『プロジェクトアーカム・4』
【―――未開のエリア『ルルイエ 正門』に到達いたしました。 貢献度ポイントが付与されます―――】
そのアナウンスを聞いた『星光の円卓』はようやく安堵の溜め息をついた。
10人いたメンバーは既に5人まで減っている。
何故ならここまで崖を登り、谷を下り、サンゴの密林を決死の思いで切り開き、道なき道を踏み越えて進んで来たからだ。深き者どもの奇襲を受けただけでなく、岩場で足を滑らせて滑落していった者もいた。
半分まで減ったというべきか、半分も残ったというべきか……なんとか生き残ったユージーンにはわからなかった。
もちろん、散っていったチームメイトは今頃、港の基地で復活してこちらへ向かっているのだろうが、ムーちゃんを含む残りのメンバーは合流に戻る気はさらさら無いように見受けられた。
行きはよいよい帰りは恐いなんて童謡に歌われる通り、引き返すことすら危険が伴うなら前に進むんでポイントを稼いだ方がいいという判断だろう。
そもそもに、戻ろうと思っても地形的に戻れない可能性すらあり得るだろうなとユージーンは思ってい
た。
それでも辿り着いた。
ポイントが入った以上は間違いなく一番乗りだ。
「やったねムーちゃん!! 俺達が最初だ!」
「ガチ攻略勢とかイキってた連中に自慢して―な!! 掲示板に書き込んどこうぜ!!」
「“ざまぁww!!”って感じにな! 書いとけ、書いとけ!ははは!」
ユウタやソボロと他のメンバーは安心から一気に膨れ上がった達成感に酔いしれていた。
ムーちゃんも満足そうにメンバーを一人づつ褒めている。男子達はデレデレと顔を緩めていたのはいうまでもない。
「本当に皆さんのおかげでここまで来れましたが、本番はこの先からですねー。 なんだか少し怖くなってきました……」
「あ、安心してよムーちゃん! 僕が必ず守るから!」
「いや、俺に任せな! このデカイ銃でどんな奴が来てもぶっ飛ばしてやるよ!!」
「いやいや! 先陣はオレに任せてくれ! ムーちゃん! しっかりオレの活躍、見ててくれよ!」
「まぁ! 嬉しいです……! 仲間に恵まれて、私は本当に果報者ですー。 皆さんの活躍に期待していますねー」
ほわほわとしたムーちゃんの笑みに、男子達は我こそはと奮起する。
正常な思考であれば流石におかしいと気づく所だが、ユージーンは「みんな仲良しなんだなぁ」としか思わなかった。
歓談の邪魔をするのも忍びなかったので、ユージーンは黙ってチームから少し離れた場所で座っている。
そのままふと、奥を見やった。
―――視界いっぱいにそびえ立つルルイエの遺跡群は禍々しいの一言につきる。
渦巻いた文様がビッシリと貼りついた長方形の石柱に始まり、金属でもないはずなのにのたくった触手のような飾りがあちこち点在している。何を模したかもわからないタコっぽい怪物の石像が整然と並べられ、そのどれもが大きく不気味だった。
引き合いを出すとしたら、カンボジアのアンコールワットを二倍の大きさにして歪な段差をいくつも設ければこのルルイエの様相にだいぶ近くなる気がする。
あるいは石を積み上げて造った10階建てのデザインビルの街並みを100年でも海底に放置すればこうなるか、といった感じだ。
表現するのに苦心するがまともじゃないのは目に見えて明らかだろう。
「ユージーンさん! なに休憩してるんですか! さっさと行きますよ!」
ソボロに声をかけられ、はっと意識が戻った。
気が付けばチームのメンバーはもうルルイエの中に入りつつあった。
「あ、ごめんごめん……ちょっと、ぼーっとしてたよ……あはは」
「ったく、ちゃんと周りを見て空気読んでくださいよ。 常識ないんですか? ユージーンさんもいい大人でしょう?」
「そ、そうだね……気を付けるよ……」
二十年はゆうに差が開く年下に叱られながらユージーンは申し訳なさそうに頭をかいた。
イラついた表情を隠しもしないソボロはそのまま鼻を鳴らしてムーちゃん達の集団へと駆けて行った。
ユージーンも気を取り直して中身がパンパンの荷物を背負い直し、後に続いた。
ルルイエ都市内は外観の雰囲気そのままに異常で複雑だった。
むしろ360度全周囲があの不気味な文様が描かれた石造りとあっては、嫌でも足が重くなる。
最初こそ緊張と興奮で会話が盛り上がっていた『星光の円卓』だったが、時間をかける内に口数も減って今は全員が黙々と探索を続けている。
そして徐々にユーシーンは変だな、と感じてきた。
入り口で言われた【未開のエリア到達】のアナウンスがそれから一向に報告されないのだ。
他とは一線を画す巨大な石像や、小さな祭壇が寄り集まる儀式場のような“いかにも”なランドマークを見つけているにも関わらずだ。
それに敵の本拠地のはずなのに襲ってくる深き者どもの数も多いとは言えない。この人数でもあしらえるくらいだ。
「……、もしかして……他に誰か?」
ユージーンが思わず呟くと、ザッと前を行っていた全員が彼へ振り返った。
「え、あ……えっと」
変な事を言ってしまったか?と戸惑うユージーンへ、ズイッとユウタとソボロが詰め寄った。
「おいオッサン、なんでそう思うんだ?」
「ああ、い、いやだって……ぜんぜんアナウンスが流れないし? だったらもう他の誰かが来て探索しちゃってるんじゃないかなって……思って……」
「―――そうですね、可能性としてはそれが高いです。 では何故、そんなことが起こるのでしょうね?」
「へ? いや、何故って……」
こちらこそ何故?って感じだ。
単純にその人達もルルイエにたどり着いていただけの話だとユージーンは思うのだが、ジワジワと自分の周りを囲むように広がりだした『星光の円卓』のメンバーに猛烈に嫌な予感がしてきた。
皆が皆、まるで吊し上げるべき裏切り者を見つけたような……。
「ユージーンさん、あなたひょっとして……情報を裏でこっそり流してませんか?」
「は?」
意味が分からない。
第一、そんなことをしてもユージーンにはなんのメリットもない。
チームを組んでいる以上、裏で勝手に情報を公開したところでメンバー全員に貢献度ポイントは入るし、独り占めなんて行為はできない。仮に別チームに情報を渡したとしても貢献度ポイントのシステム上、ユージーンにうま味は皆無なのだ。
それがどうしてこんな不条理な審問を受けるような立場にされているのか、ユージーンは本気でわからなかった。
「お、落ち着いて、みんな! 僕は何もしてないよ……! 少し考えればわかることじゃないか!」
「いいえ! でなければどうして僕たち以外のチームがもうここにいるんですか! あり得ないでしょう!」
「そうだぜ! オレたちはムーちゃんの『星光の円卓』だ!! オレたちが出し抜かれるなんて裏切り者がいるとしか考えられねえ!」
「いや、それは流石におかしいと思わないかなぁ!?」
リアルタイムで大人数のプレイヤーが我先にと動いているのだ。
それで自分たちが少し遅れを取ったからといって身内を疑うのはあまりにも短絡的だ。
だが彼らはそれを信じて疑わず、唯一の異物であるユージーンに厳しい目を向けていた。
「……、そんなユージーンさん?」
ムーちゃんはちょっとだけ意外そうな顔をしたが、すぐに悲しそうな表情を浮かべる。
カンの鋭い人物であれば、それが状況を面白がって煽り立てる演技だと見抜いただろうが、ユージーンには望めない対人スキルだ。
「ま、待ってよムーちゃんさん! 違うんだって!」
「もしかしたら『星光の円卓』に入ったのだって、他チームの依頼を受けてイベントで活躍する僕らを妨害するためだったんじゃないんですか!!」
支離滅裂だ。
こんなゲリライベントをどう予想してチームに加われというのだ。
「そんなわけないじゃないか、このチームに入れてもらったのはムーちゃんさんから誘ってもらっただけで……!」
「ムーちゃんに取り入ったってのが! この野郎!! 絶対に許さねえッ!!」
激昂するユウタに倣って他のメンバーも殺気立つ。
どうしてこんな事になってしまったのか、ユージーンはひたすら混乱していた。
話し合おうにも取り付く島もなく怒声で返され、もうどうしようもなかった。
「ムーちゃん、ユージーンさんをチームから外してください。 それで殺せるようになりますから」
「殺ッ!?」
確かにこのイベントではチーム外の相手への攻撃は可能の設定だ。
しかしお互いに消耗し、さらに死亡しようものならポイントも減るデメリットしかない。
だがこのように、見せしめの処刑ならば話は別だ。
「そ、そんな……どうして」
すがるようにムーちゃんを見たが、彼女は残念そうな表情の裏で心底、楽しそうな笑みを浮かべながら―――ユージーンをパーティから除外した。
「ごめんなさい、ユージーンさん。 でも、“いいタイミング”ですから」
ムーちゃんのその言葉で、ようやくユージーンは理解した。
最初からこの子は自分をいいようにコキ使い、こうして虐めて遊ぶためだけにチームに加入させたのだと。
ただの子どもと思っていたユージーンはゾッとした。
こんな悪魔のような所業にも心が痛まない少年少女に戦慄した。
「なんて……悪い子なんだ、君たちは……!!」
子を持つ親として、彼らの行いは到底、見過ごせるものではない。
しかしこのゲームの中では自分は圧倒的弱者だ。声を上げた所で、凄惨に踏みにじられるしかない。
それが悔しいと思った。
もっとちゃんとした強さを得ていれば、彼らを叱ることも出来たのに……。
今は向けられた銃口を睨みつけるしかない。
「―――では裏切り者を始末するとしましょう」
「ようやくそのウザったい顔に弾をブチ込めるぜ。 いつもヘラヘラしやがって、キモいんだよ」
「くっ……」
せめて何かできないかと身構えたユージーン。
その目の前にパラパラと砂粒が落ちた。
「うん?」
なんだろうと思った矢先―――。
「ぁぁぁあああああああッ!!!?」
ドシャアッ!!と残骸の石畳と一緒に、ユージーンのすぐそばに砂塵を巻き上げながら人間が落ちてきた。
「なんだ!?」
「うわッ!?」
『星光の円卓』の面々も突然のことに驚く。
渦中の落ちてきた人物―――赤髪にリュックを背負った、若い青年は呻きながらゆっくりと起き上がった。
「ま、また……俺だけ落ちるとか。 絶対呪われてる……これ」
レイスは背中をさすりながら辺りを見回し……。
「あー、ど、どうも……?」
場違い極まる挨拶をしながら、片手を上げた。




