『プロジェクトアーカム・8』
「あ、レイス君無事だったんだね! おかえり」
「どうも、ユージーンさん。 東側はなんとか落ち着きましたよ」
拠点近くで出迎えてくれたユージーンにレイスもにこやかに答えた。
しかしまぁ、さっきの特殊部隊の装いからもう完全に別人になっている。
黒の肉厚な革ジャンにダメージデザインの軍用ズボン。膝や肩の一部にはアーマーめいたパッドを装着し、顔には眼鏡の代わりにサングラスを掛けて厳つさが3倍くらいに跳ねあがっていた。
余談だが、『星光の円卓』のメンバーに持たされていた武器や道具類は残らず水没したので手元には無く、ユージーンの装備はかなりスッキリした状態になっていた。
肩から下げている銃は短小なMP5とは打って変わって、同じヘッケラー&コッホ社のマークスマンライフル【MR762】になっている。
見た目こそ銃身の長い現代アサルトライフルだが、これは単発射撃のみの発射機構を備えた民間モデルだ。上部のレールには中~遠距離用のスコープが取り付けられ、下部には銃身を固定する二脚がぶら下がっていた。
装弾数は20発で、強力な7.62mmの大口径弾を使用している。
ちなみにこの銃は、ユージーンから縁日の射的はちょっと得意だったという話を聞き出したリザとアルミアのチョイスだ。服装は言わずもがな、キョウカプロデュースである。
長髪オールバック無精ひげオジサマに、グラサンと革ジャンを宛がう“わかってる”感を高く評価したい。
中身が温厚でお人よしなギャップもさらにグッドだろう。
「おう、戻ったな! レイス!」
「お疲れっす先輩! アルミア姐さん!」
北側の救援に赴いていたリザとキョウカは先に戻っていたようだ。
死に戻りした様子は無く、一安心といえるだろう。
「そっちも上手く片付いたようで何よりだ。 ―――それでリザ、状況は理解してるな?」
「おう、お前の作戦を待ってたとこだぜ! あんのいけすかねえガキ連中をギッタギタにする奴をな!」
やはり『星光の円卓』が稼ぎに走っている事はリザでもご存じらしい。
そうなれば他のプレイヤーも当然、気付いている頃だろう。
いいタイミングだとレイスは思う。
「その望みを叶えよう。 今から作戦を説明する」
「お! 流石だぜ相棒!」
「出たっすね! さすパイ展開!」
「さすパイッ!?」
さすがセンパイ!を略すにしても、もうちょっと何か無かったのか。
「まぁまぁ、レイス君、とりあえず続きを……時間もないし」
「はっ! そ、そうでした……。 では」
と、レイスは貢献度ポイントを使う支給品画面を開いた。
程なくして5人の前に現れたのは一台の大型車輌だった。
高い車高にどんな悪路も突き進めそうなオフロードタイヤが四輪。黒の装甲板の囲まれたボディは深き者どもの爪はおろか、ライフル弾すら跳ね返しそうな重厚感がある。
レイスの知識が正しければ、ベースになっているのは軍や警察でも運用される【グルカ LAPV】という軽装甲車だ。
車体の上の銃座には大口径の重機関銃が据え付けられており、さらにオプションで自動擲弾銃も追加してある。
まさに漢が惚れるスーパービークルだ。
「きゃあ―――ッ!!! なんですかこれ! なんですかこれ!! 最ッ高にクールじゃないですかレイスくん~ッ!!!」
興奮したように目を見開き、アルミアが喜びの悲鳴を上げた。
「すっげぇ……てか、こんなの支給品であったんだな。 全然気付かなかったぜ」
「まぁ、支払いが1万8000ptの項目なんて普通は見ないよな」
「はぁ!? 1万8000ッ!?」
リザが横に立つレイスを驚いたように見た。
だいたい1000~2000ptで爆撃要請などのいい所の支給品が手に入る中で、この馬鹿げた値段だ。それをためらいなく使ったレイスに、流石の彼女も度肝を抜かれた。
これでレイスの残ポイントは1万7500ptになり、ランキングは下から数えた方が早くなった。
だがその代わり、補って余りある地上戦力を手に入れたわけだ。
「まずこれでルルイエまで突破して、あわよくば『星光の円卓』を囲んでいる深き者どもを殲滅する。 ルルイエの一部は爆破で破壊可能みたいだから、合わせていけるとこまでコイツで進もうと思う。 『星光の円卓』の間近までたどり着ければ一番いいな」
逆にそれくらい使い潰してもらわないとポイント的にもったいないくらいだ。
「確かにこれなら、強行突破にはもってこいかも……。 みんな、座席にはどう座ろうか?」
ユージーンが聞くとアルミアがテンション高く手を上げた。
「はい! はい! 私は銃座に乗ります~! 必ずやこの“BB”くんをルルイエの奥底までお連れしましょう~! 任せてください!!」
唐突に名前が付けられた。
「えー、アルミアさん。 ちなみに“BB”の意味は?」
「地中貫通爆弾です♡」
地表から30m、あるいは6mある鉄筋コンクリート壁を真下にぶち抜く威力を持つ約280Kgの炸薬を積んだ投下型爆弾の事である。
確かに籠城キメてる敵陣に飛び込むけど、名前に込める意味が怖すぎる……。
ちなみに反対意見は出なかったのでそのままBBくんに決定した。
「ウチは後ろでいいすよ。 車の移動だと出番なさそうっすから」
「あたしは助手席だな! アルミアの撃ち漏らしを仕留めてやる」
「じゃあ、おじさんも後ろに……」
「いえ? ユージーンさんは運転席ですよ」
あっちだぞ、と指さすレイスに心底「え?」という表情をユージーンは浮かべた。
「俺達はこの通り、車が運転できる歳じゃないですし」
リザならレースゲームも嗜んでいたかもしれないが、サイズ感的に運転に支障が出そうだった。脳筋中学生のキョウカは当たり前だが期待はできないし、レイス本人もレース系VRゲームはやった事がない。
「や、で、でももしかしたらアルミアちゃんなら……」
「死んでもここは動きませんからね!!」
件のアルミアは既に銃座に乗り込んでいた。しかもテコでも動く気はなさそうである。
こうなればもう消去法しかない。
「え、えぇ……自信ないよ……?」
困惑するユージーンの腰をバシバシとリザが励ますように叩く。
「大丈夫だって! それに今日の主役はオッサンだろ? 思うように暴れりゃいいさ。 何があってもあたしらがサポートしてやるからよ!」
―――楽しめ、とリザはニッと笑う。
ユージーンの顔からストンと不安の色が落ちた。
リザの言葉はまさに青天の霹靂だった。自分がゲームを楽しんでいなかった事実に、彼はようやく気付いたのだ。同時に錆びた鉄がこびりついたように重かった心が、一気に軽くなった気がした。
ユージーンはリザの眩しい笑みに照れたように頭をかくと、自分でも驚くほど落ち着いた声で礼を言った。
「ありがとう。 じゃあ、失敗したらごめんね。 でも、おじさん頑張るから……!」
「おうよ!」
決意表明と表現するにはあまりにも弱いセリフだったが、リザはそれをしっかりと受け止める。
少し余裕のある顔つきが変わったユージーンが運転席に乗り込み、キョウカとリザもそれぞれの席に座った。
レイスも残った後方の席に乗ろうとすると、彼に声を掛ける人物がやって来た。
「おーい! レイス君! 少し待ってくれ!」
『テケリ・リ!』
見れば走ってくるイーサンの姿が見えた。そしてパッと見は襲われてるようにも見えるが、実際はイーサンを追いかけてるだけのショゴス・ロードも一緒だ。
「イーサンさんにショゴスちゃん? どうしました?」
「いや、ルルイエに向かうように見えたからな……、ルルイエ異本の奪還に向かうのだろう? 手伝えることはあるか?」
相変わらずの主人公然としている。レイスは少し考えてイーサンに提案した。
「でしたら、俺達の戦いを生放送して貰えませんか? もし機材が必要ならお借りしたい所なんですけど」
「生放送だと? なんでまた?」
「他の掃除人達にもリアルタイムでルルイエの状況を確認して貰いたいのが一つと……」
レイスは言葉を切って意味深に微笑を浮かべる。
「この戦いの本当の攻略法を教えるためです」
イーサンは片眉を吊り上げながら目を見開き、やがて全て了解したように息を吐いた。
レイスが次に何をやらかすのだろう?という純粋な興味もあった。
「わかった。 だったらこの撮影ドローンを持っていくといい。 飛行しながら追跡してくれる優れものだ。 しかも攻撃は全て透過するから、戦闘中でも気を配る必要はないぞ」
「ありがとうございます。 ところでイーサンさんはルルイエの方には行かないんですか?」
「ああ、それについては……」
レイスに目のようなレンズがくっついた丸型の機械を手渡すと、イーサンは後ろを一瞥した。
『待テ、イーサン、ルルイエハ、危険ダ! ココニ、残レ! 我、オ前ガ、心配ダ!』
うねうねと触手をうごめかせる不定形な乙女が抗議の声を上げる。
なるほど、こういう事かとレイスは生暖かい目をイーサンに向けた。
「大丈夫だ、拠点の近くでしか戦わないさ……。 まぁ、こういうわけでねレイス君。 拠点の防衛と指揮に徹しようと考えている」
「それがいいと思います。 イーサンさんが居てくれればこっちも安心ですから」
レイスが丸型の機械にスイッチを入れると赤いランプが灯った。これで撮影開始状態になっただろう。
そのまま手を離すと、シュイイインと不思議な音を立てながら浮遊し、レイスの周りをくるくると回った。
「じゃ、行ってきます。 イーサンさん」
「武運を祈る。 必ず作戦を成功させよう」
グッ!と握手を交わしてレイスはBBくんの後部座席に乗り込み、イーサンは少し下がってそれを見送る。
唸りを上げたエンジンに倣ってタイヤの回転が砂を巻き上げ、BBくんは解き放たれた獣のように荒れた道を突き進んで行った。
イーサンは早速、サイシーバーを操作して放送枠を取り、掲示板に大々的に広告を掲げた。
こういう場面こそ、エンターテイナーのイーサンの独壇場だ。
視聴者が興味を惹きそうな煽り文句から、登場する人物の魅力的な説明まで、多少の脚色(本人基準)を加えて書き連ねていく。
ある意味、イーサンがそれだけ彼ら彼女らに期待している証拠でもある。
あの『パラベラム・バレット』なら必ず目的をやり遂げてくれるだろうと。
最高のシチュエーションと展開を、我々に届けてくれるだろうと。
イーサンはきさらぎ駅の事を思い出しながら少し困ったような、それでいてワクワクするような笑みを浮かべつつ―――放送開始のボタンを押した。




