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『きさらぎ駅・12』

「レイス! 作戦は!?」


「俺が治療! リザが迎撃! 出し惜しみなしのフルパワーで頼む!!」


「任せろッ!!」


 さながら翼を広げるように両腕でロングコートを払い、リザはブレイクエッジから弾倉を落とす。

 そして流れるような手つきで緋色の弾丸が込められた新しい弾倉を銃に差し込み、スライドを引いて薬室に弾を送り込んだ。


「―――『火葬弾』、装填ッ!!」


 ナイトアーモリーのジョナサンから購入したブレイクエッジの新たな切り札だ。


「消し飛べッ!!」


 通常の二倍はある巨大なマズルフラッシュが銃口から走った。

 火葬弾が命中したヤマノケは強烈なストッピングパワーに仰け反り、同時に爆裂した火炎を全身に受けて燃え上がった。


『ギギギギギ、……テン…ソウ、メツ!』


 尋常ではない火力はそのまま反動としてリザの腕に返って来る。

 強化したブレイクエッジだから耐えられたものの、普通の拳銃なら銃身ごと破裂していそうな衝撃だ。

 凄まじい跳ね上がりを食らって痺れた手はグリップを強く握り込んで誤魔化し、リザは『火葬弾』をひたすら撃ちまくった。


 打ち上げ花火を振り回したような光の爆発がリザを中心に竜巻の如く駆け回る。

 どれも闇雲に撃っているわけではない。全て狙いを付けて当てるように攻撃している。その証拠に、周囲のヤマノケは炎に捲かれながらバタバタと倒れていった。

 いったいどんな早撃ちと高速照準をすればそんな事になるのか、レイスには相変わらず理解の外だった。


『ギイイイイ、チチチチチッ!!!』


 リザの猛攻で浮足立ったところにスライディングで滑り込み、近いヤマノケをAK-12で撃ち倒した。

 丁度そこでAKの弾が完全に尽き果てたので、レイスは重いだけの文鎮になったアサルトライフルを放り捨ててアルミアの(そば)に駆け寄った。


「すぐ蘇生します!」


「いやいや~、流石に無理ですよ~レイスくん。 ほら、もう電車も来たみたいですし? これで乗り遅れたら大変ですよ~?」


 アルミアは変わらぬ調子で聖銀のショットガンを遠間のヤマノケに撃ち込む。

 弾切れになったドラムマガジンを投げ捨て、手間取りながらも片手で次の弾倉をガチャリと装着する。

 ままならぬダウン状態に苦戦している様子だが、彼女は気丈に振る舞っていた。


 アルミアの言う通り、いつの間にか列車が走る音と共にホームを照らすライトの光が徐々に近づいて来ているのがわかった。


 レイスはアルミアの言葉を無視して急いで緊急スプレーを使った蘇生に取り掛かるが、目の前に表示された復活までの時間ゲージはジワジワとしか伸びていかない。

 目測で45秒―――長い。


 時を同じくして古びたローカル電車がきさらぎ駅のホームにやって来た。

 車内を照らす眩しい電灯が夕闇に沈む駅に浮かび、唯一の安全地帯を思わせるような安心感があった。ゆっくりとスピードを落とした列車がホームに止まると、ガコガコと軋む音を立てながら自動ドアを開けた。


 あれに乗れば脱出できるとレイスは確信した。

 しかしまだアルミアを蘇生させるまであと15秒、いや20秒は掛かる。


「電車で脱出はちゃんと正解だったみたいですね~、流石はレイスくん。 さ、ここはシスターのお姉さんに任せて先にいくのですよ~」


 ショットガンの弾倉を腰から外して床に並べていくアルミア。少しでも片手で入れ替えやすいようにするためだろう。

 彼女はここで自分とリザが列車に乗るまでの時間を稼ぐために最後の抵抗に興じるつもりだ。


「くっ……」


 イーサンが後ろから何か叫んでいる。わかっている、間に合わないなんてことくらい。

 到着した列車がどれくらい待ってくれのかはまったくの不明だ。生存者全員が乗るまで待ってくれるかもしれないし、タイムリミットで無情に扉が閉じるかもしれない。

 レイスの見立てでは後者の可能性が高いと考えていた。


 リザの圧倒的攻勢も間もなく終わる。

 『火葬弾』の入った弾倉は左右二個づつの全部で四個。すなわちリロード一回分の量しか持ち込んでいない。

 彼女の連射速度ならあっという間に使い切る。


 決断の時だ。

 レイスは苦渋の思いで緊急スプレーを使う自分の手を見る。

 アルミアを捨ててリザと共に撤退するか、三人で仲良く心中するかの二つに一つ。


「―――いや」


 考えろ、とレイスは自身に言い聞かせた。

 リザやアルミアのような圧倒的ゲームスキルなど自分は持ち合わせていない。

 しかし洞察力や思考力は彼女たちが認める程のものが備わっているはずだ。


 無くても引き出せ、出来なくてもやって見せろ。

 唯一、その場所だけが“レイス”というキャラクターの独壇場なのだから。


「………、アルミアさん。 あとでセクハラで訴えないで下さいね?」


「はい?」


 レイスはそういうと蘇生を止めて緊急スプレーを放り出し、背負っていたリュックすらその場に投げ捨てた。


「チェシャさんのアドバイスその1、出来る事はなんでもするにゃ!!」


「へ? きゃッ!?」


 身体一つになったレイスは倒れていたアルミアのお腹の下から手を回し、米俵を持つように一気に肩に抱え上げた。


 通称山賊持ち、あるいはお米様だっこだ。


「よし……! よし、持てた!!」


 出来るかはわからなかったが成功したとレイスは心の中でガッツポーズを取った。

 通常この手のゲームではダウンした瀕死のプレイヤーを力づくで引きずったり、ましてや抱えて運ぶなんて行動は許されない。

 それが出来てしまえば、ダウンしたそばから安全な場所まで連れて行って蘇生させるゾンビアタックが可能になるなど、ゲームバランスが一気にプレイヤー側の有利に傾くからだ。

 

 だがダークスイーパー・オンラインでは蘇生には回復アイテムが必要だし、おまけに復活まで時間もかなり掛かる。

 変な所でリアルにこだわっているのはこれまでのシステムでわかっていた。ゆえにもしかしたらと、レイスは破れかぶれの行動に打って出たのだ。


 それが見事に当たりを引いた。


「―――ッ」


 しかし、アルミアはレイスから見ても多少の肉付きはあれど十分に細い身体のはずなのに、肩に圧し掛かってくる負荷は健康体の成人男性一人分がガッツリ乗ってくるような感覚だった。

 持てはするけど楽には走らせないぞ?という、誰とも知れないシステムプログラマーのほくそ笑む顔が目に浮かぶ。


 上等だ、やってやる。


 レイスはけして長くはないはずの列車までの道のりを出来る限りの速度で進む。かろうじて走ると早歩きの中間ぐらいまでのスピードで足を動かす事は出来た。


「グッ、でも………重い」


「―――――、今なんて言いましたか?」


 思わず言ってしまったセリフに対し、底冷えするような低い声が背中側から聞こえた。

 逃げられない、というかそもそも担いでいるので意味はないとはわかっていても、駆け抜けるスピードが恐怖心に煽られてグンッと上がった気がした。

 あとで言い訳をしなくては……。


「リザ嬢ッ!! レイス君!! 急いでくれ! 頼むッ!!!」


 列車では一足先に乗り込んでいたイーサンが必死に閉まり始めた自動ドアを両腕と全身で押さえつけていた。

 どうやら時間切れらしい。やはり閉じるタイプだった。


「すぐ行きますッ!! ……リザッ!!」


「わかってるッ! ギリギリまでこいつらを抑えるから早く行け!!」


 振り返れば、処理速度が追いつかなくなったせいで山と増えたヤマノケ達がまるで雪崩のように押し寄せて来ていた。

 なけなしの手榴弾と通常弾に戻したブレイクエッジで抵抗しながら、リザも追い詰められるように下がってくる。


「重い私は捨てていっていいんですよ~……?」


「ホントすんませんッ!でもこれ異界の都合上的なアレなので、ご本人様の体重とは何ら関係ないと思いますればッ!!」


 肩にぶら下がるアルミアからチクチクと抗議の言葉を浴びながらレイスは必死に走った。

 後ろに迫る脅威に振り返っている暇もない。


「はや……くッ!!」


「はい! 通りますよイーサンさん!!」


 限界が近いのかじわじわと押し込まれてきているイーサンの腕の下をくぐり、レイスとアルミアは自動ドアを越えて車内へ転がり込んだ。

 ここまで来ればもう安心だ、あとは―――。


「リザ嬢ぉおッ!!」


「リザ! もういいぞッ!!!」


 イーサンとレイスの声を聞き、踵返したリザは矢のように駆け出した。

 なけなしの防波堤も崩壊した事によってヤマノケ達は一斉に速度を上げて追ってきた。一歩足で互い違いに跳ぶ姿はバッタの群れのようだ。

 腕を振り回しては伸ばしながら、数センチ先のリザのコートを引っ掴もうと異常な速度で差し迫る。

 群れの口元から漏れる『……テン…ソウ……メツ』『……テン…ソウ……メツ』という耳障りな鳴き声がいくつもいくつも重なり、列車から見ている方からしたら今すぐにでも扉を閉じたい光景だった。


 もうあと少し―――とリザは思った。


 だが、捕まる―――とレイスは察した。


「飛べッ!!!」


 レイスが叫んだ瞬間、リザは前方に大きく身を躍らせた。

 一撃を入れんと振り抜かれたヤマノケの手がかろうじてリザの背中をカスるだけで済んだのはよかったものの、僅かに跳躍した飛距離が足りなかった。


 スローモーションのようにリザの小さな身体が重力に則って落ちていく。

 あと数秒もしない内に彼女は自動ドアを越えること叶わず、ホームのコンクリートに転がるだろう。そうなれば体勢を整えて立ち上がる内にヤマノケに追い付かれ、あっという間に餌食になる。


 リザもそれを悟ったのか、絶望したように目を見開く。

 伸ばされた手は所在無く空を切り、やがて―――。


「間に合えぇえええッ!!!」


 咆哮と共に踏み込んだレイスが手を伸ばし、リザの腕をしっかりと掴んだ。

 そのまま、がむしゃらに力いっぱい引き寄せ、空中を舞う彼女を胸の中に勢いよく受け止めた。


 全てはゼロコンマ秒の内。

 それでもイーサンは素早く状況を判断し、レイスがリザを確保したのを見計らって自動ドアから弾かれるように手を離した。


 ―――ガタタ、バタンッ!と軋みながらドアが閉じる。


 リザの大ジャンプを引き込み、ボディ全体でキャッチしたレイスはブレーキをかける間もなく床に背中を打ち付け悶絶していた。今回はリュック無しの素受けで余計にダメージがでかかったのも大きい。

 また背中かよ……!!と顔をしかめつつも、リザが無事なことにひとまず安堵する。


「はぁ……はぁ……」


 イーサンが顔を上げれば、ギリギリで閉まった扉にヤマノケ達が張りついているのが見えた。扉一枚を隔てた至近距離だったが魅入られるような感覚はない。

 正真正銘、この列車は安全地帯のようだ。


 やがて憎々しげにヤマノケは顔を歪ませながら一匹、また一匹と列車から離れ………姿を消して行った。

 

「なんとかなったみたいですね~」


「その、ようだ……」


 座席に寝転がったままのアルミアの言葉に、疲れ切った様子でイーサンが返した。


 古びた列車はプァ―――ン!と汽笛を鳴らすと、きさらぎ駅から発車した。

 日も沈み、完全に闇に閉ざされた空間をタタン、タタンと列車は走っていく。


「……はぁ~、ちょっと椅子になってくれ、レイス……。 流石に疲れた……」


「はいよ……」


 身体を起こして扉に寄りかかるレイス。

 その膝の上に座ったリザも、レイスの胸に背を預けて脱力した。


 ―――タタン、タタン、タタン。


 車輪が回る音は、すぐに四人をまどろみの中へと誘った。










 ぼやけた視界の中でセピア色の映像が流れる。

 目は閉じているはずなのに見える景色から察するに、これは『きさらぎ駅』のエンドムービーだなとレイスは理解した。


 少し上の空から見下ろす俯瞰(ふかん)視点の中で、身体が半分透けた女性が古びた列車のソファから立ち上がる。

 背格好と服装から、彼女が“はすみ”だとわかった。


 “はすみ”は自動ドアを抜けて駅のホームに降り立った。

 あちらこちらに人の姿がある。ここは異界ではなく、現実世界の駅だ。

 ふわつく足取りで“はすみ”は駅の外に出ると、ゆっくりとポケットからケータイ電話を取り出した。




 :あの、信じてくれないと思いますが。

  7年経った、今、普通の世界に戻れました。


  光の方へ歩けと、言われました。

  もう正直、なにがなんだかわからなくて、泣きながら走りました。


  まぶしくなったとたん、目をあけると、最寄り駅の前で

  両親が車から私を呼んでいました。


  両親もなにごともなかったかのように

  私を連れて帰りました。みんなありがとう。

  おかげで戻れました


  皆さんもお気をつけて




 オカルト掲示板にそう打ち込んで投稿し終えると、スウッと空気に溶けるように“はすみ”は消えていった。

 持ち主がいなくなり、カツンと地面に転がったケータイ電話だけが人々の往来の中に残される………。


 レイスはその光景を見てようやく腑に落ちた。


 この依頼の真の目的は、『きさらぎ駅』に囚われた“はずみ”の霊魂を救出することだったのだ。

 ケータイ電話のような縁の深い何らかの憑代(よりしろ)を見つけ出し、“はすみ”の霊体が宿ったそれを異界から持ち出す。それが今回、掃除人(スイーパー)に課せられていた任務だったのだ。


 フェードアウトしていく駅の喧騒を眺めながら、レイスは解放された“はすみ”の魂がどうか安らかに天国に行けるよう祈るのだった。

 

 

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