エピローグ
そこで意識が途切れる。
次に目を開けたのは、試合場の発した光に包まれ、死闘の痕跡が体から消えた時だった。
会場は水を打ったように静まり返っていた。
地下に掘り下げられた試合場からは、こちらを見下ろして唖然としている観客たちの姿がよく分かる。
「……!」
そしてその中に響く、たった一つの拍手。
私達の正面。試合場を真近で見下ろせる特等席。
国王陛下その人が、そこでスタンディングオベーションを送っていた。
それが徐々に辺りに広がっていく時のあの音は、恐らく私の耳から一生離れることはないだろう。
それから数年後の今、私はまたこの場所にいる。
あの日と同じ控室を使えるのは、何の因果だろうか。
「はい、どうぞ」
ノックに応じると、扉の向こうに一人の若く美しい淑女が姿を現した。
「お久しぶりです。……お姉様」
少しはにかんで、彼女=ミーアは頭を下げた。
ローゼンタール家が主導した改革――という名のクーデターが起きたのは、大会の少し後の事だった。
軍部が呼応し、王家自らが鎮撫に乗り出すことでようやく平定した――最初からその筋書きだったと言われている――この騒乱は、この国のあり方をがらりと変えた。
貴族は死んだ。
名目上は今でも爵位は残っており、その家柄を理由に官職を得ている者もまだ存在する。だが、それまでの種々の特権はクーデター政権と、その後樹立された現政権によって廃止され、領地返還令によってそれまで名目上王家から預かっていたそれぞれの領地をすべて失う事になった。
今や貴族に残っている収入源と言えば、家業を持つ者、官職にある者を別にすれば、懐柔の為に用意されたと言われている年金をおいて他になかった。
当然、反発は少なくなかった。
だが、所詮人口の数パーセント、それも過半数は名ばかりの存在だった貴族と、王家、平民、軍の大部分が支持したクーデター政権とでは、端から勝負になどならない。何しろ首謀者のローゼンタール家が真っ先に処分対象として自分達を選んだのだ。他の貴族が何を言おうと虚しいだけだ。
こうして、一部の者達が静かな老後を監獄や断頭台と交換した事で、時代は変わっていった。
――その中にベニントン家も含まれていたという話を聞いたが、真偽のほどは分からない。他の反乱貴族への資金援助を行っていたとも、その話自体が怨恨か、或いは財産目当ての陰謀だとも言われているが、実際の所は恐らく永遠に分からないだろう。
そして、それにより変わったのは私達の暮らしも同じだ。
ミーアはその中ではほとんどなにも変わらなかったが、それ以外には様々だった。
ある者は自ら大学の狭き門をくぐって学究の道に進み、またある者は家業の興行試合において今や若き花形となった。
そして我が家においてもそれは例外ではない。
アリスはあの翌年カシアス女学園に入学、今は国立大学に進み、レティシアの師である人物の元で青少年の健全な育成のための武道教育について研究をしている。
彼女自身、その効用を身を持って証明するような淑女になったのだ。きっと大成するだろう。
そして、私。
今こうして控室で、招待したミーアを迎えている。
「ここに来るのも久しぶりですね」
「ええ。本当に。もしかしたら、運営側が取り計らってくれたのかもしれないわね」
今から十数分後、私はあの日と同じ試合場で、女子格闘技四団体統一王者決定戦決勝を戦う。
クーデター以降、格闘興行は大いに隆盛した。
元々のお国柄もあって、今では国民の娯楽として広く受け入れられている。
ユーリアやカレンも、地元では指導者として活躍していると聞いた。入門者もひっきりなしだそうだ。
その中でも全国規模に拡大した団体、その一つに私は所属している。
「……本当によろしかったのですか?試合前ですのに」
「ええ。構わないわ。今回は、道着無しでも」
あの日一緒にウォームアップしたことを思い出して笑い合い、それから取り留めもない話に花を咲かせる。
「失礼します。間もなくお時間です。ご準備を」
「はい」
呼び出しに現れたスタッフが、それに区切りをつけた。
「それでは、あの時と同じ席で応援しております」
「ありがとう。期待していてね」
私の言葉に彼女が返したのは、あの日私が示したのと同じサムアップだった。
「さぁて、行きましょうか」
パチンと頬を叩く。
ミーアとの会話で充分気持ちも落ち着いた。
控室から出て、あの日と同じ花道へ向かう。
「……ヒーローになりに!」
観客席は満員だ。
あの日と同じ試合場。先に来て待っているのは、あの日と同じ相手。
「さあ、両選手出揃いました!!」
会場に司会者の声が響き、応じるようにわっと歓声が上がる。
――子供の頃の疑問に、今なら応えられる気がする。
ヒーローは消えない。見えなくなってもどこかで元気にやっている。
きっと、どこかで。
「それでは、これより第一回、女子格闘技四団体統一王者、レディ・フィスト決定戦を開始いたします!!」
(おわり)
ここまでご覧頂いた方、ありがとうございました。
レディ・フィスト-格闘令嬢-これにて完結となります!
「悪役令嬢の没落回避手段がガチガチの格闘戦だったら面白くない?」という、寝不足の時に特有の発想で突っ走った本作、至らぬところばかりですが、もしお楽しみいただけたのでしたら幸いです。
今回初めて最終回まで毎日投稿を実現する事が出来たのは、ひとえにご感想くださいました皆様、そして暖かく見守ってくださった皆様のお蔭です。最後までお付き合いいただき本当にありがとうございました!
また次回があれば、温かく見守って頂ければと存じます。
それでは改めて、最後まで本当にありがとうございました!