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『エレベーターで異界に行く方法・10』

「作戦はシンプルだ。 俺が囮になっている内に、二人で本体のクマ太郎を見つけてくれ」


 レイスは『マネキンの部屋』から持ってきた子どものマネキンにつぐはの服の袖を通しながらそう言った。状況が状況だから目を瞑るが、ものすごく変態っぽいなとキョウカは思った。


 もちろん、つぐはには『家族の部屋』から拝借してきた子ども用の服を着せているので問題なし。

 あそこは二人以上で入ればお客さんとしてもてなして貰えるだけの安全な部屋だった。もっとも、住人が幽霊だったせいでキョウカは生きた心地がしなかったし、何かの拍子に一人になると家族に取り込まれるという恐ろしい情報もレイスから語られていたせいで気の休まる時は無かった。

 安全なまま無事に出られたが二度と行こうとは思わない。


 つぐはは一昔前のワンピース姿になったおかげで儚い雰囲気の美少女にガラッと印象が変わった。ランドセルの代わりに肩掛けのポーチを装備して、中に塩水のペットボトルを入れている。


「先輩、戦えるんすか? 逆に囮はウチがいったほうがいいんじゃ……」


「近接攻撃の距離じゃ、流石にダミーとバレる可能性が高いからな。 ヘイトを稼いで引き付けるには銃が一番いい」


「……なるほど」


 それでも無敵のクマを相手にどれだけ引き延ばせるかはわからない。とにかく急ぐだけ急いで、希望的観測はしないでほしいとレイスは何度も念押ししてきた。

 それだけ自分自身の腕前を信じていないのだろうとキョウカも暗に理解した。


「頼んだぞ、キョウカ」


「任せろっす、先輩!」




 ―――そうして、レイスが巨大化したクマ太郎を撃ちながら階下へ逃げていく場面へと立ち戻る。




 キョウカはレイスが去ると同時に素早く動き出した。


「さ、本体のクマ太郎に引導を渡しに行くっすよ!」


「う、うん!」


 キョウカは片手にバールを構え、もう片方の手をつぐはと繋ぎながら『骨の部屋』へと突入した。


 ……唖然とするのはこれで何度目だろうか。

 マンションのドアを蹴り破った先は部屋のサイズ感からは明らかに逸脱した土壁とレンガで出来たダンジョンが広がっていた。目に見える範囲だけでも廊下ぐらいの広さのある通路が三つもある。

 加えて、壁のあちこちにはうず高く積まれた頭蓋骨が整然と並べられ、不気味さと荘厳さを同時に醸し出していた。


地下墓地(カタコンベ)じゃねーっすか……ッ!? 骨の部屋とかそんな可愛いレベルじゃねえし!!」


 これはレイスでもわからなかった事だろう。

 あの地図の断片的な情報だけでこの光景を読み取るのは無茶な話だ。

 キョウカは地図を書いた先人の配慮の無さにイラつきながらバールを握り直す。


「ど、どうしよう……? キョウカお姉ちゃん……こんな広い所からクマ太郎を探すのなんて……」


「やるしかねーっすよ……! 大丈夫、絶対にウチが守るっすから!」


 キョウカに難しいアレコレはわからない。だからこそシンプルに行動する。

 つぐはを守り、クマ太郎を見つける。

 今、考えるのはそれだけでいい。


「こっちから行くっす!」


 キョウカは端から潰していこうと左の通路に進路を取った。

 腰に付けたライトで道中を照らしながら、髑髏が見守る墓所を走り抜けていく。


 だが、思った以上に複雑な構造で一本一本の通路も地味に道中が長い。

 行き止まりから引き返すにも少し苦労する程だ。

 どれだけ時間が過ぎたかわからないが、ジリジリと来る焦りに背中が焼かれそうな錯覚すらキョウカは感じた。


「おまけに! そこは! メモ通りに! 出てくるんすよ、ねッ!!!」


 曲がり角からキョウカを掴もうと出てきた人型の骸骨(スケルトン)をバールの全力スイングで粉砕する。後続の数体も含めて、ことごとく殴り飛ばして地面に沈めていった。

 これでもう何体目になるだろうか?


「あー、うっとおしい!」


「だ、大丈夫!? キョウカお姉ちゃん!?」


「もちのろん! こんくらいのザコ相手ならどうってことないっすよ!」


 事実、キョウカが持っている鈍器はスケルトン相手に非常に相性が良かった。

 点で攻撃する銃弾や切断する刃物では骨に対して効果は薄かっただろうが、“砕く”という性能をフルで発揮するバールや鉄パイプは確実にダメージを与える事ができた。

 不意に襲ってきても首を絞めようと掴みかかってきたり、指の骨で引っ掻こうとしてくる程度の攻撃なので対処も容易だった。


 だが、問題はそこではない。


「マージ、見つからねえっすね……」


 出てくるのはさっきから骨、骨、骨ばかり。

 クマのクの字もまったく見えなかった。


 このままではレイスがやられて、事態に気付いた無敵のクマ太郎がこの場に急行してくるのは時間の問題だ。骸骨とクマの二面攻撃に晒されては、キョウカといえどもつぐはを守り切るのは至難の技だろう。

 焦燥感ばかりが募ってくる。そろそろ足を使うだけではなく何か別の方法を考えなければいけないのに、何の妙案も思い浮かばない。


「ぐぬぅ、先輩がいてくれたら……」


 キョウカは自分のバカさ加減に嫌気が差してきた。

 きっとこの場にいるのがそれこそ動画で見たリザ・パラベラムやシスター・アルミアだったらもっと上手くやっていただろうとすら思う。


 どうするべきか判断がつかない。どうしたらいいかわからない。


 今までは独り(ソロ)でも何も困らなかったキョウカは、初めて頼れる仲間が欲しいと思った。


「キョウカお姉ちゃん! そっちはもう行った通路だよ! 次はこっち!」


 つぐはの声にグイッと現実に引き戻された。

 アレ?と思って通路を見たが、通ったような通らなかったような……なんとも曖昧な感じだ。


「い、いや。 もしかしたらまだ行ってないかもしれねっすよ、ひとまず行ってみてから……」


「絶対に行った! 私、全部覚えてる(・・・・・・)もん! だからこっち!」


 もう片方の通路を指さすつぐはの瞳は確信に満ちていた。


「え、ホントに全部覚えてるっすか……?」


「ホントだよ! もう半分は調べられたと思うの、あと少しだよキョウカお姉ちゃん!」


「……ちなみに、いつも学校のテストって何点くらい取ってるっす?」


「え? 100点だけど……、あでもちょっと90点とかもあるかな……。 どうして?」


「ぷっ……あっはっはっは! 先輩の完全上位互換が来ちゃったっすねぇ!!」


 思わず笑ってしまった。

 つぐはのNPCとしての設定なのかそれとも救済要素なのかとレイスなら考察していただろうが、キョウカは考えない。

 この子がそういうなら、きっとそうなのだと受け入れる。


「わかったっす! じゃあ、道案内は頼むっすよ! 敵はウチが全部やっつけるっすから!」


「うん、私も仲間だから……がんばるの!」


 一筋の光明が見えた気がした。

 気力を取り戻したキョウカは、道程をつぐはの記憶力と直感に任せながら地下墓地(カタコンベ)を爆進していく。

 曇っていた剣術も色彩を取り戻し、もはや骸骨の奇襲すら即座にカウンターで叩き潰す程に冴えわたっていた。


「こっち!!」


「っしゃあ!」


「次、こっちだよ!」


「わかったっす! ちょーっとそこで待ってるっすよぉー。 オラァッ!!」

 

 道中の骸骨を片っ端から蹴散らしながら進んでいる内に、二人は広場のような円形のドーム状の場所に出た。


 次の道はどこだろうと見回していると、ガシャリと向かい側の暗がりから妙な音がした。

 何事かと構えるとドームの壁に掛っていた松明に勝手に火が灯り、広場を明るく照らし出す。

 ガシャリ、ガシャリという金属と骨が擦れるような音は何度も響き、やがてソレは姿を現した。


 珍妙な格好の骸骨だ。おおよそ日本にはそぐわない。

 タイツのような白いズボンに燕尾服のようなひたたれが付いた赤い上着なのだが、どこもボロボロに擦り切れて布を垂らしている。


 キョウカはなんとなく、歴史の教科書で見た古い時代の衛兵っぽいなと感じた。

 確か、フランスだかイギリスだかのヨーロッパのヤツだ。

 現に手には風化したマスケット銃を握っているし、腰には反りが大きいサーベルを差している。


「……なんだコイツ」


 骨オンリーだったザコとは違うが、見た目の大きさはザコと変わらない成人男性サイズ。

 ジリッと間合いを詰めながらキョウカばバールを正眼に構えた。


『……Jえ ne Peぅx pるus pァrTirァ』


 骸骨衛兵が呟いた。

 

「よし! 全然わからんので問答無用ッ!! いや、問答不能っす!!」


 こうしている時間すら惜しいとばかりにキョウカが地を蹴った。

 骸骨衛兵は腰からサーベルを抜き、真正面から突っ込んで来たキョウカへ反対の手に持ったマスケット銃を向けてくる。


「ッ! キョウカお姉ちゃん避けて!」


「やっべ!!」


 つぐはの警告を受けてキョウカは咄嗟に横っ跳びに無理やり進路を変えた。

 パーンッ!という火薬の爆ぜる音がドームに響き、キョウカの背後の壁で火花が散る。

 まさか劣化した骨董品で撃ってくるとは思わなかったとキョウカは喉の奥に悲鳴を呑み込んだ。


 とはいえ、初撃を避けられたのは僥倖だった。

 あの見た目の銃は火縄銃と同じで1発切りとキョウカは知っている。次の弾を込めるまでに間合いを詰め切るのは容易いことだ。

 あとはこっちのものだとキョウカは再び進路を骸骨衛兵へ向けたが……そのキョウカの目には、自分をさらに狙って追って来た銃口が映っていた。


「まさか連射できるっすか!?」


 慌てて姿勢を下げた所にパーンッ!!と次の銃声が鳴った。

 風を切った礫が頭上ギリギリを通り抜けたのがわかった。

 いくら物理法則を超越する怪異や妖怪でも、やっていい技とやっちゃいけない技があるだろ!とキョウカは奥歯をギリッと噛む。


「にゃろぉッ!!」


 屈むために曲げた足をバネに、キョウカはロケットスタートを切った。

 今度こそ3発目を撃たせるより早く、彼女は長バールが届く間合いまで突入する。


『Ce mェc!』


 骸骨衛兵は錆びたサーベルで応戦した。

 ギイインッ!!!と金属同士がぶつかる激しい音色が交わされる。


「今のうちに先に行くっすよ!!」


 敵を鍔迫り合いに持ち込みながらキョウカはつぐはに振り返って叫んだ。

 骸骨衛兵の膂力は侮りがたく、弾き飛ばされそうになる所を必死に抑え込む。


「え、でも! キョウカお姉ちゃんは……!?」


「ウチのことは気にするなっす!! それよりもコイツの流れ弾の方が危ねーっすよッ!!」


 もしも壁際に立っているつぐはに命中しようものなら、今までの努力は全て水の泡だ。


「早く行くっす!! きっともう本体はすぐ近くのはずっす!! 時間を稼いでる先輩のためにもやり遂げるっすよッ!!」


「―――、うんッ!!」


 もう泣き喚いていた弱々しいつぐはではない。

 二人を助けるために今、自分が出来る行動はなんなのかしっかりと理解している。

 頭が良くて勇気のある子だとキョウカは笑う。

 NPCなのが惜しいくらいだ。きっと現実世界で出会っていれば、無二の友達になれたと本気でそう思う。

 いや、今もとっくに友達だ。


「つーわけで、期間限定でもつぐはちゃんとはもう親友(マブダチ)っすから……」


 通路の奥に駆けていったつぐはにまだ脅威が迫らないとも限らない。

 だったら彼女(ダチ)を守るために何をするべきか……。

 それはバカな自分でもすぐにわかった。


「―――速攻で、テメェをブッ倒すッ!!」

 

 骸骨衛兵を押し返し、キョウカは鉄パイプとバールの二刀を構えた。


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