『きさらぎ駅・7』
レイスはAK-12を地面に置き、アルミアは聖銀のショットガンとグレネードランチャー、リザはブレイクエッジを手から放した。
両手を挙げて武装解除をアピールし、いまだ挙動不審な軽機関銃の男を安心させるように振る舞う。
「オッケー、欲しいのはこのケータイだな? 他に要求はあるか? ここまで来て撃ち殺されるのはこっちも勘弁だからな。 出来る限り穏便にいきたい」
「じゃ、じゃあ、携帯食料と弾も置いていけ! 全部だ!」
軽機関銃の男の追加要求にレイスは少し困った顔をした。
弾倉単位で管理されるこのゲームでは、不思議なことに受け渡しをした弾倉は相手の所持している銃器に合う形状に変化するシステムがある。チーム間で弾を分け合う時に弾倉の形が合わなくて使えないなんて事態が起こらないようにするための配慮なのだろう。
それでも“アサルトライフルの弾”、“サブマシンガンの弾”、“ショットガンの弾”、“ライトマシンガンの弾”、“ハンドガンの弾”など最低限の区分はされているので、その種類に合う弾倉同士でなければ共有は行えない。
つまり今、レイス達のチームは誰も“ライトマシンガンの弾”を持っていないので男の要求には答えられないのである。
「……携帯食料はあるが、軽機関銃の弾は持ってない。 代わりに緊急スプレーを渡そう。 どうやら………、酷い戦闘があったみたいだな?」
ここで嘘つく必要もないので、レイスは正直に代替案を提示する。
同情するように優しく語り掛けると、軽機関銃の男の声が震えた。
「12時間だ……、もう12時間このクソみたいな夕日の平原でクソ怪異どもと戦ってる。 携帯食料なんて滅多に使わないから持ってきてなかったし、空腹のせいで弾は上手く当たらないようになって余計に使う羽目になった! ああ、でもあんたらを倒しきれる分は残ってる。 この距離なら外さない! 運がなかったな………!!」
「よくまぁ12時間も……。 てことはチームでここにいるのか? 一人だったらとっくに強制ログアウトしてるだろうし。 他の人はどうしたんだ?」
「うるさい!! どうでもいいだろそんなこと!!」
激昂する男が銃を握る手に力を籠める。何かの拍子でもうトリガーを引きかねないくらいの勢いだ。
レイスは慌てて掲げたままのケータイを軽く振って注意をそちらに向けさせる。
「わかった、わかったから。 変なこと聞いて悪かったよ! じゃあ、今からこれそっちに投げるぞ!? んで、食料とかも置くから! いいな!? 撃つなよ!?」
「ああ! 早くしろ!!」
「よし、いくぞ!! 1、2の3で投げるからな!! 絶対に撃つなよ!? 絶対だぞ!!」
「わかってるって!! いいから投げろ!!!」
レイスはどんどん声のトーンを上げ、お互いに緊張感を高める。
一本の糸のようにピンと張り詰めた空気の中、男も声を荒げながら険しい表情だ。
ギラついた目線はもうケータイに釘付けになっている。だがそれこそがレイスの狙いだった。
「いくぞ、いくぞ!? 1、2の―――3ッ!!」
ポーンと空中高くレイスはケータイを放り投げ、軽機関銃の男がそれを追って顔を上げた刹那―――。
「ナイフッ!!!」
鋭く放った指示と同時にアルミアが動いた。
スリットからの投擲一閃。太ももに巻いたナイフホルダーから引き抜いた鈍色のスローイングダガーが一直線に飛翔し、男の手を深々と貫いた。
「ぐあッ!?」
その一瞬でも怯んだ隙は見逃さない。リザはわざと取りやすいところに置いたブレイクエッジを跳ぶように前転しながらキャッチし、素早く狙いを付けてトリガーを引いた。
ドウッ!!ドウッ!!ドウッ!!と三発の銃声から放たれた弾丸は両足と胸を撃ち抜き、その衝撃で軽機関銃の男はもんどり打って背中から倒れた。
態勢を整えたリザはブレイクエッジを構えながら近づくと、男の手から離れた軽機関銃をさらに脇に蹴っ飛ばし、完全に無力化した。
「おーし、お遊びはここまでだ。 運がなかったな? ヘルメットの兄さんよ」
リザがブレイクエッジを男の鼻先に突き付けながらイイ顔で笑う。
投げナイフ一本に弾丸を三発の被弾だ。男は体力を削り切られ“ダウン状態”になっている。
この状態になればプレイヤーは這いずる移動しか出来なくなり、銃もしっかりとした狙いが付けられない片手撃ちを強いられることになる。カウントダウン代わりに徐々に視界が暗くなっていき、完全に暗闇に閉ざされれば敢え無く死に戻りだ。
死亡前の最後の抵抗という扱いだが、チームメイトか第三者が回復アイテムを使えば通常状態への復活も可能だ。ただし、どのアイテムを使っても蘇生まで相応の時間が掛かるため、敵のラッシュ時に助けに行くのはかなり難しいらしい。
ちなみにソロだと、自動蘇生アイテムが無い限りそのまま死ぬ。このゲーム、ボッチに厳しい。
「クッソッ!! て、てめえ………!! はめやがったな!!」
「いや、襲ってきた方が一方的に悪いに決まってるでしょ」
軽機関銃の男が苦々しい表情で悪態をつくのに対し、レイスは悪びれた様子もなく地面に落っこちたケータイを拾い上げる。傷も壊れた感じもなしと、ひとまず安心した。
状況終了だ。
「も~、レイスくん。 いきなり言われたらビックリするじゃないですか~。 気付いたから良かったですけど、こういうのは事前に打ち合わせをお願いしますね~?」
「いや、でも反応めちゃめちゃ速かったですけどね? 投げナイフもガンマン顔負けの早投げでしたし、すごかったですよアルミアさん」
小芝居からのケータイ投げで隙を作る所までは想定内の展開だったが、アルミアの攻撃速度だけはいい意味で誤算だった。
「そもそも何で私が投げナイフを持ってたの知ってるんですか~? ちゃんとスカートで隠しておいたんですけど」
「さ、さぁ、なんででしょうね……? カンとかですかね……?」
別にスカートのスリットの辺りをチラチラ見ていたら気づいたとかそんなことはない。
糸目なので相変わらず表情は読みづらいが、じとーっとした視線をアルミアからひしひしと感じた。
「ま、いいですけどね~。 おかげで使う機会がなかなか無かった投げナイフを使えたので、私はちょっとご機嫌です」
「左様でございますか……」
地面に捨てた武器も回収しつつレイスとアルミアはリザが銃を向けている例の男のところまでやってきた。ダメージの衝撃が抜けきれていないのか、苦しい表情だ。
「で、どうするよレイス?」
「実をいうとここからは何も考えてなかった。 どうしようか? 蘇生させる?」
「またかよっ! お前!」
ただこの男がチームから離れて一人でウロウロしていたのはわかる。
全員での襲撃なら最初の段階でもう一人か二人はこの男と一緒にいなければおかしい。背を向けているとはいえ相手が三人だった以上、リスクを最低限回避するために頭数は揃えるだろう。
とはいえ、彼の仲間がこの場面を見てどう思うかなど明白だ。余計な戦闘が増える前にどうにかしなければならない。
「生かしておくメリットはありませんよ~? さっさと撃っちゃった方が後腐れないです~」
「くっ……ッ! や、やめっ!!」
ジャキッとアルミアが聖銀のショットガンを男へ向ける。
判断が早いよシスター・アルミア。あと別にトドメを刺さなくても時間経過で死ぬし、何なら強制ログアウトしてもらってもぜんぜん構わない話だ。
流石に可哀そうになってきたのでアルミアに銃を下ろさせようとすると、ちょうど遠くから声が聞こえた。
「おおーい! 待ってくれ! そいつはウチのチームのメンバーだ!! すまない!! ちょっと待ってくれ!!」
線路の方から慌てた様子で三人の迷彩服が手を振って走ってくる。
軽機関銃の男と似た格好でそれぞれ異なる武器を肩に掛けているが、銃そのものからは手を放していて敵対する意思はないとわかった。
「おいレイス、なんか来たぞ」
「あら~。 新手ですね~? 倒しましょうか」
「なにをどうしたらそう見えるんですか。 間違っても撃たないで下さいねアルミアさん」
嬉々として銃口を向けようとしたところでレイスに止められ、むぅ、と可愛らしくアルミアは口を尖らせた。
だんだんとこの人の性格もわかってきた気がするとレイスは嘆息しつつ、男の仲間と思われる三人組を出迎えた。
※※※
見た雰囲気は成人男性と思われる人が二人、そして同じくらいの年齢のツリ目の気の強そうな女性が一人という並びだった。
レイスから事情を聞いた三人は軽機関銃の男をファーストエイドで復活させ、二言三言ほど言葉を交わすと彼を強制ログアウトさせた。そして代表者らしい男性がレイスの前に来ると深々と頭を下げる。
「すまない!! こちらの不手際だ! なんとお詫びしていいやら……、とにかく! 無事でよかった! 本当に申し訳ない………ッ!!」
刈り込まれた短髪に無精ひげが目立つ皮の張った顔立ちだ。目元の掘りが深く、パッと見は外国人のようにも見える。大人らしく体格がよく、背も高いおかげでミリタリー装備がとてもよく似合っていた。
装備している武器はベトナム戦争でも活躍した米軍のアサルトライフルである【M16A1】。
形はざっくりと言ってしまえば大きなM4A1だが、正しい説明をするなら大元がM16で小型化した物がM4だ。肩に当てるストックが伸縮しない固定のものだったりと違う点も多い。
無精ひげの彼はこのM16の銃身下にグレネードランチャーのオプションを取り付け、より攻撃的なモデルに仕上げていた。
「まぁまぁ、特にこれといった被害はありませんでしたから」
「ったく、部下のしつけはちゃんとしとけよな」
「次はもう少し骨のある方を送ってきて下さいね~」
「ごめん、ちょっと君ら黙っててくれる?」
矛を納めようとしてる所に二の打ちを入れないでほしい。
あと、さも最初からチームでしたみたいな顔してるけど貴女と会ったのはつい数十分前だよアルミアさん。
「なんというか……すまない……。 ああ、自己紹介が遅れたが、私はイーサン。 こっちはスカーレルでそっちはビッグマンだ」
「はぁい、よろしくー」
「……ビッグマンだ。 よろしく頼む」
スカーレルと呼ばれたのは紅一点の女性。
名前の通り緋色のロングヘアをポニーテールに括っている活発そうな人だ。スタンダードな長ズボンと長袖の上下迷彩服だが、上着を腰の辺りで結んだヘソだしルックを決めている。下に着ているタンクトップから見えるナイスバディに加えて、めくった袖から覗く白い肌は野性的な魅力を感じる。
メインウェポンには【スプリングフィールドM14】を持っていた。
木製のフレームに長い銃身が乗ったバトルライフルだ。このゲームでは狙撃銃に分類されているが、20発の弾丸を単発射撃で絶え間なく撃つことができるため、体感としては単発で攻撃するアサルトライフルに近い。現に彼女は中~近距離の戦闘を想定したズーム倍率の低いACOGスコープを銃に乗せていた。
余談だが、この手のスナイパーライフルとアサルトライフルの中間を行く単発射撃銃はマークスマンライフルと呼ばれている。ゲームによってはその分類も存在するがダークスイーパー・オンラインでは突撃銃と狙撃銃にそれぞれ振り分けられているようだ。
隣に座るビッグマンはその名の通り、体型が大変におファットな方だった。
しかし突き出た腹と比例した丸太のように太い二の腕や足腰がたくましく、ただのデブという雰囲気はなかった。ガチガチに着込んだボディアーマーのおかげでさながら一台の重装甲戦車のように見える。
顔つきはスモークの入ったフェイスガードとヘルメットを付けていてわからないが、渋く深みのある声をしていたのでもしかしたらもう少し年配かもしれない。
武装はその体型に相応しい【M134“ミニガン”】というガトリング銃を背負っていた。
6本の銃身を回転させて放つ連射速度は毎分4000発という信じられない制圧力を誇る超兵器だ。本来ならヘリコプターや車輌に据え付けるか、最低でも三脚を立てて固定しない限り人間には耐えられない反動が来るのだが、ゲーム内では映画でよく見る様に両手で持って撃てるようだ。
それでも給弾ベルトが繋がった大容量の弾倉と大型バッテリーが一体になったパックパックは、完全に壁を背負ってるようにしか見えないサイズ感だ。要求ステータスがあるかは不明だが、これを使いこなすには並みの筋肉量ではまず不可能だろう。
「我々はロールプレイ動画を撮りながらステージを攻略する………そうだな、俳優兼映画撮影クルーだ」
名前に続いてイーサンはそう自分たちを紹介した。
イーサン達はどうやらリザと同じ趣味の方々だったようだ。