『エレベーターで異界に行く方法・1』
「お、お待たせしました……」
レイスは体力気力共々、吸い尽くされた面持ちで地下のバー【ARTEMIS】のカウンター席までやって来た。
待ち合わせに30分近く遅刻している戦犯をどういじめてやろうかと楽しく話し合っていたリザとアルミアも流石に躊躇するレベルの憔悴っぷりだった。
「お、おいレイス……。 なんかあったのか?」
「ちょっと1200発くらい拳銃を撃ってから、ゼロ距離射撃と近接格闘術を組み合わせた新世代のマーシャルアーツ【ガン=ドゥ】を微笑みクソジジイにずっと習ってましたが……?」
「あ、あらら……。 ち、ちなみに何割くらい冗談です~?」
「オールノンフィクションなんですよこれが……」
もう二度とあのシューティングレンジには行くものかとレイスは心に誓った。
まさかあそこからさらに隣の場所にあった道場に連行され、その畳の上でひたすら一時間近くジョナサンにゴム弾を撃たれて転ばされるような羽目になるとは……。
絶対あのジジイはチェシャと同じく運営側の中の人入りだとレイスは確信した。
「あー、ジョンのじっちゃまにスイッチ入っちゃった感じかにゃ~? 気の毒ににゃあ、レっちゃん。 リザっちとアルミーも遅れたことは許してやるにゃ、これは仕方ないにゃー」
「お、おう」
「わかりました~」
カウンターにぐったりとするレイスに飲み物を出しつつ、チェシャは労うようにポフポフと頭を優しく叩いた。レイスも片手を上げて答えながらストローを使って飲み物を口に入れてようやく一息つく。
「それで? 今日はどんな依頼に行くんだ? リザ」
「あー、それなんだけどな、アルミアがやりたい依頼があるって言うんだよ」
「アルミアさんが?」
顔をそちらに向けるとワイングラスを揺らしながらドヤ顔で足を組むアルミアが全身で「私、いい依頼、見つけた」とアピールしていた。愚かな、組んだ足の太ももしか目に入らんわ。
「それでどんな依頼なんですか?」
「はい~、こんなので~す」
アルミアが差し出したファイルを見るために、レイスはカウンターから身体を起こす。
横にいたリザも覗き込むように身を乗り出してきた。
「えーと、『エレベーターで異界に行く方法』?」
依頼のタイトルにはそんな文字が並べられていた。
「あー、これもよく聞く都市伝説だな。 エレベーターに乗って手順通りに階を行き来すると異界へ行けるって奴だぜ」
「ほう」
リザの言う通り、どうやらそんな感じでマンションのエレベーターを操作して異界へ潜入し、同じくその方法で異界に迷い込んでしまった女の子を救出に行くのが主な任務のようだ。
推奨スイーパーランクは12。報酬は33万ドルセントと、きさらぎ駅とほぼ同格の金額だった。
要救助者の名前は『つぐは』ちゃん。
近所の小学校に通う9歳の女の子で、オカルト趣味が祟って今回のような事態に巻き込まれてしまったらしい。
そして、資料に重ねて要項にいくつか記述があった。
(なになに? 募集人数は10名、先着順で揃い次第締め切り。 開始20:00~23:00リミットでセーブなし終了。 加速は1時間→4時間。 遅刻、急用でのログアウトは黒幕に要連絡……、これは)
この三日間でネットのブログや掲示板でゲーム内情報を収集していたレイスにはすぐピンときた。
プレイヤーの間ではこれを【セッションステージ】と呼んでいる。
簡単に言えば黒幕と掃除人がリアルタイムで対決するために、あらかじめ開始時間を定めて同時にゲームをスタートさせるやり方だ。
AIに任せてオートで管理されるステージと違って、黒幕が手ずから組みあげたキリングフィールドを駆使して直々に襲い掛かって来るので、掃除人側も目まぐるしく変化する状況に素早く対処する腕前が要求される。
人間の判断であの手この手のギミックやトラップが飛んでくるため、固定された攻略方法というのも存在せず、よりスリリングを戦闘を楽しめるのが特徴だ。
実質的にプレイヤー同士が戦うPvPルールと言ってもいい。
もっとも中には殺るか殺られるかのバトルではなく、要救助者のNPCのガワを被って間近で掃除人の戦いぶりやピンチを楽しむヒロインプレイや、用意したステージのストーリー演出を凝るためにこの【セッション】を利用する黒幕も少なくはない。
ついでに言えば複数のセッションステージを日ごとに連続して進めていく大規模なシナリオ構成を【キャンペーン】と呼ぶらしい。イーサンが出演する長編動画のいくつかもこのキャンペーンで作られているとか。
「あのアルミアさん、これ事前に依頼主に申し込む必要があると思うんですが?」
レイスは言葉を変えて応募が必要な件をアルミアに問う。
時間的にもう開始までギリギリだ。今から滑り込みで3人を枠にねじ込むのは少し難しいだろう。
事前に言ってくれればこちらも用意しておいたのにとレイスは思う。
「大丈夫ですよ~、もう申し込んでありますから~」
「あ、はい」
既に行くのは決定事項だったようだ。
「まぁ、子どもが危ねーんだし? あたしも別に言う事はないけどよ。 でもなんでアルミアはこれ選んだんだ?」
リザはもう出発するつもりで椅子からピョンと飛び降りつつ、隣のアルミアを見上げた。
やはりシスター的に子供のピンチは見過ごせないとかだろうかとレイスも考える。
「実はこの場所! ゾンビみたいな人型実体がいるって噂なんですよ~!」
頬に手を当ててレイスでもハッキリとわかるほど、いい笑みを浮かべた。
なるほど、子供のピンチはまったく関係なかった。
「そして見てくださいこれ~! きさらぎ駅で得たお布施で手に入れた新しい子です~!」
嬉々としてアルミアは腰にぶら下げていたショットガンを取り出した。
外観はやはり、シルバー&ブラックでスタイリッシュに飾られた祓魔士カスタムになっていたが、それでもグリップの部分に目立つ“レバー”のおかげで銃種はすぐに特定できた。
アメリカのウィンチェスター社が1887年に製造したショットガン【M1887】だ。
銃身に付いた握りをスライドさせて排莢する通常のポンプアクションと違って、引き金の手元にある楕円型の金属レバーを前後させて排莢、給弾を行うレバーアクション機構を採用している。
ポンプアクションショットガンが主流となる過渡期に作られたモデルで早々に生産終了したものの、映画や漫画で知名度を上げ、今でも根強い人気を誇っている。
装填数は5発と少ないが、手元の僅かな動作で連射が出来るので総合的に火力は高い。
アルミアのM1887は銃身を少し切り詰め、肩当て部分を排除したソードオフ仕様になっていた。
これなら閉所での取り回しが格段に良くなるだろう。
だが、彼女の目的は恐らく別にあるとレイスはすぐにわかった。
「ア、アルミアさん……、これ、この形! まさか出来るんですか!? アレを……ッ!?」
「あらあら~、よく御存じですね? レイスくん、ふふふ」
アルミアはおもむろにM1887を片手で構えた。
そしてフッと握っていた手を緩め、素早くスナップを効かせてすくい上げるように腕を振り抜く。アルミアの手の中でレバーを支点にM1887が勢いよくグルリと回転し、ガチャコンッ!!と次弾を薬室に送り込む機構が作動して撃鉄が起こされた。
発射準備を終えて元の位置に戻ってきた時にはもうアルミアも構えを整え、すぐにでも撃てる体勢になっていた。
掛かった時間は僅かに数秒。
これこそがレバーアクションにのみ許されたコッキング方式―――『スピンコック』だ。
某有名映画の主役からキラータイトルゲームの主人公まで、この銃を手に取った数多のキャラクターが例外なくやって来たそのアクションを目の前で披露され、レイスは感動に打ち震えた。
「おう。 なんかスゲーのはわかったけど、これと今回の依頼に何の関係があるんだ?」
「たぶん、ショットガン回してゾンビを撃ちたいからこの依頼を受けた感じにゃ。 理由はそれ以上でも以下でもないにゃきっと」
「えぇ……」
リザの視線の先ではレイスがアルミアの指導の下、嬉々としてM1887を回す練習をしていた。
ひとまず見ていてウザかったので、リザはレイスの尻にミドルキックをお見舞いして黙らせる。
「おい、さっさと行くぞ」
「尻を蹴るのはやめろ……尻を蹴るのは……。 しかもつま先が刺さる角度を狙うんじゃないよ……、それ金属入ってるコンバットブーツなんだから……」
「あらあら~。 大丈夫ですよ~レイスくん。 気が向いたら現場でまた貸してあげますから~」
「よし、仕事の時間だリザ。 小さい女の子が危険な状況だ、迅速かつ戦闘多めの強行突破で救助に向かおう」
「………」
追加の一撃を強かに尻に受けたレイスがゆっくりと地に落ちた。
何やってんだコイツらとチェシャは半眼で呆れながら、依頼書に【実行】の判を押しつけた。
『スピンコック』
実際に行うと銃で顔や肩を強打する恐れがあり、大変に危険。
またスピン用にレバー部分を大型にカスタムする必要がある。
コッキング自体も実銃で再現するのは難しく、映画等ではスピンしやすい撮影用の物を使っている。
エアガン等でやろうとすると普通にぶっ壊れるので注意されたし。




