『エレベーターで異界に行く方法・7』
部屋を出た時からじっとりとくる嫌な予感はあった。
映画や他のゲームでも、キーアイテムを取った時ほど妨害が来る可能性は高い。
背負い籠のおかげて両手でHK45を構えられるのは幸いだとレイスはグリップを握り込む手に力を入れる。
「階段まではもうすぐだ、ピッタリついて来てくれ」
「うっす!」
「……はい」
警戒心を最大まで引き絞り、無限に続きそうだと錯覚するマンションの廊下を突き進む。
階段のある踊り場まであと数歩のところで、間を挟んだ向こう側の廊下にある部屋の扉がギイ……と開いた。
このタイミングかよとレイスは呻く。
階段までの道を封じられるような位置関係ではないが、出てくる相手によっては死に物狂いの強行突破が必要になる間合いだ。
「先輩!!」
「わかってる! 構えろキョウカ!」
どちからが時間稼ぎとはいかないのが今の実情だ。レイスは文字盤を抱え、護衛しなければならないつぐはもいる。
一番自由に動けるのはキョウカだが、近接武器では敵の足止めから即離脱というのも難しい。必然、一団になって一気に駆け抜けるしか方法はない。
どうかそれが通じる相手であってくれとレイスは祈った。
―――既視感を覚えた。
廊下側に開く扉、金属を引きずる音、そして―――クリームカーキの布地がドアの縁に手をかける光景。
「ひっ!!」
つぐはが息を呑んだように悲鳴を漏らす。
レイスも知っている、こいつは……。
「包丁グ、マ……!?」
ただし、ゆっくりと扉から現れたのは最初に襲撃してきた奴とは姿が違っていた。
いや、返り血や包丁を持っているという点では変わらない。ただし、ぬいぐるみサイズから一回り大きくなって、小学校低学年くらいの身長になっていた。
黒ボタンの目はジロリとこちらを見据え、縫い目だったはずの口が開いて獰猛な笑みを浮かべている。
並んだ歯はサメのように鋭く、獲物を見つけたと舐めずる舌は地獄のように赤かった。
さながら“包丁グマ第二形態”か、とレイスは冷や汗をかいた。
「走れ!!」
レイスは鋭く叫びながら、ドンッ!ドンッ!ドンッ!ドンッ!と立て続けに4連射を撃ちこんだ。
以前なら弾の威力に押し負けて後ろにすっ転ぶくらいの姿は見せていたのに、今は足で踏ん張って衝撃に耐えている。
命中すれば多少は怯んだ様子はあっても、向かってくる歩みは堂々としたものだ。
そして以前にも感じた通り、この包丁グマはまったくダメージが蓄積されている雰囲気がなかった。
「無敵かよ……!」
ゲームの中でもっとも相手にしたくないタイプのエネミーだ。
「先に行くっす!! 先輩!!」
「わかった!!」
つぐはを先に押しやり、レイスもそれに続く。
踊り場まで一気に走り込み、二人は階段の方に曲がった。並走していたキョウカはそのまま真っすぐ駆け抜け、跳躍と同時に包丁グマへ鉄パイプを振り下ろす。
「でえええりゃあ!!」
『アァ@@@ァア@@@ッ!!』
雑に振り上げた包丁が鉄パイプとぶつかり、激しい火花が躍った。
「っつーッ!! 硬ッ!!」
自分の腕力では敵わないと悟ったキョウカは防御主体の構えを取る。向こうもそれがわかったのか包丁を突き出すように何度も攻勢を仕掛け、防御を打ち崩しにかかった。
ウェイトが増えたせいでぬいぐるみサイズの時の天井を跳ね回るような三次元機動こそしてこないが、攻撃の手はより嫌らしくなっていた。
『ァ@@@ァア@@@ッ!!』
「くっ!! パワーのゴリ押しとかエレガントじゃねーっすよ!!」
包丁グマにも知能がある。
打ち合った数合の内にキョウカはそれを察した。
恐怖を煽る鈍色の刃を顔の数センチ先に感じながら、キョウカは受け流すように捌く。
包丁の機動力はナイフのそれと大差なく、かなりのスピードで打ち込まれてくる。ただし、その一撃一撃がボクサーのストレートパンチ並に重いせいで隙を見て転進するどころか防ぐだけでやっとだった。
―――、一瞬でも気を抜けば殺られる。
そう頭によぎった矢先、不意にクマが横っ面を殴られたように怯んだ。
「今だ! キョウカ! 早く来い!」
階段の中腹で膝立ちの構えでレイスがHK45を向けていた。
さらに数発、包丁グマの顔面に援護射撃を叩き込んでキョウカから僅かに距離を取らせる。
「サンキューっす先輩!!」
その瞬間の内にキョウカはクルッと身体を反転させて階段まで逃げだした。
『アァ@@@ァア@@@ッ!!』
「ラストだ、持ってけ!」
口でピンを抜いてレバーを解放したスタングレネードを包丁グマの足元に投げつけ、走ってきたキョウカと一緒にレイスも階段を駆け上った。
階下でバ――――ンッ!!と耳をつんざくような破裂音と閃光と共に、包丁グマの悲鳴が聞こえた。
これでなんとか足止めは整った。
「よし! 行け! 行け! 行け!」
「いやー! 先輩、撃つの上手いっすね! よく当てたっすよ! まぐれっすか?」
「もうちょっと落ち着いた時に振れよ! そういう雑談は!! ちゃんと狙って当てたわ!!」
「ヒュー、マジっすか! じゃあウチも心置きなく前で戦えるっすね!」
「あまり期待するなよ? 咄嗟の危ない時に撃って助けるとかそういう芸当は出来ないんだから!」
「誤射しないだけでも安心感ダンチっす! いやー、今まで何発くらい背中に弾をくらったやら」
「その鉄パイプとバール、山に捨ててこい」
「やーっすよ!」
少し先の階段の所で心配そうに待っていたつぐはを見つけた。
レイスは念のため後方を確認したが、包丁グマが追ってくる気配はない。
HK45から弾倉を捨て、新しい物に入れ替えつつ彼女と合流した。
「……あ、大丈夫!? レイス隊長、キョウカお姉ちゃん!!」
「ん! よゆーっすよ!」
「ああ、もう大丈夫だ。 さぁ、エレベーターまで急ごう」
「……うん!」
ようやく脱出できるとわかったつぐはは花のような笑みを浮かべた。
レイスとキョウカも顔を見合わせて思わず笑い合う。
下4階層から数えて中央まで戻り、今度はキョウカ、つぐは、レイスの並びで廊下を走る。
一番の懸念はこの廊下の道中だったが、拍子抜けするほど簡単に移動できていた。
何かのトラップかとも疑ったものの、足を止める方が危険だと判断してレイスは先を急がせた。
「よっし! 到着ー!」
「案外、あっさりだったな」
エレベーターの前に来ても、廊下は静かなものだ。
逆に不気味さすら感じる。
「いいんすよ、何があっても勝てば勝ちなんすから! ほら、背中のやつ下ろすっす! ハリーハリー!」
「わかった、わかった。 キョウカは警戒を頼む」
レイスは紐を肩から外してザイルを解いて回収し、文字盤を抱える。
そのまま開きっぱなしになっていた自動ドアを通り、ぽっかりと口が開いた空洞に目を向けた。
キョウカが言っていた通り、中にはコードや基盤が見えているが、この文字盤をはめ込む上で邪魔になりそうなものはなかった。
「上手くいってくれよ……? フンッ!」
文字盤の位置をゆっくりと合わせ、そのまま一気に押し込んだ。
ガチャンッ!!と文字盤が嵌ると、エレベーターが息を吹き返したように起動した。薄暗かった明かりがハッキリと灯り、電光掲示板にはバグった表記ではあったがちゃんと表示が点いている。
「よし! 動いたぞ!」
「やったっすね! 先輩!」
リザとアルミアには悪いがもうゴール手前まで来てしまったし、このままフィニッシュさせてもらおうとレイスは思った。
勝利条件は【つぐはの救出】。他のメンバーにもこの目的が達成できていれば報酬が出るはずだ。
「よし向かうは1階だな。 乗ってくれ」
「っしゃあ!」
「……うん!」
キョウカが跳ねるように飛び込み、続くつぐはが―――。
入り口から弾かれた。
「なっ!?」
「え……」
何が起こったのか理解できない表情を浮かべて尻もちをつくつぐは。
慌ててもう一度、エレベーターに乗ろうとするが、何か薄い膜のようなものが彼女の行く手を阻んでいた。
「なんだこれ……」
レイスが手を出すと、スッと何の抵抗もなく向こう側へ抜ける。
間違いない、この薄い膜はつぐはだけを通さないのだ。
「ど、どういうことっすか先輩! これじゃ、エレベーターに乗れないっすよ!?」
「俺にもわからん! いったいなぜ……」
何を見逃した?何を間違った?とレイスは今までの行動を振り返る。
だが、どこを思い返してもつぐはだけが脱出できない原因には思い至らない。
「……だめなんだ。 やっぱり、私……帰れないんだ……うぇ、ぐす」
くしゃくしゃになった顔でつぐはは泣き出し、その場にしゃがみ込んでしまった。
もう一歩だって歩けないほどに心が折れてしまったのがわかった。
「わた……私が、【ひとりかくれんぼ】なんか……やったから! クマ太郎、まだ見つけてないから! 終わらせてないから……! うぅ……あぁああああ! うわぁあああん」
「お、落ち着け! 【ひとりかくれんぼ】ってなんだ!? いったい何をやったんだ!?」
「うあぁあああああん!!」
収拾がつかない。
堰を切ったように泣き続けるつぐはにレイスは困り果てる。
きっと今まで我慢してきたものが、ここで一気に溢れてしまったのだろう。
どうしたものかと頭をかいていると、キョウカがトンッとエレベーターから降りた。
「そっかー、じゃあそのクマ太郎見つけないとっすねー」
つぐはの近くにしゃがみ、キョウカは泣きじゃくる彼女の頬を慰めるように撫でると優しく抱きしめた。
「大丈夫―――。 必ずここから出してあげるっす。 ウチと先輩が最後まで助けるから」
よしよし、とつぐはの背中を軽く叩いてあやしながら語り掛ける。
「ウチらはチームで仲間で友達っす。 見捨てるようなことは絶対しないよ」
「……ホント?」
「もちろんっす! ね? レイス隊長殿?」
急に話を振られてレイスは狼狽えたが、咳払いをしながら頷いた。
「ああ、君と一緒に脱出する。 その目的は変わらない」
エレベーターから降りて、同じようにつぐはの近くで片膝をつく。
「だから教えてくれ、きっとその【ひとりかくれんぼ】が鍵になる。 隊長の名に賭けて、脱出のための謎を解明してみせると約束しよう」
奮い立たせる励ましになっただろうか?とレイスは内心気が気ではなかったが、助けたい気持ちは伝わったようだった。
じっと黙っていたつぐはが、キョウカの抱擁からそっと離れる。
もう涙も止まっていた。
「……がん、がんばります! 私も! 家に、帰りたいです!」
「ああ、みんなで頑張ろう」
「うっす!」
固い結束が生まれたのを感じる。
チームとして一つにまとまった瞬間だとレイスは思った。
「あの、じゃあ……聞いてくださいレイス隊長!」
ぐっと胸に手を当て、つぐはは意思ある瞳でレイスを見つめた。
「私の始めた【ひとりかくれんぼ】のこと……」




