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『きさらぎ駅・9』

 ここで間違える訳にはいけないとレイスは冷静に写真を拡大した。

 時刻表からは薄汚れた字で書かれた『上り線18時の25分』だけ読み取ることができた。逆に言えばそれ以外の字はかすれてまったく読めない。そのままホーム画面に戻し、レイスは“はすみ”のケータイの時刻を確認する。

 そう、サイシーバーの時間ではない。あくまでも“はすみ”の時間軸でこの世界は動いているはずだ。


「ッ……、17時50分ッ!? あと35分しかないのか!?」


 レイスが答えを見つけたその瞬間からカウントダウンが始まったように、ケータイの時刻が17時50分から51分へと動いた。


「何かわかったのか!? レイス!」


「レイス君?」


 急に声を上げたレイスに一同が注目する。レイスはすぐにリュックを背負い直して自分の銃を取った。


「ああ! 『やみ』行きの電車があと35分できさらぎ駅に到着する! 来た方向とは逆に進むやつだ! ………たぶんだけど、これに乗れば帰れる」


 レイスはケータイをもう一度開き、時刻表の看板を見せた。

 顔を引き結んだイーサンが即座に装備を手に取って立ち上がった。


「スカーレル! ビッグマン! 聞いたな!」


「ええ、ここから駅までなら走って20分か、25分くらいかしら」


「チッ、あのトンネルを通るんだぞ………? もうちょっと見積もっとけ。 おい坊主! 見当外れだったら後で覚えとけよ!!」


 スカーレルとビッグマンもそれぞれの銃の装填を確認し、出撃体制を整えた。

 アルミアとリザも残弾とアイテムのチェックを終えるとレイスに頷いた。


「よし、これより『きさらぎ駅』脱出に向けて強行突破に出る。 何が起こるかわからない。 各自、声掛けと援護を忘れるな。 無事に帰るぞ!」


「「ウーラーッ!」」


 イーサンのチームが気合を込めるように叫び、早足で行軍を開始した。


「謎解きお見事です~レイスくん。 間違ってないといいですね~?」


「若干不安なんですからそういう事いうのやめてくださいアルミアさん」


「ハッ! 問題ねーよ。 レイスが間違えるわけねーし!」


「追い打ちもやめて!!」


 レイスはただ手元にあるものから考察しただけだと抗弁する。

 結局のところ、答え合わせはその時になるまでわからない。足りない情報を想像で補っただけのハリボテの全体像なのだから、期待はなるべくしないで欲しいというのがレイスの正直な気持ちだった。


 急造の6人チームはイーサンを先頭に日の差す線路を走る。

 森の木々が徐々に減っていくに連れてトンネルまで近づいているのがわかった。


「なぁ、レイス。 太陽ってあんなに位置、低かったか?」


「え?」


 リザに言われてそちらを向くと、確かに最初に見た時と比べて太陽の位置が変わっていた。今は地平にかかるくらいまで下がっている。それに連なって不気味な赤茶けた空も徐々に夜の闇が覆い始めていた。単純にフィールド内の経過時間で動くのではないかとレイスは答えたが、アルミアがそれを否定した。


「それはおかしいです~。 私はレイスくん達より長くここに居ますけど、夕日はずっと同じ場所にあって動きませんでしたよ~?」


「じゃあなんで急に………?」


 リザの素朴な疑問にレイスも思考を巡らせる。

 そしてもっとも回避したい結論へと行きついた。


「……、このペースなら18時25分を越えたあたりでちょうど日が沈む。 つまり街灯も何もないこの異界は完全に闇に閉ざされる事になる……。 そうなったら、俺たちは怪異のいい餌だ」


「あ~なるほど」


「……マジか」


 タイムリミットによる(・・・・・・・・・・)ゲームオーバー(・・・・・・・)

 使い古されたギミックだが、これ以上にプレイヤーを焦らせるものはない。沈む夕日がもたらす結果は恐らくそれを暗示している。果たして本当に脱出のための列車が駅に来るかどうかはさておいて、明確に時刻表に載っていた時間が刻限と定められたのは間違いない。

 すぐさまレイスはイーサン達にその予測を伝えると、彼らは納得しながら苦い顔をした。


「どうやっても逃がさねえ気かよ………」


「時間も空間も歪んでるって触れ込みだったのにこういう所だけはイラつく程に律儀ね、もう!」


「とにかく落ち着いて迅速に進め。 大丈夫だ、今のペースなら十分に間に合う」


 そうは言ったもののイーサンにはわかっていた。そう簡単に事は進まないと。

 これがゲームで言うラストランならば、それを妨害してくるエネミーの登場は必然だ。その影が現れる前に、今はできるだけ距離を稼ぎたかった。しかし、そんなイーサンの願いをあざ笑うように変化が訪れた。




 ―――ドン ドドン シャンシャン ドン




 調子外れな太鼓の音と、鈴の音色が風に乗って響いてくる。

 妙に耳にこびりつく不快な曲調だ。こんなお囃子ではお祭りの神様だって眉をひそめるだろう。

 徐々に、しかし確実にその音はこちらを囲むように近づいてきていた。


「……、こ、これ一体どこから」


 思わず足を止めそうになったレイスに鋭くイーサンから声が飛ぶ。


「ダメだ止まるな!! 走れレイス君!! すぐにアイツらが襲ってくるぞ!!」


 見ればスカーレルも走りながらM14を草原に向け、スコープで忙しく周囲を確認している。ビッグマンに至ってはわき目も振らずイーサンを追いかけるスピードを上げていた。

 二人から嫌な焦燥感が感じられた。


「アイツらってなんだイーサンッ! 何が襲ってくるんだ!!」


群れ(・・)だよ、リザ嬢! 立ち止まって迎撃している時間は無い、包囲される前にトンネルまで辿り着く!」


 ―――シャンシャン ドン シャンシャン ドン シャンシャン ドン


 あっという間にハッキリとお囃子が聞き取れる距離まで追い詰められた。興奮に騒ぎ立てるように音色もテンポが上がっていく。

 怖い。得体が知れない。振り返れば走るスピードが一瞬でも落ちるのがわかっていても、確認せずにはいられない。


「う゛っ!?」


 やがてレイスが四度目に振り返った時、蠢くそれらは草原の中から姿を見せた。


 全身が白一色に染まったやせぎすの体躯。成人男性ぐらいの身長で腕が異常に長く、それをめちゃくちゃに振り回しながらこちらに迫ってくる全裸の異形がそこにいた。一本しかない足でぴょん、ぴょん、と跳ねとぶような走り方にも関わらず尋常じゃなく速い。

 顔には柔和な老人の顔が仮面のように張り付いていて、ニヤニヤと笑みを浮かべている。


『おおーい、線路の上を歩いちゃ危ないだろ アハハハハハ』

『おおーい、線路の上を歩いちゃ危ないだろ アハハハハハ』

『おおーい、線路の上を歩いちゃ危ないだろ アハハハハハ』


 口を開けば狂ったレコードのように同じ言葉を繰り返していた。

 片足の白い老人は次から次に草原から現れ、数えるのも難しいくらいに増えていく。鳴り響く太鼓と鈴の音はもはや耳に痛いくらいだ。


『おおーい、線路の上を歩いちゃ危ないだろ アハハハハハ』

『おおーい、線路の上を歩いちゃ危ないだろ アハハハハハ』

『おおーい、線路の上を歩いちゃ危ないだろ アハハハハハ』


 後方からだけではない、右側も左側からも片足の白い老人は姿を見せる。まだ距離は離れているが、並走するように追いかけてくる群体に心臓が潰れそうなほど恐怖した。


「う、うわぁああああッ!!?」


「ッ!? 駄目だレイス君! まだ撃つなッ!!」


 レイスはイーサンの静止も振り切ってすぐさまAK-12の銃口を向けて発砲した。

 走りながらでろくに狙いも付けずに放った弾幕だったが、数が数だけに先頭にいた何匹かには命中してその肢体を地面に転がした。


 瞬間、ニヤニヤと笑っていた老人の顔から表情が消える。

 やがて老人は顔を胸の前に突きだし、肩をグッと上げてまるで威嚇するようなポーズを取った。見ようによっては頭部が無く、顔が胸の位置にあるようなシルエットになる歪んだ構えだ。到底、人体では再現できない。

 そして、無表情になった白い老人たちは一斉に歯を剥いた。


『 『 『 テン ソウ メツ 』 』 』


 ―――ゾッとした。

 言ってる意味はまったくわからないが、アレに絶対に捕まってはいけないと本能的に理解した。怪我をするとか苦しんで死ぬとかそんな簡単に言葉にできるような終わりを与えてくれる存在ではない。人が持ちうる尊厳という尊厳を魂から食い尽くされそうな冷たい伽藍の目が獰猛に光っている。逃げ出したいのに無表情の老人に睨まれてからまるで楔を打ち込まれたように足が上がらなくなった。

 撃つ、逃げる、撃つ、逃げる―――優先すべきはどちらか混乱するレイスの真横から、にゅっと鉄の砲身が現れた。


「ファイア~!」


 バシュウッ!!と空気が破裂する衝撃と同時に、アルミアのグレネードランチャーが発射された。流石に耳元でこれをやられたらたまったものではない。爆音を喰らったレイスは悲鳴を上げながらもんどりうって地面に転がった。現実なら鼓膜が消し飛んでいただろうが、キーンと耳鳴りがするだけで済んだ。


「なにするんですかアルミアさんッ!?」


「い~え~? お礼はあとでいいですよ~。 それより立って下さいレイスくん。 とっととズラかりましょう?」


 次のグレネード弾を優雅に片手撃ちで異形の集団に叩き込みながら、アルミアが手を差し出してくる。

 そう言われてレイスもハッとした。耳に来る荒療治だったが、身体は完全に自由を取り戻していた。アルミアの手を取って立ち上がると、ようやく周囲の状況も見えてきた。


「おい! 二丁持ち!! もっと距離取って撃ちやがれ!! 逃げられなくなるぞバカヤローッ!!」


「うーるせーな!! ハンドガンの有効射程は短いんだよッ! ちゃんと当ててんだからいいだろうが!!」


 左右で別れたリザとビッグマンは嵐のような弾幕で敵の波を食い止めていた。ビッグマンがミニガンを薙ぐように掃射するたびに白い異形が次々に千切れ飛び、対するリザのバーストショットは針穴を通すような正確さで胸部あたりの頭蓋を撃ち抜いていく。


「アルミアちゃん! レイス君を引っ張ってきて! 援護するわ!!」


「ビッグマン!! リザ嬢!! 集合してくれ! 一気に包囲を食い破る!!」


 イーサンは的確に指示を出しながらあぶれた異形をM16の射撃で仕留め、スカーレルはM14のスコープを使って距離の近い敵を端からブチ抜いていた。

 呆けている場合じゃないとレイスも自分の頬を張り、AK-12を握った。


「すみません! 俺のミスです!!」


 アルミアと一緒に後方からの追撃に銃弾を返しながら、急いで先行していたイーサン達の元へ戻る。


「いや、『ヤマノケ』について詳しく言わなかったこちらの落ち度もある。 ともかく絶対に至近距離には近づくな。 入り込まれるぞ(・・・・・・・)


「はァッ!? こいつら全部ヤマノケなのかよ!! んなのアリか!!」


 コートを翻してビッグマンと追いついてきたリザが驚愕する。

 レイスにはサッパリだったが、どうやら都市伝説的にも有名な怪異らしい。なんでも取り憑くタイプの厄介な化物なのだとか。


「トンネルまであと少しよ。 中に入れば奴らも一方向から走って来るしかないから、今よりは楽になるはずよ、………体感は」


「慰めにもならねえぜ、チクショウ! 正面からはあのビッグヘッドどもが来るんだろ!?」


「そこはシスターアルミアのグレネードランチャーでこじ開ける。 よし、ビッグマンは殿(しんがり)だ。 リザ嬢とレイス君は遊撃を頼む。 スカーレルはビッグマンの援護。 私はシスターと共に前方を開く! 行くぞッ!!」


 ―――了解ッ!!と声が重なり、全員が走る速度を上げた。

 きさらぎ駅までは、まだ遠い。

 


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