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『プロジェクトアーカム・2』

 荒れた海原を一艘のボートが突き進む。

 ボートの端かロープでも握っていなければ船外まで吹っ飛ばされそうなくらいの高い波だ。ゲームの中でなければ、容赦ないこの上下運動であっという間に船酔い堕ちしていただろう。

 空は紫と赤が混じり合う不気味な色に染まった分厚い雲に覆われ、時折雷の光が明滅していた。その背景のど真ん中に鎮座するように、レイス達が向かう“ルルイエ”は存在していた。


 大きな島だ。

 切り立った黒い岩場が目立ち、ぶつかる波しぶきを大きく返している。草木らしいものはどこにも生えておらず、代わりに巨大に成長した歪なサンゴ礁や海草、フジツボっぽい何かがまるで森のように広がっていた。

 たった今、海の底から出てきましたと言わんばかりの周辺環境だろう。それにしても異常性は見てわかる通りだが。


 それらの自然物に交じって遠目にそびえ立つのは、太古のビル群(・・・・・・)だ。


 筆をのたくったような線状の装飾が施された、先の尖った大きな建造物が所狭しと並べられている。

 この距離からでは流石に詳しい状況まではわからないが、街一つ分はゆうにある規模の遺跡だろう。

 探索するには相当な手間が掛りそうだ。


「どうだーレイス!! なんかわかったかー!?」


「正気を削られそうな先鋭的デザインの建物がちょっと見えたくらいだー! 特に進路に支障はなーし!」


「了解―! キョウカー! そのまま進めー!」


「アイサー! 船長ー!」


 不安しかない操舵手の元気のいい返事を聞きながら、レイスは双眼鏡を下した。

 荒れる海を進むボートは現在、絶賛マニュアル操作中である。バンはオート運転なのに何でだよとツッコミたかったが、恐らくは人が多い前線基地を経由せずとも島に侵入できるようにするためなのだろう。

 どこにでも孤独を愛する人はいるんだろうなとレイスは思った。


 幸いなことにマニュアルといっても操作はアクセルとブレーキ、右回り左回りくらいの簡単ゲーム仕様だ。

 おかげさまで目を輝かせながら手を高く上げ「ウチ運転したいっす!」と無邪気に立候補するキョウカをバッサリ断らずに済んだ。


「レイスくん~、基地が見えましたよ~」


「む、ホントだ。 キョウカー! 取り舵ー!!」


「わかったっすーッ!! んで、取り舵ってどっちっすか先輩ーッ!!」


「なんで今わかったって言ったの!? 船首を少し左だッ!!」


 波間を越えてやがてボートは大きな石を並べただけの桟橋へとたどり着いた。

 迷彩服とツバのついたキャップを被った誘導員がこちらに手を振っている。そのまま速度を落として横に付けろということらしい。

 レイスはキョウカに指示を出し、彼女も慣れたようにボートを操作して停止させた。


 荷物を担いでボートから降りると、先ほどの誘導員がやって来る。


「待ってたわ、新しいチームね? 今は猫の手もネズミの手も借りたい状況なの。 来てくれて嬉しいわ!」


 どうやら誘導員はNPCらしい。デルタレッドホテルのロゴが入った腕章を身につけていた。

 気さくな若い女性で、少し長い茶髪を邪魔にならないよう後ろで束ねている。

 愛想よく話しかけてくれた彼女にリザも斜に構えず応えた。


「おう、待たせたな! んで? 仕事は何から取り掛かりゃいい?」


「ひとまず拠点を案内するわ、私はアビーよ。 よろしくね」


 レイス、アルミア、キョウカもアビーに自己紹介を終え、アビーの後ろについていく。

 桟橋からも見えていたが、浜辺には濃い緑色のテントがいくつも張られた野戦基地が展開されていた。

 

 こちらもかなりの規模だ。

 基地内にはテントの他に装甲車やオフロードバイク、大きなトラックや戦車まで置かれていた。アメリカ映画とかの軍の前線基地そのままの迫力だ。

 銃を持った思い思いの格好の掃除人(スイーパー)達が忙しなく走り回っていて、アビーと似た格好のNPCもちらほら見かける。

 ピリピリとした緊張感はあるが、今までに見たことないほどに人の活気で溢れた場所だった。


「すごいな……」


「でしょ? デルタレッドの交渉人が選び抜いた精鋭の掃除人(スイーパー)達と、後方支援のためにかき集めてきたありったけの物資よ。 それでもまだ不安なくらいなんだけどね」


「あらら~、深き者ども(ディープワン)はそんなにいるんですか~?」


「実はこの島にいるのは半漁人だけじゃないのよ」


 作戦開始を宣言されてから、足の速い掃除人(スイーパー)チームが早速マッピングに注力しつつ、ルルイエまでの安全なルートの確立を調査している所なのだそうだが、その過程で深き者ども(ディープワン)よりも強力な個体が何匹か確認されたらしい。


「有識者の言だとそいつらの名前は【ダゴン】と【ハイドラ】……。 それからもう1匹【オトゥーム】っていう触手の化物も発見したらしいわ。 すぐにチームが何組か連携して交戦したみたいだけど、一瞬でやられちゃったみたい」


「正面から突っ込むには不利なボス軍団ですか……」


「うん、1匹倒すのにも苦労しそうなくらいよ。 でもルルイエを守るように島を歩き回ってるみたいだからどの道、安全なルートを確立しようとしたらいずれは倒さなきゃいけない相手ね」


 確かに、そんな手ごわいボスラッシュの後にも“ラスボス(クトゥルフ)”が控えているのだから不安にもなるか。


「うっへぇ……、何か作戦はあるんすか? アビーさん」


「サイシーバーを見て頂戴。 いろんなチームが作戦遂行の人員を募集してるわ。 もちろん、あなた達が立案して募集をかける事も出来るわよ?」


 レイスはサイシーバーを開くと確かに『プロジェクトアーカム』用のアプリが増えていた。

 アプリをタップして開くと、他のチームが公開している情報や交流掲示板、アビーの言う個人で立案した作戦の人員募集が行われていた。

 どうやら集めた情報を公開すると貢献度ポイントが大きく入るらしく、どのチームも積極的に行動している。中には単独行動(ソロ)で潜入しつつ、情報を持ち帰っている猛者もいるようだ。


「なるほど、情報が集まればさらに追跡調査や強襲作戦を立てられる訳か……。 攻撃が成功すれば実入りも大きいだろうしな、上手いやり方だ」


「ええ、加えてそれだけ前線で戦ってくれてる戦士には、こっちも最大限の支援(・・)をしているわ」


 アビーは車輌が止まっている区画まで来ると、鎮座している戦車をバシバシと叩いた。

 なんと、彼女の説明によれば貯まった貢献度ポイントを支払えば、この戦車のような強力なサポートアイテムを購入できるらしいのだ。

 報酬に直結する以上、痛い出費にはなるかもしれないが、それこそ上手くやれば一気に黒字に巻き返すことも可能だろう。

 これも面白い要素だなとレイスは目を輝かせた。


「サイシーバーに支援物資を要請するアプリが入っているはずよ。 欲しい時はすぐに呼んでね? どこだって私が駆けつけてあげるから!」


「助かりますよ、アビーさん。 どれどれ……? おお! 弾薬箱の投下はありがたいな。 空爆要請も欲しい……。 へぇ、緊急離脱用の救助ヘリの要請も出来るのか……、至れり尽くせりだな」


「うわ、先輩! ヤベーっすよ! 対サメ用チェーンソーの投下とかあるっすよ! めっちゃ強そうっす!!」


「どこの項目見てんのッ!?」


 というかなんでサメに対抗するのにチェーンソーが必要なんだよ。


「きゃー! レイスくん! レイスくん! 私はこの四連装ロケットランチャーが欲しいです~ッ!! ああ、でもこっちの対戦車ライフルも良さそうですね~!」


「テンションの方向性ッ!! いや、アルミアさんが自分で要請する分には全然いいですけども!!」


 割とけっこうコストが重いように見える。


「本番に備えて基地で練習できるようにはしてあるわよ? 良かったら使ってみてね」


「マジで隙がねーな。 アビー、後でバイク使わせてくれ」


「任せてリザ!」


 全員、欲望に忠実。

 もっともレイス自身もいくつかのサポートアイテムの練習はさせてほしいと思っていたので人の事は言えなかった。


「じゃあ、残りの施設も一気に説明していくわね」


 気にした様子もまったくないアビーに連れられ、レイス達は基地をあらかた見て回った。

 商売上手な事に基本的な弾薬や手榴弾、ファーストエイドなどは無限に補給できるのだが、緊急スプレーなどはドルセントでの購入が必要になっていた。【火葬弾】に連なる特殊弾も同じような扱いだ。

 もっとも、これが無限に使えたらそれはそれで大変な事になるので特には気にしない。


 他にもNPCの商店とは別に、銃器の販売を行う掃除人(スイーパー)もといプレイヤー達がいた。

 イベントフィールド内での武器の変更が利かない中で、この取り引きが出来るのはかなり大きいだろう。

 ただし、強化済みの銃ほどアホみたいなドルセントを要求されるので、安いお値段でササッと強い装備を揃えられるという美味しい話にはならない。このゲームは素材を集めて一から作り上げるという従来のRPGのようなシステムではなく、お金の暴力で強化を積み上げるのだから当然とも言える。

 ここは足りない装備をお金で追加するものと割り切った方がいいだろう。相手も人間なので、多少は交渉に応じてくれるかもしれない。


「……、もしかしてアルミアさんの武器って」


「あ、わかっちゃいました~? はい、自称ガンスミスの掃除人(スイーパー)達が集まる取り引き専用のマーケットがありまして、そこで買ってるんですよ~」


 そういう場として黒幕(マインドマスター)が整えたステージなのだとか。

 もちろん、依頼の報酬は0ドルセントでスイーパーランクにもポイントが入らない行って帰って来るだけの所だそうだ。

 そんな思い切ったカスタマイズも可能なのかとレイスはとても驚いた。


「ま、今のあたしらには必要無さそうだけどな」


「そっすねー、良さそうな武器もなかったっすし」


 フルカスタムの拳銃とフル強化された近接武器はまぁ無いだろうな。


「うん、案内できるのはこれで全部かしら。 どう? 質問なら受け付けるけど」


「いや、問題ねーぜ。 レイスはどうだ?」


「俺も大丈夫だ、ありがとうアビーさん」


 そろそろルルイエまでの探索も始めたい所だ。

 状況は常にリアルタイムで動いている。いつまでものんびりはしていられない。


「うん! ならよかったわ! 何かあったらいつでも声をかけてね! 期待してるわよ!」


 アビーはニコッと眩しい笑みを浮かべるとまた桟橋の方へ歩いて行った。

 次の掃除人(スイーパー)を出迎えにいくのだろう。


「……いい奴だな、アビー。 こんな世界の危機なのによ」


「この基地だってどうなるかわからないのにな。 頑張ってると思うよ」


「ま~、どうなるかは私達の働きしだいですよね~?」


「うっす! ウチ、アビーさんのためにも気合い入れて戦うっす!」


 結局はそういう話だ。

 一丸となって挑まなければこの戦いに勝利はない。


「ああ、やるぜッ!!お前ら!」


「「「おーッ!!(っす)」」」


 リザ・パラベラム一味、行動開始だ。

 

 

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