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決勝16

 楽しい――奇しくも先程私が立ち上がってすぐ口にしたのと同じ言葉を、彼女もまた発した。

 正直に言って驚いた。私の「波動突き」を受けてまだ立つ。女子相手では初めての経験だ。


 私の習ってきた技、その中のあらゆる突きの中で最大の威力を発揮するそれ。関節の柔軟性を最大に活かすことで得られる極めて重い独特の突き。それを受けて倒れなかったのは、師匠と共に修行した兄上だけだ。


 「フ、フフ……」

 自然と笑いが漏れる。

 驚いたのと同時に、それ以上の興奮が全身を支配している。


 (兄上、父上。不躾な私をお許しください)

 きっと何らかのお考えの上で私に今回の大会への出場を命じたのだろう。

 私もローゼンタールの家の一員だ。勿論それを誇りに思うし、それに恥じないよう振る舞うように心掛けてきた。


 だが、今回は違う。

 例えその二人によって制止されようと、今の私は逆らうだろう。

 私は、ただ私の為に、私自身の内なる声の為にやりたい。


 戦いたい。最後まで、彼女と。




※   ※   ※




 全身をピリピリとした緊張感が包み込む。一瞬でも気を抜けば再び寝かされる――多分、次は立てない。

 そのギリギリの緊張が、しかし凄まじい興奮となって全身の血を熱している。


 緩んでいたのだろうバレッタが外れ、長い金色が背中に落ちた。

 それを感覚で感じながら、意識はそちらに向けずに奴と対峙する。なめくじの這うようにゆっくりと、しかし最大限引き絞った弓のように毛ほどの隙なく張りつめて。


 「……」

 私が這う。

 奴も這う。

 互いの間にある空間が少しずつ両者の足で削れていく。


 私が一歩。奴も一歩。

 私が半歩。奴も半歩。

 縮まっていくその距離に反比例して、神経が研ぎ澄まされていく。


 「……」

 「……」

 更に一歩。

 紙一枚入るか否かというぐらい僅かにあげた踵が、一瞬だけ床に触れ、すぐにまた紙一重だけ浮き上がる。

 「ッ!!」

 それが合図だ。

 私は一歩踏み込むと同時に牽制の左を放つ。

 「ッ!」

 僅かに後退して躱した奴に更に追撃。右、左、右――四度の拳は空を切り、最後の一発が伸びきるのとほぼ同時に奴が飛び出してきた。


 二択:躱す?防御する?


 「ぐっ!!」

 選んだのはそのどちらでもない。

 一発耐えてその腕を捕る。だ。


 鳩尾を狙ったそれを腰を落として僅かに急所だけ避けて受け、そのまま掴んで一気に持ち上げつつ押し込む。

 「うっ!!」

 即座に気付いて腕を引こうとするが、その自然な反応が私の狙いだ。

 一気にもう一歩踏み込む。奴の方より上に奴の腕が上がる。

 そしてその腕に、私の腕を絡ませていく。


 「はあっ!!」

 V1アームロック。ただし立ったまま。

 このまま極めて腕を折る事は勿論、極めながら足をかければそのまま後ろに倒す事も出来る。

 「くうぅっ……!!」

 咄嗟に逃げようとする奴の動き=この前の私と、つまり同じ技をグラウンドで掛けられた時の私と同じ。


 即ち、同じ方法でさらに追い詰められる。


 「っと!!」

 「あっ」

 腕のかけ方を変える。

 逃げようとする動きに合わせ、それに逆らわず且つ逃がさない。

 ユーリア・アンベール直伝のストレートアームバー。別に弟子入りした訳ではないが、知識としてあるものを体に刻まれたのだ。三回戦から今日までなら体に染みついた感覚は抜けていない。


 「ぐぅっ!!」

 立ったままだが極まる。

 「くっ……ああっ!!」

 その直前、足に衝撃が走った。

 がくんと体勢が崩れ、直後にもう一度、今度は相手に向けていた背中に膝、ついで前蹴りが叩き込まれる――その衝撃に合わせて掴んでいた腕が引き抜かれていく。


 逃げられた。

 だが、深追いは出来ない。

 蹴りはがされた勢いを使って飛び下がりつつ振り返ると、予想は背中のすぐ後ろで的中していた。


 「シャアアッ!」

 振り向いた瞬間に奴の間合いの中に捕まっている。

 咄嗟に顔面への攻撃を見せられ、ガードが上がった所で中段への突きが飛んでくる。

 「ぐぅっ!!」

 胸にめり込んでくるそれは、骨越しに肺を破壊しに来ていた。

 思わず息が詰まり、同時に動きが鈍る。

 そしてその隙を逃してくれる訳もなく、奴の蹴り足が上がり、そちらに動いた視線の外から飛んできた顔面へのフックに頭を揺さぶられる。


 (まだだっ、まだ……!!)

 飛ばされそうになる意識をギリギリで引き留めるが、その時には既に背負われている。

 「ふっ!」

 「くうぅぅっ!!」

 投げと同時に跳び、猫のように着地する。

 猫のようになどと言っても、そこまで綺麗に決まった訳ではなく着地の衝撃に足の裏がしびれるが、叩きつけられるよりはましだ。


 立っていれば動ける。

 倒れればそうはいかない。

 なら、立つ。

 負けられないし、負けたくない。

 ――それがハンナ嬢の意識なのか、或いは自分でも知らなかった“俺”の意識なのかは分からない。

 だが確かに今、間違いなく、私はこの戦いを楽しんでいて、なにより負けたくないと思っている。


 (まったく、この親不孝者め)

 負ければどうなるとか家族がかかっているとか、そういう問題があることは分かっている。

 分かっているが、今の私の中にはそれは存在しない。


 ただ、負けたくない。勝ちたい。

 この勝負が楽しくて楽しくて仕方がない。


 「はぁっ!!」

 「シッ!」

 着地後の追撃を何とか捌き、奴がやったように強引に体当たりで崩して離れる。

 離れるためのステップ。その反動で跳ね返るようにして前へ。そのままローキックを叩き込む。

 「シャッ!」

 「くっ!」

 一発目は命中。

 そのまますぐさま二発目を叩き込むが、流石に反応が速い。

 二発目を蹴り出す瞬間には既にこちらの軌道を読んでいたのだろう、しっかりと脛の横側で蹴りを捌きに来る。


 そう、ローキック対策ならそれでいい。ローキック対策“だけ”なら。


 「ハッ!」

 「あっ!?」

 今度はレティシアの技を借りる。

 蹴りを防ぎに来たその脛を削るように一気に足を下へ。当然その先には繋がった足首が存在する。

 「ぐぅっ!!」

 そこを踏みつける。

 恐らくだが、ここまでは予測していなかったか、予測できても反応が間に合わなかったのだろう。

 いきなり片足を床にピン止めされた事で奴の顔が曝け出された――その状況で反撃のフックを右頬に叩き込んできたのは褒めるべきだろう。


 「ぐっ……!」

 だが、悪いが私もそれでは止まれない。

 砕けるのではないかと思う程に強く奥歯を噛みしめて耐え、その一撃のために崩れたようにも見える奴の、まだ無防備な顔面に二発。左からフック。右からはアッパーを叩き込む。右の頬を打たれたら左の頬と顎を打ち返せ。


 同時に足を放す。

 よろけて尻餅をつくように倒れ込んだ奴。だが追撃はできなかった。

 奴は尻をつくや否や後ろに転がって距離を取り立ち上がる。

 恐らくまだ世界が回っているのだろう、頭を軽く左右に振って脳の揺れを治めようとしつつ、こちらに構えを取っている。


 そしてもう一つの追撃できなかった理由は、私自身だ。

 「ぐっ……」

 反撃に受けた一発。

 そのツケが今になってやってきた。

 そして隙を見逃すはずもないのは奴も同じだ。


 「……ッ!」

 慌てて構えを取る。

 奴は滑るように近づいてくる。

 余程骨が硬いのだろう。足に踏みつけのダメージがあるようには見えず、その距離が急速に近まっていく。


 慌てて構えを取るが、その時には既に奴が目の前にいた。

 「ッ!!」

 咄嗟に出したストレート。

 その腕が伸びきるのと、股間から浮き上がるのとは同時だった。

 「ッ!!」

 伸びきった拳は僅かにパリング気味に弾かれて、同時に股間に蹴り足が突き刺さっている。


 「がっ!あっ!!」

 思わず声が漏れる。

 直後に奴の蹴り足が跳ねかえるように軌道を変えて内側から膝を蹴りに来た。

 「あっ!」

 思わず立膝の姿勢になった。


 (まずい!これは――)

 状況を理解し、次にくる攻撃を直感で理解する。

 防御しようと腕で顔を覆うその一瞬前、想像が現実になった。


 「たああっ!!」

 「ぶっ!!」

 シャイニングウィザード。

 私の膝の上で片足立ちになった奴の膝蹴りが、私の頭を勢いよく刈っていく。

 「お株、奪わせて頂きました」

 いつか、この技を初めて試合で使った時の台詞が、首ごと吹き飛ばされた私を追いかけてきた。

(つづく)

今日はここまで

続きは明日に。


恐らくあと2回ほどで完結します

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