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『エレベーターで異界に行く方法・9』

 キョウカとレイスは顔を見合わせた。


「めっちゃ早かったすね」


「暇だったのかもしれないな」


 サイシーバーに表示されている相手先はもちろん非通知だ。

 レイスは通話のボタンをスライドさせて耳に当てた。


「……もしもし?」


 ―――ザザッとラジオのようなノイズ音に交じって人の吐息が聞こえる。


『“もしもし。 ぼく、さとるくん。 今、マンションの入り口にいるよ”』


 その一言で一方的に通話は切れた。

 男とも女ともつかない中性的な子どもの声だった。


「今、マンションの入り口だそうだ。 あとは来るまで待つだけだな」


 自分の背後に来た時が勝負のタイミングだ。


「あ、もう次の連絡が来たっすよ。 やっぱ暇だったんっすよ、さとるくん」


「やめてさしあげろ。 言った手前、なんか申し訳ない気持ちになってきた」


 レイスは再び通知を鳴らすサイシーバーを操作して通話を繋げる。

 それからはハイペースでさとるくんから電話が掛ってきて、階段の踊り場、廊下、部屋の前とあっという間に近づいてきた。

 目的も無くさとるくんを呼んで、この勢いで近づいて来られていたら確かに怖かったかもしれない。


「いよいよ、次かもな」


「先輩、ウチらは?」


「俺が振り返らないよう見ててくれ。 そこにいてもたぶんルールには引っ掛からないはずだ」


 さとるくんはあくまで呼び出した人物を引きずり込む。

 レイスを見ているだけのキョウカとつぐははカウント外のはずだと考えた。

 二人は了解し、レイスから少し距離を開けて待機した。


 ―――ピリリリ、とサイシーバーが鳴る。


「来たか……」


 レイスはもう慣れた手つきでサイシーバーの通話を繋ぎ、耳を傾けた。


「『“もしもし。 ぼく、さとるくん。 今、君の後ろにいるよ”』」


 サイシーバーと背後から同時に声が聞こえた。

 チラリと横目でキョウカ達を見ると、青ざめた表情でこちらを見ていた。

 後ろに何がいるか気になるが振り返るわけにはいかない。


「君が、さと……」


 レイスはそう言いかけて慌てて口をつぐんだ。

 危ない、今のは質問(・・)だった……。これを答えさせてしまったらもう質問権はなくなる。

 二度、三度と深呼吸をしながらレイスは持っていたマンションの地図を自分の目の前に開いた。



「―――クマ太郎の本体がどこにいるか教えてくれ」



 ズドォッ!!と自分の胸の真ん中を真っ白な腕が勢いよく貫いた。


「……ッ!! ……ッ、ッ!!?」


 叫ぶことも出来ないまま見下ろした。

 これは罠だったかと驚愕したが、よくよく見ると白い腕は胸を貫通している訳ではなく通り抜けているだけだとわかった。


 白い腕はフラフラと地図の上を撫でると、一つの部屋を指さした。


「『“ここだよ”』」


 もうちょっとやり方はあっただろさとるくん、とレイスは驚きのあまり爆発しそうな心臓の鼓動を感じながら小さく頷いた。

 白い腕はそのままスルリと引っ込んでいって、後には無傷の身体が残った。

 こういうビックリポイントは本当に勘弁してほしいとレイスは溜め息をついて、なんとか心を落ち着かせた。


「よし、ひとまずこれで……」


「だ、ダメです先輩!! まだ後ろにいるっす!!」


 ピタッと横に向けた顔をその場で止めた。

 視界の隅にぼやけた白い物体が映っている。ソレを見ないように慎重にレイスは視線を前へと戻した。


「『“ちえ”』」


 さとるくんが悔しそうに呟くと、ブチッとサイシーバーの通話が切れた。

 ……今度こそもう大丈夫だと思うが、念のためキョウカに確認する。


「キ、キョウカ? どうだ?」


「大丈夫っす、もういないっす……」


「はぁー……」


 最後の最後にフェイント入れてくるとかとんでもない相手だった。

 完全に油断していたと言ってもいい。キョウカがいなければ確実に引っ掛かっていただろう。


「助かった、キョウカ……」


「う、うす……」


 キョウカもかなりビビったのか、口数少なく答えるだけだった。

 彼女はこの部屋で起きた怪現象はさておいて、さとるくんは実体のある怪物系の怪異だと思っていたのだろう。

 それがまさかのバリバリの霊体だったせいでかなり精神をやられたようだ。


 とはいえ、凌いだ。


「二人とも来てくれ。 さとるくんが言うにはここに本体がいるらしい」


 レイスは広げた地図の一点を叩く。

 そこは『骨の部屋(Bone room)』と書かれていた。

 メモから察するに骸骨が襲ってくる部屋のようだ。ハッキリと危険と書かれている。


「骨相手だったら遠慮はいらねっすね!」


 にわかに元気になったキョウカがブンブンと鉄パイプを振り回しだした。

 殴れる相手に対してなら、やはり彼女はめっぽう強い。


「ここに、クマ太郎が……」


「そうだ。 ただしこの部屋はあの徘徊するクマ太郎の巡回ルート上にある」


「へ? どういうことっすか先輩?」


 疑問符を浮かべたキョウカにレイスは答える。


「ここは第二形態のクマ太郎が出てきた部屋だ。 恐らくはこの周辺を回って部屋に戻る行動を繰り返していると思う」


「いやいや、でも先輩が最初に襲われてた場所は全然違ったじゃないですか」


「……ある程度の時間で、本体のクマ太郎の位置が変わるんだろう」


 徘徊するクマ太郎の目的はあくまでも本体の護衛と警邏だとレイスは推測する。

 だからこのマンション内をあちこち回っても遭遇するタイミングが極端に少なかったのだ。

 奴は敵を発見した場合を除き、一定範囲から先に進むことは無い。


 その巡回している場所が変わるのは、護衛対象が移動しているからだと結論付けた。


「げっ、じゃあ『骨の部屋』からも移動するっすか!? どうやって!?」


「ランダムに瞬間移動かもな、歩いて動くって事はないはずだ」


「そ、そんな! レイス隊長、早くいかないと!」


「そうだな……しかし、襲ってくるクマ太郎をどうするか……」


 奴が“護衛”に徹しているのは、つぐはの持つ塩水が自身に致命的な効果を及ぼすとわかっているからだ。


 クマ太郎は身の安全のために術者であるつぐはを殺すか塩水を排したいが、とにかく守りを固めている。

 つぐはは本体のクマ太郎を見つけ出した時点でほぼ勝利が確定する。

 この両者の攻防が、俯瞰で見た現在の状況の図式になるだろう。


 さとるくんが“本体の有無”に対して“ある”と答えてくれたおかげで芋づる式に裏付けが取れたのが大きかった。


「……ま、やりようはあるか」


 レイスは真剣な表情で神妙に呟いた。


「出たっすね! 先輩の俺、頭いいぞムーブ! 純粋にムカつくっす!」


「いい笑顔でなんてこと言ってくるんだお前は」


 けしてカッコつけていたわけではない。


「レイス隊長……」


「心配するな、いくつか考えはある。 だが、君にも頑張ってもらうことになる」


「わ、私にも……?」


「そうだ、儀式を終わらせるのは君でなければならないからな。 そこまでの道案内は必ずやり遂げよう……」


「ん! ウチにドーンと任せるっす! さ、キリキリプランを吐くっすよ先輩!!」


「そういう素直に指示を実行しようとする姿勢は嫌いじゃないんだけどな」


 言い方よ。


「……まぁ、いますぐこれだ!とは言えないんだ。 いくつか確認しておきたい事もあるし」


 地図を広げながらレイスは視線を巡らせる。

 『マネキンの部屋』 『家族の部屋』などのワードを瞳に映しては、脳内の机上に置かれた盤面を動かしていった。


 ―――さぁ、作戦の時間だ。




※※※




 レイスは片手につぐはを抱えながら階段を降りて来た。

 彼女は向かい合うようにレイスの首にしっかりと手を回して離さないようにしている。

 抱えている左腕はつぐはの太ももの辺りで固定し、走っても落とさないよう配慮していた。


 右手にはHK45を握り込み、銃口を正面に向けながら廊下を警戒しながら歩いていく。

 その姿を見逃さなかった怪物は、天井(・・)からドチャリと生々しい音を立てて廊下に着地した。


「ッ!?」


『アぁあァ@@ああア@ッ!!!!』


 クマ太郎の外観はさらに禍々しく進化していた。

 身体の大きさはレイスとそう変わらない。いや、二足歩行の獣らしい前傾姿勢を差し引けばもっと全長は大きいだろう。

 ボタンだった瞳は切れ込みを入れたように鋭くかっ開き、その中に生物的なギョロ目が生成されていた。口元から出っ放しの長い舌からはボタボタと涎を垂れ流し続け、床を濡らしている。

 もう包丁とかいらないんじゃないかと思う程に鋭く太い爪が布地の手から伸びていて、捕まればひとたまりもないだろうという事は察せた。


「……第三形態になってるとか聞いてないんだが」


 流石にこれは想定外だった。

 何が条件でこんな姿になるかはまったくわからなかったが、ともかくピンチなのは間違いない。


「ええい、ままよ!!」


 レイスはHK45をぶっ放しながら全速力で後退を開始した。


『アアアぁ@@ああぁア@アぁ@ッ!!!!』


 ドスンッ!ドスンッ!と床を鳴らしながら迫ってくる怪物のクマ太郎に戦慄しながらレイスは必死に走った。

 もはや残弾など気にしていられない。とにかく撃って撃って撃ちまくりながら、つぐはを連れて階下へと逃げていく。

 時折、立ち止まってはクマ太郎の位置を確認し、追撃を叩き込みながらさらに下へと駆け抜けた。


 クマ太郎はもはや銃弾をモノともしていなかった。


 命中するたびに火花が散っている様子から考えるに、弾丸は全て布地の体毛に弾かれているのだろう。

 無敵に加えて装甲まで重ねられて、もはや手が付けられなくなっている。


「怯みもしないって、ありかそんなのッ!! くっそ!!」


 いくら威力があった所で拳銃弾ではもはやどうしようもない。

 これを止めるにはそれこそロケットランチャーくらい持って来なければ話にならないだろう。


『アアアア@@@あぁあ@ッ!!!!!』


「あぶなッ!!!」


 振り回された包丁が背中をかすめながら、階段から廊下へと転がり出る。

 もうそんな距離まで追いつかれているのかとレイスは背筋が凍る思いだった。


 クマ太郎の瞳孔が開いた目がジロリと、レイスから抱えているつぐはに視線が移った。

 それはそうだろう、彼女は王将でありキングなのだ。

 クマ太郎はもはや討ち取る手前、王手(チェック)まで来ていると理解していた。


 この青年はどうでもいい、この子どもさえ殺せばそれでいい。


 咆哮を上げながら床を蹴りつけ、クマ太郎は狼のように跳びかかった。


「ぬわッ!!?」


 予想外の体当たりにレイスは吹っ飛ばされて床を転がった。

 衝撃に耐えきれず、抱え込んでいたつぐはもレイスの手から離れてゴロゴロと廊下の先に投げ出される。


「……しまった!!」


 身体を起こそうとしたレイスの上をクマ太郎が跳び越えた。

 もはや守るものは何もない。何者も自分を邪魔することなど出来はしない。


 クマ太郎は意志ある瞳で凄惨に笑みを浮かべながら、その必要が無いにも関わらず力の限り、右手の包丁をつぐはへと突き立てた。

 バキンッ!!とプラスチック(・・・・・・)が砕ける音(・・・・・)と、硬い手応えをクマ太郎は感じた。

 おかしい、人間はこんな感触じゃない。

 もっともっと肉は柔く、温かい血が噴き出すはずだとクマ太郎は混乱していた。


「まったく……もう少し、時間を稼げると思ったんだが。 その姿は反則だぞやっぱ」


 慌てた様子もなく、レイスは立ち上がりながら服の埃を払った。


「わからないって感じだな。 よく見ろクマ太郎」


 レイスに促されて、クマ太郎は再び視線を下に降ろすとようやくわかった。

 そこにはつぐはの服を着せ、帽子とカツラで顔を隠し、ランドセルでさらにカモフラージュを加えた子どものマネキン(・・・・・・・・)が転がっていた。


「―――お前に視覚がある事は、スタングレネードを喰らった様子でわかっていた」


 目を押さえて暴れ回る小さなクマを想起し、レイスはこの囮作戦を立てた。

 匂いも考慮して身に付けていた物は全てマネキンに着けさせたが、拍子抜けだったなとレイスは思う。


「まんまと騙されてくれてありがとう。 そして、もうお前は通さない」


 クマ太郎は廊下の奥側。

 本体を助けに唯一の階段へ進むには、HK45とコンバットナイフを構えるレイスを突破しなければならない。

 クマ太郎は簡単なことだと思う反面、闘志を燃やすこの人間の相手は面倒になりそうだと苛立たしい気分にもなった。


「来いッ! 俺が相手だ!」


『ぐるぁ@@アアぁあ@@ァアッ!!!!!!』


 つぐはが儀式を完遂する最後の時間稼ぎに、レイスは無敵の怪物へと挑みかかった。




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