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『エレベーターで異界に行く方法・2』

 いつものバンに三人で乗り込み、移動ムービーを経て目的地のマンションへと到着した。

 地上から数えて10階まで高さのある古びた分譲マンションだ。しかし横方向にはかなり広く、部屋数も多いように見える。前回と前々回のステージと比べると蛍光灯の明かりでしっかりと情景が見える分、夜でもさほど恐怖感は無い。

 レイスはバンからAK-12を含む武器と装備を取り出して準備を整える。きさらぎ駅にブン投げて来たツール類も復活済みだ。


「ん? レイス、拳銃変えたのか?」


「ああ、ジョナサンさんに勧められてな。 威力が高いのに変えたんだ」


 レイスは新品のHK45をクルッと手の中で回して太もものホルスターに納めた。

 気が遠くなるほどコイツを撃ちまくったおかげで、今はもう自分の手足のように扱える。

 取り付けているオプションはジョナサンから受け取った延長マガジンとXDMに使っていたフラッシュライトの組み合わせだ。


「お二人とも~、行きますよ~」


「おう! すぐ行く!」


「了解でーす」


 アルミアを追いかけて硝子の自動ドアを抜け、玄関ホールへと集合する。

 煌々と照らす人口灯の光の下には、合計七人の掃除人(スイーパー)達がエレベーターの前に揃っていた。


 誰も彼もなかなかに個性的だった。

 レイスのような私服にボディアーマーを着たような民兵スタイルもいれば、漆黒装備にガスマスクで固めた特殊部隊。スーツにグラサンで今にもカチコミかけそうなヤクザに加えて、何故かレスラーパンツ一丁にリボルバーオンリーという変態もいた。予備弾倉をどこに入れているのかレイスは考えたくなかった。


 男性メンツは映画やドラマに出てきそうなリアルな装い(変態は除く)だが、女性の方々は可愛さとかっこよさを兼ね備えたミリタリーワンピースやベレー帽といった女の子らしいアクセントを用いて装備を整えていた。機能性を損なわず、お洒落さを最大限アピールするような素晴らしい服装だ。

 やはりこのゲームの女性向け装備はデザインに対する力の入り方がすごい。運営はそれ用のデザイナーを雇っているのかと思う程だ。


 そんなメンバー達が一斉にこちらを見ていた。

 何事かとレイスは瞠目したが、その理由はすぐにわかった。


「……あ、あれほらイーサン・ランドの動画の!」


「ホントだ! もしかして撮影!?」


「いや、それなら許可取るだろう。 普通に遊びに来ただけかもしれん」


「うわー……、マジで美人だし可愛い」


「こ、声かけるか?」


「いやぁ……流石に勇気がちょっと」


 口々に交わされるヒソヒソ声にアルミアは余裕を崩さすにこやかな表情で軽く手を振り、リザはめんどくさそうに頭を掻いていた。

 なるほど、明里が言う通りだとレイスも納得したように顎をさする。

 そして一歩踏み出すとチームを代弁するように声を出した。


「ええ、別に撮影ではないですよ。 今はただの掃除人(スイーパー)として皆さんと共闘できればと思います。 少々煩わしい(・・・・・・)かもしれませんが、我々三人はイーサンさんと同じスタンスで立ち回りますので、どうかご理解を」


 レイスはイーサンを引き合いに出し、先手を打って他のプレイヤー達に暗に事情を伝える。イーサンという強力な説得材料に合わせて全員に注目される事で一気に共有できるこの状況は大変に助かった。

 イーサンの功績には大いに感謝だ。


「お、おう! てことはロールありか」


「何気にこれすごくない? 間近で動画のアレ見れるってことでしょ?」


「共闘、そっか共闘……名前呼んでくれたりして、うへへへ」


 ざわざわと喧騒が七人の間で交わされる。

 明里はああ言っていたが、知名度というのは相手に信用を与える上で強力な手札になるなぁと漠然とレイスは思った。少なくとも今は否定的な意見もなく、ロールについてちゃんと受け入れて貰えている。


「ほら、リザも挨拶を」


「あー? めんどくせーな……。 リザ・パラベラムだ、足引っ張らなけりゃ援護くらいはしてやるよ」


 おおー!と何故か拍手が起きた。

 いやなんでだよ。ロールプレイは確かに入ってるけども。


「同じくアルミアです~。 一緒に頑張りましょうね~? 射線の前をうろうろさえしなければ」


 身内が物騒すぎて困る。


「えと、レイスです。 ずっとこんな感じなんでひとまずご容赦を……」


 最初の勢いはどこへやら、今はもう腰低くレイスはお願いする形で他のメンバーに念押しをした。

 それに親しみやすさを感じたのか、七人の掃除人(スイーパー)達もそれぞれ自己紹介を始めた。さてフレンド交換でもと会話が進んだところで【ピンポンパンポーン】とアナウンスが流れた。


【本日は当セッションに参加頂き、誠にありがとうございます。 20:00になりましたのでこれより『エレベーターで異界に行く方法』を開始いたします。 どうぞ皆さん最後までお楽しみください】


 男とも女とも判断が付かない合成音声が簡素に告げる。

 同時に目の前にあったエレベーターの金属扉がゆっくりと口を開けた。

 

「………」


 先ほどまでの和気藹々とした雰囲気は一息で消し飛び、誰が一番にエレベーターに乗るか牽制するように視線を通わせていた。

 確かに何かこう、唐突にデスゲームが始まりそうな雰囲気はあるなとレイスは思った。


「誰もいかねーなら、あたしから行くけどいいよな?」


 人垣をかき分け、リザがトンッと扉の境界を跨いだ。


「じゃあ、私もですね~。 お先です~」


 と、アルミアが続く。こうなってはもう後からという言い訳は通じない。

 レイスはため息をつきながら三人目を名乗り出た。


「あと二人くらいは乗れそうですね~」


「おい、あと二人だってよ。 誰かいねーか?」


 そのまま行けばいいものを、アルミアとリザは律儀に残りのメンバーに声を掛けた。

 自己紹介の時に話していてレイスは知っていたが、残りはそれぞれ三人ごとでチームを組んでいる。つまり現状、あぶれるのは一人だけ。


「やはり空いたか、俺が同行しよう」


「―――レスラー男ッ!!」


 こいつだ。

 この変態だ。


「おっと、せっかくだから改めて名乗るぜ! 俺の名はハリケン!! リボルバーをこよなく愛する孤独な男さ!」


 まぁ、そりゃ孤独でしょうねとレイスは正直に言いたかった。


 器用にガンスピンのパフォーマンスを披露しながらハリケンはエレベーターに乗り込んできた。

 細マッチョの体格にプロレスラーが履く黒いパンツ一枚という紳士的なスタイル(いちおう白いブーツは履いているものとする)。リボルバーを入れるショルダーホルスターを筋肉の上に身に付け、かろうじてミリタリー要素を補っていた。

 若干のパーマの掛かった中央分けのセミロングヘアに、スポーツインストラクターよろしく暑苦しいドヤ笑みを浮かべている。


「……よせ、リザ。 トリガーに指を掛けるんじゃない。 もちろんアルミアさんもですよ?」


 気持ちはわかるがハリケンさんは敵ではない。

 それに10人全員味方判定なので衝撃はあれどダメージは発生しない。


「よろしく頼む! こっちは俺の相棒【コルト・アナコンダ】だぜ!」


 気にする様子は微塵も無く、彼はチャキッ!とキャッチした銀に輝くリボルバーを掲げてみせた。弾数とリロードの手間を引き換えに絶大な攻撃力を誇る大型のマグナム銃だ。

 メインウェポンとしては申し分ない火力だが、やはり使い続けるには難しい銃種だろう。

 それ一本でこの場に立っているという事は、この変態はこう見えて熟練者なのかもしれないとレイスは淡い期待を抱いた。

 そうでもしないと受け入れるのにちょっと時間が掛かりそうだった。


「ともかく、よろしくお願いしますハリケンさん」


「おう、任せろ少年! 敵が出ても3秒でマットに沈めてやるぜ!!」


「それロールですか?」


「うん? なんの話だ?」


 素かよ。


 レイスがツッコミを入れる間もなくエレベーターの扉が閉まった。




※※※




「よし! いよいよだな! 筋肉が鳴るぜッ!」


「鳴ってたまるか。 撃たれたくなけりゃ黙ってろ筋肉ダルマ」


「はっはっは! そこまでストレートに褒められると照れるぞリザ殿!!」


「欠片も言ってねぇよッ!!! 殺すぞ!!」


 アバターの大きさは概ね現実の体型に準ずる。

 そういう意味では確かにハリケンの肉体は鋼と呼べるボリュームに仕上がっていた。


「レイスくん、それで乗ってからどうするんですか~?」


「はい、えーっと確か」


「待て、レイス。 何か貼ってあるぞ」


 リザが声を聞き、レイスもそちらを向くと確かに文字盤にA4サイズのコピー紙がセロハンテープで貼り付けてあった。

 ぺりっとリザが剥がし取って手元に持って来たのを全員で覗き込む。




 【4階→2階→6階→2階→10階→5階(女は乗せるな)→1階】




 今まさにレイスが答えようとしていたエレベーターを動かす順番がマジックで書かれていた。


「女を乗せるなってなんだ?」


「……気味悪いな」


 リザとレイスは慌てたように書き殴られた字に顔をしかめる。

 これを残した人物は相当に焦った状況だったようだ。


「とりあえず4階だな! 押すぞ!」


「お願いします、ハリケンさん」


 ウィーン―――とシャフトが回る音を遠くに聞きながらエレベーターが上がる時に掛かる重力を感じる。そのまま点灯した頭上の表示は2から3を回り、4で止まった。


「警戒しろ」


 リザがブレイクエッジを抜き、残りの3人も一斉に扉の方へ銃を向ける。

 ガコンと滑るように開いた先は、電灯も消えた暗いマンションの廊下だった。ただ、それ以上の異常は見つからなかった。


「ハリケンさん、次を……」


「おう」


 そうして2階、6階、2階、10階と回っていよいよ例の5階へと向かった。


「なぁ……レイス殿」


「なんですかハリケンさん」


「俺の見間違いかもしれないんだけどよぉ、この文字盤は最初からこうだったよな?」


「え?」


 構えていたAKを降ろし、思わずハリケンの方を向く。


「ッ!?」


 階層を押すスイッチの字はめちゃくちゃになっていた【ヰ】【ゐ】【ぬ】【を】なんて具合に一つ一つが到底、数字と読めるようなものではない。

 だが、レイス達はそれを見ても数字として認識することができた。

 わけがわからない。


 ―――ガコン、とエレベーターの扉が開く。

 相変わらず真っ暗な廊下だったが、その遠い遠い先の方に何かがポツンと立っていた。

 あれが紙に書いてあった女か?


「ハリケンさん! 1階を押してください! 早く!!」


「あ、ああ! 1階、1階だよな……、これ1階でいいはずだよな?」


 文字盤の前で指を迷わせるハリケン。

 その間にも、ひたひたひたと裸足でコンクリートを叩くような足音が近づいてくる。

 廊下の先のナニカがこちらに向かってきているのは明白だった。


「アルミアッ!」


「はいはい~」


 リザが立ち位置をアルミアと交換する。

 アルミアがしゃがんで正面から迎え撃つ形でM1887を構え、その後ろでリザがブレイクエッジを廊下へ向けている。


「よし、押したぞ! レイス殿!」


 スイッチに光が灯る。

 レイスは早く扉よ閉まってくれと祈りながら正面を見据えた。




 ひたひたひたひた




 足音がさっきより近い。もう見える所まで来ているはずだ。

 レイスがそう思った矢先、ライトの光が切り裂く闇の中に真っ赤なワンピースとその下に生える腐った人間の足が浮かび上がった。

 



 ひたひたひたひたひたひたひたひたひたひたひたひたひたひたひた




 光を感じ取ったのか、いきなり歩くスピードが速まった。

 チームの間の緊張感が一気に高まる。


「引き寄せてから撃てよアルミア!!」


「了解~、追撃は任せますよリザちゃん」


「ハリケンさん! まだ閉じないんですか!?」


「わかっている! 【閉】のボタンは押している!」


 顔の見えない赤いワンピースを着た女があと少しと迫った所で……、ゆっくりスライドした鉄の扉は閉まった。

 ギリギリセーフだ。


「ふーっ、なんだったんだあれ」


「わかんねえ、撃った方がよかったか?」


「あと一歩、間合いに入ってれば撃ってましたね~、運がいい奴です~」


「ああ、はい……」


 弛緩した空気が流れ、レイス達は一息つく。

 そこでふと気づいた。1階に戻るはずのエレベーターが何故か上に向かっている。


「ハリケンさん間違えました?」


「いや、確かに1階を押したぞ? そう読めたボタンだ」


 疑問符を浮かべるチームをよそにエレベーターは昇り続け、10階で止まった。

 ウィーンと開いた扉の向こうは―――廊下も見えないまっくら闇だった。


「なんだ?」


 その闇が不自然に揺れている気がした。

 お互いに顔を見合わせ、ライトでも照らせない黒い何かを確かめようとした瞬間―――。


 そこから噴き出した真っ黒な水の濁流にレイス達は飲み込まれた。

 

 

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