『プロジェクトアーカム・6』
「あー!! ちっくしょおッ!! やられた!!」
海岸の拠点で復活したリザは悔しそうに叫んだ。
「こうなってしまっては、しばらくはあのチームがルルイエ独占ですね~」
「ウチらもポイントけっこう減っちゃったっすね」
ざっとレイスは全員の貢献度ポイントを確認する。
リザ:4万1100pt
アルミア:3万9800pt
キョウカ:3万5600pt
レイス:2万1100pt
ぶっちぎって自分が低いのはさておいて、それぞれ7000ポイント近く減らされている。
ポイントの所持が多いほど、相対的に減少数は増えるようだ。だいたい5万を越えた辺りからランキング上位に食い込める雰囲気を見ると、今回の死に戻りはかなり手痛い。
「ご、ごめんね……おじさんのせいで」
消え入りそうな声でユージーンが縮こまる。
「いえ、ユージーンさんのせいじゃありませんよ。 悪いのはあのチームですから」
「そうだぜ、オッサン! さらに言えばあの場に落っこちたレイスも悪い!」
「流れ弾でヘッドショットするのやめてくれる?」
ユージーンに責はないと言い張る代償に仲間の身を捧げないでほしい。
ともかくだ、さっさと切り替えて次の手を考えなければならない。
レイスはサイシーバーの掲示板に目を走らせながら情報の精査を始める。
「で、オッサンはどうすんだ? 当然、やりかえしに行くだろ?」
「え、ああ……うーん、どうしようかな……。 もうログアウトしてもいいかなって思ってるけど……」
すっかりやる気を無くしてしまったユージーンはしょぼくれたようにそう言う。
無理もない。一緒に遊んでいたと思っていた相手にハメられたのだ。
いくら大人でもショックの度合いはでかいだろう。
「なに言ってるんすか!! これだけコケにされて逃げるなんてもってのほかっすよ!! あのいけ好かない女の顔面にユーおじさんがグーパン入れるまでどこにも行かせないっすよ!!」
「そうですね~、私がおじさまの代理として責任をもって焼却してもいいですけど~。 でも殺るならやはりオジ様の手で葬ってほしい所ではありますね~?」
怒り心頭なのはわかるけど言い方が物騒すぎませんか皆さん。
「え、ええっと……」
ユージーンも詰め寄る三人に対してたじたじだ。
その中でもリザは、30センチ近い身長差のあるユージーンの胸ぐらをつかんでグッ!と自分の方へ引き寄せた。その表情は怒髪天をつくが如しだ。
「―――悔しかっただろ!? 違うか!!」
「……ッ」
ユージーンの顔が歪む。
悔しくないわけがない。理不尽な暴力に晒されて、それに怒りを覚えないなんて嘘だ。
でも……だとしても……そんな風に思うのは大人げなくて……。
「我慢すんじゃねえオッサン!!」
リザは吠えた。
ユージーンを貶めたあのチームに対しての怒りなのか、未だ心を閉じ込めるユージーンに対しての怒りなのかもうわからない。
ただ、とにかくリザは“それは違う”と断固として主張する。
ここは現実ではない。しかし、現実のしがらみにも縛られない。
ならば非難の声を上げてもいい。理不尽を笑って報復の銃口を向けてもいい。
それを今やらずして何とすると、リザはユージーンに呼びかける。
「……、悔しいよ」
「だろうな」
「ものすごくムカついた」
「そうだろうぜ」
「……あいつらを“やっつけたい”って……今、僕は思ってる!」
大人とか子供とか関係ない。
罪には罰を、悪逆には鉄槌をだ。
「だったらやってやろうぜ。 あたし達が手伝ってやる!」
ユージーンの顔の前に、パーティ申請のウィンドウが現れた。
どこの誰もやっているよな簡単な手続きのはずなのに、ユージーンはその画面を見て初めて湧き立つような“熱”を感じた。
とんでもなくデカイこともやれそうな、そんな気さえする。
「宜しく頼むよ、リザちゃん」
申請の了解を押すと、メンバー全員のアイコンが現れた。
―――チームはこれで5人。
「へへ、そーこなくちゃな」
「あーあーもう、ユージーンさんをそそのかすのはやめてくれよリザ」
「いーじゃねーか別に! レイスだってオッサンを仲間にしたそうにしてただろ!?」
「はい、否定はしませーん」
ユージーンは二人のやり取りを微笑ましく思った。
「うっす! ユーおじさん! ウチはキョウカっす! 武器は己の肉体っす!」
「アルミアです~。 祓魔師をしておりますので、どうぞよしなに」
改めて自己紹介をする二人も含め、ユージーンは全員に頭を垂れる。
「初めまして、レイス君の友達のユージーンです。 先ほどは助けて頂き、本当にありがとうございます。 ふつつか者ですが、よろしくお願いします」
大した騒動からの偶然の出会いだったが、面白い事になってきたとレイスは思う。
そのためにも、イベントを戦い抜く方法をしっかりと考えなければ。
「うし!! そうと決まれば、まずはオッサンの装備更新からだな!」
「バニラのMP5とかナンセンスですよね~、その体格でしたらオジ様には軽機関銃などが……」
「バスターソード背負ってもらいましょうよ! ウチ全力で探すっすよ!」
軽機関銃はまだしも、あるわけないだろバスターソード。
「え、え、え? レ、レイス君? 僕はどうしたら……」
「とりあえず行ってきて下さい、俺も考えをまとめる時間が欲しいので」
「よっしゃ! じゃあまた後でな! レイス!」
リザが片手を上げて、アルミアとキョウカに引きずられて慌てふためくユージーンの後に付いていく。
見る人が見ればなかなかに嫉妬を買いそうな光景だ。レイスはユージーンの道中の無事を祈った。
―――閑話休題
気を取り直してレイスは状況を考察する。
イベントが開始してから今でもう数時間は経過した。
中ボス枠である【ダゴン】と【ハイドラ】は既に倒され、同じく【オトゥーム】も攻略されるのは時間の問題だろう。
ルルイエまでの道中はこれで拓かれたと判断できる。既に多くのチームが遺跡群に向かっているはずだ。
そうなれば次の目的はなにか? 端的に言えばクトゥルフの復活の阻止だ。掲示板の情報を追いかける限り、深き者どもの司祭のような存在が目撃されているらしい。
「しかし、そうなると巻き返しは難しいな」
ルルイエというダンジョンを攻略して、復活の儀式を阻止する―――。
当然、この目標ならば探索を進めているチームほど有利だ。今さら追いかけた所で、ポイントの実入りははほぼ運ゲーとなるだろう。
何かもう1フェーズでも展開があればまた話は違ったのだが……さて、どうしたものか。
「ん、そこにいるのはレイス君じゃないか! イベントに参加していたのか!」
サイシーバーを見ていたレイスに背後から声が掛かった。
この聞きなれた洋画吹き替え系低音イケメンボイスは……。
「イーサンさん! ちょうど良かった少し話を……」
これ幸いと振り返ったレイスは………固まった。
『テケリ・リ、テケリ・リ』
和やかな笑みを浮かべるイーサンの横に、彼の身長を越す巨大なスライム状の物体がいた。
しかもなんかテケリ・リとか妙な声で鳴いていて、全体的に玉虫色をしている。
どう見ても不定形の化物です、本当にありがとうございました。
「うわォオオオぁァアアアアッ!!!?」
「うおッ!? 待て待てレイス君! 銃を構えるな! この子は敵じゃない!!!」
つんざくような叫び声を上げたレイスがAKをぶっ放そうとするのを慌ててイーサンが止める。
不定形の物体も驚いたようにプルプルと震えた。
『我、悪イ、ショゴス・ロード、デハナイ! 我、クトゥルーノ、敵! イーサンタチ、ノ、味方!』
どこから発してるのか一切不明のテレパシーめいた弁解の声を投げかけられ、レイスも流石に動きを止めた。
驚き過ぎて硬直したとも言う。
「ショゴス……ロードって、あの【ショゴス・ロード】ッ!?」
簡単に言えば、宇宙人が労働力として作ったスライムこと【ショゴス】が進化した上位個体だ。
ファンタジーのゴブリンとゴブリン・ロードの関係を見ればわかりやすいだろう。
ちなみにショゴス・ロードは進化してべらぼうに頭が良くなった結果、自分の労働環境に不満を持ち、創造主である宇宙人に反逆を起こしたエピソードがある。クトゥルフ神話の中でもかなり名の売れたキャラクターだ。
「ああ、もちろんあのショゴス・ロードだ。 ルルイエの近くにある洞窟に捕らえられていたのを救出した」
「………、なにがどうなったらそんな事になるんですか、イーサンさん」
「私にもわからん」
行く先々で相変わらず主人公イベント起こしてるな、この人。
『我、ディープワン、ドモニ、無理ヤリ、働カサレテ、イタ。 我、マタ、反逆、考エタガ、バレテ捕マッタ』
どうやらこのショゴス・ロードは深き者どもにコキ使われていたようだ。
しかし、反逆計画がバレるとかコイツはロードの割りにアホな個体なんだなとレイスは思った。
表情だけは真面目に見えるよう取り繕った。
『ダガ、イーサン、我、助ケタ! イーサン、我ノ 恩人! 好キ!』
ショゴス・ロードはうねうねと興奮したように揺れる。
「今日のヒロイン枠ですね」
「何を真顔で言ってるんだレイス君は」
思ったより冷静なツッコミが入った。
『我、恩返シニ、ココニ、警告シニ来タ! クトゥルー、目覚メル。 阻止、デキナイ』
「は? ええッ!? それってどういう!?」
驚愕しっぱなしのレイスにイーサンがショゴス・ロードから説明を引き継ぐ。
「彼女の話では、既にクトゥルフ召喚の儀式は完了し、まもなく行動を開始するそうだ。 しかしその目覚めは未だ不完全であり、封印する余地があると言っている」
「……、フェーズ3って事ですか」
「ああ、先ほど掲示板には情報を展開したが……あまり反応は芳しくないな」
「ボス戦突入とはいえ、死ぬリスクも高そうですもんね……」
逆にこのままザコ狩りに徹して、ポイントをキープするする方が賢い戦法かもしれない。
しかしそれでは……。
『クトゥルー、ココ、来ル。 封印シナイト、来ル』
「うへぇ、拠点防衛戦……」
ますますリスクが高い。
復活地点が最後の砦に指定されているという事は、相応に殺すぞと運営が言ってるも同じだ。
それを理解しているプレイヤーも多いだろう。
「イーサンさん、封印方法は?」
「ルルイエにある“ルルイエ異本”という魔導書が必要らしい。 中に記された呪文を特定の場所で詠唱する必要があるそうだ」
「また魔導書ですか……、しかもルルイエ異本って」
現在のフェーズはその魔導書を確保するフェーズだったのかとレイスは考察する。
出来れば潜入した複数のチームには早く見つけてもらいたい所だ。
「この情報もすでに公開してある。 なんでもルルイエ異本は持っているだけで深き者どもが奪い返そうと絶え間なく襲ってくるらしいからな……。 そういう意味でも気を付けるようにと警告した」
「確保したチームを残りのチームが防衛する形で詠唱場所まで行ってくれればありがたいですね……」
「ああ、上手く連携してくれることを祈ろう……」
つまり、今から来るフェーズ3は魔導書を使ったギミック解除と、拠点防衛による時間稼ぎの両方が問われる戦いになるという事だ。しかし……。
「……嫌な予感しかしないな」
レイスは再び思考を回しながらも、漠然とそう思った。
ルルイエの最前線には今、『星光の円卓』がいる……。




