現実の少女は空想に夢を見る
「や、やってしまった………」
VRゴーグルを外し、少女はフルマラソンを走り切った後のようにぐったりとゲーミングチェアに身体を預けた。上気した頬の熱は引く気配も無く、手でパタパタとでも煽がないとオーバーヒートしてしまいそうだ。
「なん、何なの……!? 椅子になってくれ……って、あたしィッ!? あんな、あんなのドン引きだよぉ……どうしよう、嫌われたかなぁ……ウザいとか思われたかなぁ……」
織口 梨花はやらかしてしまった自分の行動を振り返り頭を抱えて悶絶する。悪い想像が堂々巡りに浮かんでは消え、自己嫌悪に目が回りそうだ。
「あうぅ……」
ふと、机に置いてある鏡に自分の姿が映る。
貧相な身体に野暮ったい眼鏡と少し寝癖が跳ねた長い黒髪、伏し目がちで人の顔色を窺うような自信のない表情。陰キャのオタク女子という単語を形にすれば、きっとそのままこの姿になるだろう。
でもこれが自分だ……。
―――“リザ・パラベラム”の現実だ。
「はぁ~……」
椅子から降りてベッドにドサッと頭から倒れ込む。
今日だけで一週間はゲームの中に居たように感じるくらい濃い一日だった。
それも全部、たまたまチェシャが紹介してくれた男の子のせいだ。
「レイス……か」
現実の梨花は人付き合いが苦手だ。
初対面の人とは何を話したらいいかわからず、緊張で余計に言葉が出なくなる。それで相手を不快にさせたかもしれないと思うと余計にテンパって、息が詰まって………最後には逃げだしてしまうのが常だ。
その臆病な性格のせいで友達らしい友達なんて、幼稚園の頃に居たか居ないか程度。もう名前も顔も思い出せないから意味もないし、相手もきっと忘れている。
同級生とのコミュニケーションに失敗し続けていつからか孤立し、もう人の前に出るのも怖くなった頃には立派な引きこもりが完成していた。
花の女子高生と世間が謳う中、梨花の世界は実家の一室だけ。日に日に増えていく漫画とゲームとちょっとしたグッズが彼女の青春だ。
「……ハハハ、ホント。 なんであたしなんかとフレンド交換とかしてくれたんだろう。 お情けとか同情とかかなぁ……。 迷惑かけちゃったよね……はぁ……鬱い」
わかっている、自業自得だ。
オンラインという現実から切り離された仮想空間に浮かぶ向こう側の世界。
そこではいつだって現実のダメな自分とはまったく違う人間になれる。
いつかは巨大なモンスターを狩る二刀使いの天真爛漫なサムライ娘、いつかは弱きを助け悪と戦う正義の変身ヒーロー、いつかは二足歩行戦車を駆るクールなパイロットとして傭兵家業に勤しんだこともあった。
全て自分が考えた理想像だ。
もしもそのゲームの世界に自分が生まれたとしたらきっとこんな生活をしていて、こんな風に話をして、考えて、生きているんだと頭の中に空想する。
同時にその姿をゲームの中で演じた時、ほんの少しでも現実でなりたかった強くてカッコイイ自分に近づける気がした。NPC達にすごいすごいと称賛され、認めてもらえる声は何よりも嬉しかった。
だからこの世界にだけは梨花を持ち込みたくなかった。
ただそのせいで、どのゲームでもパーティプレイは上手くいかなかった。
彼らはゲームという前提を通して世界を楽しんでいる。けれども自分にとってはその場所こそがリアルなのだ。
意思疎通はすれ違い、心情を優先した非効率なプレイに辟易した人たちはあっという間に離れていった。口々に言われた「痛いロールプレイ乙」なんて言葉はもう慣れたものだ。
結局、本当の人と関わるだけ無駄だったと梨花は思う。ただの一人でもゲームの中で理想に抱かれて、夢を見続けるのが一番だ。
孤独でも構わない。肯定してくれる仮想世界の住人がいればそれでいい……。
きっと今回も同じだと思った。
前も、その前も、その前の前の前も……すぐにチームは解散したから。
チェシャの好感度を下げたくないから話だけは聞いたけど、自分の態度は最悪だったと自覚している。
「―――、」
でも出会った青年は違った。
梨花の演じる“リザ”を一個人として認め、それに乗っかる形で“レイス”というキャラクターを作り上げて彼女の世界に現れた。
ただの戯れですぐにボロが出ると梨花はタカを括っていたが、今日一日を通してレイスはブレることなく“レイス”であり続けた。
彼はたった一日でリザの世界を広げた。アルミアという新しい仲間まで連れて来てみせた。
自然体のまま、連れ立って足並みを合わせてくれるレイスに梨花は心の中でひたすら困惑した。
「~~~~ッ!!」
それ以上に楽しかった。途方もなく心が湧き立った。
彼が“リザ”と呼ぶたびに、自分の力を信じて託してくれるたびに震えるほど力がみなぎった。
落ち着かない心臓の鼓動のまま、梨花はベッドの上で枕を抱きしめゴロゴロと転がる。
さっきからずっとこんな調子だ。身体が熱くて熱くて仕方ない。
「はあ……。 あ、お……お礼のメールくらいは入れないとだよね……」
散々振り回してしまったのだ、謝罪の一つでもしないともう一緒にゲームを遊んでくれないかもしれない。
いや、もしかしたらゲーム内だけは体裁を保っているだけで、本人は腸が煮えくり返っている頃かもしれないと梨花は慄いた。
「う、うぅ……どうしよう。 なんて書こう……」
慌ててダークスイーパー・オンラインとリンクさせているホロフォンを取り出し、メール作成画面を開いた梨花だったが、直後に固まる。
(このまま“リザ”で書いていいのかな……、でも言葉遣いは悪いし余計に怒らせ……。 ああでもダメ、この“あたし”は出せない。 こんなダメダメな姿を悟られたら生きていけない……、というかレイスが幻滅しちゃう……。 ああ、どうしよう、どうしよう~~!)
結局、梨花は朝日が昇るまで悩みつくし、最低限“リザ”の言葉で失礼がないよう文章を書きあげ、レイスへ送ったのだった。




