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『きさらぎ駅・1』

「というわけで、お金がないので高額の依頼を所望しますチェシャさん」


「レっちゃんってゲームで一定額の所持金が無いと不安になるタイプにゃ?」


 デルタレッドホテルの地下にある掃除人(スイーパー)達の癒しの空間、【BAR(バー)ARTEMIS(アルテミス)】のカウンターでバーテンダーを務める猫耳フードの少女こと、チェシャは呆れたようにレイスに飲み物を差し出した。


「もっと言うと装備とアイテムをその街の最強を揃えないと、次に進まないタイプですね」


「性格丸出しだにゃあ……」


 隣に座るリザも眉をへの字に曲げながら、レイスをジト目で見据える。


「そうなんだよチェシャ。あたしは必要ないって言ったのに、こいつどんどんオカルト道具を買うんだぜ?探索の邪魔になるだろ、あんな装置」


「何を言う、あれは必要だろう?霊障をノイズで知らせてくれる携帯ラジオだぞ?それに消された痕跡を追えるブラックライト、室内の気温を検知できる温度計、怪異を見つける手掛かりになる動体&電磁波測定器、それに集音マイクも必ず使う場面は出てくるはずだ。鉱山カナリアやマウスの入ったボトルに手を出さなかっただけでもマシだろう」


 武器にこだわるのがリザなら、こういったお助けツールにこだわるのがレイスだった。

 初期装備のリュックには道具が入りきらなかったので、わざわざ大きめのリュックに買い替え、ベルトやチェストリグも新調してまとめて持てるようにするくらいには本気だった。おかげでレイスの見た目は、怪しげな装置をぶら下げた科学系ゴーストハンターのような格好に変貌してしまっている。


「うわぁ、掃除人(スイーパー)探査道具フルセットだにゃあ……。けっこうな値段だったんじゃにゃいかにゃ?」


「全財産は軽く飛んだので、今日からリザ様が俺のご主人様です」


「ご主人様だぜ」


「既に借金を抱えていたにゃッ!!しかも返済できない額を覚悟したやつにゃッ!!!」


 そういう理由で、最初の話に立ち戻る。

 レイスはとにかく、リザへの借金を返すために金が必要だった。


「えぇ~……まぁ、いいけどにゃあ……。ん~~、高額報酬なら、前と同じスイーパーランクでこういうのなんかどうにゃ?」


 そう言うと、チェシャは例のファイルを取り出してページを開いた。

 依頼内容の用紙と、それに連なる資料や写真がファイリングされているが、どうにもその量が前回より少ない。


「なになに?―――『“きさらぎ駅”』?」


 目的地の写真はピンボケに加えて、謎の赤い光が入っていて非常に見えづらかったが、どうやら古びた無人駅のようだ。


「―――げっ!」


 リザが驚いたように声を上げた。

 そうやら彼女には耳なじみのある名称のようだ。


「きさらぎ駅を知ってるのか?リザ」


「ん、まぁな……。そこの説明に書いてある通り、この世とは別のどこかにある正体不明の異界駅だ。人間が迷い込んで消息を絶つなんて話をよく聞く。どんな事が起こっても不思議じゃない危険地帯だ」


「その通りにゃ。細かいことはこちらで手配して二人をこのきさらぎ駅のある異界へ送るにゃ、そこで調査を進めて無事帰還してほしいにゃ」


「さらっと今すごいこと言いましたね」


 正体不明の異界にピンポイントで送り込めるってどういう技術だ。

 レイスはデルタレッドホテルの謎がさらに深まった気がした。


「レイス、調査の内容は?」


「え?ああ、そのきさらぎ駅で行方不明になった“はすみ”って人の痕跡を探す事だとさ」


 依頼内容が書かれた用紙を指でなぞりながらレイスはリザに答える。

 性別が女性ということ以外には何もプロフィールは書いていないが、とにかく誰かの証言でも残された遺品でも写真でもいいから持ち帰ればいいようだ。


 つまり、クリア条件は“はすみ”にまつわる情報を所持しての帰還(・・)……という事になる。

 何かを倒せという内容でない事に、レイスは一抹の不安を覚えた。


「報酬は30万ドルセントで、ん?これなんだ……?」


 用紙には見慣れない赤文字の警告文が入っていた。


「以下の内容に同意した場合のみ、依頼を受領すること……」


 曰く、このステージでは“ゲーム内時間の加速”が行われるそうだ。

 基本的にダークスイーパー・オンライン内での時間経過は現実と同じだが、どうやら『きさらぎ駅』のフィールドでは現実時間の1時間で、3時間が経過するようだ。

 これだけならば、よほど探索する範囲が広いんだろうなというだけで終わる話なのだが……。


「リタイア不可のため、緊急時のみ強制ログアウトを使用してください……。なおそれに伴う機器の不具合等には一切の責任を負いません……?」


「にゃ、送り込めはするにゃけど、出る方法はそっちで探すしかないってことにゃ。前のリザみたいに途中で車に乗って帰ってくることは出来ないにゃ」


 ステージをクリアするまで、途中で逃げることは許されない。

 そのための時間もこの通り用意したからせいぜい頑張ってくれ、という黒幕(マインドマスター)からのありがたいメッセージな訳だ。


「それにこのきさらぎ駅は時空も空間も歪んでいるにゃ。なんなら同じ依頼を受けて戻らなかった別の掃除人(スイーパー)達に遭遇するかもしれないにゃ。相手が正気なら、協力する余地もあるかもしれないにゃけど……、場合によっては撃ち合いになるかもしれないにゃ。気を付けるにゃ」


「新情報のラッシュで頭が痛くなりそうだ……」


 チェシャの言葉をゲームに変換すると、このステージはパーティを組んでない他の掃除人(スイーパー)と遭遇する場合がある、共有地帯(シェアフィールド)という事だ。

 パーティ同士なら弾が当たってもダメージは発生しないが、これらの相手に対しては普通に攻撃が可能なのだろう。プレイヤーVSプレイヤーが発生する可能性があるという、なんとも不穏な話だ。


「で、どうするんだレイス?あたしは別にその条件でも構わないぜ」


「そうか?リザがいいなら、俺も異論はないよ」


 リザの同意も得られたのなら遠慮する必要はない。

 レイスはチェシャに依頼の用紙を差し出した。


「では『きさらぎ駅』の依頼、リザ・パラベラムとレイスのチームで請け負います」


「にゃ、了解にゃ。……そろそろレっちゃんもパラベラムみたいな名前を考えたらどうにゃ?」


「ドンタコスとか?」


「途端に愉快なバカコンビになるだろうが、やめろ。つか、どっから出てきたんだよドンタコス」


 レイス・ドンタコスは不評だったようだ。

 

 【実行】の判を押されたのを確認し、リザとレイスは新装備を携えて、再びホテルの外の闇の中へと繰り出した。



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