『エレベーターで異界に行く方法・4』
「いやー、参ったっすねー」
「そっちもほぼ迷子とはな」
再び殺風景なマンションの部屋で椅子に腰かけながら、お互いに自己紹介及び事情説明をしてわかった事は概ねそういう事だった。
特にキョウカの事情がことさらに厄介だった。
最初にロビーに集まった時に見た覚えがない人物だと思っていたら、どうやら彼女はまったく別の依頼のステージからこのマンションに飛ばされて来たらしい。
明らかにシステムの不具合だ……。普通なら黒幕かマスターコールを使って運営を呼び出す所だろうが、何を思ったのか彼女はそのままプレイを続行したのだという。
マンションからの脱出方法を探す過程であのクマに追いかけられていたつぐはと出会い、保護したのがこれまでの経緯らしい。
「それにしてもあの子がそんな重要な子だったとは……。 このリハクの目をもってしてもわかんなかったっす」
「君はキョウカだろうが。 というか別のステージから別のステージに飛ぶなんて現象あり得るのか?」
「アクセスする際に混線したって話は聞いたことがあるっすよ? あーこれかー!って思ってワクワクしながら探検してたっす!」
嘘偽りなくホントに楽しそうにキョウカは笑っていた。妹と感じがデジャブるキョウカにレイスは頭が痛い思いだった。
「ま! 乗りかかった舟っすから。 別にバグで入り込んだから無報酬とか言われても最後までつぐはちゃんの面倒は見るっすよ!」
「それは……正直、助かる。 ここで一人になったらつぐはちゃんを守れる自信がない」
そう言いながらレイスは居間の方に目を向ける。
つぐははソファに腰掛けながら、所在無さ気に足をブラブラさせていた。俯いた顔の表情は暗く、不安そうに視線をあちこちに巡らせている。
これでNPCだというのだから本当に昨今のAI技術は目覚ましいなとレイスは思った。
「へへーん、大丈夫! ウチに任せるっすよ! 先輩!!」
「だから先輩は……。 はぁ、もういいけども」
キョウカが堂々と中学生である事を名乗り、うっかり乗ってしまう形でレイスも高校生だと明かしてしまった結果、この先輩呼びを始めたのだ。
別にただの年齢だけの話で、そんな風に敬われる立場ではないと言ってもキョウカは面白がるだけでまったく止める気配はない。
そういうわけでレイスも折れた。
「えへへ~。 いやー、先輩って動画の感じと違って親しみやすくてよかったっすよ。 気付いた時はうわ有名人だどうしよー!って思ったっすから」
「そうか? あんまりレイスと俺でキャラは違わないと思うんだけど……。 そもそも有名ってのも棚ぼたでそうなっただけだしな、気にしないでくれ」
根本的な話、あの動画はイーサンの功績であって自分はゲームで楽しく遊んでただけだ。
結果的に名前が売れたからといって、我が物顔でそれを振りかざすような恥ずかしい真似はしないし、やりたくない。
「あだ名が“ラッキースケベ参謀”でしたからそういう意味でもどうしよー!って」
「ちょっと待って何の話だッ!?」
「略してラキスケ参謀って呼ばれてるっすよ、先輩」
「親しみやすさを込められてるッ!!!」
動画のコメントではなくネット掲示板の話らしい。
俵持ちアルミアさんやリザキャッチの時のナイスアングルを生み出した智恵の神として一部で崇められているとか。
それでラキスケ参謀ってどういうことだよ。
「それで参謀!」
「先輩と呼んでくれ」
「うははは! うっす! じゃあ先輩、次は攻略のための相談っすけど何か考えはあるっすか?」
爆笑するキョウカはふざけながらも真面目な話にシフトする。
レイスもずっとそれは考えていたのですぐにキョウカに答えた。
「まずはエレベーターまで行く予定だ。 それで1階まで戻れれば良し、そうでなくても次のヒントが残されていると考えてる」
来る時にぐちゃぐちゃの文字になったボタンの事を考えれば、素直に脱出させてくれるとは思えない。
ただし、何もないとも思っていない。
「あー……、エレベーターはちょっとアレっすねぇ……」
「ん? アレって?」
「実はー、ウチもつぐはちゃんを逃がそうと一緒にエレベーターを見に行ったんすけど」
言葉を切ってキョウカは苦い笑みを浮かべる。
「ごっそり文字盤を持っていかれてるんすよねぇ」
「は?」
詳しく聞いてみると、エレベーターの文字盤がある場所が四角く切り取られて無くなっているそうなのだ。中はよくわからないコードや回路が剥き出していて、触っても動かせる感じはないという。
「なのでまずはどっかにある文字盤を拾ってきてエレベーターにブッ込む所からっすね! ウチとつぐはちゃんはそれを探してたっす!」
「それで直るのか……? いや、直るか……異界だし」
じっとレイスはこめかみを指で叩きながら思考する。
そうなれば、現状エレベーターは固定された階層から移動する事は無い。対して我々は階段を使って上下階に動く事は出来る。ただし、廊下から見たマンションの外観から推察してその行く先に行き止まりが無いとすれば……。
「キョウカ、どの位置からこのマンションはループするんだ?」
「お、鋭いっすねぇ」
ケラケラ笑うキョウカは腰のポーチから折り畳まれた紙を取り出した。
随分と古くなっていて、あちこち黄ばんでいる。
キョウカが机の上に広げると、A3くらいの大きさになった。
「これは……?」
「先人の手書きマップっすね。 スゲーっすよ? 浪漫の塊っす」
キョウカの言う通りだった。
広げられた紙にはマンションの全体図がサインペンで緻密に描かれていた。
文字盤を抜かれたエレベーターが止まっている階を中心に、上下に階層図が並んでいる。それぞれの扉や部屋には膨大な注釈が書き込まれており、先人の努力の跡が見て取れた。一部には別紙をセロハンテープでつぎ足してまで内容を書いていたりと、ごちゃごちゃした汚い構成が目を引く。
見る人が見れば、ただのゴミだがレイス達からすれば紛れもない宝の地図だった。
その階層図を指でなぞりながら調べると、中心から数えて上下とも5階を越えた辺りで引かれた波線に先が消えている。
「ここからループするっすよ。 ウチも階段を駆け上がったり駆け下りたりしてみて実証済みっす。 すごいっすよねぇ、めちゃめちゃ調べてるっすよこの人」
「ああ、ちなみにどこでこれを?」
「この部屋で見つけたっす。 地図だとここっすね」
キョウカが指さした先には【←Safe!!!】という矢印付きの文字がぐるぐると目立つように円で囲まれて注釈された部屋だった。
なるほど、だからこの部屋に逃げたのかとレイスは納得する。
同時に嫌な考えも頭をもたげる。
安全とわかっていたにも関わらず、レイス達がいる部屋には先人が拠点としていた形跡が一切ない。
ただポツンと机の上に地図だけ残されていたのだろう。それが何を意味するのかはわからないが、ただ不気味だった。
「しかし、これ【Danger!!!】だらけだな……」
他にも【No alone!!!】とか【Don't turn!!!】なんてものまで書いてある。
数えるだけでかなりのトラップが上下合わせて10階層にひしめき合っていた。
「おかげ様でどこのどの部屋がヤベーとかわかってありがたいっすけどねー」
もっとも、これだけ調べても文字盤を見つけられなかったのかとレイスは苦い気持ちになる。
先人の心情は隅の余白に振るえる字で走り書きされた【Not find】や【help me】という単語から察する事ができた。
「それで? どこから調べるっすか? 先輩」
「少し待ってくれ、今まとめてる」
現在はエレベーターの階層から一つ上がった先―――仮に【上1階】と呼称しよう。
その上1階の階段から3部屋分離れたセーフルームにいる。
先人が調べていないのは上5階と下4階にある数部屋だ。やはりエレベーターから離れるほど、危険になるらしく詳しく調べる前に撤退している様子が書き込みから見て取れた。
「パッと行ってサッと様子見て、特攻しかないか……」
「今、めちゃめちゃ不穏な単語が飛び出たっすよ先輩!?」
リュックに入った探査ツールがあればまた話は違ったかもしれないが、今は身一つだ。
危険を承知で体当たり調査するしか方法はない。
「目指すは上5階のここだ。 階段から離れている部屋だがなんとか切り抜けよう」
「う、うっす! なんくるない精神で頑張るっす!」
こいつ沖縄の民か。
「……キョウカお姉ちゃん? 難しいお話、終わった?」
小さな鈴が鳴るような声でつぐはが二人が対面するテーブルにやって来た。いい加減、退屈になってきたのだろう。
キョウカはニッコリと笑ってつぐはの頭を撫でながら頷く。
「終わったすよ~! これからこっちのレイスお兄ちゃんが怖い奴らをブチのめして、すぐにお家に連れて行ってくれるっすからね!」
そうなの?って表情でつぐはこちらを見た。
とりあえずクワッ!とマッチョのポーズを取ってみた。
「……、キョウカお姉ちゃんがいい」
キョウカの後ろに隠れてしまった少女の一言にけっこうダメージを受けながらレイスは「わかった、もうしない」と弁明した。
「んでこれから出るのはいいとして。 先輩、やっぱこの子は部屋にいてもらった方がいいっすよね? 連れ回すと危険が危ないっす」
「……え?」
途端につぐはは泣きそうな顔になる。
もちろんキョウカの言っている事は正しい。こっちはたったの二人で装備も十分ではない以上、余計なリスクは背負うべきではない。不安だろうが、つぐは一人でセーフルームにお留守番をしてもらって、自分達は攻略を進めるのがもっとも効率的だ。
しかし―――。
「いや、連れて行く。 逆に地図の【Safe】を鵜呑みにする方が危険だと思うからな……。 キョウカ、絶対に彼女の傍を離れるなよ? なにをするにしても彼女が最優先だ」
あんな顔をされては置いていく方が可哀そうだ。それに寂しさに負けて勝手に動かれでもしたら余計に大変な事態になる。
映画のテンプレから学んだレイスに死角はなかった。
レイスの判断にキョウカは少し驚いたような顔をしたが、すぐにニコニコ笑顔に戻って「了解っす!」と元気よく敬礼した。
「わたし……、置いていかれない……?」
「そうっすよー! なにせレイスお兄ちゃん隊長が仲間は一緒に行くものだ!って言ってくれたっすからね!ウチと一緒に頑張ろうっす!」
気が付いたら隊長に昇格していた。
「仲間……。 は、はい!です!がんばります!」
つぐははレイスの方を見ると、キョウカの真似してぎこちない敬礼のポーズを取った。
レイスはかつてないほどに隊長精神が高まった。この身に代えても部下を守ろうと誓った。
「よし!各自、装備を持て! これより、異界のマンション脱出作戦を開始する! ウーラーッ!!」
「ウーラーっす!!」
「うーらー!」
気合十分に、三人はセーフエリアから移動を開始した。




