『きさらぎ駅・8』
「我々は6人チームでこの『きさらぎ駅』にやって来た。 それぞれ自分のキャラを演じなら攻略を進めていたが一向に脱出の兆しが見えなくてね、そうこうしている内に仲間も2人やられて食料も水も尽きてしまった……」
申し訳なさそうに頭を垂れるイーサンは続ける。
「そこでね、うん。 これはいい撮れ高だと私もスカーレルもビッグマンも調子に乗ってしまってね? 仲間割れするロールをガチでやったら、カトーが本気にしてしまって……」
カトーは例の軽機関銃の男の名前だ。
「いやぁ、だってほら! 映画だと鉄板だろう!? 脱出できない異界で内部分裂する部隊って! まさか『もうアンタらには頼らない! 俺1人で行く!』ってセリフがロールじゃなくて本当にそう言ってたとは思わなくて! いつまでも帰って来ないから慌てて探しに来たらこの通りというわけなんだが………」
「完全にこっちはとばっちりじゃないですか」
「面目ない……」
か細い声でイーサンは呟いた。眉をへの字に曲げたしおしお顔だ。
流石に12時間ゲームに缶詰めされたあげく、仲間内がマジとも取れる喧嘩なんか始めたらそりゃそうなるわとレイスは呆れかえった。
聞けばカトーも入ったばかりの新人だったようで、イーサン達とも交流はまだ浅かったらしい。それでロールかどうかを見抜けというのは確かに酷な話だ。
「ごめんねぇ、何かアイテムでもお詫びにあげたいんだけど……、今は手持ちがちょっと」
「そっちの攻略の手伝いをする、と言っても……今の空腹と渇き状態ではまともな戦力にもならんしな」
「むぅ……だから勝手言って申し訳ないが、他のことで何か私たちにできることはないかな?」
イーサンに合わせてスカーレルとビッグマンもお手上げ状態でこちらに意見を委ねてくる。
レイスはそのまま右から左にリザとアルミアの方を見た。正直、このチームのリーダーはリザなのだから出来れば意思決定はそちらに任せたかった。レイスの視線を受けたリザは少し考えるように上を向き、すぐに「ハッ」といつものように鋭い笑みを浮かべた。
何か思いついたらしい。
「よぉ、アンタらは撮影クルーなんだよな?」
「あ、ああ、編集して動画サイトに上げている。 これでもそこそこの再生数は持っている方だ」
「だったら詫びはそれでいいぜ。 あたしらを撮ってくれよ。 ちょうど脱出の手掛かりも持ってるし、いい画になるんじゃねーか?」
「なッ!? それはホントか!?」
脱出の手掛かりがあるというセリフにイーサン達が驚いたように目を見開いた。
レイスもリザの提案は少し意外だったが、面白そうなので特に反対するところはない。
「アルミアさんは撮影とか大丈夫ですか? 顔と名前が世間様に出ることになりますけど」
「私も気にしませんので~。 それよりもビッグマンさんがミニガンを撃つ所を見る方が重要ですから~」
「………さいですか」
もうこのシスターはだめかもしれない。
さっきから熱い視線を送っていると思ったら、ビッグマンさんではなくミニガンの方だったのかとレイスは額を押さえた。
「じゃあ、もうここからスタートしましょうか。 俺達も実はロールプレイをメインに攻略してますので、それなりには演れると思いますよ?」
「な、なんと!! この綺麗どころお二人もロールプレイヤーなのか!? 素晴らしい、もちろんぜひ出演してくれ!! これは気合入れないと!! ああ、もう今からでも録画して大丈夫かい!?」
慌ててカメラの設定を始めたイーサンは興奮したように喜んでいた。
気持ちはわかるが片方はけっこうな傍若無人キャラだし、もう片方に至ってはヤバイ戦闘狂だが大丈夫だろうか。
「よし、オッケーだ! じゃあシーンはこういう並びで始めて……私からセリフを言うからあとはアドリブで! 前情報はお互いに知らないし、各自いいリアクションを頼むよ!!」
「私はいいけど、ビッグマンには気を付けてね。 彼のキャラはけっこうキツいから」
「自重はする……けどスカーレルも似たようなもんだろ」
レイス達とイーサン達で向かい合うように並ぶ。
程なくしてイーサンの上に『●REC』と書かれたアイコンが表示された。録画開始の合図だ。
「なんつーか奇縁だよなー、レイス。 こんなことやってる場合じゃねーんだけど………。 なぁ、あたしもなんか演技した方がいいか?」
「異界に来てまで映画撮影してるのは確かにとんでもないバイタリティだな。 命がけの仕事だよ。 演技はあー、いつものリザのままでいいと思うぞ。 そもそも実弾使って本物の化物と戦うのに演技も何もないだろ。 それこそやってる場合じゃないし」
「ん、それもそうか。 わーったよ」
リザの中では異界の任務中に妙な撮影クルーのロケに巻き込まれた―――という流れにしているらしい。レイスもそれを察して“リザ”への反応を示す。彼女はゲーム内のいかなる場面でもロールを止める事はない。円滑なプレイの為に周囲とのズレをこうして言葉で描写して矯正してやるのも自分の仕事だとレイスは思っていた。
チェシャさんにお願いされた手前、リザの面倒を見ることに手は抜けない。
「じゃあいくぞー! 3-! 2-! 1-! アクションッ!!」
イーサンのよく通る声が響くと、スッと三人の空気が変わった。
「―――そうか、カトーは化物にやられたのか。 疑ってすまない、場所が場所だからな。 悪く思わないでくれ」
イーサンは構えていたM16を降ろし、警戒を解いた風に肩をすくめる。
「ケッ、わかんねぇですぜ? 中尉! 尼にガキ二人の掃除人なんて胡散くせぇ!」
「やめな、ビッグマン!! 中尉の判断だよ! 元はと言えばあんたが余計なことを言わなければ……」
「なんだぁ!? 俺のせいでカトーは死んだとでも言いてぇのかッ!!」
なるほど、これは激しい。
事前に聞いていなければ本当に喧嘩だと思うほどの迫力だ。
「落ち着いて下さい。見た所あなた方もかなり疲れてるみたいだ……。 よければ食料をどうぞ? 水もまだありますから」
レイスはイーサンのチームへリュックから取り出した携帯食料とペットボトルを差し出した。
敵意が無い善人である事をアピールするついでに、三人にかかっている空腹と渇きのバステ解除に掛かる。イーサン達は表情こそ変えなかったものの、補給アイテムをレイスが持っていた事に感謝しているようだった。
「ありがとう、お言葉に甘えさせてもらう。 ビッグマン! スカーレル! 10分休憩だ!!」
「チッ!!」
「了解よ、中尉」
草を払い、ある程度のスペースを作った三人は疲れごと地面に投げ出すように座り込んだ。
レイスが配った長方形のブロックのような食料をビッグマンはフェイスガードをずらして開けた口元に勢いよくかっ込み、イーサンとスカーレルは少しづつ咀嚼していく。
「名乗るのが遅れてすまない、私はイーサン・ランド。 階級は中尉だ。 対超常現象特務部隊、第三分隊を指揮している。 彼はビッグマン伍長、こっちはスカーレル軍曹だ」
「俺はレイスです。 この見た目の歳ですが掃除人を生業にしてます。 それでこっちは………」
「初めまして、私はシスター・アルミア。 しがない祓魔士です。 訳あってレイスくん達と行動を共にしております。 お見知りおきを~」
「………リザ・パラベラムだ。 ガラじゃねえが一応こいつらの頭ってことになってる」
腕組みをしながら不機嫌そうにリザは答える。
初対面の人に対してはだいたいデフォルトの対応なので特に気にしない。
「そうか、君がリーダーか。 支援に感謝するリザ嬢」
「おいおい、嬢って格好に見えるか? 挑発ってんなら買うぜ?」
「なんだガキ! 中尉に向かって!!」
激昂するビッグマン。こんな言動だが、彼がイーサンを上官として尊敬しているのはなんとなくわかる。口が悪いだけで根っこの部分はちゃんと軍人らしい軍人のようだ。
「よせ、ビッグマン。 彼女たちのチームに我々は救われたんだ。 それに彼女もプロの掃除人だ。 この世界において我々は対等だ」
静かなイーサンの言葉にビッグマンも渋々と反論を飲み込んだ。
「随分と余裕が無いですね、何かあったんですか? ランド中尉」
「イーサンで構わないよレイスくん。 いやなに、元は6人チームだったが……部下を2人も失ってしまったし、カトーについては君たちが話してくれた通りだ……。 脱出の目途も立たないせいで、彼らも気が立っている」
消沈したように薄い笑みをイーサンは浮かべる。目線一つまで哀愁が漂っている姿はまさに役者だ。
「今の目的は『きさらぎ駅』からの脱出なんですか? 任務とかは……」
「部下を失った時点で作戦行動は困難だと判断した。 もっともこのざまだがね……、君たちはどれくらいここを彷徨っているんだ?」
「2時間くらいですかね、でも脱出のための手掛かりは恐らく見つけました」
イーサン達三人は一斉にレイスの方を見た。ここまで予定調和とはいえ見事なリアクションだ。
レイスは何か言われる前にずっと手に持っていた“はすみ”のケータイ電話を掲げて見せる。
「この異界で消息不明になった“はすみ”さんのケータイです。 中はこれから調べますけど、見ます?」
「おいレイス、そこまでサービスしてやる必要なんかねーだろ!」
「そうですね~、なにかこちらも見返りがなくてはちょっと釣り合わないんじゃないですか~?」
この女子たちはホントに商魂たくましいなとレイスは内心、苦笑いを浮かべた。
「まだ確証があるわけじゃないですから。 それにほら、目が多い方が気付く事もあるかもしれませんしね?」
「安心してくれ、好意を無下にするほどこちらも腐ってはいない。 脱出できる方法がわからなくても最大限の協力はさせてもらう」
「中尉ッ!またそんな簡単に!!」
「やれやれね」
お互いがお互いのチームメイトに呆れた顔をされた。
おかしいな、言ってることはこっちが正しいはずなのに。
ひとまずイーサンと共闘関係を結ぶことが出来たので、改めて“はすみ”のケータイの調査に掛かる。
外観は多少の血の跡が付いているだけで特に異常は見受けられない。レイスはそのままゆっくりと二つ折りになっている機器を開く。
問題なく画面が点灯し、花をあしらったポップな待ち受け画面と時刻が表示された。ただし右上には圏外の二文字が並び、バッテリーも残り一本と乏しい状態だった。
「特に何もって感じだな?」
「おい、坊主!さっさと次を調べろ!」
「急かさないのビッグマン」
「どこに違和感があるかじっくり見ないとですからね~」
狭い。
全員が後ろから小さなケータイを覗いてくるんだからそうもなるけど、もう少し手加減をしてほしい。特にビッグマンのウェイトがかなりつらい。
レイスはケータイのキーを操作して一つ一つフォルダを確認していくが、いずれも文字化けしていたりファイルが壊れていたりと役に立つ情報は無かった。通話履歴には“お父さん”と登録された番号とやり取りをしている形跡はあったがそれくらいだ。試しにサイシーバーでその番号にかけてみたものの、繋がる事は無かった。
ウェブサイトについても同様で、【身のまわりで変なことが起こったら実況するスレ26】というオカルト掲示板に最後にアクセスした履歴があった程度でこれといった成果はない。ちなみにこの掲示板は『きさらぎ駅』の話が最初に報告されたページらしく、現実に存在するそうだ。あとでちゃんと確認してみるのも面白いかもしれない。
「しかし、まともに開けるのは写真のフォルダくらいですね……。 暗号を見逃してるんでしょうか?」
「わからないな。 写真も我々が最初に降りたきさらぎ駅と夕暮れの平原ばかりで、らしいものは見当たらないが」
「かーッ! いい加減、写真でも見飽きたぜ!! 期待させやがって、空振りじゃねぇか!!」
空振り、本当にそうなのだろうか?
ここまで手間を掛けさせたこのケータイは怪談に語られた内容をプレイヤーに体感させるためだけのお飾りオブジェクトなのだろうか?
悩むようにレイスはホーム画面と写真フォルダを行き来させながら考える。
「ん? おいレイス。 これ時間合ってんのか?」
「え?」
リザがケータイのホーム画面に表示された時計を指さした。
レイスは早速サイシーバーを取り出して比較してみると、確かに時刻がズレている。現実時間の方とも見比べてみたがこちらとも合っているわけではなかった。
「異界に置きっ放しにしてたせいで狂ったんじゃないかしら? 機械の不具合なんて珍しいことじゃないし」
スカーレルの意見はもっともだ。ただレイスはこのズレた時間に確かな足掛かりを掴んだ感覚を覚えた。ビッグマンやイーサン、アルミア達が意見を交わす声を遠くに感じながら、レイスは思考に没頭した。
(時間………、時間が鍵としたらそれを使う扉はどこだ?)
写真のフォルダに戻り、レイスは1枚づつ“はすみ”が残した画像を追っていく。時間から連想できる全ての事柄を想定し、写真の隅から隅まで視線を走らせた。やがてその一枚を見つけ出したレイスはピタリと手を止めた。
見つけた―――ズレた時刻という鍵を持って開け放つ手掛かりの扉だ。
「……電車の時刻表!」
駅に降りた時、そこに時刻表が無かった事をレイスは確認している。
だが写真の中には、確かに田舎らしく電車の本数が極端に少ない鉄の看板が映り込んでいた。