『プロジェクトアーカム・7』
「へぇ、この“ルルイエ異本”があればクトゥルフを封印できるんですねー」
「そうだよムーちゃん! 僕らで儀式場を探して封印すればイベントトップ間違いないよ!」
ルルイエの奥底、深い地下の祭壇で見つけた本のページをムーちゃんは遠慮なくめくっていく。
禍々しいオーラのある本だ。ゴワゴワとした質感の悪い装丁は話の通りなら人皮で出来ているだろう。もっとも、この程度でビビるようならこんなゲームはやってない。
逐一、掲示板の情報を報告してくるソボロ達に感謝しつつムーちゃんはじっくりと考える。
「今で5万から6万ptってとこか、ルルイエにいる深き者どもが地味にポイント高くて美味かったな!」
「その分、少し手ごわかったですけどね。 ま、僕らの敵じゃなかったですけど」
ちなみに、ユウタ達が弱らせた敵にムーちゃんがトドメを刺すという接待プレイのおかげで、彼女だけは7万pt後半という大台に乗っている。
ポイントランキングでは堂々の5位に食い込んでいた。
1~4位もそうポイント差は開いていないので、継続して稼いでいけば十分に順位を上げられる範囲内だ。
なので、ムーちゃんは次の手を打つことにした。
彼女が好きなのはただの勝利ではない……自分がもっとも望む形で一番楽しく勝つことだ。
「では、先んじてクトゥルフを目覚めさせましょうかー」
もちろん『星光の円卓』の面々は「え?」と彼女のセリフに固まった。
なんでも“ルルイエ異本”には封印と同時に、フェーズ3を即座に開始する招来の呪文も合わせて載っているとムーちゃんは言う。
「ポイントの美味しい深き者どもはこれを持っている限り、向こうから来てくれるんでしょうー? でしたら補給支援を使いながら籠城して稼ぎましょうー。 クトゥルフもまさかルルイエを破壊しようとはしませんでしょうから、安全ですしねー」
「えっと、でも他のプレイヤーにクトゥルフを倒されちゃったりしたら、損なんじゃ……」
「しませんよー。 この本のギミックを解かない限り、クトゥルフは倒せないようになってるみたいですからー」
そもそも、本に書いてあった呪文は封印と言っても無理ゲ―レベルのクトゥルフの能力を弱体化させる意味での“封印”だった。
本来ならば、そこから総攻撃をかけてクトゥルフを倒すシナリオなのだろう。
掃除人みんなで巨大な敵を打ち果たし、万々歳のハッピーエンドだ。
「心底、つまらないですね……」
誰にも聞こえないようにムーちゃんは呟く。
三文芝居もいいところだ。何が楽しくてそんな面倒な事をしなければならないのか。
「ね? 私達でポイントを独占しちゃいましょう! 『星光の円卓』ここにあり!ってみんなで証明するんです!」
ムーちゃんはニッコリと笑ってメンバーを見回す。
「そ、そうですね! クトゥルフは掲示板の情報の通りなら拠点に向かうはずですし! ほかの連中が死に戻りすれば、それだけポイントも減りますからね!」
「そうすりゃ、俺達全員がランキングトップになれるかもしれねぇわけか! さっすがムーちゃん!」
俄かに『星光の円卓』の生き残った5人は色めき立つ。
ルルイエまでのルートが開いたなら、いずれ死に戻りしたメンバーも合流するだろう。そうなれば、より盤石な体勢が整うはずだ。
あとはクトゥルフを放置してひたすら深き者どもを狩り続ければムーちゃんの言う通りの展開は間違いない。
誰もを差し置いて、自分たちがムーちゃんと一緒に有名になれると『星光の円卓』の少年たちは本気で信じ切っていた。
それが悪名か名声かの判断も出来ないままに……。
※※※
「くっそ! どうなってんだ!! 全然深き者どものラッシュが止まんねえぞ!!」
「ルルイエに魔導書を探しに行った連中は何やってんだ!? もう見つけてもいい頃だろ!!」
ショゴス・ロードからもたらされた情報が出回ってから僅かに数分、ついに神話生物の主たる大いなるクトゥルフがルルイエから姿を現した。
全長は比較対象が無いのでなんとも言えないが、目測で約100メートル弱。戦うという選択肢すら即座に投げ捨てたくなる程の超スケールだ。
このイベントに参加している掃除人の全員が、特撮や怪獣映画の一般人の立ち位置を嫌でも理解しただろう。
蛸めいた頭部に顎からは無数の触手が蠢き、二足歩行で地面を揺らしながら海岸の拠点を目指して一直線に進んでくる。遠目には緩慢な歩みに見えるものの、その巨大な一歩で稼ぐ距離はけして短いとは言えない。
全体的にヌメリのある爬虫類を思わせる体躯だが、背中に翼がある等その外観は地球上のどの生物とも類似しない。しいて挙げるとするならそう、“悪魔”とでも言うべきか……。
そしてクトゥルフが出現すると同時に、深き者ども達が一斉に活性化した。
散発的だった攻撃がより苛烈になり、集団の中には身長2メートルを越す上位個体まで現れ出した。
狩る側だった掃除人はあっという間に狩られる側へと回り、今は決死の撤退戦を繰り返すまで追い込まれていた。
それもこれも、未だにルルイエ異本による封印の儀式が完遂されないがゆえだろう。
「うおおッ!! ここはもうだめだ!! 下がれ!! 下がれぇッ!!」
周囲の掃除人がやられていく中で、隊長格を担う男が叫ぶ。
彼の呼び掛けに応じて、生き残った仲間は何とか逃走を試みようとするものの、深き者どもの勢いは雪崩のようだ。
少しでも攻撃の手を緩めればあっという間に呑み込まれる。
「……、くぅっ、ここまでか!! 運営はポイントを根こそぎ削り落とす気かよ!!」
男の掃除人が悔しそうに悪態をつく。
その隙を見せた彼の目の前に、首を刈り飛ばそう深き者どもが迫った次の瞬間―――眩いほどの紅蓮の炎が目の前を通り過ぎ、深き者どもを炭化した焼き魚へと変えた。
「はいは~い、ここはお姉さんにお任せを~!」
イキイキとした表情で、タンクが取り付けられたライフルのような武器を持ったシスターが飛び込んで来た。
再び構え直されたソレからまたも周囲を薙ぎ払う火炎が放たれ、深き者どもの集団をことごとく焼き尽くしていく。
「か、火炎放射器ぃ……ッ!?」
「は~い! ドラゴンの息さんですよ~! いや~、これが効く効く~! やはりお魚には炎ですよね~!」
何がやはりなのかさっぱり理解できなかったが、火炎放射器を携えたシスターことアルミアが地獄のような炎を撒き散らしてくれたおかげで少しばかり戦線に余裕が出来た。
やはりいくら強力な個体と言っても、生物である深き者どもにとっても火は恐れるべき存在なのだろう。
攻めあぐねるように足を止めている。
「はい、そこ!」
ドンッ!!ドンッ!ドドンッ!!と今度は片手で腰だめに構えたベネリM4が火を噴いた。
アルミアは脇でガッチリとホールドして反動を殺しながら、確実に散弾を叩きつけて深き者どもを仕留めていく。
あまりの戦いぶりに、この人は戦闘マシーンか何かかと掃除人の男も呆気にとられた。
「そこの人!! ここはもう大丈夫ですから撤退を!!」
若い青年の声で、男もようやく我に返る。
振り向けばAK-12を持った掃除人―――レイスが、アルミアを援護しながら逃げ遅れた人々を助け起こしていた。
「あ、ああ! すまない! でも大丈夫だ、俺はまだ動ける。 手を貸すぞ!」
「わかりました、でしたら西の方に救援をお願いします! この緊急スプレーを持って行ってください」
レイスが投げ渡した数本のスプレーをキャッチし、掃除人の男はしっかりと頷いた。
「了解だ。 君らのチームの名は?」
「あー、『パラベラム・バレット』です」
「感謝する、『パラベラム・バレット』!! この借りはいずれ!」
男はサイシーバーで今しがたバラバラに逃げた仲間に連絡を取ると、西側で合流する指示を出しつつ移動していく。
レイスはそれを見送るとアルミアの方へ振り返った。彼女は手の中に握り込んだショットガンの弾を素早く四発装填しながら、近場で暴れる深き者どもを銃撃で黙らせていた。
ちなみに、さらっとやっているが今のは“クアッドロード”と呼ばれるプロの射撃選手がやるような高速リロードテクニックだ。
習得する難易度は高いはずだが、もうレイスは何も言うまいと思った。
「ふぅ、これで一応片付きましたね~」
「ええ、小康状態って感じです」
いまだ銃声や怒号、悲鳴は周囲から聞こえてくるものの会話が出来るくらいの余裕は出来た。
「アルミアさん、一旦リザ達と合流しましょう。 キリがありませんよこれ」
「そうですね~、いくらでもぶっ放せて楽しいんですけど、こうも埒が明かないと飽きてきますしね~」
確かに。何事もやり過ぎは禁物だ。
「レイス君、どう思います~? この状況~」
「十中八九、魔導書を確保したチームが封印の儀式をやらずにポイント稼ぎに徹してますね」
この場にリザはいないので、レイスは遠慮なくゲーム用語で話を進める。
「ま、どこの誰かはもう一発で分かりますけど」
あっちこっちから襲ってくる強化された深き者どものせいで、一気に死に戻るプレイヤーが増え、ランキングのポイント増減は混沌としている。
その中で、ひたすら増え続けているだけのプレイヤー達がいた。
言うまでもない、『星光の円卓』だ。
「奪還に向かいますよね?」
「もちろん、ってリザは絶対言うので……どうあがいてもそうなるでしょうね」
「ンフフ~、とか言いつつレイスくんも何をしようか全部考えてるくせに~」
「ツンツンするのやめてください」
されるがままにアルミアに頬を突かれながらレイスは抗議する。
アルミアは心底愉快そうに指を離した。
「すでに突入したチームはどうなってると思います~?」
「そうですね、全滅ないし壊滅はしてるかと……。 『星光の円卓』に近づこうとすれば、必然的に深き者どもの壁にブチ当たりますからね。 正攻法では一緒に巻き込まれてやられるのがオチです」
現にルルイエに入った部隊のそのほとんどが死に戻っているとレイスは考察している。
ルルイエ異本の奪還はこのままでは難しいだろう。
「なので別の方法で叩きます」
「ほうほう? ちなみにどんな感じで~?」
「ええ、強いて言うなら―――採算度外視の力&力押しです」
レイスの企んだ笑みにアルミアも口角を上げる。
これだからこのチームは大好きなんだと、彼女は心から思った。




