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『きさらぎ駅・6』

 『巨頭オ』のような恐ろしい怪異に追いかけられれば、“情報を見つける”という最初の目的から“脱出方法を探す”という方向に話がすり変わるのは無理からぬ事だ。


 しかしそれこそが黒幕(マインドマスター)の罠だ。


 プレイヤーが“はすみ”の情報を手に入れるまで、脱出方法に関わる手掛かりは出てこないようにステージが調整されているとレイスは推理する。恐らくこの写真以外にも持ち帰ることが出来る情報はいくつか設置してあるのだろうが、脱出方法にこだわる限り発見は難しいはずだ。

 そうやって時間が掛かるに比例して手持ちの弾薬や物資は減っていき、余計に脱出への願望が募っていく。ドツボにはまった思考はもう“情報を見つける”という段階まで戻ってくることはなく、かといって脱出方法は絶対に見つからない。

 レイスは『きさらぎ駅』の迷宮をそう読み解いていた。


「………めっちゃくちゃ回りくどいことすんのな、この異界」


 リザにはひとまず異界のルールというワードに変えて話を通した。


「けっこう突飛な発想って気がしますけど~。 否定するのも難しいのがレイスくんらしいですね~?」


「どういう意味ですかアルミアさん………」


 サイシーバーの画面には相変わらず血だまりのシートに座る“はすみ”が映っている。

 先ほどまでリザが取っていた体勢そのままに背を後ろに預けてぐったりとしていた。会社員らしいスーツとタイトスカートにハイヒールといった装いなのだが、顔はまるでそこに黒い空洞が空いているように真っ黒で顔つきや表情はまったくわからない。いわゆる匿名の顔のない人物としての演出なのだろうが、幽霊感がアップしていて余計に不気味だった。


 何枚か角度を変えて撮影し、その心霊写真をキッチリとフォルダに保存する。

 “はすみ”はこの車に囚われ、なんとか脱出しようとした手前で無念の死を遂げた。その立派な証拠だ。


「さてここからだが……。 お、あった」


 画面越しに車内をチェックしていたレイスは“はすみ”の手の先に転がっている物を見つけた。

 

「あら、ケータイ電話ですね~。 見るのもずいぶん久しぶりです~」


 血を少し被った白い二つ折りの小型電話機がサイシーバーに映っている。

 ケータイはホロフォンやガラフォンよりもさらに前の世代の代物で、プッシュボタンと画面をどうにか小さく一つにまとめましたという形と取る古い電話機器だ。

 それでも通話、メール、カメラ、ネットという基本機能は整っていたというのだがら驚きだ。


「ブラックライトで見た時、不自然に四角い形で血が薄かった場所があったんですよ。 ケータイ電話だったんですね」


「みたいですね~、これを使ってオカルト掲示板に書き込んでいたんだと思いますよ。 それで次はどうするんですか~? レイスくん」


「ぜんぜんわかりません」


 左右でレイスのサイシーバーを覗きこむリザとアルミアから手痛い沈黙が流れる。

 ただ本当にレイスには次をどうするかがわからなかった。この場で集められる限りのヒントは集め終えたと思うのだが、そこから取るべき行動がどうしても思いつかない。


「………ドヤ顔で推理しておいて、わかりませんってお前」


「ド、ドヤ顔はしてない! 写真を撮ったら何か変化が起こると思ったんだ!!」


「しかしなにも起こりませんね~?」


「ぐぬぅ」


 サイシーバーから視線を外してみても、元の廃車にはなんら変わった様子は無い。

 ホラー映画の定番で行けば、映像にあった光景が現実に反映される場面だが……そんな感じは毛ほどもしなかった。


「うーむ……、次の瞬間あのケータイ電話が目の前に出現するとかそういうの期待したんだけどな。 物品として落ちてるのそれくらいだし」


「なら、こんな感じで取ってみるとかどうだ?」


 リザが腕を伸ばしてカメラの前に手を出す。

 確かに“はすみ”が映る心霊映像にリザの手が入り込んでいる状態にはなっている。なるほど、カメラ映像の中でケータイを掴むことができればこちら側に持って来れるかもしれない。

 レイスは納得したように頷いた。


「いいかもしれないな、やってみよう」


「よし、頑張れよレイス」


「はい、頑張ってください~、レイスくん」


 あっれー?と思った時にはもう遅い。既に危険が無いようにリザとアルミアはバッチリとレイスから距離を取っている。もう完全にレイス単騎が行く流れになっていた。


 改めて画面に目に戻す。

 ピクリとも動かない“はすみ”と、そのすぐ近くにあるケータイの並び。


「………、完全に襲ってくる流れじゃん」


 それでも行かないわけにはいかない。

 片手のサイシーバーをじっと見据えながら、レイスはゆっくりと手を伸ばしていく。

 後ろではリザとアルミアがカチン!と銃の安全装置を外す音が聞こえた。頼もしい限りだが、ビックリするのでやめてほしい。


「………、」


 画面の中の“はすみ”とはもう20センチと離れていない。

 すぐそこに居る緊張感に息をするのも忘れながらレイスは慎重に手を下ろし、転がったケータイに手を重ねた。


 ―――ある。


 手の中に確かにツルリとした無機物の感覚がある。映像の中の自分の手も、しっかりとケータイに触れていた。ホント、リザの直感はどんな場面だろうと完璧な正解を導き出してくれる―――と、レイスは無駄にビビっただけで終わらずに済んだことに感謝しながら、手の中にケータイをグッと握りしめた。


「取ったァッ!!!」


 戻る時までノロノロと付き合ってやる義理はない。

 レイスは弾かれる様に身をのけぞり、最速最短で“はすみ”から逃れた。勢いよく地面を転がってさらに距離を空けて顔を上げる。

 幸い、追い打ちをかけてくるような攻撃も、恐ろしい姿で“はすみ”が迫ってくる様子も無かった。


「大丈夫か!?」


 急いで駆け寄ってきたリザとアルミアが銃口を車に向けながら警戒を強めたが、レイスはやんわりと落ち着くように言う。


「問題ない、見てくれ。“はすみ”は消えたよ」


 サイシーバーを二人に見せる。そこには目の前にある廃車そのままの車と、誰もいない車内だけが映っていた。


「あら~、ホントです。 ではケータイは?」


「この通り」


 レイスの反対側の手には、しっかりと血のついた白いケータイが握られていた。


「リザが大正解だった。 もう“はすみ”もいないし、ここで調べられる物はこれで全部だと思う」


「お、そうか! へへ、どーよ? あたしだって謎解きはできるんだぜ」


「はい、素晴らしいカンの良さだと思いますよ~」


 褒めるようにアルミアがリザの頭を撫でる。あれだけ嫌がってたリザだったが、今はもうまんざらでもない表情で受け入れている。この短時間でここまでの信頼をリザから勝ち得るとは、恐ろしい人だ。


「とりあえず中身を見てみよう……これで脱出まで一直線だ」


 サイシーバーを腰にしまい、レイスは手に持った“はすみ”のケータイを調べようとした瞬間―――。


「う、動くなお前らぁッ!!!」


 リザでもアルミアでも、ましてやレイスでもない第三者から警告が放たれた。

 三人が同時に振り替えると、少し離れた所にスタンダードな迷彩服にヘルメットをかぶった若い青年が立っていた。

 手には給弾ベルトが下がった軽機関銃を構え、こちらに狙いを定めている。


「い、今脱出って言ったな!!? 聞いたぞ確かに!! そのケータイで出る方法がわかるんだろ!? こっちによこせッ!!」


 目をかっ開きながら焦ったように青年はまくしたてる。

 余裕や平常心なんて言葉はどこかに置いてきてしまったようだ。


(しかしなるほど、手掛かりを他者から奪うなんて攻略方法もあるのか)


 この点についてはレイスは完全に失念していた。敵は妨害行為に喜びを感じる悪人(ローグ)か怪異ばかりと思っていたが、成果を手に入れる方法として襲撃を行うスタイルも存在するのだと驚かされた。

 それでも問答無用で撃って来なかっただけ、まだマシな人だとレイスは思った。


「いや、先に銃を下に置け!! 妙な事はするんじゃないぞ!! 本気だからな!!」


「わかった落ち着け。 リザ、アルミアさん、大人しく従おう」


「ふぅん? まぁ、いいですけど~」


「おい、レイス……こいつくらいなら」


「いいから、な?」


「チッ」


 へらっと口元に苦笑いを浮かべて、絶対に敵殺すモードに入りそうになっていたリザを説得する。

 さて、ここからどうするかはもうだいたいプランは出来ている。

 あとは実行するだけだ。



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