『プロジェクトアーカム・1』
「公式イベント……いえ、“緊急依頼”ですか」
「その通りにゃ。 今回はかなりヤベー案件にゃ」
赤髪の青年レイスは、猫耳パーカーを着たバーテンダーのチェシャから受け取った資料を興味深そうに読む。
今、デルタレッドホテルの地下にある掃除人御用達のバー【ARTEMIS】には四人のメンバーが集まっている。
「こいつぁ、どういう話なんだ?」
眉をへの字に曲げてチェシャへ説明を求めたのは、金髪ショートカットで顔にダイヤ型の刺青を入れた小柄な不良少女。リザ・パラベラムだ。
愛用のコートを崩して羽織り、左右の太ももには相変わらず拳銃を入れたホルスターがぶら下がっている。
「あら~、ドンパチ賑やかに戦えるんですね~?」
イキイキとした口調で喜んでいるのは糸目のシスター、アルミアだ。
滑らかな長い銀髪の頭に頭巾をかぶっている。見た目こそ敬虔な神の御使いだが腰にはケースに入ったショットガンを吊下げており、肩にはグレネードランチャーを引っ提げている。
どこに出しても恥ずかしくない火力マシマシな武装修道女だろう。設定では祓魔師ということになっている。
「場所は島っすか? なー、南緯?47度9分、西経126度43分……って、どこっすかこれ」
わからんと頭に浮かべるのは黒髪ツインテールのよく日焼けした褐色少女のキョウカ。
ヘソ上で結んだシャツに短パンという軽快な装いで、首にはレッドカラーのヘッドホンをかけている。深緑のジャンパーを腰巻きのように括り、その上に重ねるようにウェストポーチを身に付けていた。
以前はバールと鉄パイプというその辺にあるような鈍器を持っていたが、なんと今回は太刀と脇差しを二本並ぶように腰に装備していた。
海の家のバイトか、軽装のラッパーでもに刀を佩かせたらたぶん今のキョウカにかなり近い格好になるかもしれない。
そんな三人に振り返りながら、レイスは資料の説明を始めた。
「だいたいニュージーランドと南米大陸、南極大陸の三点の中間にある太平洋のもっとも陸地から離れた場所だ」
いつぞやのクイズ番組で出題された問題を覚えてて良かったとレイスは思う。
この場所がどんな場所で、どれだけヤバイかすぐに理解できたからだ。
「―――ここは“ルルイエ”だ」
―――クトゥルフ神話。
それは作家のハワード・F・ラヴクラフトが考え出した創作の神話だ。かつて地球には宇宙から飛来した強大な存在がいて、そのモノたちの多くが今も地球に潜みながら復活する機会を窺っているという世界観だ。
平和な日常のすぐ裏には、人が抗うのも愚かしい絶大なる神とも呼べる異形が存在する恐怖を描いている。
ルルイエはそのクトゥルフ神話に登場する架空の都市だ。
通常であれば海底に深く沈んでいて、そこに潜む邪神こと【大いなるクトゥルフ】と共に封印されているのだが……。
「何らかの理由で封印が破られてルルイエが海上に浮上してきている。 このままでは【大いなるクトゥルフ】が復活して地球が支配されるだろう……」
というのがチェシャから発表された公式のゲリライベント『プロジェクトアーカム』のプロローグだ。
公式のゲリラってなんだろうな? まぁ、要するに事前告知なしの突発イベントって意味なんだろうけど。
任務の内容は簡単だ。
我々掃除人は船に乗って浮上したルルイエもとい島に上陸、建造された前線基地を経由してルルイエ都市内を捜索し、再封印の方法を探るか【大いなるクトゥルフ】を倒すのが目的となる。
前者はまだしも後者は核兵器でも持って来ないとかなりキツイだろう。もっとも、ラヴクラフト以降の作品の中ではその核攻撃を喰らっても普通にクトゥルフは生きてたりする。
それぐらいヤバイ相手なのだ。
さらにルルイエ内には【深き者ども】と呼ばれるクトゥルフを信奉する半漁人が徘徊しており、掃除人達を襲ってくるらしい。怪物を倒しながら如何に任務達成を目指すかが問われるだろう。
「でも安心するにゃ、今回は人手は多いはずにゃ」
ニマッと笑うチェシャはレイスから引き継いで説明する。
彼女の言う通り、このイベントは参加を希望した掃除人全員を島に突入させる“レイドイベント”だ。
通常のステージと違って死んでも拠点のベットに戻されるわけではなく、前線基地から復活できるので実質ゾンビアタックが解禁となっている。
もっともそれを見越して、新たに【貢献度ポイント】と呼ばれるルールが追加されていた。
簡単に言えばどれだけイベント内で活躍したかを表す指標だ。
深き者どもを倒したり、ピンチのNPCを救助したり、攻略のための小目標を達成していったりするとポイントが増えていく。
そのポイントの量によって個人ごとにランク付けがされ、イベント終了後の報酬が大きく変化するというシステムだ。
で、その貢献度ポイントは死亡するたびに減らされていくので結果的に何度も死にながら特攻という手段は取れないようにされている。
大人数での共闘と掲げてはいるが、貢献度ポイントで優劣がつくならこれは獲物の奪い合いになるなとレイスはちょっと不安に思った。
「どうするにゃ? 世界の危機にゃけどいつも通り別の仕事もしていいにゃ」
このイベントステージは時間加速なしのリアルタイムだ。そういう意味でも継続してプレイするのが厳しい人もいるだろう。
学生の身分にあるレイスは土日の休みなので特に気にしない。家事もあらかた済ませてあるので時間的にも余裕はあった。
リザ達にもその辺りの問題はないかロール込みで聞いてみたが、全員から了解が得られた。
「じゃ、あとはリーダーの最終決定だな。 リザ?」
「ハッ、世界の危機だろ? あたしらが行かなきゃ話にならねーぜ」
「うふふ、補給線があるなら撃ち放題ってことですよね~? このチャンスは見逃せません~」
「うっす! 一味に加わった初陣には持って来いっす! 相手にとって不足なーし!」
リザ他二名からも気合いの入った返事が上げられる。
今日も忙しい一日になりそうだとレイスもグッと腹に力が入った。
「ではもう一度、各自の装備の調整の時間を設ける。 現地に入ったらもう装備の変更は利かないからな。 作戦開始10分前にここに集合だ」
「おう、わかったぜ」
「了解です~」
「うっす!」
サッと散っていく女子三人。各々で対レイド用の装備を準備するつもりなのだろう。
レイスも一度、事務所に戻ってAK-12のアタッチメントと手持ちの装備を吟味しようと考える。
「じゃ、四名様ご案内にゃ。 がんばってくるにゃ、レっちゃん」
「ええ、任せてください」
「そろそろチーム名の一つでも考えたらどうにゃ? 他のチームはけっこう掲げてたりするにゃ」
「ああ、クラン設定の話ですか」
ある程度のスイーパーランクに到達すると解放される要素だ。
自分達が設立した一つの御旗を掲げられるようになるシステムだが、本当にそれだけだ。
特にクランを作った、入ったからといってメリットやデメリットは発生しない。
本当に「どこそこの」「だれそれ」がわかるようになる程度の意味合いしか持っていないのだ。
これには多少なりともプレイヤー間では不満があったようだが、今後のアップデートに期待ということで落ち着いている。
「またリザに聞いてみますよ」
「にゃー、クラン設立には五人必要だからにゃー。 どの道、あと一人見つけなきゃだにゃ」
「そういうことです。 ではまた後で、チェシャさん」
「にゃーにゃー」
レイスも【ARTEMIS】を離れ、準備に取り掛かった。
―――30分後。
一番乗りで戻ってきたレイスは改めてカスタムしたAK-12を眺めた。
上部のレールには光学照準器を設け、中距離や遠距離も狙えるよう倍率ブースターを合わせて整えてある。
下部にはアタッチメントのグレネードランチャーを装備して総合的な火力の向上を図り、フラッシュライトは集団戦に備えて広範囲を照らせるタイプに変えておいた。
サイドアームはマンションで活躍したHK45をそのままホルスターに。
背中のリュックには弾倉と緊急スプレーを多めに用意し、手榴弾の類もいつもより数を揃えて腰のポーチに納めてある。
「おう、待たせたなレイス」
「ん、来たかリザ」
こちらは特に目立った変化は無かった。
いつも通りブレイクエッジを左右のホルスターに入れて肩掛け鞄を身に付けている。
「変わらずだな」
「まーな。 でも隠し玉は一つ用意してあるぜ?」
「隠し玉?」
「現地で見てのお楽しみだぜ! お、キョウカとアルミアも来たな」
レイスもリザに倣って目線を向けるとおーい!と手を振りながら、元気よくキョウカが先にやって来た。
いつもの薄着には変わりないが、少し近未来チックな鉄甲と脚甲が追加されているのがわかった。これで刃なり爪なりを受け止めながらカウンターを叩き込むつもりだろう。
やはり彼女も敵に囲まれながら戦う乱戦を意識しているように思える。
ついで言えば、キョウカの見た目のNINJA感というかアサシン感も合わせてアップしていた。
強そう。
アルミアの方は手にショットガンが一丁増え、グレネードランチャーの代わりに何やらライフル型のフレームに肉厚なボンベがくっつけられた妙な武器を肩に掛けていた。
「お帰り二人とも。 アルミアさん、その新武器は?」
「あら~、聞いてくれます~!? こっちは【ベネリM4】ですよ!」
アルミアは長物のショットガンを掲げて見せる。
【ベネリM4】は形状こそ従来のショットガンとそう変わらないが、グリップを引くポンプアクションを排除したガス圧式セミオートマチックを採用している。つまりトリガーを引くだけで連射が利くタイプの散弾銃だ。
先代の【ベネリM3】と比べると軽量で、伸縮性ストックを使用するなどで取り回しを向上させている。装弾数は8発と中々の量だ。
アルミアは状況次第でこれを片手撃ちをしつつ、もう片方の手でM1887をスピンコックで連射するつもりなのだろう。現に腰に付けているM1887のケースは左手で抜ける位置に合わせてあった。
ちなみにアルミアのベネリM4もキッチリとブラックとシルバーの祓魔師カスタムにデザインが変更されていた。
「で、そっちは?」
「火炎放射器です~。 名前もそのまんまで味気なかったので【ドラゴンの息】と新たに名付けました~」
肩に掛けていたグレネードランチャーは、エグさにさらに磨きがかかった火炎放射器に切り替わっていた。
ボンベに何が入ってるかはわからないが、一直線に強力な火炎を吹き出せる……らしい。
フレームは全て純金色にカスタムされていて、どこか神々しさすら覚える火炎放射器だった。
どこでアルミアはこんな武器を見つけて来るのかレイスにはまったくわからなかった。
「すげーっすね、アルミア姐さん! 尖りまくりの武器チョイスっす!」
お前の日本刀も人の事いえないぞ。
「お帰りにゃあ、みんな。 さ、受付はもう終わってるからさっさとルルイエに向かうにゃー」
チェシャに促されて四人はいつものようにデルタレッドホテルの玄関へと歩を進めた。
初イベントに胸を躍らせつつ、レイスはバンに乗りこむのだった。
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