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『きさらぎ駅・4』

「あ~よかった~、やっと人に会えました。 あの~いきなりで申し訳ないんですけど、ログアウトのやり方をご存じないでしょうか~?」


 いまだ燃えるトンネルを背に、シスターはのんびりとした口調で首を傾げた。

 本当にいきなりで面食らったが、なんとか質問を飲み込んでレイスは頷いた。


「あ、はい……わかります、やり方。 えーと……、そうだ、リザはちょっと周りを警戒してて」


「ん、いいぜ」


 体を起こしたレイスは埃を払いながらリザに少し離れるように言う。ここからの会話はロールプレイを挟みながらだと難しい。ひとまずレイスもロールプレイの思考を切って、シスターの前に進み出た。


「さっきはありがとうございます、おかげで助かりました」


「いえいえ、困ったときはお互い様ですから~。 ああ、私はアルミアと申します」


「俺はレイスです。 あっちはリザ、二人でチームを組んでます。 それで、ログアウトの方法でしたっけ?」


「はい~、もう入って3時間になるんですけど、ちっとも攻略方法がわからなくて。 今で夕方の17時くらいになるでしょう? お夕飯の支度もしなければなりませんし、困っていたんです~」


 頬に手を当ててちょっと小首をかしげる仕草がとても様になっていた。これでアルミアにとっては素の行動なのだから凄い。


「いえ、今はまだ午後の14時ですね。 時間加速でステージ内の体感時間が長くなってますから」


 レイスはサイシーバーを起動させて、現実時間にアジャストされた時計アプリを開いて見せる。


「あら! それはよかったです~。 まだ14時なんですね~?」


「はい。 それでもログアウトされるならVRメットの強制終了でいけると思います。 ほら、耳の辺りの長押しで開くVR機器のメニュー画面で」


「ああ! これですか~。 ありがとうございますレイスくん~」


 言われたとおりに耳に手を当ててメニューを画面を確認したアルミアは安心したように笑みを浮かべる。しかしすぐに眉が下がり、考えるような表情になった。


「あ~、でもこれってゲームの回線をブチッてしちゃうやつですよね~?」


「言っちゃえばそうですね。 でも個々の事情ってのはありますから。 それにこの方法以外だと、本当にクリアするまで出られないので……」


 例えば対戦で負けそうになったから強制終了するなんて悪質な回線切りをするわけではない。そもそもこの『きさらぎ駅』の依頼書事態にも、どうしても駄目だったら回線を切断してもいいよとわざわざ書いていてくれるのだから遠慮する必要もないだろう。

 その辺の事を改めて説明しても、アルミアはまだ渋い顔のままだった。


「ん~、ログアウト出来ない事を知らなかった私の落ち度もありますけど~、そういう事情でもやっぱりブチッてするのは黒幕(マインドマスター)さんも悲しいと思うんですよ~」


「ほうほう」


「なので~、レイスくん達と一緒に攻略しちゃおうと思います! さもんち!です!」


「三人そろえば文殊の智恵をそんな風に略す人、初めて見ましたよ。 というかマジですか?」


「お~、よくわかりましたね~。 素晴らしいです、花丸100点」


 元気よくエイエイオーのポーズをするアルミアは感心したようにレイスを見る。対するレイスはリザに続いて厄介なプレイヤーと知り合ってしまったかもしれないと、なんとも言えない表情をしていた。


「同行は……うん、まぁ俺はいいんですけど、リザの方が少し事情がありましてね」


「差し支えなければ教えて頂いても~?」


 これを理由に断ってくれれば幸いと、レイスはリザも自分もロールプレイでこのゲームを楽しんでおり、それぞれ自身のアバターのキャラを演じている事を説明した。


 “リザ”は傍若無人な凄腕の掃除人(スイーパー)で、二丁拳銃をこよなく愛するガンマニア。報酬よりもスリルと冒険、そして何より超常現象を解決することに燃える根っからのヒーローだ。

 その彼女につき従う“レイス”は、この業界で活動を続ける妹を探す片手間、リザのブレイン役としてサポートをすることを決めた新人掃除人(スイーパー)。戦闘面では未熟だが、謎解きについては秀でた能力を有するサイドキック。


「という設定です」


「思ったよりレイスくんのキャラがペラペラですね~」


「余計なお世話です」


 そりゃあ、今日の午前中から始めたキャラ付けなので流石にリザと比べればまだまだ脇が甘い。

 何故だかレイスの語るキャラ設定を、アルミアは楽しそうに聞いていた。


「そんなわけで、同行するならアルミアさんにもロールをお願いする形になっちゃうんですけど……。 あ、別に何かゲーム用語を出しさえしなければ素のままでもまったく問題はないんですが……」


「はい、よ~くお話はわかりました~」


 ニコニコと笑うだけで反応が読めないシスターにどうしたものかとレイスが頭をかいていると、リザが戻ってきた。


「レイス、話は終わったか?」


「あ、えーとまだ少し……」


 レイスがアルミアの同行希望をどう説明するかと思考を巡らせたところで、スッと彼女が一歩前に出た。


「お初にお目にかかります、リザ・パラベラム。 私はシスター・アルミア。 ヴァチカンより派遣されました祓魔士(エクソシスト)の一人です。 ―――ああ、こちらでは掃除人(スイーパー)と呼ぶのでしたね? 同じ魔を狩る者として、この出会いはまさに神のお導きです。 もし、差し支えなければ、私もあなた方と使命を共にしたいと思いますが、如何でしょうか?」


 アルミアはスリットの入ったスカートを摘み上げ、儀礼的なお辞儀をそれはもう堂に入った所作で見せてきた。動きに連なってスラスラと述べられたセリフ運びに、レイスもリザも呆気にとられる。

 あっという間に目の前の人物がプレイヤーのアルミアさんから、聖銀のショットガンを持つヴァチカンの祓魔士(エクソシスト)、“シスター・アルミア”へと姿を変えたのだ。


「お、おお……。 べ、別にあたしの邪魔しなけりゃなんでもいーぜ? どうせもう、レイスがある事ない事いろいろしゃべったんだろ?」


「流石に冤罪だ。 ない事はちょっとしか喋ってない」


「しゃべってんじゃねーか」


 レイスとリザの様子にクスクスとアルミアは笑う。


「感謝いたします。 ―――ではここからはもうお仲間ですね~、リザちゃん~!」


 先ほどの真剣な声色はどこへやら、フワッフワの言動に舞い戻ったアルミアは、そのまま素早い身のこなしで小柄なリザをぬいぐるみのように抱きしめ、頭を撫で始めた。それはもう可愛がるように撫で始めた。完全に感情が迷子になったリザは、されるがままにレイスに訴える。


「おい、この尼さんは二重人格か? え?なに? 今、あたしの身に何が起きてるの? というか助けろ? レイスおい?」


「とりあえず、よしッ」


「よくねーわッ!!!てか離せ!!」


 レイスは暴れはじめたリザを優しい眼差しで眺めつつ、ひとまずチームへの参加申請をアルミアに送った。




※※※※※




「すみません~、犬を見ると衝動的に撫でたくなってしまう性分でして。 神に仕えながらお恥ずかしい~」


「ああ、そういう理由なら納得です。 8割がた豆柴で構成されてますからね」


「誰が豆柴だコラァッ!!!」


 三者三様の言葉を交わしながら、一行はトンネルの出口から続く線路を進む。

 ここまで来ると草原は森へと徐々に景色を変え、今は日の光すら遮断する鬱蒼とした並木の間を歩いている。変化に気付かなかったわけではないのだが、森への場面転換があまりにもスムーズで少し驚いている。ゲーム特有のステージ移動をこうも目立たなくやってのけるかと、舞台を整えた黒幕(マインドマスター)に感心するばかりだ。


 大股でズンズン先を歩くリザから少し退いた所で、レイスはこっそりアルミアに質問を投げかけた。


「あの、不躾な質問かもしれないんですけど、もしかしてアルミアさんってけっこう有名な俳優さんだったりしますか……?」


「あら、嬉しい事をおっしゃってくれますね~。 でも流石に違いますよ? 趣味の範囲でこういうのが得意なだけですから~」


「趣味の範囲って……」


 趣味どころではない。素人目に見ても彼女の演技(ロール)はあまりにも完成度が高く、堂に入っていた。それこそリアルでは有り得ないはずの人物が、自然とそこにいる事を受け入れてしまえるような説得力があった。

 ただリアルの話をこれ以上、突っ込んで聞くのはマナー違反だ。この辺りは妹からも口酸っぱく教えられている。レイスは質問を続ける事を諦め、話題を変えた。


「そうだ、そのシスター服とてもお似合いですね。 どこで手に入れたんですか?」


「もちろんデルタレッドホテルの衣装屋さんですよ~。 細かいデザインまでオーダーメイド出来るので、お金が貯まったら利用してみるといいと思います」


「おー、それはいいですね。 でも、なんでシスター服?」


「銃で戦うシスターってかっこよくないですか~?」


「その件につきましては、弊社、全面的に同意いたします」


「即答ですね~?」


 それが美人でスタイルも良ければなおさらだ。デルタレッドホテルの衣装デザイナーには感謝しなければならない。


 レイスは続けて他愛のない質問をアルミアに投げかけていった。

 アルミアは遠距離からグレネード砲撃でダメージを稼ぎつつ、ショットガンで一気にトドメを刺す奇襲スタイルを得意とするらしい。時々チームを組む事はあっても固定で遊ぶようなメンバーはおらず、基本的にはソロ活動をメインとしているようだ。スイーパーランクは13で、リザの一つ上。今回の『きさらぎ駅』はレイス達と同じく高額報酬狙いだったようだ。


「でも一筋縄ではいきませんね~。 お話した通り、この先に自動車が乗り捨てられているのを見つけたんですが、手掛かりらしいものは何もなくて~」


「安心しろアルミア、その辺はレイスの得意分野だ。 見てるこっちがいやらしいと思うくらいには重箱の隅をつつくからよ、何かは見つけてくれるはずだぜ」


「ほうほう~? レイスさんはいやらしい人なんですね~」


「言い方ッ!! いや、誤解ですから! 極めて一般市民ですから俺は!!」


「はァ? どこがだムッツリスケベ。 さっきからアルミアを横から、チラチラ見てんじゃねーか。 バレてねーとでも思ったか?」


「そそそそ、そんなことないわ!! というかやめろ! 話をすり替えんな!」


「あらあら、リアクションは正直ですね~」


 ―――話を戻して、怪談に語られる『きさらぎ駅』は(くだん)の“はすみ”が最寄駅まで送ると乗せてくれた車の運転手が、徐々に豹変するのを目の当たりにして逃げようとするところで消息不明になるラストらしい。つまり、アルミアが見つけた自動車は怪談のストーリー上から考えれば、かなり重要なファクターを担っている事は間違いない。果たしてリザの期待通りのものが見つけられるか……。

 いや、見つけなければアルミアのように3時間の徘徊コースに成りかねない。


(ともあれ、気合入れていかないと……)


 AK-12をしっかりと抱えなおし、レイスは線路を歩む足に力を込めた。



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