『悪霊の家・終幕』
―――デイライトクリア。
通称は“夜明けエンド”とも呼ばれるもので、黒幕が設定した道順通りにステージをクリアすると見る事が出来る特殊演出だ。
長い長い恐怖の夜が終わり、息をするのも忘れる程に美しい日の出を迎えた掃除人は誰しも、その光景に心奪われるそうだ。通常ルートではバンに乗って暗い夜道をそのまま帰ると考えると、如何にデイライトクリアが特別な物かよくわかるだろう。
ゆえに黒幕は自作ステージのグッドエンドやトゥルーエンドとする、通常ではなかなか辿り着くのが難しいルートにデイライトクリアを設定する事が多いらしい。
中にはもっとも過酷な選択をしてクリアしたパターンに、デイライトクリアを置く捻くれた黒幕もいるそうだ。
「そして、スイーパーランクのポイントに大幅な加算が加えられるにゃあ」
「うわ、一気にスイーパーランク5ですか!」
会員証を返されたレイスは、書かれていた数字に驚いた。
さらに言えば、デイライトクリアに必要なアイテムも持ち帰ると高額で売却できるので、報酬としてもかなり美味しくなるようだ。現にレイスは報酬の12万ドルセントに『ウォルター・コービットの手記』の売却価格、10万ドルセントが入っている。
「にゃ、それだけの実績はあるにゃ。いやはやしかし……ホントによくやってくれたにゃあ、レっちゃん」
【ARTEMIS】のカウンター席に座るレイスは、向かい合うチェシャのしみじみとした表情に曖昧な返事を返す。
「もしかしなくてもそれ、リザのことですよね?」
「そうにゃ、あれであの子はけっこう苦労してたからにゃあ。まぁ、根本的にリザっちが悪いんにゃけど……」
聞けば、スイーパーランク1のド初心者の時から凄腕掃除人“リザ・パラベラム”のスタンスを崩さなかったそうだ。依頼と合わせて同行者の仲介もチェシャは行っていたそうだが、その誰もが彼女のロールプレイに辟易して去って行ったらしい。
「無礼を承知でお聞きしますけど、チェシャさんってNPCじゃなくてプレイヤーですよね?」
「にゃっはは、あんまり軽く明かしちゃいけないんにゃけど、正解にゃ。いつも弊社のゲームをプレイ頂き、ありがとうございますにゃ。でもどうしてわかったにゃ?」
「ああ、それでも運営側の方でしたか……。いや、あまりにもリザに肩入れしていたので、公平性を重視するNPCにしては不自然だなと。あとはさっきの鎌掛けに答えてくれるまで、確信はありませんでした」
「あんな自信満々に言ってたのにかにゃ!?……け、けっこうポーカーフェイス強いにゃ、レっちゃん」
ちなみに今、この場にはリザはいない。『悪霊の家』をクリアして【ARTEMIS】に戻ってきた後、報酬を受け取ると「事務所に帰る」と言って早々にログアウトしてしまったのだ。
リザがいなければロールプレイもする必要はない。レイスは素のままで、こうしてチェシャと話し込んでいる。
「となると、これも想像ですけど―――」
一拍おいて、レイスはじっとチェシャの目を見据える。
「チェシャさんって迷惑プレイヤーになりかかってる人とか、一般プレイヤーに悪い影響を及ぼしそうな人を監視する役目とかやってませんか?ぶっちゃけて言うと、そういう人達にアドバイスしたり、周りと摩擦を生まないよう手を回したり、更生の手助けしてますよね?」
NPCではない事に加えて運営側が制御しているというなら、この想像はほぼ確信と言ってもいい。
『悪霊の家』から戻った時、レイスはサイシーバーで現実のネットに繋ぎ、いろいろと情報を確かめていたのだが“リザ・パラベラム”というプレイヤーはほぼ無名と言っていいほどに話題に上がっていなかった事に違和感を覚えた。
少し前の掲示板ログに「こんな変なのいたぜ」という報告があっただけで、それ以降は影も形も無い。自分で言うのもなんだが、イケメン美少女であそこまでキャラが濃く、しかもえげつない戦闘力を持つリザがここまで名前が知られていないというのは変だ。
そこに加えて決定的だったのが、他サーバーの【ARTEMIS】では、物腰柔らかい巨乳のお姉さんNPCがバーテンを務めているという情報だ。
もちろん、外見が異なるバーテンNPCは他にも確認できたが、その行動や言動はパターンにはまっており、チェシャのような柔軟さを持ったNPC達の話はごく僅かだった。
「チェシャさん達、運営のいる【ARTEMIS】って、そういうプレイヤーを迷惑にならないくらいの優……いや、良プレイヤーに育てるための隔離サーバーなんじゃないですか?」
リザの知名度が低い理由もそれなら頷ける。
バーに人が少ないのも、隔離サーバーに連れてくる一般プレイヤーを運営側が絞り込んでいるからだろう。
『ダークスイーパー・オンライン』も発売されてからそれなりに時間が経つ。
発売当初から今に至るまで、報告が挙げられた迷惑騒動はけして少なくはない。ゲームジャンルがジャンルだけあって、やはりニッチな趣味の人種が多かったようで、起こった問題も「うわぁ」という感想しか出てこない類のものがけっこうな数だった。
ただ、そういった騒動もある日のサーバーメンテナンスを境に徐々に沈静化され、今は目立った話も無く、有名な黒幕のステージの攻略やシナリオの感想が飛び交っているだけだ。
状況だけ見て筋の通った説明をするなら、これが一番近いのではないかとレイスは考えていた。
「………」
「もちろん証拠なんて無いので全部、勝手な妄想ですけどね」
「………。 仮にそうだとして……レっちゃんは何を望むのかにゃ?黙ってそんなサーバーに入れられて迷惑だから変えろとかにゃ?それともバラされたくなければ、チェシャさんのスリーサイズを教えろとかにゃ?」
「別に気になる程の体型してませんから安心してください」
「今のでチェシャさんの好感度-1800にゃ」
「減り幅やばいなッ!!じゃ、じゃなくて!ホントに別にどうこうしようってつもりはないんですよ!単純に答え合わせがしたかっただけです!」
「本当かにゃあ……?性格悪いレっちゃんなら強請るくらいはやりそうだけどにゃあ……」
「うわ、マジでめちゃめちゃ好感度下がってる!!逆ですよ!チェシャさんには感謝してるんです!」
「感謝にゃ?」
「リザを紹介してくれてありがとうございます。おかげで、このゲーム楽しくプレイできそうです」
屈託のないレイスの言葉に、チェシャは驚いたように目を見開いた。
「ロールプレイが独特なだけで、リザ本人はすごいいいやつでしたし。なんだか本当に俺も物語の登場人物の一人になったみたいで新鮮でした」
他のロールプレイヤーがどうかまではレイスにはわからない事だったが、少なくともリザは自分一人の世界を主張し続けるだけではなく、彼女の世界に登場した“レイス”というキャラクターをちゃんと尊重してくれた。
押し付けず、絡めて、より設定を広げてくれたからこそ、レイスも自分のキャラクターを盛り上げる事ができたのだ。彼女との打てば響くような掛け合いは、今思い返しても笑みが漏れるほど楽しかった。
「これからも“リザ・パラベラム”の冒険を間近で見ていきたいと思っています。なので、本当に隔離サーバーだったら、もうしばらく俺もここに置いてほしいというお願いが、言いたかったことなんです……」
頬をかきながら少し照れたように話すレイスに、チェシャは「にゃっはっは!」と盛大に笑い声を上げた。
「いやいや、ここまで面白い感じになるとは、このチェシャさんの目を持ってしてもわからなかったにゃあ……。もちろんにゃ!リザっちのいい相棒としてこれからもがんばってほしいにゃ!」
「まだ相棒(暫定)みたいですけどね」
レイスはサイシーバーのフレンド一覧に載った唯一の名前を眺めながら苦笑した。
こんな風にワクワクするのはいつ以来だろうか?妹が夢中になるのも、悔しいかな少しわかってしまった。
「ついでにまだ紹介したい問題児がいるんにゃけど、どうにゃ?」
「ここぞとばかりに押し付けてきましたね?」
タネがバレた以上は運営側に巻き込んでやろうという魂胆が丸見えだった。
だがまぁ、チェシャの好感度は上がった気がした。