っていた。
『まずい!! 全員そこから逃げろ!! 叩き付けが来るぞ!!』
全長約100メートルの怪物の拳だ。
直接的なサイズ感だけでも数十メートル規模、そこから放たれる攻撃範囲はさらに大きい。
クトゥルフからしたら煩わしい蚊を叩く程度のものかもしれないが、人間側からしたら高層ビルを真上から振り下されるも同じだろう。
『うっそだろ!? みんな逃げろォ!! 離れるんだぁ!!』
『駄目だ! 間に合わねえッ!!!』
『うわぁああああああああああ!!!』
ズウウウウウウンッ、と腹に響く地響きと揺れに足を取られるイーサン。
クトゥルフの大質量のストレートパンチが打ち降ろされた辺りは、離れた場所からでもわかるくらい砂が大量に巻き上げられていた。
とんでもない威力と範囲だ。サイシーバーから聞こえた悲鳴の数々がそれを如実に物語っている。
「くそッ!!」
またも壊滅だ。考えなくても当然の帰結だとイーサンもわかっている。
広範囲即死攻撃をぶちかましてくる巨大無敵エネミーの足止めなど、無理ゲーとしか言いようがない。
「あ、イーサン! 貴方が言ってた『星光の円卓』のメンバー、また一人戻って来たわよ。 とりあえずは指示通りに拘束はしたけど、良かったの?」
高台にやって来たのは、デルタレッドホテルから派遣されたお助けNPCのアビーだ。
案内しなければならないプレイヤーはもういないので、主に雑務を担当してくれている。
「アビーか……。 ああ、頭がまだ健在な以上、何をしてくるかわからないからな。 レイス君たちは上手くやっているらしいが……」
「信じるしかないわね。 どうあれ、魔導書がなければどうしようもないもの」
「そうだな……、歯がゆい思いだ」
イーサンが見つめる先でクトゥルフがまた歩みを再開する。
今ので3分は稼げたといった所だろう。
「作戦を続ける。 そっちも追加の人員をまとめるよう手配を頼む」
「わかったわ。 でも……私達のことはあまり気にしないでいいのよ?」
「愚問だな。 この拠点も、君たちも、世界も、我々が必ず守る」
拠点消滅、NPC全員死亡―――地球は滅びる、などという結果には死んでもさせるものか。
イーサンは自分の頬を叩いて気合いを入れ、再びサイシーバーと双眼鏡を手に取った。
『第三陣、準備は出来ているな! ポイントが使える者はなるべくビークルに搭乗しろ! 敵の攻撃は見た目以上に早い!! まずは速度を確保するんだ!!』
各方面に指示を掛けながら、イーサンは傍らの生放送の画面も一瞥する。
そこには階段を戦いながら駆け上がるリザとレイスのコンビが映っていた。
「こちらはいつでもいいぞ……二人とも。 だから……急いでくれ……」
※※※
「レイスッ!」
「あいよ!」
レイスはAK-12で援護射撃を掛けながらリザのリロード時間を稼ぐ。
扉を抜けた先から伸びる幅広の螺旋階段で、二人は『星心の円卓』と鎬を削っていた。
「相手はたった二人です! ここで仕留めますよ!」
ソボロは号令に従い、彼に付き従って来た少年達はいっそう苛烈に弾丸を放ってくる。
支給品で何かバラ撒けるタイプの機関銃でも持ってきたらしい。こうまで弾幕が分厚いと、階段のカーブから頭を出す事も出来ない。
「くそ! あのイケスカ女は逃げたか!?」
「もうちょっと頭のいいセリフ言おうよリザ」
イケスカ女て。
「言ってる場合か! イーサン達が危ねぇんだぞ!!」
「わかってる。 というわけでここは俺に任せて、リザには先に行ってもらう」
レイスは支給品のページを開き、また新しいアイテムを呼び出した。
これでとうとうレイスのポイントは5000ptを切った。実質的にポイントの稼ぎが無い現状では、文字通り最後の切り札となるだろう。
そして現れた二つのアイテムを見て、リザは頬を釣り上げた。
―――嫌に大人しい。
ソボロは先ほどまで多少なりは反撃してきたはずの『パラベラム・バレット』が急に動きを止めた事を訝しんだ。
諦めたとは思えない。次の手を講じるために何かよからぬ考えを企んでいるはずだ。
「警戒を厳に! 何かやってくるはずですよ!!」
ソボロは自身もグリースガンを構えながら、じっと階段下を睨みつけていた。
やがてシューと空気が抜ける音と同時に、筒状の缶が三人の前に投げ込まれた。みるみる内にその缶から白い煙が吹き出し、視界を覆っていく。
「今更、スモークグレネードですか小賢しい! 撃ちなさい!! 煙が切れるまで寄せ付けないように!」
ババババババッ!!と再び、火線が煙の中へと放たれる。
姿が見えずとも、この限られた地形の中で弾幕を浴びせれば下手に動く前に討ち取れるだろう。
そうでなくても、煙が晴れるまで撃ち続けられる弾数は十分に確保している。
依然としてこちらの圧倒的有利は揺るがない。
「ッ! ソボロさん!」
「むっ」
煙の中に影が見えた。
すぐさまソボロはその影を狙うように指示し、一斉射が集中する。
弾けるような金属音に揺らぐ影。ただし倒れるような気配は全く無く、にじり寄るようなスピードで距離を縮めてくる。
―――パンッ! パパンッ!!
「ぐあッ!!」
影の側面が閃いたかと思うと、機銃を撃っていた一人が肩を撃ち抜かれた。
反撃!?どうやって!?とソボロは狼狽える。
そして煙の中からじりじりと出て来たのは、巨大な金属盾―――【バリスティックシールド】と呼ばれる軍や特殊部隊が使用する防弾装備だった。
現実ならこんな大口径の機銃の掃射を受ければひとたまりもないものの、ここはゲームの世界だ。どんな弾だろうが防ぎきる超性能を有している。
「っかー! 腕、めっちゃ痺れる……!」
盾を構えながら歩いてきたレイスは撃たれまくった衝撃にヒイヒイ言いながらも、脇から出したHK45の追撃をぶっ放して敵の一人を仕留めた。防弾盾の仕様上、使えるのはサイドアームまでなのだが今はそれで十分だ。
「くっ! 狙うなら足元です! 押し込みなさい!!」
しかしソボロの判断も早かった。
自らもダウンした仲間の機銃を拾い上げ、レイスの盾へと攻撃を加える。
「ぐ、おおおおおッ!!」
完全に射線が集中したレイスは、押し寄せる着弾のインパクトに押し込まれそうになる。
足を踏ん張って耐えながら、敵のヘイトが完全にこちらに向いた事を確認した。
「いいぞ!! ぶっちぎれ! リザァッ!!」
レイスが叫ぶと同時に、煙の中をライトが切り裂いた。
唸るエンジンと共に、レイスの盾を跳び越えて来た第二のアイテムは、驚愕の表情を浮かべた機銃手の顔面めがけて勢いよくタイヤを叩き付けた。
「ぶっへァッ!!!」
「なんッ!?」
勢いよくかっとんでいった味方もそうだが、すぐ横に降って来た“オフロードバイク”にソボロは声を失った。
自衛隊が使用する偵察用オートバイク【KLX250】だ。濃い深緑の塗装に、骸骨めいた細身の車体が特徴的に見える。
それに跨った少女―――リザはにんまりと笑いながら再びアクセルを噴かせ、ソボロ達には目もくれずバイクで階段を駆け上がって行った。
「レイスーッ! 後は頼んだぜぇ―――ッ!!」
「転ぶなよー! リザー!」
散々っぱら拠点で練習していたし、その心配はないだろうなともレイスは思う。
しかしまぁ、バイクが走るにも余裕がある広さの階段で良かった。この足があれば、ムーちゃんに追いつくのも容易だろう。
どこに逃げようとしているかは知らないが、バイクに乗ったリザはまさしく猟犬だ。
けっして逃がしはしない。
「さて、降参してくれてもいいんだぞ?」
パンッ!!とトリガーを引いて、リザのバイクに蹴り飛ばされてダウンした『星心の円卓』のメンバーの一人にトドメを刺しながら、レイスはソボロへと目を向ける。
距離は一足一刀、接近戦を挑んだ方が速い間合いだ。
「御冗談を……、あなたを倒してムーちゃんを助けに行きますから」
「それは重畳。 でも銃を撃ち合う距離じゃないと理解しているか? そっちが構えるより速く、俺はナイフで攻撃できるぞ」
「ハッ! いろいろ好き勝手やってくれた上に口まで達者なんですねあなたは!! 本当にイラつく……。 いいですよ? かかってきてください。 徹底的にブチのめしてやりますから―――コイツでね」
ソボロは銃を捨てて拳を構える。
堂に入った構えだ。間違いなく武道の経験者だろう。
見た目はインテリなのになとレイスは意外に思った。
しかしそう言われればこちらも応じざるを得ない。
レイスは盾を捨ててHK45をホルスターに仕舞う。
「これで空手二段ですよ? 勝てると思ってるんですか?」
「やってみろ、俺だってクソジジイ式格闘術の使い手だ」
視線が交差し火花が散る。
レイスとソボロは同時に地を蹴り、互いに拳を繰り出した。
感想、評価ありがとうございます。
大変に執筆の励みになっておりまして、感謝しかございません。
今後ともよろしくお願い致します。




