ある少年の一日
「あー、今日も一日頑張りましたっと……」
大きく伸びをしながら学校からバイト先への道を歩く光太郎。
彼は週に3回、行きつけの書店で雀の涙ほどのお小遣いの足しにするために労働に従事している。全国展開のチェーン店ということもあって時給は安いが、家から近いし顔馴染みも何人かいるので働きやすい点で魅力があった。
何より光太郎は本が好きだ。
その最新情報が一手に入ってくる書店のバイトはお金以上に価値があった。
足早に書店に入り、スタッフルームでタイムカードを切ってエプロンを装備する。
このユニフォームを着る時がカチッと仕事モードに切り替わる感じがして光太郎は好きだった。
「お疲れ様です、雄二さん」
「やぁ、光太郎君。 そっちも学校、お疲れ様」
光太郎が声を掛けると、レジに立っていた男性がのんびりと返事をしてくる。
フルネームは京極 雄二。正社員ではあるものの、光太郎が新人として入って来たタイミングでこの店に転勤してきた人で、上司というよりは気のいい同期に近い関係だった。
年齢はアラフォーで、娘さんが一人いると聞いたことがある。
見た目はモジャモジャのくせ毛に黒ぶちメガネをかけ、無精ヒゲをたくわえた中肉中背といった姿で、言い方は悪いが典型的な中年のおじさんだろう。
顔は悪くないと光太郎は思うのだが、なよっとした雰囲気と猫背のせいでどうにも迫力に欠けてしまい、舐められそうな印象を覚えてしまう。
もっと自信を持ってシャンとすれば、ダンディな大人の男に変身できる気もするが……難しい話だろう。
「品出しはもう終わったから……、とりあえずそっちのレジお願いね」
「わかりました」
そこからは黙々と仕事に入る。
新刊の発売日でもない平日なので店内のお客さんはまばらだ。
雄二と光太郎が雑談を交わせるくらいには余裕あるペースで時間が流れていく。
「最近、光太郎君よく考え事をするようになったよね……。 悩みがあったら聞くよ? おじさんの人生経験だとちょっといいアドバイスできるか不安だけど」
「あー、そんなにわかりやすかったですかね……。 いえ、心配して頂いて大変申し訳ないんですけど、ゲームの事を考えてたんですよ。 次はどんな装備にしようかーとか」
エレベーターの件で入った報酬をどう使うかもまた悩まなければならない。
今のところは新しい防具と銃のアタッチメントを考えているが、キョウカがチームに加わった事で補助アイテムをさらに充実させるべきか等、検討の余地があるのだ。
「なるほどゲームか……。 光太郎君でもやっぱそういうのはやるんだねぇ」
「別に本ばっか読んでるわけじゃないですよ。 といっても始めたのはつい最近ですけど」
実質、一週間くらいかと光太郎は指折り数えた。あまりにも一回一回のプレイ内容が濃すぎてもう一か月くらいやってるような錯覚さえ覚える。
それだけ、人に恵まれたのかもしれない。
「実はおじさんも、ちょっとでも若い子の話題についていけるように触りだけゲームをやってるんだけど……、なかなか難しいね」
「ああ、中学の娘さんとの会話のきっかけ的な……。 心中お察しします」
「難しい時期なんだ、あはは……」
力無く肩を落とす雄二を見て、光太郎はホントに成果のせの字も上がってないんだろうなと可哀そうに思った。
「いっそこういう、アニメの話題とかどうなんですか? 娘さん漫画とかよく読むんでしょう?」
光太郎はふと目についたアニメ雑誌を見ながら提案する。
表紙には【今期注目のビッグタイトルは!?】とか【新人声優大特集! 八雲 留美亜独占インタビュー!】など煽り文が躍っていた。
デカデカと真ん中に掲げられたアニメキャラクターがこちらに眩しい笑顔を向けていて、左隅に小さく載せられた写真には若い女性の声優さんが手を振っている姿が映っている。この人が件の留美亜さんなのかもしれない。
なんか微妙に見覚えがあるような、ないような……?気のせいだろうか。
「いやぁ、同い年のパパ友の話だと『お父さんキモイよ』の一言で一蹴されたって聞いて……ちょっと」
「それは心へし折れますね」
仮に妹からそんな風に言われたら二週間は立ち直れないと光太郎は思う。
明里はちょっと怒りっぽくなる程度の反抗期でホントに良かった。
「じゃあ、レジャーとかスポーツとかどうですか? アウトドアも嫌いじゃなったですよね?」
平積みする予定だった雑誌を光太郎は手に取る。
ただタイトルが【古武術ッ!!】と激しいフォントで書き込まれていたので、これスポーツと全然違うやつだわと静かに段ボールに戻した。
少しだけ【最年少で和泉流古武術皆伝! 和泉 響花の修業に迫る】と書いてあった内容に興味はあったが今は仕事中だ。
「うん、そっちはおじさんの体力が追いつかない懸念が大きくて……」
「少年漫画の『もってくれよ……、俺の身体!』を地でいきそうですね」
持ったところで敗北は揺るがなそうだが。
「やっぱりそうなるとゲームが一番でしょうね。 一緒にやらないか誘ってみたらどうですか?」
「それが出来たら苦労しないんだけどね、ははは……。 せめて頼りにされるくらいには経験とレベルを積みたいと思って頑張ってるとこだよ」
なるほど、足を引っ張るような真似はしたくないと。
とはいえそんな義務感でゲームをやっていては、楽しむ余裕なんて無いのではなかろうかと光太郎は心配になる。見栄も大事かもしれないが根本的にゲームそのものを楽しんでいなければ、娘さんとワイワイ遊ぶなんて到底無理な話だろう。
ダークスイーパー・オンラインの時間は削られるが他ならぬ雄二のためだ。彼のやっているゲームに自分も参戦して手助けを買って出ようと光太郎は決めた。
「雄二さんそのゲームって―――」
「あ、お客さん来たよ」
おっとタイミングが……。
光太郎は接客スマイルを浮かべてレジにやって来たお客さんを見る。
小柄な体躯で野暮ったい眼鏡をかけた黒髪の女の子だ。おずおずといった感じで本をカウンターに置いてくる。
ちょいちょい見かける常連の子だ。お世辞にも口が達者には見えなかったので雑談とかはしたことがないが……。
「ありがとうございます。 1100円になります」
バーコードを読み込んだ本はダークスイーパー・オンラインが特集されたゲーム雑誌だった。
各銃器の強化チャートやツールアイテムの一覧が載っているようだ。
あとで自分も買っておこうと光太郎は思った。
「……ダークスイーパー、プレイされてるんですね」
「へっ!? あ、ひゃい!」
しまった、思わず声に出してしまった。
光太郎は驚かせてしまった少女へ気にしてませんよーという雰囲気を全開にしながら、速やかに本を袋へと納める。
「怖いけど楽しいゲームですから、頑張ってください」
当たり障りなく会話を切るように運びながら袋を差し出した。
黒髪の女の子も「あ、はい」と小さく呟きながら袋を受け取る。
よし、上手くいった。
「あの……、その声。 ……もしかして」
「はい?」
女の子が何か言いたげにボソボソと口を動かした。
そのまま流れて光太郎が首をかしげた瞬間、彼女はやらかした!と言いたげな表情にみるみる変わって大慌てで頭を下げて来た。
「い、いえ! なんでもないです! 勘違いでした! ごめんなさい! すいませんでしたぁ!」
ペコペコとそれはもう何度も腰を90度に折って、女の子はあっという間に店外へと逃げ出して行った。
一体なんだったのか……。
「だ、大丈夫? 光太郎君、なにか粗相を?」
「さ、さぁ?」
呆気にとられた雄二に光太郎もそう返すしかなかった。
失礼なことはなにもしてないと思う、たぶん。
結局、その後もクレームが入ってくる様子はなかったのでこの件は今後、注意しておくという事で終了した。
若干のトラブルはあったとはいえ、光太郎の日常はいつも通り過ぎていった。




