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“ウェポンディーラー”

 ―――デルタレッドホテルの一角にある武器専門店『ナイトアーモリー』に二人の掃除人(スイーパー)の姿があった。


 1人は金髪のショートカットに切れ長の目、女子であれば思わず振り向き、男子であってもそのオーラに気圧されるイケメンフェイスを持つ美少女。ダボついたコートに学生服めいたカーディガンとスカート姿なのだが、その身体のあちこちにミリタリーポーチを下げ、両方の太ももには軍用ホルスターを身に着けている。


 対するもう一人は、くしゃくしゃのクセ毛で目元も少し隠れる赤髪の青年。どこか気だるげな印象を与えるタレ目にシュッとした顔立ちだが、隣の少女には流石に負ける。前を閉じれば口元を覆うようなミリタリーパーカーにズボン姿というシンプルな出で立ちだが、隣の少女と同様に肩から下げるチェストリグや弾倉ポーチを装備していた。


「ようこそ『ナイトアーモリー』へ……。わたくしは当店の“ウェポンディーラー”を務めます、ジョナサンと申します」


 カウンターの向こうから二人を出迎えた燕尾服の老紳士はゆるりと一礼した。

 その柔らかな雰囲気に反して、高級テーラーのような木の温もりを感じる内装の壁という壁には、膨大な銃器やガンパーツが並べられており、ガラスケースの中には物騒なナイフや刀剣、リモコン爆弾までディスプレイされている。誰が使うのか逆に聞きたい大型のチェーンソーや四連装ロケットランチャーなどもピカピカの状態で置いてあり、赤髪の青年―――レイスはただ呆気にとられるしかなかった。


「……リザ、デルタレッドホテルはいつ第三次世界大戦を始めるんだ?」


「今の所、娘を誘拐された筋骨隆々のマッチョの掃除人(スイーパー)は見てないな。当分、先じゃない?」


 レイスとリザは『悪霊の家』の仕事を終え、少しの休憩を挟んだ後に再び合流していた。

 得られた報酬で新しい武器を手に入れるために、このゲーム唯一の武器屋である『ナイトアーモリー』を訪れている。レイスとしては武器より先にアイテムやツールを整えたかったが「初任給は武器に限る」と主張するリザに引っ張られて連れて来られた形だ。


「えっと……初めまして、俺はレイスです」


「あたしはもう何回も来てるから別にいいよな?ジョン先生?」


「ジョン先生?」


「ほっほっほ、リザ様に少し銃の撃ち方をレクチャーしただけで、大した事はしていませんよ」


 それはかなり大したことだと思う。いまだ他のプレイヤーと行動を共にする機会はないが、それを差し引いてもリザの射撃スキルは一線を画しているとわかる。その師匠となる人物とは……。


 歳を感じさせる白髪のオールバックを撫でつけ、にこやかに答えるジョナサン。外見で言えば70代くらいだろうか?人生経験を感じさせる深く刻まれたシワに、愛嬌のある口ひげが特徴的だ。

 どこかシェパード犬を思わせるような、お茶目さと力強さのある雰囲気をジョナサンは纏っていた。

 老いてはいるが、彼は圧倒的な強者だ―――。リザが先生と呼ぶのも納得できる。


「さ、レイス様。本日はどのような武器をお求めですかな?」


 どうすればいい?という意味を込めてレイスはリザに視線を送る。


「もちろん自分の好きな銃だろ。無かったら欲しい性能とか、予算で聞けばいいぜ」


「……なるほど」


 好きな銃、と言われても中々に難しい質問だった。

 レイスが好むフィクション作品の武器はどれも使い手の腕に依存する物が多い。ここはやはり、使いやすさを重視すべきだろうと判断した。


「じゃあ、ジョナサンさん。予算は10万ドルセント前後で、汎用性が高くて正確で使いやすい物はありますか?」


「フムフム、汎用性が高く……正確で使いやすいでございますか。銃種は問いませんね?」


「はい、いくつか候補を見せて頂ければ」


「かしこまりました」


 ジョナサンの手つきは迷う事無く壁の銃へと延びる。

 彼の中では今の二言(ふたこと)三言(みこと)でもう答えが決まったようだ。


「レイス様はリザ様と同行される機会が多いでしょう。おっしゃる通り、近距離戦闘がメインのリザ様を後方から正確に支援できるピッタリの品がございます」


 用途の目的が完全にバレている。

 思わぬ不意打ちに「えっ!?あ、はい」と曖昧に返事をするとニヤついたリザが横から肘で突いてきた。気恥ずかしいのでやめてほしい。


 ジョナサンはディスプレイから一丁のアサルトライフルを丁寧に両手で持って運んできた。

 黒一色の外観に、銃身にはアタッチメントを取りつけるレールが上下に配置されている。M4A1のSOPMODのような機能性と拡張性に加えて、後方の肩に当てるストックは伸縮調整と折り畳みが可能なようだ。

 ただ全体的な銃の形には見覚えがあった。


「これはAK?」


「よく御存じですね。ロシア製AKシリーズ第五世代に相当します【AK-12】―――そのプロトモデルでございます」


ジョナサンから持ってみるように促されたので、レイスはAK-12を手に取って構えてみる。グリップは手の形に沿うような形状でとても握り込みやすい。銃本体から少し下にズレた位置にあるストックのおかげで、構えた時にサイト部分が目の高さにピッタリと合う。カッチリと詰められた、安定性のある持ち感だ。

 使っていたM4A1よりは少し重いが、重心が取れているので気になる程ではない。むしろ射撃時はこの重さが照準コントロールに貢献してくれるだろう。


「こちらは通常モデルと違って、セレクターが親指で操作できる位置に配置されております。グリップから手を離さずに射撃モードの素早い切り替えが可能です。モードはセミオートとフルオート、そして3点バーストの3種類。状況に応じた最適な攻撃行動が期待できます」


 銃を構えから降ろし、ステータスをウィンドウで表示する。

 名称はそのまま【AK-12“プロト”】。初期装備のM4A1と比べればほぼ上位互換と言っていい性能を持っていた。もっとも、このゲームは初期の装備でも強力な装備でも、最大まで強化を重ねると両者のステータスはほぼ誤差くらいになるらしい。お気に入りの銃を最後まで使い続けられる良心的な設計だ。

 ただ、強化の方は手間と時間が掛かるようなので順当に武器を更新していく人の方が多いとか。レイスもどちらかと言えばこちらの派閥になりそうだと思った。


「銃弾は5.56mmNATO弾の30発。他には90発入りのドラムマガジンなども装着出来ます。上下のピカニティレールに取り付けるパーツで、レイス様のさまざまな需要にお応えできるかと存じます」


「はは、ずる賢くアレコレ考えるレイスにはいいんじゃないか?カスタマイズで一晩は悩みそうだけどな」


「いや、三日はかかるな」


「悩みすぎだろ」


 もっとも、今の手持ちには銃のオプションパーツ類はない。こちらもお金を掛けておいおい整えていかなければならないだろう。パーツは手に入れればだいたいの銃器には使い回せるので、買って損をすることはない。


「では続いてのオススメですが、こちらなど如何でしょうか?【SCAR-L】というモデルでして―――」


 ジョナサンはそれから二つ、三つ程アサルトライフルやライトマシンガンを紹介してくれた。レイスは一つ一つ、しっかりと手にとっては感触を確かめ、その性能と説明に耳を傾ける。予算と想定される戦況を鑑み、じっくりと銃を選別していった。


「……では、やはり最初に紹介してもらった【AK-12“プロト”】をお願い致します」


「ええ、それを選ばれると信じておりました。ありがとうございます、レイス様。それでは、お持ちのM4A1と交換致しますか?それとも、二丁とも装備されていかれますか?」


「いや、こっちは事務所まで送っておいてもらえますか?」


「はい、かしこまりました」


 レイスはテーブルの上に置かれたAK-12を受けとり、代わりに肩に背負っていたM4A1を差し出した。


 このゲーム、他の銃撃ゲームと違ってメイン武器(プライマリー)サブ武器(セカンダリー)の二枠に収まらず“持てるだけ”武器を持つことが出来る。ただし、見えない道具入れ(インベントリ)という物は存在しないので、武装は持った分だけ身に着ける事になり、屋内などの閉所ではひたすら邪魔になるし、屋外のステージではこれでもかと目立つのであまり推奨はされていない。


 裏を返すと“持てる限り”は所持アイテムの制限はないので、依頼内容に合った最適な武器と最適な所持品、それを必要な量だけしっかり持てる防具やリュックの取捨選択が重要になってくるそうだ。

 それでも、稀に背中にライトマシンガンとロケットランチャー、ショットガンを腰から二丁吊るして手にはフルオプションのアサルトライフルを持つという、ガチガチの重武装プレイヤーなんかも居たりはするらしい。武器や装備の重量は、身に着けてる分だけそのままガッツリ乗って来るので、動けはするがまず走れないだろう。

 ちなみにリザはとても潔く、M93Rの弾倉を体中に身に着け、あとは回復アイテムとちょっとした爆弾を肩掛けリュックに入れているだけの超軽装だ。銃種が増えればそれだけ身に付けなければならない弾倉の種類も増えるので、武器を一丁に絞っているリザの装備は正解の一つと言える。


「うん、いい感じだ」


 スリングを付け替えて弾倉を装填したAK-12を肩に背負い、振り返って眺めてはレイスは満足げに頷く。新しい武器はやはりテンションが上がる。

 お値段は9万5000ドルセント。ジョナサンがかなりおまけしてくれた。


「ジョン先生!あたしのはどうなった!もう出来てる頃だろ!」


「はい、仕上がっておりますよリザ様。ウチのガンスミスが腕によりをかけました」


「やった!!じゃあ、こいつは返すぜ」


 リザは太もものホルスターに差していた二丁のM93Rをゴトッとカウンターに置く。

 受け取ったジョナサンは、スライドを引いたりして状態を確かめると、微笑みを一つ浮かべて裏へと下がっていった。


「どういう事だ?それ、メインの武器じゃなかったのか?」


「こっちはレンタルだ。あたしの愛銃は強化に出してたんだよ。ああ、でも同じM93Rだぜ?」


「代替品であそこまで暴れ回ってたのか……」


 ウキウキした様子でリザははにかんでいる。まるで新しい玩具を待つ子供のようだ。

 程なくして、黒いプレートに乗った二丁の拳銃を持ってジョナサンが現れた。


「お待たせいたしましたリザ様。こちらが強化第三段階―――【M93R“ブレイクエッジ”】で御座います」


 そう名付けられたM93Rは、まるでサムライが持つ刀剣のような鋭い雰囲気を纏っていた。

 

 全体的なカラーは深い漆黒、ただしフレームから覗く円柱状のバレルは、磨き抜かれた刃のように銀色に輝いている。下部にあったグリップは取り除かれ、代わりにパーツを取り付けるレール部分が増設されていた。銃口には、バランスよく火炎を分散させるよういくつも空洞が設けられた箱型の反動抑制機(コンペンセイター)が装備され、木製グリップのシックな色彩と合わせて完成されたデザインを見せている。


 各部に関しても吟味されたパーツ交換が行われており、射撃モードのセレクターが指を掛けやすいように少し延長していたり、弾の雷管を叩くハンマーが大きく穴の開いたスケルトン仕様に変わっていたりとこだわりが凄い。

 一目で中級か上級の強化形態だとわかる姿だった。


「ホルスターからすぐに引き抜けるよう、パーツを噛み合わせつつも流線型を崩さないスタイルに仕上げております。フレームの素材も一新いたしまして、向上した連射速度にも十全に耐えられる剛性を備えました。またさらに……」


 そう言うとジョナサンは1発の弾頭が赤い拳銃弾を見せてきた。

 眉をクイッと得意げに上げながら、左手に持っていた小さなリボルバーに流れるような所作で装填し、背後にあったマネキンに向ける。

 パーンッ!と軽い射撃音とは裏腹に、マネキンに命中した弾丸は瞬時に炎をまき散らした。大きな炎ではないが、ダメージと共に敵を燃焼させるには十分すぎる威力だ。


「こちらの【火葬弾】が使用可能になりました。獣毛や生身のある怪物には絶大な効果を発揮するでしょう。ぜひ、お役立て下さい」


 ポカンと口を開けたリザとレイスを見て、イタズラ大成功だと言わんばかりの微笑みをジョナサンは浮かべていた。


「すっげぇ!!今の見たかレイス!燃える弾丸だ!!」


「あ、ああ、見た。拳銃弾で撃っていいパワーじゃなかったぞ……、あとテンション上がるのはわかるが叩くなリザ、やめろ」


 バッシバシと背中をリザに叩かれながら、レイスは率直に感想を漏らす。

 これで第三段階というのだから、強化の最終段階にはどうなっているのか気になる所だ。


「銃一丁を強化していくのも面白いかもしれないな……」


「お、いいと思うぞ!全財産オールインは楽しいぜ!」


「おう、今ので諦める決意が出来たわ」


 時間と金の掛り方が予想よりも次元の彼方だった。

 今後はリザの散財に気を配っておこうとレイスは思った。

 

 リザはブレイクエッジを手に取ると、構える感覚を確かめたり、ホルスターから素早く抜く動作を繰り返したりして手に馴染ませていく。

 そう時間を掛けずリザは満足したのか、手の中でクルクルとブレイクエッジを回して両もものホルスターにスチャッと納めた。


「パーフェクトだ、ジョン先生」


「感謝の極み」


「……それ、毎回やってるの?」


 あまりにも阿吽の呼吸で繰り広げられたやり取りに、思わずレイスはツッコミを入れた。

 ほぼ間違いなく、これ毎回やっていると思われる。


 武器の更新も終わり、あとは消耗品をいくつか購入した二人はそのまま店を出た。

 まだまだ身に着けるアーマー類やガジェット関係のショップまで、巡る所は目白押しだ。


「これは……金が秒速で溶けるな……」


 改めて、次の依頼はなるべく高額の物を狙おうと、レイスは痛い頭に手を添えるのだった。


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