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『エレベーターで異界に行く方法・3』

「うわあぁッ!!!?」


 叫び声を上げながらレイスはガバッ!!と跳ね起きた。

 慌てて周囲を見回すと簡素なマンションの一室だった。キッチンとリビングが一部屋にまとまっており、左右には玄関に続く廊下と寝室と思われる部屋の扉があった。家具は最低限しか置いておらず、とても殺風景な印象を受ける。

 レイスはそのリビングの床で気を失っていたようだった。


「ど、どこだここ……。 リザ!? アルミアさん!?」


 仲間の姿はどこにも見えない。分断されたか?と嫌な想像が脳裏をよぎった。


「……ッ、嘘だろリュックもない!? マジか!」


 自分の身体を確かめると背負っていたはずのリュックが無い事に気が付いた。

 それだけではない。メインウェポンであるAK-12すら周囲には見当たらなかった。


 ドッと冷や汗が出る。

 孤立無援の状況下で周辺情報も皆無……。手持ちの装備は身に付けた最低限しかない。

 幸い、濁流に呑まれたにも関わらず服は水気一つ無く乾いていたがそれだけだ。

 まさか開幕からこんなトラップを仕込まれるとはとレイスは歯噛みした。


「そうだ、サイシーバーで連絡を取れば!」


 次元の壁も突破しうるスーパーガラフォン。今こそ出番だとレイスはポケットから取り出した。

 壊れていない事を祈りながらスイッチを押すと問題なく起動した。


「よし、いいぞ……」


 そのまま通話画面まで移動し、チーム欄からリザを選択する。

 通話を押してサイシーバーを顔の横まで持ってきて、呼び出し音に耳を傾けた。

 嫌にノイズが多い。まるで本当に無線機を使っているような雑音が混じっている。


『ブツッ――-。………ッ、………ッ!!』


「繋がった!! もしもし!? リザ聞こえるか!? 今どこにいる!」


『……あ……さん…!………アさん……』


「くっ、よく聞こえない! リザ!? もしもし!」




『……ケンさん……。 レイスさん――――今日の犠牲者はこの方々です。おやすみなさい』




 ハッキリとした謎の女の声がそう告げると同時に通話が切れた。


「………」


 二の句が告げないままレイスはゆっくりとサイシーバーを耳元から降ろした。

 流石にもう一度、通話をかける勇気は無かった。きっと繋がらないという予感もあった。


「ああ、ちくしょう……。 なんとか皆を探さないと」


 唯一残ったHK45をホルスターから抜く。

 弾倉はポーチに入った物を合わせて五つだけ。大事に使わなければならない。

 緊張と焦燥感に任せてわき目も振らず走り出したい衝動を抑えながら慎重に歩みを進める。


 部屋の中のクリアリングは問題なく済ませ、次はいよいよ玄関だと扉のドアノブに手をかける。

 大きく「フーッ……」と息を吐いて感覚を研ぎ澄ませ、僅かに開けた隙間から滑り込むように廊下へ出た。


「―――ッ」


 異常、なし。

 廊下の左右には誰もいない。冷たいコンクリと基準(パターン)に従った玄関扉が並ぶだけだ。

 乏しい光量で灯る天井の蛍光灯のおかげで視界は悪くない。ただレイスは念のため、銃のライトを点けたままにした。


「右か左か……とりあえずエレベーターまで戻るか」


 扉の位置関係から場所はわかっている。レイスは右に向かって進みだした。

 廊下の突き当たりまで行けばいいだけの簡単なルートだ。

 そういえばここは何階なのだろう?とふと疑問に思ったレイスは一旦、足を止めて廊下の手すりから下を覗きこんだ。


「なんだこれ……」


 地上は見えなかった。

 いや正確には霧がかかっているせいで見渡せないのだが、それでも霧の辺りからレイスのいる階層までゆうに8階分相当は開いている。上を見上げても同様に、数階層が並んで霧がかかり最上階の位置はわからない。


 ―――どう考えてもマンションの階層が増えている。


 10階建ての分譲マンションのどこから眺めたとしてもこんな光景には絶対にならない。それこそ100階建ての超高層ビルでもなければ考えられない景色だろう。


「……、ホントに地上があるかも疑問だな、これは」


 いつまでも1階に辿り着かない情景を想像し、レイスは身震いした。

 見なけりゃよかったと若干の後悔を抱えながら先を急ぐ。気付きたくなかったが廊下も明らかに距離が長くなっていた。


「見えてるのに近づいた気がしないってどういう事だよ……!」


 異界のおかしな構造にレイスは叫ぶしかなかった。

 駆け足でそれなりの距離は進んでいるはずなのに一向に突き当りまで縮まらない。

 いっそ、全速力で走るべきかと思った矢先に通り過ぎた一つの部屋のドアノブがガチャリと回った音がした。


「ッ!?」


 弾かれたように振り返り、HK45の銃口を向ける。

 だが足を止めるのも危ないと判断し、じりじりと下がりながら玄関扉を見据えた。


 やがてギイッと重い扉が廊下側にもったいぶるように開いた。レイスはグリップを握る手に力を込め、トリガーに指をかける。

 喉がヒリつくような張りつめた空気を感じ、唇を噛みしめる。

 来るなら来い、姿を現せ!とレイスは身構えた。


『―――』


 扉から出て来たのは、一匹のクマのぬいぐるみだった。


 全身はクリームカーキのごく一般的な色彩で、愛らしい黒いボタンの瞳が付いている。大きさは3、4歳くらいの子どもが抱えたらちょっと余るくらいにはでかいサイズだ。

 そんなクマちゃんがポテポテと器用に二足歩行をしながら一人で歩いている。


 こういう状況でなければ明里が喜びそうだとスクショの一枚でも撮っていただろう。

 いや、どちらにしてもこれを見れば明里のテンションは上がっていたかもしれない。


 半身をべっとりと血に染めて、同じく鮮血がぬらぬらと光る出刃包丁を引きずって現れた―――この狂気のクマの姿を見れば………。


『………@@@@@』


 レイスの方へ振り向いたクマのぬいぐるみは可愛らしく小首をかしげる。

 小さな女の子と男のダミ声を混ぜ合わせたような不快な鳴き声を出さなければ、レイスもまだ冷静でいられたかもしれない。

 ポテ……とレイスに向かって一歩、ぬいぐるみが踏み出した瞬間、レイスは引き金を弾いた。


「う、おぉッ!!」


 ドンッ!ドンッ!ドンッ!!と立て続けに.45ACP弾を見舞い、激しいノックバックを食らったクマのぬいぐるみは大きく吹っ飛ばされ、仰向けに転がった。


「はぁ……はぁ……、なんだコイツ……!」


 血に染まった体躯から見て敵性存在なのは確定的だ。

 トドメを刺すか?と転がったぬいぐるみに照準を合わせた所で、奴が勢いよく跳ね起きた。

 驚くべきことに、本来なら白い綿でもまき散らして大穴が開いているはずなのにクマのぬいぐるみはまったくの無傷だった。

 確かに弾は命中していた。これは一体どういうことだ!?


『@@@@@@@@@ッ!!!!』


 意味不明な言語を開かない縫い目の口から上げ、クマは包丁を片手にレイスめがけて疾走した。

 尋常ではなく速い。大きめとはいえぬいぐるみサイズの対象が、壁や天井を跳ね回りながら襲い掛かってきてはレイスもたまらない。

 当たらないとわかっていても威嚇の意味を込めて弾丸を放ったが、クマはものともせずに接近してきた。


「嘘だろ、このクマッ!?」


 慌ててこちらもナイフを抜こうと銃を下げた瞬間、今まで狙いを絞らせないように飛び跳ねていたクマがすぐさま弾丸のような速度で一直線に飛び掛かって来た。


「うわぁあああッ!?」


 包丁の攻撃をなんとかHK45で受け止めた。だがクマの予想外の力に押し負け、レイスの手の中から弾き飛ばされる。

 そのままクマに押し倒され、胸の上で馬乗りの体勢のままメッタ刺しにしてこようとする腕を必死に掴んで抵抗する。

 すごい力だ。刺されないように攻撃を逸らすので精一杯なほどだ。


「くそぉおお! やめろこのクマッ!! くっ、誰か!! 誰かいないかぁッ!!」


 眼前に迫る包丁の切っ先を首をそらして避ける。暴れるクマの猛攻に逃げ出す隙も見つからない。

 いつまでもこんな攻防はもたないだろう。あと10秒でも耐えられたらいい方だ。


「あぁああああッ!!」


『@@@@@@ッ!!!』


 手がしびれて来た。こんな開幕から死に戻りになるのかと悔しい気持ちも湧いてくる。

 せめて一矢は報いてやると危険を承知でナイフに手を伸ばしたレイスの耳に、覇気のある声が聞こえた。


「そのまま押さえてるっすよ!! うぉおおおりゃあああッ!!!」


 パコーンッ!!!と目の前を灰色の物体がかなりの速度で通り過ぎ、クマのぬいぐるみを殴り飛ばした。

 ホームランよろしくぶっとばされたクマはそのままゴロゴロと床を転がり、レイスから大きく距離を離した。


「よっしゃあ! 立つっすお兄さん! 今のうちに逃げるっすよ!」


 元気よく声をかけてきたのは、その声色の印象通りの活発そうな女の子だった。

 流れるような黒髪を短めのツインテールで結び、大きな金の瞳と切れ長の眉が映えるスッキリとした顔立ちをしていて人懐っこい猫を思わせる。

 褐色肌というよりはよく日焼けしたような肌色で、それに合わせたヘソだしルックと短パン&腰に結んだ深緑のジャンパーという装いはとてもスポーティだった。

 プロテクターを膝や肘に付けてはいるものの、格好の肌面積はかなり多い。もっとも魅惑的な女性というよりは健康的なアスリート少女という印象が勝っている。


 そんな彼女の手には何故か銃器は無く、その辺で拾ってきたような棒状の鉄パイプが握られていた。

 なんで鉄パイプ?


「キョウカお姉ちゃん! 早く! こっち!」


「ういうい! わかってるっす! お兄さんほら!」


 キョウカと呼ばれたアスリート少女から床に転がったHK45を投げ渡され、レイスは慌ててキャッチする。


 彼女の名を呼んだもう一人は、少し進んだ先の柱から顔を覗かせていた。

 小学校低学年くらいの女の子だ。ちょっとお高い学校なのか、ブレザーっぽい制服姿にベレー帽を頭に乗せている。

 背中にはランドセルを背負い、パッチリとした瞳が不安そうに揺れていた。

 かなり可愛い子だ。さぞ学校では男子からモテることだろう。


「あの子は……」


 間違いなく、要救助対象の【つぐは】ちゃんだ。


「走るっすよお兄さん!!」


「あ、ああッ!」


 キョウカの先導の元、レイスは駆け出した。

 つぐはの隠れていた柱のところまで来ると、そこは階段になっていた。一段飛ばしで彼女も階段を駆け上がっている。


「上でいいんだな!?」


「うっす! この上の部屋に隠れるっす!」


「了解!」


 背後で金属がコンクリートに擦れる音がした。

 もうあのクマはこちらの追跡を始めたようだ。


「―――、二人とも、走りながらでいいから耳を塞いでくれ!」


 レイスはなけなしのスタングレネードを腰のポーチから取り出し、階段を走りながらピンを抜いて投げ放った。

 数秒の後、階下で炸裂する大音量と閃光。

 レイスがこっそり下を確認すると、目を押さえて包丁を振り回すクマの姿が見えた。

 どうやらスタングレネードは効果的なようだ。あと1本しかないのが玉に傷だが。


「うおお……耳がびっくりしたっすぅ……、」


「言わんこっちゃない……、とにかく案内してくれ。 今の内だ」


 キョウカの背を軽く叩き、レイスは先を促す。

 階段を上がり切り、マンションの廊下までやってくると数軒先の玄関扉を開けて、つぐはが手招きしていた。


「あそこっす! 隠れるっすよ!」


「安全なんだろうな!」


「たぶん、恐らく!」


「アバウトかよッ!?」


 ただ他に選択肢はない。

 レイスは奇妙な少女たちと共に、マンションの一室へと転がり込んだ。



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