『プロジェクトアーカム・3』
京極 雄二は鬱蒼としたサンゴ礁のジャングルを歩いていた。
もちろん現実の世界ではない。彼はダークスイーパー・オンラインの中で“ユージーン”という名前でゲームをプレイしている真っ最中だった。
アバターは焦げ茶の髪をオールバックでまとめ、首の後ろに一房に縛っている。現実で生えていたような無精ひげはそのままに、眼鏡は黒縁のスマートなデザインの物を掛けていた。
テンプレ通りの特殊部隊が着る様なブラックのアーミー服の上下に、ボディアーマーを装備している。
ユージーンの180㎝近い体格には少しおさまりが悪い初期装備のMP5を手に携えながら、恐る恐る足元に気を付けながら道なき道を進んでいた。
「おい! オッサン! チンタラしてんじゃねぇ! さっさと行くぞ!!」
「ムーちゃんのためにもルルイエに一番乗りするんですから! 早くしてくださいユージーンさん!」
前方を行く青年達から矢のように投げ掛けられる言葉にユージーンは委縮する。
ユージーンが所属するのは総勢10名で構成された『星光の円卓』と呼ばれるクランチームだった。
実力は中堅くらいで、掲示板でもふとした時に名前が上がるくらいの知名度があるだろう。
もっともそれは悪い意味でだ。
ネットで調べるという意識があまりないユージーンは知らぬ事だったが、この『星光の円卓』は他の掃除人達から煙たがれるような存在だった。
彼らはひとえに、チームリーダーを担う一人の“お姫様”のためにあらゆる迷惑行為を繰り返している要注意集団なのだ。
同じステージを探索する別チームへの妨害に始まり、激しい暴言やチームへの無理やりの勧誘、気に入らない黒幕へ罵詈雑言を書き連ねたメールを何通も投げつけるなど枚挙に暇がない。
見る人が見れば、人の良さそうなユージーンも連中のいいカモにされていると一発でわかるような様子だったが、当の本人は「若い子のわがままだから」「ゲームでは自分は新人だから」という遠慮の意識のせいで気付くことは無かった。
「ご、ごめんね……。 ち、ちょっと、荷物が多くてさ……」
弱々しく呟くユージーンの指摘は間違っていない。
ダークスイーパー・オンラインでは持てるだけアイテムや銃器を持ち込む事ができるが、比例して重量が増えて動きが鈍くなるし見てわかるくらいに嵩張ってしまう弊害がある。
今のユージーンは背中のリュックはライトマシンガンや大口径のスナイパーライフル、果ては使い捨てのロケットランチャーまで突き出ている明らかな過積載の状態だった。
さらに腰の前から後ろまでグルリと並んだポーチは弾倉や爆薬でパンパンに膨れ上がり、それでも収まり切らない分のアイテムや銃器は左右の肩掛けカバンになんとか詰めている有様だ。
無理に足を速めれば、バランスを崩して転倒は免れないだろう。
「はァッ!? 言い訳すんなよ! オッサンの役目だろうが!」
「僕らは身軽にして率先して戦闘。 戦うのが下手なユージーンさんは荷物の運搬とサポートに徹する。 そう決めましたよしたよね? 最低限の仕事はしてくださいよ」
しかし聞き入れられる様子は無い。
ユージーンは取り繕うような苦い笑みを浮かべながら頷いた。
「わ、わかったよ……ユウタくん、ソボロくん」
ユウタ―――と呼ばれたのが最初にユージーンを罵倒してきた少年だ。
手には近未来的なフォルムのヘッケラー&コッホ社製アサルトライフル【MG36】を持っていた。
このモデルは大元の銃である【G36】に大型のバレルや二脚を加えたバリエーションで、ゲーム内では弾をばら撒くライトマシンガンと同じ分隊支援火器として扱われていた。
彼はそのMG36に100発装填のドラムマガジンを装備している。
ユウタのアバターは重力に逆らったツンツンの金髪で、黒のアーマーとコートを組み合わせた姿は漫画やゲームの主人公に居そうなビジュアルをそのまま流用しましたと言わんばかりだ。
ただし、顔つきはどうにかイケメンに仕立てようと躍起になった形跡があるフツメンに納まっていた。
悲しいかな、お世辞にも細身には見えない体型も相まって凄まじい違和感を放っている。
顔や体型の変更が大きく利かないダークスイーパーのある意味、最も恐ろしい所だろう。
対するソボロ―――という少年はそういう意味ではまだマシだった。
黒髪のキノコヘッドに痩せた身体。丸眼鏡の学者然とした見た目で、白いポンチョを着こんでいる。
武装は第二次大戦中にアメリカで開発された【M3 グリースガン】と呼ばれる骨董品のサブマシンガンだ。その名前の通り、鋼板フレームで成型された工具のような見た目をしている。
30発の.45ACP弾が入る箱型弾倉を携えていて、小ぶりな外観の割りに高い攻撃力を保持していた。
「ええ、ソボロさんとユウタさんの言う通り、『星光の円卓』はみんなで協力し合うのが原則ですからー。 ユージーンさんもたくさん頑張ってくださいねー」
追い打ちをかけるようにケラケラと笑う少女は―――件のムーちゃんだ。
“ちゃん”まで入れて一つの名前にしている女の子。このチームの中心である“お姫様”だ。
言うだけあって確かに可愛い顔をしている。
ウェーブがかったオレンジのロングヘアにパッチリとした大きな瞳、細身の輪郭に口元の小さな唇は男子からはとても魅力的に映るだろう。
服装もスカート部分が麗しいミリタリーワンピースと呼ばれる、女の子アピールを狙ったあざとい物を身に付けている。もしもレイスかアルミアがこの場にいれば、この子は自分の可愛さが武器になるとわかっているタイプの人間だと評したに違いない。
いい歳のユージーンを除き、概ねムーちゃんの年齢に近い中高生の面々で構成された『星光の円卓』にとって“もしかしたらムーちゃんと”というワンチャンスは馬の眼前に吊下げられたニンジンも同じだった。
彼女はその手綱を上手く握っていると言えるだろう。
「は、はい……」
ユージーンもゲームを始めたばかりの頃に拾ってもらった恩があるので強くは出れなかった。
何より難しい時期の娘を持つ彼にとって、少なからず印象が被るムーちゃんへの意見はなかなか口に出せるものではなかった。
「おら! わかったらさっさとしろッ! ムーちゃんを待たせんじゃねえッ!!」
「エリア一番乗りでチーム全員に貢献度ポイントが入るんですから、ムーちゃんのポイントのためにも急いでください!!」
ユウタとソボロに便乗するように残りの『星光の円卓』の面々もユージーンを煽り立てる。
ムーちゃんに如何にイベントのポイントを貢げるか、彼らが重要視するのはそこしかない。
「はい……、はい……」
もはや従う他ないユージーンは背中の荷物を気にしながら、なんとかペースを早めた。
歳を重ね、社会を経験し、我慢することに慣れてしまったユージーンからは―――もうゲームは楽しむものという当たり前の感覚すら失われていた。
※※※
「まずはどうやってポイントを稼ぐかだな……」
レイスはAKの引き金を弾きながらじっくりと現状を考察していた。
定期的に襲ってくる深き者どもは正直、前衛三人娘が簡単に処理してしまうのでレイスは残党の一匹、二匹を仕留めるか……こうして頭を捻らせるかだった。
リザはいつも通り片っ端から弾を撃ち込みながらアクロバットに立ち回っているし、アルミアは上品な笑みを浮かべながら楽しそうにショットガンで皆殺しにしているし、キョウカは二人のリロードの間に迫ってくる半漁人を手前から斬り捨てていくし―――。
「俺、ホントやることないな」
討伐はチームではなく、仕留めた個人の成績になるのでレイスもうかうかしている場合ではないのだが、こうまで瞬殺されていては手を出す余地が無い。
後に期待できるとするなら、チーム全体にポイントが入る『未発見のエリアに到達する』 『ボスエネミーを倒す』 『攻略に関わる情報を公開する』のいずれかの達成だ。
そのためにはやはり、ルルイエへの早期の到達が急務といえるだろう。
「うっし! こいつでラストッ!!」
ドドドンッ!!とブレイクエッジの三点バーストが深き者どもの最後の一匹を仕留め、状況は終了した。
「何匹倒しました~? 私は16キルです~」
「うっへぇ、11キルっす! やっぱアルミア姐さんすごいっすね!」
「いいや、あたしも16キルでイーブンだぜ。 まだまだ勝ちは譲らねえよ!」
「あら~! リザちゃんも流石ですね~。 お姉さんもビックリです~」
和気藹々と戦績勝負の結果発表で三人は盛り上がっている。
ちなみに自分は3キルである。勝負にもなってねぇ。
「ん? どうしたんすか、先輩? そんなチベットスナギツネみたいな顔して」
「的確な表現をどうもありがとう」
たぶん間違いなくそんな顔してた。
「とりあえず、敵の戦闘力はだいたい把握できたから……、もう一気にルルイエまで向かおうと思う」
ルルイエの周りを徘徊しているダゴン達の動向は気になるが、あちらはメンバーを募っていた討伐チームに任せてしまっていいだろう。
どのみち、連中のようなボス級は数の暴力で総攻撃を仕掛けないとダメージが通らないのではないかというのが掲示板の書き込みを見たレイスの見解だった。
大人数のチームと比べて、強くても四人しかいないこのチームが加わる意味合いは薄い。
であれば、ルルイエにさっさと突入して後続のために情報を集める方がよっぽど有意義だ。
「いや、簡単に言ってるけどなレイス……、この高低差ボッコボコの地形をどうやって抜けるんだよ」
海の底にあったせいか、確かに島の地形は切り立った崖と谷だらけだ。
遠目に見えているルルイエまで真っ直ぐ移動しようと思ったら、とんでもない傾斜の岩場をロープによるクライミングで突破する必要が出てくるだろう。
「ですね~。 かと言って、車輌が通れそうな道の方はデカブツがウロウロしているらしいですし~」
そう、他の掃除人が攻めあぐねているのはそういう理由だ。
時間とリスクを取って険しい道を越えるか、ハイリスクを取って敵大将がいるエリアをすり抜けるか。
後者はいっそ討伐チームに加わってもいいだろう。
とはいえ、レイスはどの選択肢も取らなかった。
「大丈夫だ。 抜け道はもう見つけてあるから」
「「「は?」」」
呆気にとられる面々をよそに、レイスは基地で手に入れた地図をその場に広げてペンでいくつか書き込みを加える。
「まず、ここに洞窟があるだろ? 反対側に出口が見えたから、ここはこのルートで恐らく突っ切れる。 それからここの谷を辿って行けば一気に距離を縮められるはずだ。 多少の上り下りはあるけど、まあ許容範囲内だろう」
「いやいやいや! どっから見つけて来たんだよそんな情報!?」
レイスは「ああ、説明してなかったな」という表情をしながら、例の貢献度ポイントで手に入る補給物資のカタログを開いた。
「ここに風船があるだろ? これ何に使うのかなーと思って見てたら閃いたんだ」
風船とレイスは表現したが、実際の見た目は頑丈そうな小さなゴム気球だった。
軍備に詳しい人物であればこのゴム気球が、空中に浮かべた物や人を航空機で回収する『フルトン回収システム』用のアイテムだとわかっただろう。
「これとカメラを組み合わせて、簡易偵察ドローンを作ったんだよ」
近いポイント消費で支給される監視カメラをレイスは指さした。
本来は地点防衛や埋設したトラップの発動タイミングを計るために使用するものなのだろう。
機能としてはそのままサイシーバーに直接、監視映像が送られてくる優れものだ。
レイスはそのカメラをゴム気球に括りつけて空に飛ばしたのだ。
適当な発想から生まれた物だったが、上空からの映像はそれなりに集める事が出来たのでいちおう目論見は成功したと言える。
流石にどこに飛んでいくかまでは操作できなかったので全てを網羅したわけではないが、今は十分すぎる情報量だろう。
ちなみに両者の消費は少ないものの、レイスはそこそこ数を作って飛ばしていたので貢献度ポイントは地味に減っていた。
「お前、いつの間に……」
「先輩、ウチらが戦ってる後ろで風船飛ばして遊んでたなんて……ひどいっすよ!! ウチも風船、飛ばしたかったっす!!」
「どういう抗議ッ!?」
ギャーギャーわめくキョウカをレイスがなだめる横で、アルミアは細めた目でカタログをじっと見つめていた。
「このイベント、もしかしたら……ポイントは使う物として考えられた難易度なのかもしれませんねぇ……」
貢献度ポイントで支給されるアイテム類はとにかく多い。
その種類も気球のようなアイテムに加えて武器から乗り物までかなりの数が揃っている。
レイスのように必要と思ったらバンバン使うようなスタンスと違って、掲示板に集う掃除人達は如何に貢献度ポイントを稼いで節約するかの議論を交わしていた。
アルミアはそんなイベントの流れに一抹の不安を覚えるのだった。




