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決勝15

 「……ッ!」

 お互いに距離を詰める。

 いや、距離を詰めているのではない、殴るために確実な間合いまで近づいている。

 近づいてからどうこうとか、ああ来たらこう、こう来たらどう、とか、そういう話ではない。

 「「シャァッ!!」」

 同時に殴り、同時に蹴る。

 そして同時にそれらを捌く。

 子供の喧嘩のように止まらず、しかし持っている技術全てを出す殴りあい。


 飛んでくる突きを捌き、反撃にストレート。

 それを躱した奴がボディブロー。咄嗟に拳に肘を落として受け止める。

 更にその反撃に蹴りを放とうとして距離を取られ、距離を取った事で出せるようになった前蹴りを脛で捌いてから踏み込んでラッシュをかける。


 「ハッ!」

 「シャッ!!」

 「シィッ!」

 「シュッ!!」

 互いにただ空気を漏らすだけの打ち合い。

 どちらかが一瞬でも気を抜けばそこで終わりだ。


 「ぐっ!」

 一発のフックが脇腹を抉った。

 その腕を掴んで引きずり込み、自然な反応として引こうとしたその腕の動きに合わせてこちらもボディブローを叩き込む。

 「くぅっ!」

 同じように空気が漏れ、しかし――こちらも同じように――動きは止まらず掴んだ腕が抜け出して反対にこちらを掴みに来る。


 「ッ!」

 掴むと同時に前に崩される。

 「ちぃっ!!」

 投げに入る直前に体を密着させて防ぐが、前に出る事を見越していたのだろう大外刈のような技に入られそうになる。

 (なら……!)

 強引だが、こちらにも投げはある。

 足を刈られるぎりぎり前、奴の胴体にしがみついた。


 「!?」

 そのまま、体全体を振り子にするように奴の背中側へ回り込もうとするが、大樹のように頑張っているその身体はそれだけでは動じない。

 ――だが、それでいい。


 引き剥がそうと掴みに来る奴の手。

 それに持ち上げられそうになりながら、私は足を折りたたんで体重を奴の腰に預ける。

がくんと体が落ちる。

 そしてその動作がそのまま、ドリフトするように奴の背後への横滑りに繋がっていく。


 「らっぁああああ!!」

 全身の力をそのドリフトに乗せる。

 足を折りたたんでも、足の裏はしっかり床を噛んでいる。

 体重の移動と遠心力とを加えた、大振りの放り投げ。

 腰をしっかりと掴んでいた事が幸いしたか、奴の身体が浮かび上がって跳んだ。


 そう、跳んだのだ。飛んだのではない。


 「……」

 とん、とんと綺麗に着地して勢いを殺している。

 その隙を逃がすことなく立ち上がって飛び掛かる。

 投げを封じた。もう一度掴みに来ても、その時は別の返し方ぐらいある。

 私は元々打撃屋だ。投げや関節が出来なくても、それに持っていかせない技術は幾らでもある。


 「フ……」

 「!」

 奴がだらりと腕を下げ、ノーガードを晒す。

 大した度胸だ。


 「シャアッ!」

 だがそれでビビる私でもない。

 ジャブで一発空を切る。当たるはずのないそれは、伸ばしきったまま腕を止め、インタビュアーのマイクの如く相手に拳を突きだしたまま前進していく。


 その腕の延長線上にあるのは奴の顔面=何かを突きつけられた時に人間が本能的に恐れる部位。


 「……!」

 実際、奴は少し下がった。

 僅かに右足を半歩ほど引いて、それでも私が止まらないが故にやや上体をのけ反らせ、左手で股間を、右手で顎をそれぞれ覆っている。

 だがそんな片手で私のパンチは止まらない。突きだした左手を物差し代わりに距離を測り、それを引く動作で充分に勢いの乗った右ストレート――ではなく、直前に踏み込んだローキックを叩き込んだ。


 「シィ!!」

 「くっ」

 直前で感づかれ、奴の足が上がってこちらの蹴りを脛で止められてしまう。

 だが、これだけが攻撃ではない。

 「シャッ!!」

 脛に弾かれた蹴り足は、しかし止まらない。

 そのまま再加速してミドルへと突っ込むと、防御の遅れた二の腕ごと胴体に突き刺さった。


 蹴り足を下ろすが、まだ止まらない。

 奴が反撃で膝を出してくるが、生憎それの捌き方はこちらの方が得意だ。

 「フッ、シャッ!」

 受け止めた膝を下に落としながらアッパーを顎へ。

 僅かにクリーンヒットにはならなかったが、それでも確実に顔を捉えてはいる。

 「ぐっ……」

 僅かに動きが鈍った所で今度はこちらが膝を出す。

 肩を掴んで、ほぼ跳び膝蹴りの勢いでの一撃。腕一本で受けているが、それでは捌ききれまい。


 「ぐうっ!」

 奴がたじろぐ。

 掴んでいた肩が動き、力一杯突放されたが、それでもまだ私の間合いの中にいる。


 瞬間、スローモーションになる。


 世界がゆっくりと動き始める。奴が、審判が、観客席が、それら全てが。

 私を突き放した腕は既に構えに戻りつつある。

 奴がたたらを踏んでいないのは、そのバランス感覚を褒めるべきだろう。

 ――だが、顔面の防御は下がっている。


 「シャッ!!」

 その隙を逃す理由はない。

 しっかりと踏み込む。

 腰を回転させる。

 肩をフル稼働させ、相手の向こう側まで突き抜けるように打つ。

 渾身の右ストレート。狙うは奴のがら空きの顎。


 「「ッ!!」」

 だが敵もさるものだ。

 奴も同時に、同じ場所を狙ってのカウンターを出してきた。


 命中は同時。

 「かっ……ぁ……」

 倒れたのは私だった。


 (なんだ?なんだこれは……?)

 スローモーションのまま、大の字に寝かされる。

 ただの突きではない。これまで何度か受けた突きではない。

 命中の後、一拍遅れて私は吹き飛ばされた。

 私を倒したのは突きではない。体中を駆け巡った、その一拍遅れの衝撃波だ。


 「ぁ……」

 世界が回る。

 体中に力が入らない。

 ダウンさせられた?攻撃を受けた?

 たった今の事なのに、思考がフリーズしてしまっている。


 遠くで歓声が聞こえる。

 ヒートアップした観客席が何かを叫び、或いは奴を、ローゼンタール家を讃えるような言葉を放つ。


 (ここで、終わり……?)

 ぐちゃぐちゃになっていく意識の中で浮かんだその疑問。

 それは脳に僅かに残った処理能力を独占し、体が動かなくなっている時間が経つごとに確信めいたものになっていく。


 「……!……!!」

 負けられない戦いだった。

 負けたくない戦いでもあった。

 「――!――!」

 だが、全身と脳の接続が切れてしまったようだ。


 気が付くと、ぼんやりとした視界の中に審判が見えていた。

 すこしずつ大きくなるそれ=近づいてきているのだと分かるのにいつもの倍以上を要した。

 ――ああ、終わる。


 動かなくなった私の手を、審判が掴んでそっと持ち上げる。

 戦える。本当はやれる。そう言いたいのに、身体は完全に死んでいる。

 これがKOの感覚だ。現役時代に何度か味あわされたそれを、久しぶりに感じていた。


 「――様!――姉様!!」

 ――え?

 「ハンナお姉様!!」

 「ッ!?」

 これが条件反射なのだろうか。マリア・キャムフォードの試合の時と同じ現象だ。


 (まったく……初めての友達がそんなに嬉しいか?)

 心の中でハンナ嬢に尋ねる。

 我ながら良く分からない体だ。


 だが、それで動くのならそれでいい。


 「ッ!?」

 寝起きにはハードな運動――飛び込んで顔面を踏み抜きに来た奴の足を転がって回避。

 その勢いのまま立ち上がって対峙に持ち込む。


 「……」

 審判は私達双方を見比べている。

 厳密に言えば今のは反則だろう。審判は再開の合図を――どうせあの後すぐ出しただろうとは言え――まだ出していなかったのだ。

 だが私達の――正確には主に私の――動きを見て、それをよしとしたようだった。そしてその顔は心なしか嬉しそうだ。


 つまり、私達と同じ気持ちなのだろう。


 すっと手を上げる。

 ちょうど真後ろに位置する彼女に見えるように親指を立てると、その手を再び構えに戻す。


 「あぁ、まったく……」

 会場がどよめく。

 私達だけが静かに向かい合っている。

 「……楽しいなぁ!」

(つづく)

今日はここまで

続きは明日に。

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