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『エレベーターで異界に行く方法・6』

「だぁあああらッ!!!!」


 空気を切り裂くように放たれた長バールが手斧とかち合い、弾けるような金属音と共に火花が舞い散った。

 キョウカは激しい打ち合いの中でも体幹をまったくブレさせることなく、冷静に両手で構えた長バールで攻撃を捌き、その隙間を縫うようにカウンターの一撃を放っていく。

 見かけこそ全長約1メートルのただのバールだが、彼女が振るう限りは一流の刀剣にも迫る。


『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!!』


 対して咆哮を上げるのは身長2メートルの大男。

 ごく一般的な無地のパーカーにジーパン姿だが頭にはズタ袋をかぶっており、雑に開けられた穴からはギョロギョロと血走った目が覗いていた。

 手に持った斧をめちゃくちゃに振り回しては目の前のキョウカを打ち据え、その身体を細切れにせんと叩き付け続ける。


 だがキョウカはその全てをバール1本で跳ね返していた。


 さながら、暴風の中に佇む大樹だ。深く根を張り如何な自然の驚異も物ともしない泰然とした姿。

 これがキョウカの実力なのかとレイスは呆気に取られた。



 ―――ことの発端は少し遡る。

 ループを利用して下4階層に辿り着いたレイス達は、さっそく地図のチェックが入っていない部屋を訪れていた。

 そこは何の変哲もない部屋で、むしろ家具やベッドが置いてあるだけ他よりかなりまともな場所だった。綺麗に掃除もされていて異常な部分は何もない。

 セーフルームかもしれないし少し休憩していこうとレイスが提案する中、キョウカがマイペースに「お、小銭見つけたっす!」と言いながら身を屈めて床に手を伸ばし―――急にピタリと動きを止めた。


 何事かとレイスが思った瞬間、キョウカが「すぐに部屋を出るっすッ!!」と声を張り上げた。

 その声に驚く間もなく、キョウカのすぐそばにあったベッドの下(・・・・・)からこの斧男がズルリと這い出し、襲い掛かって来たのだ。


 キョウカが気付いたからよかったものの、あのまま休憩していたらどうなっていたか……。


 そのままキョウカに迎撃を任せ、レイスはつぐはを連れて外の廊下まで転進する。

 逃げ場のない部屋の中ではこちらが不利と思っての判断だったが、果たしてキョウカ一人のままで良かったのかという不安もあった。

 レイスがすぐ援護に向かおうと踵を返すのと、斧男とキョウカが(しのぎ)を削りながら玄関扉をブチ破って廊下に飛び出して来たのはほぼ同時だった。

 二人の攻防を目の当たりにし、レイスは驚愕と共に心配が杞憂であったことを悟った。


 回想終了―――そうして今に至る。



「キョウカ! こっちも攻撃を……!」


「必要ねえっす! コイツ程度に弾を使うのはもったいねぇっすよ!!」


 後ろ姿しか見えなかったがレイスにはキョウカが不敵に笑ったのがわかった。

 彼女は擦り上げるようにバールで斧をいなし、がら空きになった腹部に蹴りを打ち込んで間合いを離す。


「さぁさぁ! 遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よっす!! 特に先輩!!」


 キョウカは時代劇のように名乗りを上げながらブンッ!!と振った左手に長バールを持ち替え、右手には背中から抜いた鉄パイプを構えた。


「マジの大マジな二刀流っす!! さぁ行くっすよぉ!!」


 先ほどまでが不動の大樹とするなら、今度は押し寄せる炎の嵐だ。


 カウンター重視から一転、攻勢一辺倒にシフトしたキョウカは烈火の如く打撃を繰り出していく。

 斧男は痛がる素振りは見せないものの喰らった運動エネルギーまでは無視できないらしく、足を殴られて体勢を崩したり、顔を張り飛ばされて仰け反ったりと斧を振るう構えを取る前に攻撃が潰されている。


 レイスが相手取っていたならこうはならなかっただろう。

 斧男が弾丸を受けながらでも突っ込んで来て、ピンチになるのが目に見えている。仮にその場でナイフを使った近接攻撃を仕掛けたとしても、勝負にすらならなかったと確信を持って言えた。


 何故なら、真っ向から戦うキョウカはれっきとした“(わざ)”をもって斧男の攻勢を制し、圧倒していたからだ。

 キョウカが現実で何を学んでいたかは知らない。しかし素人のレイスから見ても、そこには確かに修練を積んだ“武”があった。


「うーららららららぁッ!!」


『ぎ い゛い゛い゛い゛い゛い゛ッ!!!!』


 ラッシュに次ぐラッシュは流石の斧男も予想外だったのだろう、たまらずたたらを踏んで引き下がった。


「そこっす!!」


 すかさずキョウカは左手のバールを一閃させて片膝を折らせ、続く右手の鉄パイプの一撃で斧男を廊下の手すりに叩き付ける。

 踏ん張る体勢が整わない相手を動かすのはたやすい。そして狙い通りの位置に行ってくれた斧男にキョウカはイイ笑顔を向けながら、左手をバールから離して鉄パイプに添えた。


「にひひ―――六文銭をプレゼントっすッ!!」


 言い換えれば地獄に落ちろ(・・・・・・)、だ。


 まるでゴルフのスイングのように下から上に向かって全速力で振り抜かれた鉄パイプは、斧男の顎を正確に捉え、思いっきりカチ上げた。


『い゛い゛い゛い゛い゛あ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!!!』


 ぶっ飛ばされた勢いのままに斧男の上半身は手すりを乗り越え、それを追いかけるように両足も宙に浮く。

 支えるものはなにもない。斧男の身体はマンションの欄干から外へと追いやられ、あとは万有引力の法則のままに墜落していった。


 耳に残るような低い叫び声も、あっという間に奈落の底へと消え去っていく。


「いえーい、完全勝利ー!」


 決着がついたとわかると、キョウカは鉄パイプを肩に乗せ堂々のVサインを掲げた。


「あ、ああ……本当に完全勝利だった」


「キョウカお姉ちゃん、すごいすごい……!」


 実際、間違いなくすごい。絶技と言ってもいい。

 二刀流をここまで使いこなせる中学生など、どこを探してもいないだろう。

 つまりこれ、かなりの現実(リアル)バレ情報だ。

 つぐはとキャッキャと喜び合う所に水を差すわけにはいかないので、あとでそれとなく伝えておこうとレイスは思った。


「えへへー。 いいんすよ? 先輩ももっと褒めて!! 崇め奉るっす!!」


「いいだろう。 よっ! 今武蔵! 美少女剣豪! そなたこそ真の異界ジェノサイダーよ!!」


「すんません、やっぱいいっす……」


 なにが不満だと言うのか。


「それより、ここも片付いたっすから次に行くっす」


「だな。 遠くはないし、ささっと調べよう」


「そこに、エレベーター動かすやつ……あるんだよね?」


 見上げてくるつぐはの表情は少し影が差している。

 不安はぬぐえないのだろう……、もしも無かったら、と。

 そうなれば一から探し直しというだけだが、今答える言葉としてはやはり適切ではないだろう。


「大丈夫だ、きっとある」


 元気づけるようにレイスは力強く答えた。

 それは自分に言い聞かせる意味でも必要な事だった。




※※※




 結論から言えば、文字盤はあった。

 最後の部屋の中は、言わばジャンク品が山と積まれたガラクタルームだった。

 素手で触らせるには危ないのでつぐはにはすぐ近くで見ててもらい、レイスとキョウカが発掘に取り掛かるとそれはすぐに出てきた。


「見て見てっす先輩! この文字盤、ロンドンとニューヨークって書いてあるっす!!」


「こっちは箱根と熱海と博多だ。 ある意味、脱出したと言っていいのかこれ……?」


 無茶苦茶な行き先だらけだった。

 黒幕(マインドマスター)の遊び心なのか、恐らくエレベーターにはめ込めるであろう箱型の文字盤がガラクタの中にけっこう埋まっていた。

 正しい文字盤を探すべきなのか、この冗談みたいな行き先でホントに行けるか試すべきなのかレイスは若干迷っていた。


「いや、絶対ダミーだよな……」


 ナイナイとその可能性を捨てて、レイスは真面目に文字盤を探す。


「どれが正解なんすかねー? 先輩はどう思います?」


「普通に数字が書いてある丸いボタンの物だろうな。 あるいは数字として読めるけど文字がまったく違う物とかが怪しい」


「なるほどー、でもそれがいくつか出てきちゃったらどうするんすか?」


「うーむ、いちおうそれなりにボタンの配置は覚えてるつもりだから……見た感じ次第だな」


「先輩、絶対テストの点数いいっすよね?」


「平均点+10点から20点の位置はキープしてるが何か?」


「……クソが」


「言い方」


 余計な恨みをキョウカから買いつつ、レイスはいらない文字盤を仕分けしていく。

 サイズが大きく目立つので、ガラクタから取り出してくること自体はそんな難しい話ではない。

 そう時間をかけず、目的の文字盤は発見できた。


「あ、先輩ー! 先輩ー! これじゃないっすか!?」


「どれどれ……、えーと」


 乗った時に見た【ヰ】などの文字が10階分、並んでいる。


「うん、ちゃんと数字で読めるな……配置も確かこんな感じだった思う」


「えー、ホントっすか~?」


「ああ、期末テスト80点の脳細胞を信じろ」


「いい点数なんすけど微妙に信用できない数字じゃないっすか」


 ズルズルと引っ張りながらキョウカが文字盤を山から降ろしてくる。

 やはり抱えて持っていくには少し大きいサイズだ。


「よし、背中に背負えるようにしよう。 俺が運ぶよ」


 レイスはこんな事もあろうかと、小さく畳んで腰に吊下げておいたザイルを取り出した。

 クライミングロープとも呼ばれる登山用の紐だ。


 箱型の文字盤を縦に置き、底面にクロスさせるように紐を張ってそのまま上まで渡す。適切な長さでロープをナイフで切断し、結び目をいくつか組み合わせて簡易的な背負い籠に仕上げた。


「……レイス隊長もすごい! ロープがぐるぐるって! 魔法みたいだった!」


「そうか? サバイバル教本とか読めば載ってるような知識だと思うけど」


「それを覚えてる先輩も大概、痛い人っすね」


「……(たしな)みといってくれ」


 無駄な知識ほど覚えてるものだろう?と声を大にして言いたい。


 紐を肩に通してグッと持ち上げる。

 問題なく文字盤はロープの背負い籠の中にキープできていた。

 肩にかかる重量もアルミアと比べたら全然重くないので走る事も出来るだろう。

 そう思ったレイスは殺気を背に感じた。


「どうしたんすか? 先輩。 急に身震いなんかして」


「いや、うん。 ちょっと死を覚悟しただけだから気にするな」


「気にする内容っすよ!?」


 ともあれ、脱出のためのキーアイテムはこうして手に入った。

 あとはエレベーターまで戻るだけだ。

 


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