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『エレベーターで異界に行く方法・5』

 マンションは静かなものだった。

 あの包丁グマの気配も無く、異常な痕跡も見られない。

 後方の二人に合図をしながらレイスはHK45を眼前に向けつつ、階段を早足で上っていく。

 焦らず、騒がず、迅速に……。


 この時ばかりは余計なルートを通ることなく階層移動が出来る“ループする階段”に感謝した。迷わないようにしっかりと何階なのか数えつつ、地図で言うところの上5階層へ到達した。

 柱の陰に背中を合わせ、こっそりと向こう側の廊下を窺う。


「……クリアだ。 来い」


「うっす!」


 キョウカがつぐはを連れ立ってレイスの背後につく。

 その手には黒鉄に輝く長バールが握られており、油断なく後方を警戒してくれている。


 ………なんで長バール?


「なぁ、キョウカ」


「なんすか先輩?」


「さっきの鉄パイプは?」


「え、背中に差してるっすけど?」


「そうか……、状況で使い分けるのか。 いやそうじゃなくて、銃は!?」


 本当に今更だが、キョウカの装備は上から下まで見てもおよそ銃と呼ばれる装備は何一つ身に付けていなかった。

 その代わりに背中に回したバンドに鉄パイプを収納し、左右の太ももにコンバットナイフを一本づつ装着していた。

 今、手に持ってる長バールは部屋を出る前は腰に差していた物である。


「ないっすよ? ウチ、殴り専なんで」


「どういう派閥!?」


「そりゃあもう、日ごろの鬱憤を晴らすために棒状の何かで連打、殴打、強打する派閥っすよ」


「単語の火力が半端じゃないんだが!?」


 銃のリロードに連なる話だが、このゲームでは近接攻撃にもモーションアシストは付かない。拳で殴るにしても、ナイフや剣を振り回すにしても全て自力で戦う必要がある。

 この仕様は別のRPGゲームなどでモーションアシストに慣れ切っていたプレイヤーにとって地獄だったらしく、レイスは知らぬことだが近接武器をメインにしたプレイヤーはダークスイーパー内にはほとんどいなかった。

 銃をぶっ放した方が速いというのも近接離れの大きな要因だっただろう。


 ただし―――キョウカはその希少な近接メイン(変態)の一人だった。


「別に気にしなくていいっすよ! これでウチ、けっこう強い自信あるんで! 足は引っ張らねーっすよ!」


「そ、そう……?」


 ウィンクしながらサムズアップを掲げてくるキョウカはいっそ清々しい程にパワーに溢れていた。

 確かにジタバタしたところでHK45以外の銃が生えてくるわけでもなし、キョウカが大丈夫というなら大丈夫なのだろうとレイスは無理やり自分を納得させた。


「……キョウカお姉ちゃん、レイス隊長、しーっだよ?」


「「すみません」」


 追い打ちをかけるように、つぐはが人差し指を口に当ててこっそりと注意してきたので二人は素直に謝る。


 ちなみにNPCのつぐはとの会話を円滑に行うために、レイスはキョウカにもロールプレイの協力をお願いしていた。と言っても、本当に意識してゲーム用語を使っていないというだけで素のテンションとまったく変わっていないのだが……。

 本人はノリノリで「じゃあ! トレジャーハンター・キョウカって事にするっす!」と言っていたので脳内ではトレジャーをハントする人になっているとは思う。

 二丁拳銃のガンスリンガーと祓魔士(エクソシスト)に続いてトレジャーハンターの堂々のエントリーかとレイスは遠い目でそう思った。


「……先行する」


 レイスは視線の先に再び銃口を戻し、音を立てないよう忍び足で廊下を歩いていく。

 目的の部屋は階段から10軒先だ。


 この階層は蛍光灯が切れている場所が多く薄暗い。残っている物も劣化しているのか、パッパッと不安定に明滅を繰り返している。まるで誘い込んでいるみたいだとレイスは嫌な気分だった。

 壁の汚れや朽ち果て具合もエレベーターの階層と比べるとかなり酷くなっていて、廃墟に限りなく近い様相を呈していた。


 HK45のライトで足元を照らしながらレイスは目的の部屋までたどり着いた。

 周囲に異常がない事を確かめ、階段の時のようにキョウカとつぐはを誘導する。

 そして無言のままドアノブに手をかけ、キョウカにアイコンタクトを送った。視線に気づいたキョウカは頷きながら長バールを顔の横に持ってきて剣道で言う八相の構えを取る。

 つぐはも緊張したようにぎゅっとランドセルの革紐を握った。


「行くぞ」


 ドアノブを回して、外開きの扉を開け放つ。

 ダッ!とキョウカが姿勢を低くして部屋に踏み込み、その後方からレイスが拳銃を構えながら追随した。

 視線を素早く巡らせて襲い掛かってくる脅威がないかつぶさに観察していく。


「何もいねーっすよ! ……いねーっすけど、なんかあるっす!」


「何かある? 何かってなんだ」


 背中だけ見えているキョウカを追って、レイスは部屋の廊下を抜けてリビングに出た。

 トコトコとついてきたつぐはもリビングに顔を覗かせると、その異常な光景にポカンと口を開けた。


 ―――部屋のど真ん中に公衆電話(・・・・)が鎮座していた。


 フローリングの床から生えた金属の丸テーブルにポンと置いてある。

 逆に言えばそれ以外の物が部屋には一切なかった。部屋の照明は赤色の光を放っており、空間の異常性により拍車をかけている。

 わけがわからない、なんでこんな所に?


『ザ……ザザザザ……ザ』


 急に部屋の中にラジオから流れるようなノイズが響き渡った。


「!? こっちへ!」


「ひっ!」


 レイスはつぐはの手を引き、すぐにキョウカと挟み込むように守りを固める。

 キョウカも真剣な表情で天井近くを見回し、長バールを握る手に力を込めた。




『ザ――-、ザザ。 友達の友達から聞いた話なんですけど、“さとるくん”って知ってますか?』




 女のような声でノイズは語りだした。




『“さとるくん”は過去、現在、未来のどんな質問にも正確に答えてくれます』


『やり方は簡単です。 公衆電話に10円を入れて自分の携帯に電話をかけます。そして公衆電話から「さとるくん、さとるくん、おいでください」と唱えましょう』


『そうすると24時間以内に携帯電話に“さとるくん”から電話がかかってきます』


『あなたの背後に現れた時、どんな質問にも1つだけ答えてくれます』


『ですが振り返ったり、2つめの質問をしたり、質問を出さなかったりすると……』


『―――“さとるくん”にどこかへ連れ去られてしまうのです』




 バツッと電源が切れるような音と共にノイズは消えた。

 呆然としたまま、レイス達は公衆電話の部屋で立ちすくむ。


「……なん、だ。 今の」


 やっとのことで肺から空気を押し出すようにレイスは声を出した。

 部屋にそれ以上の動きは見られない。やっと戻ってきた冷静な思考はただの脅かしだったか?と告げている。

 レイスは怯えたように震えながら自分のズボンの裾を握っているつぐはの背を安心させるように撫で、とにかく気持ちを切り替えようとキョウカに振り返り……。


「キャアアアアアアアアッ!!!」


「がっはぁああああああッ!!?」


 ロケットのように突っ込んで来たキョウカのレスリングタックルがレイスに突き刺さった。

 これが怖さのあまり抱き着いてきたのだと判断するまでゆうに5秒は掛かった。


「なんすかッ!? なんすかッ!? 今のッ!! ウチ、幽霊はダメなんすよ!!! クリーチャーはいいっすけど幽霊はマジダメなんすよッ!!! やだやだ! なんすかも―――ッ!!!!」


「ぐぁああああッ!!!! サバ折りはやめろぉおおおおッ!!! しかも普通にダメージ入ってるぅぅッ!!? おま、お前、味方判定じゃないのかよ!! がぁああああああッ!!!?」


 キャアキャア騒いで涙目で腕を回してくるのはいい、だがそのままメリメリと骨が軋むような音と共にHPを削ってくるのだけは頂けない。

 慌てて仲裁に入ってくれたつぐはの助けもあって、なんとか解放してもらえた。

 し、死ぬかと思った。


「……レ、レイス隊長、大丈夫?」


 オロオロと心配そうに気遣ってくれるつぐはにレイスは冷や汗が流れる笑みで「大丈夫」と応えた。

 キョウカもべそべそと涙を浮かべながら平謝りしてくる。


「うう、すまねーっす……先輩。 でも怖いもんは怖いんすよ~。 物理が効かないとか反則じゃないっすか~」


「そういう意味で怖いのかよ」


 こいつ攻撃できるタイプの幽霊だったら問答無用で叩き潰しそうだし、事実そうするだろうなとレイスは思った。


「ともかくここはハズレだ、次に行くぞ」


 レイスは先人の地図に印を入れて“公衆電話の部屋”と書き込んだ。

 上5階層で調べる部屋はここだけだ。あとは下4階層に2つ調べてない部屋がある。


 マンションの廊下に出ると改めて気合いを入れるようにキョウカはグッ!と両手を握った。


「……うっす! お見苦しい所をお見せした分は次で挽回するっす!」


「ああ、君には期待しているぞ」


 と、レイスはしゃがみながらつぐはの肩に優しく手を置いた。


「あっるぇーッ!? ウ、ウチはこっちっす先輩! ウチも頑張るっすよぉ!」


「ぷ、あははは」


 二人のとぼけたやりとりにこらえきれなかったように、つぐはが笑った。


 ああ、やっと笑ってくれたとレイスは安堵する。

 この極限状態だ、少しでも心の余裕を持って欲しいといつもより大げさに話を膨らませていたのがようやく実を結んでくれた。

 底抜けに明るいキョウカの功績も大きかっただろう。彼女がいてくれてホントによかったとレイスは思う。


「お、ナイススマイルっす! 笑顔は元気の元っすからね! その調子っすよ!」


「あ……うん、ありがとうキョウカお姉ちゃん」


「えへへ~、さ、脱出までもう一息っすよ。 ウーラーッ!」


「うーらー」


 姉妹というよりは保母さんと園児の関係にも見える。

 きっと現実でもキョウカは子供に好かれるタイプなのだろう。

 せめてこの二人の笑顔が恐怖や絶望に歪まないよう、自分も尽力しようとレイスは腹を括った。



総合評価100pt到達、誠にありがとうございます。

皆さまの日々の応援に一喜一ハイテンションしながら机に向かう毎日です。

これからもどうぞ、よろしくお願い致します。

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