『きさらぎ駅・10』
「おらァアアアアアッ!! くたばりやがれゴミ共がァアアアアッ!!」
最後尾を陣取るビッグマンが回転する砲身から放たれる弾雨にも負けない咆哮を上げた。眩く閃光が花火のように舞い散り、絶え間ない銃声と盛大な協奏曲を奏でる。
トンネルに突入した6人はイーサンの指示通りの配置で一固まりに突き進んでいた。予想通り、湧き出るようにトンネルの壁や穴から現れた巨頭オをレイス達は銃弾を見舞いながら退ける。銃口のマズルフラッシュがいくつも瞬き、暗闇に潜む地獄のような物量を照らし出していた。
入って来た方からは変わらずヤマノケも追跡してきており、一切の予断を許さない状況だ。
「残り6発で~す。 ていっ!」
巨頭オが寄り集まって塞がれた進路をグレネードの爆風で吹き飛ばしながらアルミアがのんびりと告げる。
次弾を装填するまでの間はイーサンが代わってM16を掃射し、進路の邪魔になる敵を削っていった。
「トンネルを抜けるには十分だ、続けてくれ」
「はいは~い、了解です~。 ンフフフ、やはりこういう危機的な戦闘は楽しいですね~!」
弾を込め、カポンッ!と中折れ式の砲身を閉じたアルミアはご機嫌に口元を釣り上げた。
グレネードを撃つまでもない数の巨頭オ相手にはクルリと踊るように身体を回転させ、その勢いを乗せた投げナイフを放って仕留めていく。
威力、スピード、正確さ、共に申し分ない技量にイーサンは舌を巻いた。
「………どこでナイフ投げを?」
「教会の然るべき機関とかですかね~。 頑張れば3本くらい指に挟んで一気に投げたりもできますよ~?」
冗談とも本気とも取れるアルミアの凄みのある笑みにイーサンは頬を引きつらせて押し黙るしかなかった。
ことここに至ってようやく彼もアルミアがただの美人のシスターさんではないと痛感した。もっとも、今はそのプレイヤースキルがとにかく頼もしかったが……。
先頭に続くリザ、レイス、スカーレルが並ぶ中腹はめまぐるしく立ち回っていた。
ミニガンの射撃中は歩くまでしかできないビッグマンの援護に加え、左右から食い破ろうとしてくる敵の掃討までとにかく忙しい。
リザは持ち前の反射神経でブレイクエッジを振り回し、暴れ馬のように左右後方を問わず9mm弾をぶっ放している。目に付く敵を片っ端から撃ち倒しているので撃破数は恐らくチーム中トップに君臨しているが、弾の消費もビッグマンのミニガンと並んで現状1位タイを爆走しているだろう。
スカーレルはアタッカー達の穴を潰すように狙撃に徹していた。走りながらにも関わらず、あぶれた敵を数発の内に確実に処理し、チームの防御力をより堅牢なものに仕立て上げていた。
「リロード! カバー!」
「オッケー、リザ!」
「レイス君! ビッグマンがこっちに走るわ、援護手伝って!」
「はい! 5秒待ってください!」
「終わったぞレイス! あ、ついでに弾くれ!」
「撃ち過ぎだ!! もっと大事に使ってくれ! 弾倉、投げるぞ!」
「おう、サンキュー!」
「レイス君! ハリー! ハリー!」
「だぁー! わかってますって!」
次から次に舞い込んで来る指示にレイスは必死になって対応する。
恐怖を感じる暇もないおかげで身が竦むこともく、逆に高揚感すら覚えるほどに頭に熱が回っていた。VR内といえど、極限状態の中で身体を動かし続ければ脳にアドレナリンが分泌されてハイにもなる。
AK-12に銃を新調したおかげか、高まったテンションで感覚が鋭敏化したせいかはレイスにもよくわからなかったが、少なくとも『悪霊の家』で戦った時より数倍は弾丸の命中精度が上がっていた。リロードの動作も淀みなく、手元を見ずにこなせるほど集中できている。
リザとスカーレルの要求もキッチリ応え、チームを円滑に動かす歯車として見事に機能していた。
(いける―――ッ!)
誰と無くそう思う。
ズレもなく、ラグもない噛みあったタイミングで繰り返される攻撃と防御でレイス達は襲い来る怪異のラッシュを完全に封殺していた。
薄暗い赤の光を照らすトンネルの出口もすぐそこまで迫っている。
抜けてしまえさえすれば、あとはヤマノケを対処するだけだ。問題なくきさらぎ駅までたどり着けるだろうとレイスは踏んでいた。
「アルミアさん! グレネードは!?」
「は~い、ラスト1発ですよ~、っと!」
バシュウッ!!ドガァアアアアンッ!!と火炎を巻き上げ砂塵を吹き飛ばし、アルミアの最後のグレネード弾はついに出口までの道を切り開いた。
すかさずイーサンが走り込んで外に飛び出し、周辺の安全を確認する。
「敵はいないぞ!! 全員走れ!! ここから援護する!」
その場に膝立ちで構えたイーサンはトンネルの方を向き、爆発で瀕死のダメージを負った巨頭オにトドメを刺していく。
アルミアも弾切れになったグレネードランチャーから聖銀のショットガンに武装を切り替え、残党を倒しながらイーサンに続いた。
「突破するぞリザ!! スカーレルさんはダッシュ優先!」
「ええ、先に行くわ!」
まだ少数ながら湧いてくる巨頭オの間をすり抜けるようにスカーレルは走っていく。
AKの弾倉を変えている時間も惜しいレイスはXDMを太もものホルスターから抜いて両手で構え、リザと並んで駆け抜けながら道中の敵を黙らせていった。
「っしゃあ! 走れレイスッ!」
「もう走ってるッ!!」
凄惨にこの状況を笑うリザと必死という文字が顔に滲み出ているレイス。
二人は全速力で出口に向かってラストスパートをかけた。
「―――ッ!!」
不意にリザが何かに気付いたようにバッ!と上を向いた。
警戒心が元より強い彼女は自分に向けられる敵意には人一倍、敏感だった。その感覚が鳴らす警鐘の正体を目に捉えた時には、もうリザとレイスめがけて落下を始めていた。
トンネルの天井から出現した巨頭オの群れ。
巨大な頭に比例した口を大きくかっ開き、まるで肉の絨毯爆撃のように二人を呑み込まんと降ってくる。
上一面に広がる獰猛な人間もどきの顔、顔、顔、顔………。悪夢のような光景にレイスならば絶叫して動けなかっただろうが、リザは違った。
「―――なぁあああろぉッ!!!」
走る勢いに乗せて素早くその場で跳躍したリザは捻りと共に振り抜いた回し蹴りを隣を走るレイスの背中に叩きこんだ。
「ぐっほァッ!?」
リザがもっとも得意とする蹴り技は綺麗にレイスの脊髄に突き刺さり、くの字に曲がったその身体を3メートルは吹っ飛ばした。
チーム設定のおかげでダメージこそ発生はしなかったが、顔面から地面に落ちたレイスはザリザリと勢いよく地面をこすった。
「―――なにすん……。 ッ!? リザッ!?」
レイスが跳ね起きた時にはもう、リザの居た場所は落ちてきた巨頭オ達がひしめき合っていた。しかし決死の抵抗するようにブレイクエッジの銃声が中から聞こえてくる。
ダウン状態になっているのか定かではないが、どちらにしろあと何秒持つかの状況だ。
「リ……―――」
「撃てぇええええええッ!!」
レイスが庇われてから2秒半。咄嗟のことで固まっていたイーサンが攻撃に転じる。
アルミア、スカーレルもリザに群がる巨頭オめがけて射撃を開始した。一拍遅れてレイスも手元のXDMのトリガーを引いたが、肉の壁が分厚くすぐには打ち破れないと悟った。
死に戻り……。作戦失敗……。
嫌なワードがレイスの頭をよぎり、混乱が思考を縛り付ける。
次の判断が遅れたと自分で理解した時にはもう、状況は動き出していた。
「どぉけええぇぇぇえええッ!! 化物どもがァアアアアアッ!!」
巨頭オの壁の向こうから空気を揺るがすような大喝が放たれる。
ビッグマンが自身の質量も加味した重機関車のような強烈な突進を繰り出してきた。ボウリングのピンのように巨頭オを跳ね飛ばし、集団の渦中へとその身を躍らせる。
だが悪手だ。
すぐに起き上がってきた巨頭オに合わせてビッグマンを追いかけてきた別の巨頭オの集団も後方から群がってくる。もはやグレネード弾で吹き飛ばしでもしなければ対処できない数まで増えてきた。
だがイーサンはM16に据え付けたグレネードランチャーを撃つことが出来ない。銃弾ならばヒットしても衝撃を食らうだけでなんともないが、手榴弾やロケットランチャーなどの爆発攻撃は巻き込まれればダメージを受けてしまうのだ。
「ッ!! ビッグマン! 早く逃げろ!!」
「そうしたいんですがねぇッ!!」
苦し紛れのイーサンの叫びにビッグマンは少し笑ったような返事をした。
そしてミニガンを鈍器のように振り回しながら巨頭オを殴り飛ばして群れをかき分け、地面に転がっていた少女を引きずり出す。
しっかりとコートの首もとを片手で掴むと力任せに足を一歩踏み込んだ。
「受け取れぇッ! 坊主ぅうううッ!!」
ブォンッ!!!と風を切ってビッグマンに放り投げられたリザは巨頭オの垣根を越えてレイス達の方へと飛んできた。
慌てて着地点に滑り込んだレイスは自分の身体をクッションにしてリザを受け止める。相変わらずの軽い身体で思ったような痛みもなかった。
ショットガンを撃ちながらこちらに近づいてきたアルミアもリザを心配したように一瞥する。
「リザちゃん~? 生きてます~?」
「大丈夫か!? 怪我は!?」
「……、目の前は真っ赤だけど………なんとか」
あのデカさの頭をぶつけられたり噛まれたりもすればこうもなるといった具合にリザは苦しい表情だった。
レイスは急いで腰のポーチから緊急スプレーを取り出してリザの体力を回復させにかかる。
「ビッグマンッ!! 来い!! 敵を振り切るんだ!!」
「ビッグマンなにしてるの!! 早く!!」
銃声に交じって悲痛な声がスカーレルとイーサンから漏れる。
見ればリザに代わって集団の中心となったビッグマンが群がった巨頭オ達に次々と大きな歯を突き立てられていた。
脱出しようともがいていたビッグマンは、あっという間に体力を削り落とされてダウン状態に追い込まれる。
「ぐ、うぁああああああッ!!!うわぁああああッ!! 離せぇえええッ!!」
ゲームの中とわかっていてもおぞましい光景だ。
痛みはないのだろうが、寄ってたかって四肢を喰われるという感覚をビッグマンはダイレクトに味わっているはずだ。
あの叫び声はロールプレイを抜きにした本気の声色なのは間違いない。もはや狙いも何もないミニガンの射撃音が虚しくトンネルに響き渡る。
イーサンの人差し指が銃身下のグレネードランチャーのトリガーに掛かる。
彼の装備の装甲なら僅かに生き残る希望はある。それに賭けるべきかイーサンは逡巡する。
だが―――。
「中尉ぃいいいいッ!! さ、先に、いってますッ! あなたと戦えて!! 楽しかったですよォオオオオッ!!」
「なッ!? よせッ!! ビッグマンッ!!!」
彼が最後に何を選択したか、イーサンはすぐに理解した。
巨頭オに食われ、ヤマノケもすぐ近くに迫る中―――サムズアップのような形で掲げられたビッグマンの震える手には、リモコン爆弾の起爆装置が握られていた。
「―――大当たりだッ!!!」
スイッチが押された瞬間、グレネードの比ではない炎の嵐がビッグマンを中心に炸裂した。
彼が身体に巻いていた爆薬は巨頭オだけではなく、迫っていたヤマノケも含めて全てを薙ぎ払う程の破壊力を見せつけた。
離れているはずのレイス達も思わず手で顔を覆うくらいの爆風が吹き荒れ、やがて炎がチラつくトンネルと静寂だけが訪れた。
ビッグマンが居た場所にはただ黒い煤が残るだけで、彼が完全に死亡した事を物語っていた。
「………。 ………行くぞ、あと18分しかない」
誰もが言葉を失う中、イーサンはそう重苦しく告げた。
指示を受け入れ一人、また一人とイーサンを駆け足で追いかけていく。
最後までトンネルの前で立ち尽くしていたリザはグッと唇を噛みしめていた。
「………あんたの隊長さんと仲間は、あたしが必ず帰してやる」
助けられた感謝と、助けられなかった謝罪を込め、それでチャラにしてくれ―――と、リザは祈った。
きさらぎ駅までは、あと少しだ。
ブックマーク10件到達ありがとうございます。
これからもよろしくお願い致します。




